8/知恵の国で
聳え立つ朱い塔。
寄せ来る荒波。
夕日は荒波の向こうの穏やかな水平線に沈んでいく。
ざざん
寄せる波の音が塔にぶつかって遥かに反響する。
ざん、ざざん、、、
高い高い塔の上で、その赤色の世界で、唯一薄黄緑の風が流れる。荒い風に弄ばれる事もなく、ただ静かにそこに佇み髪を戦がせている。
その内、何かに区切りをつけたのかその黄緑の風は流れ去り。
再び波の音だけが寄せては返す。
「え、参拝禁止?」
辿り着いたコクマの塔。しかしターミナルへ辿り着く前に、警備兵に止められてしまった。
「現在ターミナルへの参拝は禁止されている。こどものみとあっては尚更通す訳にはいかん」
aと顔を見合わせる。
「仕方ないね、出直そうか」
融通の利かなさそうな雰囲気たっぷりのその兵に期待が持てなくて引き返そうとした瞬間、
「仕事があるって聞いたんだけど」
何者かがKたちの後ろを通り過ぎた。
「なんだ貴様、魔術師か?」
魔術師??
「師の代わりに退魔に来た。フィルマクスター・テステル・リーエル・ファンダ・ドィス・マルベリーだ。通してくれるかな、そこ?」
「魔術師?」
塔の中腹にとった宿に戻って、早速シールに講義を頼む。
「そう言ってた。何それ?」
魔術師って、セフィロートじゃちょっと変な表現だと思う。なんたって、カミサマが大量にいらっしゃるのだ。皆割と何某かの神と契約してたりして神術とかいう物を使えるみたいだし、大体『魔法』や『魔術』なんて言葉これまで聞いた事がない。何度か使ってみても『神術』って訂正喰らうし。
ちなみに最初にシールに警告された通りターミナルが参拝禁止になっていた事も伝える。それには「だろ」と返すのみで、魔術師の説明を始めてくれた。
「コクマでは神術に頼らず学習と研鑽によって精霊を操る者たちがいる。コクマ外ではブタタールなんて呼ばれもするが…長ったらしい名前の奴だろ」
うん確かに長かった。一文字たりとも覚えてませんが、そんな事より。
「「はーい、相変わらず単語が解りません」」
ブタがなんだって?
「ブタタール。一般的には計算の神をさす。魔術師って奴らはややこしい計算を使って魔力を操る。数魔術なんて言ったりもするが…まあ名の通りって事だな。因みに」
色々聞きたくてKが口を開く前に、面倒臭そうなままの態度でシールが続けた。
「聞かれる前に言っておくと、一般に俺たちが使ってんのは神力。月で満ち欠けしてんのは煌力。世界に満ちて一般的に使われてないのが魔力な」
先読みされてしまった…。
「ホンマ大胆に略すな…」
グールも自分の知ってる情報ならシールの略しっぷりが解るらしい。いつもはKたちと一緒にへ~程度にしか聞いてないのに偶にこうやって突っ込むようになってきた。
まあでも、へぇ。魔術。ふーん。神術より親近感があるかも知れない。
脱いだコートを『穴』にしまいながら頷く。
「協会とかあって統率されてるらしいな」
シールの講義より気になるものが出来たらしく、横からaがどこかに眼をやったままKの腕を突付いた。
え、何。
「あれ、さっきの人じゃん?」
「あ。本当」
aの指差す先、窓の向こうで大層な悲鳴を上げながら落ちていく人影は、先刻ナンタラと名乗ったあの魔術師だった。
「あのくらい自分で何とか出来た!! 恩人気取りはやめてよね」
「や。してませんが」
落ちてきたから拾ってやった物体は、大層可愛げという物がなかった。
「落としてしまいません? これだから魔術師なんて者は…」
なんて、青龍ちゃんが言うくらいだからよっぽどだ。
「あー最悪だ、魔女なんかに助けられるなんて!」
あー、あーあー。
取り敢えずとはいえ部屋に連れ帰ったのが問題だった。見事にシールの機嫌が悪い。
グールも部屋に篭っちゃったし、aも眉間に皺を刻んでる。
「魔女ぉ?」
「北は男女差別ないんじゃなかったっけ?」
魔術師を指差してシールを振り返る。
「さあ。コクマとビナーには偶にあるようだな」
やっぱり、表情には出てないけど多分絶対機嫌が悪い。拾ってしまったKの責任なのか、この部屋の雰囲気の悪さは??違う、落ちてきたこいつが悪い!!
