6/峻厳の国で
── side a ──
遥か昔の夢を見る。
大地に一人、男が立っている。
血に塗れたように赤い体と剣。きつく天を睨み付ける瞳。
いつの間にか、背後には女が一人立っていた。
紺碧の長く艶やかな髪を風に流して、天を睨む男を見つめている。
『 』
女は男の背にその美しい細腕を伸ばし──しかし、蒼色の綺麗な爪の付いたその指は、硬く握り締められた。
気高い顔に憂いを含んで、女は男の背を見つめ続ける。
険しい顔に決意を秘めて、男はただ天を見つめ続ける。
遥かな過去の記憶。
この地に封じられた創国者の記憶を見る。
玄霊が留まるのはターミナル上空。
嘗てゲブラーのカラは、玄霊を抑える為にこの地にターミナルを作った。戦神と恐れられたその男は、同時に『砦』を司る者。
それは、乗り越えなくてはならない関。それは、守りの要所。
ターミナルとは、存在を記憶する装置。
石碑であったり機械であったり様々ではあるが、有翼種が生み出した『存在を記憶する』という高度な術式。
転送とは即ち、『存在情報』というデータの転送。それは利用法の一つに過ぎない。
ターミナルの本来の役割は存在の記憶にある。
記憶はターミナルに留まり、その男は今も玄霊を鎮め続ける。自らの魂と国を犠牲にし、その存在を留め続ける。
映像は流れ続け、女は石碑に背を向ける。
ターミナル。
彼女にとっては、永遠に彼が眠る場所。
何年十何年と時が経っても、彼女は幾度もその地を訪れる。
ただ何をするでもなく石碑の傍らに腰を下ろし、ただ何をするでもなくつまらなそうな顔をしているだけ。
それでも、十何年何十年経っても女は此処を訪れる。
最期に女は一筋の涙を流す。それは無表情に流され、嬉しいのか悲しいのかも解りはしない。
そして、彼女が其処から離れる事は二度となかった。
小さな石碑の傍らに、細い老婆の遺体が一つ。
それはひとつの物語の終わり。
ターミナルは果たしてその存在を記憶したのか。
男は今でも空を睨んでいるのだろう。傍らに女の温もりを感じながら。
今またひとつの終わりが来る。破壊と創造の兆しが近寄ってくる。
世界は静かに時を待つ。
朱色の破壊神の訪れを、赤色の守護者の訪れを。
ただ静かに天を仰いで待つ。
── side K ──
赤の大地。
今日も空には凶悪な金の瞳が我が物顔で居座っている。
「あれ、下のがターミナルなんだ」
今更ながら、その存在に気が付いた。
「あぁ。見たのは初めてだが、昔からターミナルの上空にアレが居ると言われてるから多分そうなんだろ」
結構適当な答えだ。
「別にアイツ倒さんでも、あそこに行くくらいできそう違う?」
「まあ、できなくはないかも知れないけどさ…」
それはもう、今更だ。もうあの『眼』は倒すべき敵として認識しているし、向こうもそうみたいだ。
「これだけ離れてるのに超睨まれてんじゃん。難しいんじゃない」
aも溜息を吐いてターミナルを見ていた。
「…ターミナルさ」
「あ?」
『眼』の下にあるのは小さな石碑だ。
「なんか、襤褸くない?」
今迄のターミナルも石碑が多かったが、比べてみてもゲブラーのターミナルは貧相な気がする。
「そうだな。小さい…というか…」
貧相だ。
「言われてみれば」
ターミナルが転送装置だというのなら、イェソドやマルクト並みに立派じゃないとしっくりこない。そういえばネツァクのも此処までではないが小さめだった。
「そもそもアイツなんでターミナル上空に陣取ってるの?」
「さぁな。玄霊に関しては現存する資料が少ない」
謎だらけ、という事だ。