「いい加減出てけよ、皆機嫌悪くなったから」
直接本人にぶつけてみました。
「言われなくても」
「それで早くターミナル復活させてよね。早くマスカルウィンに再戦したいんだから」
あれ。その瞬間、部屋の空気がまた変わった。
「……マスカルウィン…?」
?
雰囲気の悪さに耐えかねてaの剥いたみかんを丸々奪う。一口では入らなかったので、半分に割って放り込む。あ、これみかんじゃないわ。さくさくしてる。
魔術師は驚いたように固まったまま動かないので、こちらから切り出す。
「何だか知らないけど、退魔っての手伝おうか?」
「いや、それは。オレの課題だ。盗るなよ」
あ、そ。
それで漸くフリーズが解けたみたいで、胡散臭そうな…違うかな、とにかく訝しむような表情で少し身を引いてKたちを見た。
「あんたたち…マスカルウィンの玄霊に挑む気なのか?」
「 ? うん」
aが素直に頷く。
「この前はオーバーヒートで倒れちゃったけど、今度は負けないもん」
今度は。今度こそは。
三人には本当迷惑掛けた。だから。
はあ、というなんだか大層勘に障る溜息で思考を戻された。
「玄霊は上級魔術師の最高課題だぜ? 魔女なんかに…」
「カルキストだ」
「は?」
コムカつく魔術師の台詞を遮ったのはシール。
「魔女なんかと一緒にされちゃ困る」
珍しい事をする。シール人の話を遮ったりするんだな。
「それに、魔術師如きと比べるな。こいつらは勝つ」
「はぁああ?」
不審全開で大仰に聞き返す魔術師。
こっちとしても、照れるんですが…。aも結構赤くなってる。
それにしてもそれにしても、ブタタール《《如き》》ときましたよ。
そこで、魔術師が何かに気付いた。
「ていうかあんた…ケテルの…?」
ああ、髪留めだ。本当に効果あるんだなケテル紋章。
それでも魔術師は臆す事なく、寧ろ嘲笑するように言った。
「…成程、遂に動き出したってわけ」
相変わらず表情の読めないシール。それでも、例えばKなら眉を顰めてしまっているような、そんな雰囲気。
「七年前痛い目見たのはコクマなんだ。今度はケテルが試せばいい」
嘲笑うその表情は今にも泣きそうな表情にも似て。
「自慢の手駒で精々頑張んな。うちの二の舞踏まないようにな」
ばたんと大きな音を立てて扉が閉まる。完全に出て行ったようだ。
aが大きな溜息を吐く。
「はぁあ、やっかましい奴だったね」
「懲りたらもう変なの拾ってくるなよ」
犬猫じゃないんだから。
まぁでも、はい。すいません。
それより…Kとしては思う処があるんだけどねぇ…。
ざざん、ざざん…
波の音が響く。
遠くに微かに猫の声も混ざって聞こえる気がする。
「赤い塔。荒波。カラス。夕焼。赤い空。赤い月。赤い海」
塔の上。
寄せ来る赤波をぼんやりと見ながら見たままを羅列する。
「赤い…マスカルウィン」
背後にその気配を感じながら、振り返る事なく呼びかける。
「タクちゃん、Kね」
…。
「ごめん、なんでもないや」
巧く言葉に出来なくて飲み込む。
「…K…」
タクちゃんは静かに微笑んでKの隣にしゃがみ込んだ。
「話しておきたい事があるんだ」
そう言って、少し覚悟を決めたみたいな表情で。
「おまえたちの前に玄霊に挑んだ者がいる。挑む事を強いられた、と言った方が正しいかも知れない」
脳裏に薄く何かが浮かぶ。
「それが、七年前?」
さっきの魔術師が言っていた、コクマの魔術師の事だろう。
「…そうだったかな…。悪いな、人間とは時間感覚が違ってよく判らない」
「そっか」
カミサマだもんな。人間個人よりずっと長く存在してる。
「彼はとても強くて…。玄霊を弱らせるに至ったが、引換えに命を落としてしまった」
「げ、もしかしてアレで弱ってんのあの『眼』!」
「ああ、アレでだいぶな」
信じられない。あれで弱ってるって…。もとはどんだけ凶悪だったのさ。
いや、それよりも。その七年前のコクマの魔術師は、一体どんだけ強かったんだか。
「だから──」
コクマの魔術師を語る時の、あの少し愛しそうな雰囲気は鳴りを潜め、言い辛そうに瞳を閉じる。
「弱っている内に、倒せる『誰か』を探していた」
そんな事。心を痛める必要もないのに。
「それがKたちなら光栄ですよ」
そんな表情して言われたら、他に答えようもないってもんさ。
「───…」
タクちゃんに出会ってなかったら、この世界でもう少し苦労してた。導いてくれた事にも感謝してるし、出会った時から目を付けてたって言うんならそれこそ光栄の極みです。
だから、そんな苦しそうな表情で押し黙られると…。
「そうか、タクリタンか」
「へ?」
突然の声に驚いて振り返る。
「て…どうして…」
そこには、ご機嫌最悪の表情で立つさっきの魔術師。
「あんたに話もあったし、ついて来たんだよ」
そんな自信満々に言われても、それはつけて来たっていうのよ?
Kの突っ込みはガン無視で、魔術師はタクちゃんに喰い掛かる。
「あの人も…おまえに関わった所為で死ぬ羽目になった。次はそいつか」
…。
タクちゃんは甘んじてその暴言を身に受ける。
「コクマが使えなきゃ次はケテルか。人の生命も国もカミサマの玩具じゃねぇんだよ! そんなに玄霊倒してぇなら自分たちで倒せよ!!」
バンッ!!
突然の轟音に勢いを殺されて魔術師が振り返る。
ああ、もう、本当に。
「───うるさいね」
思った以上に低い声が出た。
持ち上げた右足から蹴っ飛ばして砕けた塔の煉瓦の一部が零れていく。
「皆それぞれ事情があんの。Kとタクちゃんが話してんだから、あんたは少し黙ってな」
「な…んだよ!! あんたもそいつに利用されてんだぞ!? なんで…あの人もあんたもッ、なんでそいつ庇うんだよ!!?」
泣きそうだ。
魔術師もKもきっとタクちゃんも。
でも今は、泣き叫ぶ彼の気持ちを汲んでる余裕がKにない。勢いに任せて口が滑り続ける。
「解んない子だね。利用されてやる事もあるって言ってんの! Kはタクちゃんもシールも好きだから、体良く利用されてやろうって言ってんの! 説明貰えなくたって、利用し易い使い捨ての異邦人だと思われてたって!」
あ、やべ。自分で言ってって泣きそうになってきた。畜生、言わせんなってんだ。
「…なんで…」
完全に勢いを殺がれた魔術師は呆然と立ち尽くす。
「なんであんたまで、あの人と同じ事言うんだ…」
「…どないしたんアレ」
机に突っ伏して思案中のKをグールがアゴで示した。
「自己嫌悪中。らしいよ。夕方ひとりで出てってひとりで落ち込んで帰ってきた」
手元を見たままaが適当に返す。
「鬱陶しいなぁ」
「よねー」
「うるさい」
こっちは考える事と落ち込む事がたくさんあるんだよ。
本当。解ってはいたけど、言葉にすると痛いなぁ。
『利用し易い使い捨ての異邦人』。
ふふ。いいんだ、別に。それを悪いって言うんじゃないんだ。異邦人なら誰でも良かったわけでもない。強くなくちゃいけなかった。実力を見て選ばれたんなら、それは光栄な事。
でもねー。説明は欲しかったなーとか、そう思うのはしょうがないと思うのよ。
まあ、自分で言った通り、それぞれ事情があるんだろうけど。
「そういや灰色いのは?」
…シール?