「ま、いっか」
解らないなら考えても仕方がない。今はアレを倒す方が先決だ。
「──行くよ」
相手にも言葉が伝わったかのように、瞬間的に襲い来る銀の羽。フェニックス君を取り込んで、躱しながらも反撃する。
『眼』は一睨みで全てを灰燼に帰さんとし、Kたちはそれを避けるので精一杯だ。
弓を引く隙もないギリギリの防衛が続く。
「うわっ」
「aさん!?」
aが青龍ちゃんから叩き落された。銀色の矢に顔の真横を貫かれて、衝撃波で吹っ飛んだらしい。
── side a ──
「──ッ、」
背中を強かに打ち付けて息が詰まる。
起き上がろうと思って掴んだのは小さな石碑。瞬間、何かが流れ込んできた。
フラッシュアウトする視界と意識。
「aさん!?」
Kの叫びを遠くに聞いて、頭を振る。
「──~、…?」
よく解らない。だが、何故か。この石碑は、襤褸くてもちゃんとターミナルなんだと認識した。正直ターミナルが何なのかaにはよく解っていないが、確かに何らかの不可思議なパワーを感じたのだ。
「これ…?」
石碑に手を当てたまま首を傾げる。
「わっ!?」
横から思いっきり引き寄せられてバランスを崩した。銀の死矢が髪を掠める。
「阿呆! 戦闘中にボケッとすな! 死にたいんか」
「ご、ごめん。ありがとうグール」
まさかグールに助けられるとは思っていなかった。
「どうかしたのか」
グールに当然の如く護られているシールがaとターミナルを見比べる。
「うん…ターミナルから変な声が…」
「わー! ちょっと! ちょっと!! そっち狙われてる! ヤバい! これ次多分凄いの来る…!!」
離れた場所からKの悲鳴が響く。天空で『眼』が今迄にない強大な力の塊をチャージさせ始めていた。
「げ」
標的は三人。aとシールとグール。避けるには些か大き過ぎる力の塊。この辺一帯まるごと無に帰すつもりらしい。
「………」
迫る力塊。
「何しとんねん! 早逃げな…!」
銀の光は全てを呑み込もうと膨れあがっている。あれを叩き付けられたら確実に死ぬ。
そして、光が弾け──
「わーん!! 生きてたぁ!?」
いまいち状況が理解出来ないまま首を廻らす。
こちらに向かっておろおろと叫ぶK。後ろには特に変わらない様子のシール。横には何が起こったのか解らず呆然とするグール。
ターミナルの周辺には、ぱり…と帯電したような音を立てる薄い膜が張られていた。
「……今の、誰…?」
呟きに答える者はいない。誰にも聞こえていないのかも知れない。
光が弾けた瞬間、血塗れの剣を持った赤い男を見た気がした。知らない筈のその影が何処か心に引っかかる。確かに知らない筈だ、あんな男は。
「なんや、今の…」
「よくわかんないけど良かった──!!」
aは、不思議な事にそれ程驚きは感じていなかった。何故だか、本当に幽かにだが、予感があったのだ。この石碑は『味方』だと。
「今の、石碑からなの…?」
「襤褸くてもターミナルだ。何が起きても不思議じゃない」
そういえばもう一人あまり驚いていなかった男は、そう言って冷めた表情をしていた。
「ターミナル、ターミナル…」
無意識に小さく声が洩れる。何かが引っ掛かる。この石碑は…
「うわっ」
ドシュッと目の前に降り注ぐ銀色の矢。考え事をする余裕はない。そんな場合ではないのだが──
「おーいK、ちょっとあの『眼』引き付けといてくれない?」
「ウソでしょ…!?」
青龍ちゃんに乗ったKが頑張って『眼』を引き付けてくれている内に、石碑に近寄る。これに触れて《《何か》》が視えた。
「石碑がどうかしたのか?」