「今お風呂」
「ふーん」
今、無理。
「あ、起きた」
ここは、部屋に篭るしかないんじゃない?
コンコン。
誰かが部屋の戸を叩く。
どうしよう。
「…何?」
「俺だ。今はまずいか?」
やっぱりシールか…。でも、わざわざ出向いたんなら何かあるんだろう。仕方がない…。
「や、いいよ。どうぞ」
許可を得て扉が開く。
「寝てたか。悪いな」
「やぁ、それでも引き返さないんなら大層な御用なんでしょう」
「ああ」
わぁ。かなりイヤミな応対になってしまったにも拘らず相変わらずの切り替えし。ドキドキするね。
半分体を起こして適当にベッドの端を勧める。
遠慮なく腰を降ろすと、ぎこちなくこっちを見た。
「なんでしょう」
「…あー…」
視線を外して額を触る。
「─っとだな、ずっと言えないでいたんだが…言う機会を探してた」
お…これは…。無言で頷いて先を促す。
「マスカルウィンの事だ」
あたった。遂に来たか。
聞きましょう。
「今回のテマーネの目的は、マスカルウィンの『眼』なんだよね」
「─ああ。そうだ」
あの『眼』はカミサマたちだけじゃなく、ケテルにとっても邪魔だった。
「ケテルも『眼』を消したかった。その為にKたちを雇用したのか、その後で思い付いたのかは解んないけど、それはいいとして、なんでシールがわざわざ出向いたか、だよ」
先読みしてそこまで言うと、シールは少しだけ眉を顰めてから、深く、深く溜息を吐いた。
「…気付いてたか」
諦めたような、もう死刑が決まったみたいな表情。
「なんでそんな表情するんだよ。大丈夫。シールが話してくれるの待ってたんだよ」
それまでは、こんなもんかなーと想像してね。
「その通りだ。ゲブラーはケテルの属国になってる。国土に玄霊がいる事も厄介だし、ターミナル上空を陣取られては迷惑だ。何よりこれをケテル国として解決出来れば他国に対して強い牽制になる」
玄霊を退治出来る程の力がケテルにあると知ったら、何処も軽率に攻めては来れない。また、攻められるのを恐れて外交が有利に運べるかも知れない。政治の世界はKにはあんまり解らないけど、とにかくでかい利が得られる訳だ。
「だが今回のテマーネは俺の一存だ。まあ、カルキストを連れて城を出た時点で俺の考えなんかバレバレだったらしいけどな」
「そっか」
カムシャ公にもバレてたみたいだったもんね。
「おまえたちを選んだのは…」
小さく胸の奥が騒ぐ。
「カルキストがふたりもいたから。それに、マルクト・ターナだと聞いて…見知らぬ異邦人如き、死んだらそれまで、玄霊を倒せたら儲け物、その程度だと思ったんだ。国にリスクはない。そう、思ってたんだ…」
胸が騒ぐ。やっぱりか、って、鋭く刺さる。だけど、シールのその表情の所為で、言葉に攻撃力がない。
「だけど…今は、恐いんだ」
ウサギに爪掛けられても平気な顔してたオージサマが、泣きそうな表情で恐いと言う。
「ジズフの神殿で、おまえが落ちた時に気が付いた。俺はおまえらを失うのが恐い。死なせたくない。死んで欲しくない」
俯いて…ベッドに顔を伏せてしまったシールを暫く見つめる。
「シール。シールがわざわざ危険なテマーネについて来た理由は?」
「…」
無抵抗でウサギに襲われてたシール。
「死んでもいいと思ってた?」
「…」
「手柄上げたかった?」
「…」
もう少し思い出す。
そうか、父親と疎遠だった。
「お父さんに認めて欲しかった、とかさ」
「…何でもお見通しだな」
顔を上げて、シールが少し笑った。
うん、本当に、シールは最近、笑うようになった。無表情なのは相変わらずなんだけど、雰囲気のバリエーションが増えた気がする。
「殆ど全部正解だ。微妙な処はまぁ、あるが」
「じゃあもう一つ」