「うーん…」
石碑に手を伸ばす。指先が触れ、掌でなぞる。すると。
血塗れの剣を持って、男は天を睨みつける。赤く染まったまま、男はただ天を睨む。背後には青の爪牙を持つ女。
男はただ、この凶悪な力をこの地に縛り付けると決めた。女はただ、何も言わずに彼の背を見送った。
この地を死地に変えたのではない。死地をこの地のみに留めたのだと。
語り継がれる事のない英雄。それは、誰にも語られる事のない、世界を救った男の話。
彼は待っている。何百という時を経て。彼の力では留めるにしか至らなかった、その存在を消し去れる者の訪れを。
赤色の戦神と恐れられた男が封じた。神殺しの名を持つ男が挑んだ。それでもなお、その瞳は健在。
彼らは待っている。ただ、それを消し去れる者の訪れを。全ての神が、多くの無念が、人々の祈りが、惜しみなく力を貸すだろう。ただ皆、時を待つ。
──背に、燃える翼が生えた気がした。
思考がトんだ。
「うゎ、ぅ、うわ…っ」
突然、膨大な《《何か》》が体を突き抜ける。
瞬間、凄い勢いで『眼』がこっちを向いた。
間髪入れず叩き付けられる衝撃波。
「───ッ!!」
盾。
それは絶対の防御力を約束する、ゾファスの盾。
目の前に展開した防御壁は次第に薄れていく。
「ひぇ…aさん? ナニソレいつの間にそんな技を」
訊かれたって解らない。今度は石碑が勝手に張ってくれたわけじゃなさそうだ。今のは掲げた腕の前に現れた。まるで、自分で出したみたいだった。
「すげ…今のを防ぐんか…」
呆然とグールが口にする。盾を出したa本人が一番驚いている。手を握ったり開いたりしてみるが特に異変は感じられない。変わった事といえば──いつのまにか、フェニックス君を取り込んでいた。
◇◇◇
── side K ──
「よく解んないけど…ターミナルが、力を貸してくれるみたい」
人が取り込んでいた筈のフェニックス君を奪い取ってトンデモ防御壁を展開したaは、軽々とそう言った。
「え、その防壁何度でも出せる? じゃあちょっと今度はそっちに囮お願いしてもいい?」
『眼』の隙のなさに困っていた処にその力は大変ありがたい。
さて仕切り直しだと思った途端、『眼』がパタッと銀の羽を降らすのを止めた。
「?」
ぐりん、と大きく開く瞳がこちらへ向く。
「────へ」
網膜に焼きつく瞳の残像。
その瞬間、世界が回った。
歪む歪む。aもグニャグニャ。世界は硬度を失ってしまったのか。意味不明な言葉の羅列がぐるぐるまわる。だめだ、気持ちが悪い、死ねそうだ。
ふわり、と。
Kの知っている風が吹いて、体を包んだ。
「──…ふぅ」
気持ちの悪い凶気の渦から帰還する。
「──あれ…」
目を開けると、Kを包んでいたのはうっすらと微笑むタクリタン。だが。
「タクリタン?」
aが『眼』の攻撃を躱しながら近寄ってくる。タクリタンは、体が透けて見えた。
「どうして…」
ここに現れた事への疑問か、体が透けている事への疑問か。aが不思議そうにタクリタンを眺める。
「私もな、逃げてばかりいたから…この地ではあまり役には立てないが、一緒に戦わせて貰えないか?」
玄霊の下では神力が効き難いという事は、カミサマも存在し難いのかも知れない。朱い大地に透けて微笑う彼の頼みを断る由もない。
「タクリタン…」
「うん、タクちゃん。一緒に倒そうね」
そこへ、また知った赤の旋風が沸き起こる。
「ボクもー!」
「ラグ!」
タクリタンにダイブをかます小さな火の神。スクラグスだ。Kは極々自然にaの後ろに隠れてしまった。そういえばネツァクの時もそうだった。
しかしそれより。何故だろう、スクラグスは透けていない。
「なんで?」
「何時ぞやの借りを返しに来たよ」
そうではなく。
「ああ、ラグは最大の信仰を誇る最古の鬼神だからな。私よりも具現能力が高いんだ」
スクラグスは頼もしい限りの笑顔で胸を張った。
「ボクより強い神なんてそうそう居ないんだから!」
意外だが、順当でもある。何せ火の神だ。
aの背に隠れ続けているKを、手を突き出した姿勢のままのグールがちら見する。
「おまえホンマにスクラグス苦手なんやな」
「うぅ…なぜかねぇ」
──あぁ。おしゃべりに夢中になっているKたちを護る為にグールは『眼』に縛呪を掛けているのだと漸く理解する。
「ごめんずっと縛呪使わせてて」
「おー」
何故Kはスクラグスが苦手なのだろう。無性に落ち着かないというか、本当に『苦手』としか言いようがない。
「そりゃおまえが水属性だからだな」
「げ」
フィン、と綺麗な音を立てて現れたのはジズフだ。
「ジズフまで来た」
aが完全に呆れている。
現れざまジズフは相変わらず偉そうにふんぞり返っている。
「ちゃんと伝えただろ、何やってんだおまえら。さっさと自分本来の召喚獣に乗り換えろ」
一瞬意図が解らず眉を顰めたが、次の瞬間理解した。湧き上がる怒りに瞼を失くす。
「だったら初めからそう言え──ッ!!」
例の『借りたもの』だ。解り難いどころの話ではない。お陰で死にかけ、シールとも仲違いした。最悪だ。aと共にジズフを責め続ける。
後ろではグールとシールが力なく溜息を吐いていた。
「場に神が三柱…」
「俺たちのカルキストは思った以上に大物だな…」
俺たちの、ときた。誇って貰えるのは結構だけが、それならもっと誇らしげな顔をして欲しい。呆れ顔をされるのは遺憾である。
「何でもいいが倒すなら早く倒して来い。煌天がきたら手に負えんぞ」
「ジズフも手伝ってくれるんだよね?」
まるで他人事のジズフにaが真顔で尋ねる。このタイミングで来たのだから勿論だろう。めいっぱい嫌な顔をしているジズフも、無言で見つめる二柱の視線に気付いて表情が変わる。
「………」
負けたのはジズフ。
「…ぁー」
数秒の沈黙の後、頭を掻いて項垂れた。
「しかたねぇなぁ」
盛大に息を吐いてから顔を上げた。
「精神攻撃はある程度カバーしてやる」
精神攻撃というのは、世界が歪んで見えるあの気持ち悪い奴の事だろうか。それなら大変助かる。あれはかなり厳しかった。
「私はおまえたちの力を上げてみるよ」
タクリタンはKたちの契約神なのだから、それくらいお手の物なのかも知れない。
「じゃあボクは防御を手伝うね」
スクラグスは何処か楽しげだ。
「皆…」
aが感動の声を上げようとした時…
「あーっ、もう保たんッ。何くっちゃべっとんねん! 戦闘中やで!! やるなら早やれッ」
ずっとひとりで『眼』を縛していたグールが悲鳴を上げた。
「おっしゃ! お疲れグール、ありがとー!」
青龍ちゃんを取り込み直して駆け出した。
── side シルータ ──
スクラグスが「お疲れー」とグールに触れると、その疲労が少し和らいだ。
「──…助かる」
「ふふ。キミ火と相性いいみたいだからね」
その横では、ジズフがシルータに近付いていた。
「大丈夫か?」
「俺は何もしてないからな」
何もしていないどころか戦闘の場ではお荷物だと自覚している。Kたちの戦闘中、ずっとグールに護られていたのも癪なのかも知れない。
「拗ねるな。やれる事はあるだろう?」
「──何?」
ジズフの言葉に眉を顰める。そんな事があったらとっくにやっている。それが見つからないから不機嫌なのだ。
「おまえ、契約してるだろ。その神の名を思い出せ」
ギン。
空では傷だらけの金の瞳が大地を睨みつけている。それをじっと眺めて…
「なるほど」
シルータは漸く《《それ》》が自分にしか見えていない事を知った。
── side K ──
大地を大きく削って停止する。直後、aも後方に降りてきた。
「さっきより効いてるね」
「だね、タクリタンに感謝だな」
だが、あくまで《《比較的》》だ。何か決定打のような手応えが欲しい。
「眼の中心ちょい右上」
「「へ?」」
真後ろからシールの声。こんなに近寄られるとシールの身が危険だ。
「そこを突け」
「弱点とか?」
「そんなもんだ」
遠目から観察している方が気付く事がある…という事だろうか。
掌に溜めたエネルギーをシールの言う通りの場所へ投げつける。aと連弾で数発撃つ。確かに物凄い手応えだ。直後強大な怒気が立ち込めた。
「ぎゃーっ」
「効いたみたーいッ」
全身がビリビリする。尋常じゃない。これは完璧に怒らせた。次からの攻撃が恐ろしい。
「──って、お?」
来ない。
「今の内に早倒せ。長くは保たへん」
「グール!」
aが感動の声を上げる。
スクラグスの補助を受け、なお重いとぼやきながら、グールが縛呪を掛けてくれていた。助かる。
「よっしゃ」
青龍ちゃんに乗って上空へ昇り、コクマで手に入れたあの弓を構える。
遣り方は覚えている。眼を閉じて、流れを感じて、世界を感じて…
…あれ?
眼。
──違う、集中しなくては。
眼。眼。眼。
──世界を…
眼。
狂気が流れ込んでくる。世界は狂気に塗り潰されて、その存在を感じられない。道が開かない。流れ込んでくるものは、この場に在るのは全て狂気。
眼。眼。眼。眼。
集中、集中──出来ないよ。
『眼』がぶれる。グールの縛呪が解け掛かっている。急がなくては。だが。
「K」
「!」
名前を呼ばれて正気に戻る。
「呼吸を」
言われて、息が詰まっていた事を知る。
「…あ…ごめん」
「呼吸を落ち着けて。もう一度。大丈夫」
「でも、世界が…」
ぐるぐるしている。ここには《《在り過ぎる》》。
「──馬鹿め」
声がして、下を見る。疲労困憊のグールの隣で胡坐をかいて、ジズフが高く手を掲げていた。
「狂気に呑まれるな。俺が此処に居るんだ。世界はちゃんと此処にある」
その掌を『眼』目掛けて振り下ろす。
「感じてみろ。無という全てを」
ジズフの片目が何処までも底なしの闇色に染まる。
「───…」
──あいつ、何のカミサマだっけ。
「助かった」
グールがほっと息を吐く。
「ふん」
ジズフが縛呪を掛け直したらしい。
スクラグスは楽しそうに笑っている。
「アタシはその筒使えないから」
何処か不貞腐れ気味なa。
「早く倒しちまえ、そんなもん」
不安そうなくせに強がっているシール。
「──…」
Kの傍でただ微笑むタクリタン。
それなら、最後は。
眼を閉じる。
そこには先輩の姿。
よし。頑張ってみよう。
世界を感じる。
道が開けた。
後は堰を開放するだけ。
──バシュ。
矢は綺麗に『眼』の右上辺りを穿った。ぶわっと霧散する『眼』。
「やった!?」
──きゅうぅぅうん…
収束する空間。
「?」
──ぎゅん!
「げ」
全身がビリビリと震える。やばい、さっき以上に怒らせた。
直後襲い来る怒涛の銀雨。
「どどどど、どうしようもねーッ!!」
「修復しやがったっ、無理ッ」
aが防壁を展開しながら泣き叫ぶ。もう笑うしかない。あはははは!!
◇◇◇
「もっかい狙ってみるからaさん引き付けといて!」
言い逃げで青龍ちゃんに跨る。
「えッ、嘘ぉ」
それでも「大役ね、頑張るッ」と叫んでaは『眼』に向かっていった。
一度シールの元へ飛び弱点を確認する。
「どの辺?」
「外すなよ、ど真ん中だ」
「了解」
aが頑張っている隙に空から『眼』を狙う。
弓をゆっくりと緊張させる。
aの攻撃が『眼』の中心に決まった。
瞬間グールが縛す。
「K!」
aの合図で目を開く。
──バシュ。
「やった!ど真ん中HITッ!!」
が
「──…」
「…マジかよ…」
もう嫌になる。
「…厳しいようですわね…」
びりびりびりびり。
大層大層お怒りの『眼』が放つ殺気は今迄以上に尋常ではない。
襲い来る銀雨。aの防壁が大活躍だ。ターミナルからの支援という話だが、本当に助かった。
「もう、本当にどうしようねー…」
「それなんだけどさ」
乾いた笑いを浮かべているaの元へ青龍ちゃんを駆る。
「シール言ってたよね。力の強過ぎる奴は玄獣になっちゃうんだって」
「ああ、言ったな」
「───…」
言う前から答えを予測されたのか、既にタクリタンは驚き顔だ。
「だからさぁ、なんだっけ、玄力? それが高いのが玄獣なんだよね」
「──驚いた。キミ、まさか」
スクラグスも目を見開く。流石カミサマたちは察しが良い。
「うん。だったらあの『眼』…使役獣にしちゃったり、できないかなぁーなんて」
「はぁ?」
シールは「なるほど」と腕を組む。
「殺せないなら手懐けろ、か」
「できんのか? そんな」
「やってみよう」
グールを遮ってタクリタンが微笑む。いつもと違う少し男らしい、不敵な笑い。その傍らに寄り添ってスクラグスも笑う。
「玄獣を創り出す、かぁ。成功したら彼女たち、カルキストとして天才的だね」
「いや…その発想で既に天才だろう」
そんなに持ち上げられると照れてしまう。本当に出来るか不安になってきた。
「やるなら今だな。修復に専念し始めたみたいだし」
ジズフはずっと一歩引いたような態度を保っている。
「だけど…どうやって?」
aが首を傾げる。
「イメージしてみろ。強く。彼の力を抑制して従わせるイメージだ」
アレを従わせる。尽く「敵わない」を実感させられた後でのそのオーダーは、中々に厳しい。
「やってやろーじゃん」
考える。『抑える』、という事は…あの力が外に出ないようにすればいいのか。
──ぐにゅ。
天の瞳が歪んでいく。
「お」
良い感じではなかろうか。後一歩、僅かにイメージを強化出来れば──
「──時間が掛かり過ぎだな」
誰にともなく呟かれたジズフのその小さな声が、Kに届いた。
「 ! 煌月が…」
空には輝く不吉な月。
「直に満ちるよ。ボクも体が薄まってきた。…このままじゃ…」
地上に不安が満ちていく。
「難しいな。このまま煌天がくれば…」
そこで一旦言葉を切ると、
「終わらせよう、ここで」
たったそれだけの言葉には、強い決意の色が見えた。
ご、と炎を纏ってスクラグスがタクリタンの横に移動する。
「タクちゃん!? 何する気!」
スクラグスさえ透け始めたこの土地で、タクリタンは最早とても儚い輝きを放つのみ。
「私が彼を内側から抑える。彼女に外から契約を施して貰えば…」
「それって、そんな事したらタクちゃん…」
不安げに自分を見上げる長年の友に、タクリタンは優しい、そして恐らくはとても残酷な、美しい笑顔を向けてその頭を撫でた。
「ラグ。ありがとう」
瞬間、涙を眼いっぱい溜めた顔を歪ませて──
「──うん」
彼はその涙を拭うと顔を上げて笑顔を返した。
「タクちゃん、またね」
「ああ」
「ちょっと!?」
吃驚して後ろの二柱を振り返る。
「何の話? タクちゃん消えんの?それ」
随分と勝手に話が進められていたものだ。
「このままでは皆死ぬ」
「いや、だからって」
「二度とはないチャンスだ。玄霊化は何度も効かない」
だったら今は逃げればいい。またチャンスを作ればいい。
「誰かの犠牲の上の勝利なんて真っ平だね」
aの怒気を孕んだ声。そうだ。
「後味が悪いったらない」
「知ってる。それでも──」
ああ、しまった。気付いてしまった。その沈黙の意味を、Kは多分知っている。
「私は結構、わがままなんだよ」
脳裏に知らない映像が過る。
──あいつほら、不器用だから。
本当にそうだ。やってられない。
「それで、タクちゃんに後悔がないなら」
「K!」
「勘違いすんな」
声を荒げるaに、ジズフが告げる。
「そいつも神だ。消えるわけじゃない。ただ、玄霊の中で眠りにつくだけ。消滅するわけじゃない。早くしろ、煌天が来る」
「………」
納得は出来ていないだろう。それでも、タクリタンの顔を見たらきっとaにも反対は出来ない。
「じゃあ、タクちゃん。よろしくね」
こんな時は笑うしかないのだと知る。
「ああ」
そう言って静かに消えてしまったKたちの保護者に恥じないように働くとしよう。
ぐにゅ。
ぐにょ。
玄霊は歪む。
大丈夫。中からタクリタンも手伝ってくれている。先輩の助けもあった。皆の助けもあった。カミサマたちまで手伝ってくれた。これで負けるわけがないだろう。
「できたっ☆」
容を完全に失った玄霊。
「Welcome新しい召喚獣!」
この名を以て契約と為す。
「キミに『貝空』と名付けるよ!」
収束していく光。新たな形を与えられ、再構成されていく元『眼』。
「ひゃっほー♪」
生まれ出たのは可愛い「貝空」。大きな二枚貝だ。
「えーっ。そこはかとなく納得がいかない!」
可愛く出来たのに。
「成功は、凄いんだけど。殻被せただけ…」
スクラグスまで。
「アイツの想像力なんてあんなもんだ」
ジズフがKの何を知っているというのか。
生まれたての貝空を手元に呼び寄せる。
「よろしくね、貝空」
大きい。その殻の上に上半身を預けて移動する。硬質で、フェニックス君のような暖かみこそないが、安定感があっていい。
「さっきまで憎い憎いと殺そうとしとった奴相手によぉできるわ…」
グールは貝空に凭れ掛るKが納得出来ないらしい。同時に、おっかなびっくり貝空を覗き込んでいる。
「だってもう違うものだし。そんな事言ったらグールだって生きてないよ」
「ぅ」
ぎろ。貝空が大きい眼で男どもを睨む。びくっと固まるシールとグール。どうやら男性陣は貝空が苦手なようだ。
「───ふぅ」
改めて玄霊の居なくなったマスカルウィンを見渡す。まだ何も変わった感じはしない。
「ご苦労様」
スクラグスが満面の笑顔で労ってくれる。
「当然だな」
ジズフはこむかつく。
「──よくやった」
シールは笑う。
「早参拝終わらせて寝よ」
「確かに疲れたね。早く寝たい」
グールとaは大あくび。
ずっと視界の片隅にあったターミナル。まだ用を済ませていなかったと気が付いた。『眼』に全て持っていかれて、一番の目的を忘れかけていた。
空を見上げる。
「青龍ちゃんとフェニックス君もお疲れ。ありがと」
「あー」
「いえ。マスターこそ、おめでとうございます」
おお、おめでとうときたか。確かにそうだ。
「ありがと」
最後はもう一度、目を閉じよう。きっと彼に会える筈だ。
『やったな、すげえじゃん』
「──うん。おつかれ、皆」
さて。参拝を済ませて次へ行こう!
ありがとう、タクちゃん。
これから宜しくね、貝空。