Kも笑おう。
「今は、死にたくはないなって思うでしょ?」
その言葉にシールはほんの一瞬瞑目して、
「ああ。そうだな」
そのまま素直に頷いた。
「うん、死なないでね。Kたちもシールが居なくなるのヤだからね」
グールですら。ひとりでも欠けるのは、寂しいからヤダと思うよ。
「わ─────っ」
next morning。
外からはまたあの魔術師の悲鳴が聞こえていた。
「何やってんのかねぇ。気になる」
ベッドで寝返りを打ちながら窓の外に意識を遣る。
aは今の悲鳴で完全に目が覚めたらしく、髪を梳かしながらKに起床を促してきた。
それにやる気なく返事を返して、二度目の眠りに落ちていった。
昼。
「ぎゃ─────っ」
まだやってるらしい。
北の薄い青空を灼熱の赤で縦に切り裂く。
「あ、居た。…って、あれ何?」
上空から見下げると、塔の最上階で魔術師が何かと戦っていた。
「え? ホント。何アレ」
aにも解らなかったか。
なんていうか、魔術師が頑張って戦っているのはどう見てもでっかい猫だ。巨猫はシャアアッと恐るべき威嚇音を放ってちっこい魔術師に猫パンチを繰り出している。そこはかとなく、微笑ましい…ねこじゃらし?
「何やってんの?」
フェニックス君を魔術師に近付け、上から声をかける。
「討伐しようとしてんだよっ!!」
叫び散らす魔術師にaが素で不思議そうに聞き返す。
「猫を? ──傷付けたり殺したりしちゃダメって事?」
あぁあぁ。巨猫のあの傷具合から言ってそれはないでしょう。無敵を冠するaには解らない、力ない者の哀しみか…。
「…こうなったら…」
案の定その言葉にダメージを受け戦慄いていた魔術師が、腰に手をやった。ちゃき、と何処かで聞いた事のある音が鳴る。
魔術師は猫を見据え、その物体を構えた。
「───」
これは、デジャブ。
「何アレ、筒?」
aの声が遠くに聞こえる。
「──あの弓、知ってるかも…」
それは自然に洩れた呟き。
「弓ぃ?」
aの不可思議そうな呟きも当然。あの筒は絶対弓には見えない。それでも、それが弓であると、何故か──
魔術師の筒を持った指先に何かが収束していく。キュンと小さく音を立てて集まった力の塊が、周囲から更に力を集める。
きゅいいいぃぃぃいいぃぃいいいぃ─…ん
猫を倒そうと焦った心で弓が引かれていく。
「…えーと」
──ダメだ、それじゃあ。
「aさん、ちょっと逃げよう」
「へ?」
aがこっちを振り返った時、既にその後ろで巨大な光が弾けていた。
「うわあぁっ」
パンッ!
暴発した弓に弾かれて仰け反る魔術師が一瞬見えて、
──ああぁあ…。
だから、そうじゃないのに。
視界は完全にホワイトアウトした。
朱い赤い夕暮れの塔の上で彼に出会う。
笑う青年とタクリタン。
その肩で牙を剥くスクラグス。
知る筈の無い夢を見る。
輝く眼
艶やかに咲く華
一条の、傷
『よう。頼むぜ、後輩』
その終わりに悔いは無い。
ただ一つ、彼の涙が気掛かりだった。
この終わりに悔いは無い。
ただ、彼の笑顔が見ていたかった。
この地位よりこの身より、 きっと世界なんかよりは確実に。
『あいつに自慢したかったんだ。玄霊倒したってな。それでこのザマ。後を託すぜ、おまえらに。あいつほら、不器用だからさ。誰かが手を引いてやんねぇと動けないんだ。俺ももう一度、手を貸してやる』
「………」
…任せとけ、先輩!
『眼』もタクちゃんも、ぶん殴っといてやるさ。
「─────アレ。平…気?」
呻き声を上げながら魔術師が身を起こす。
「この弓は」
「──!?」
傍に転がった魔弓を拾い上げて、勝手に構えてみる。
何も考えず。
何も望まず。
きゅううぅん…
ただ、無という世界を感じて。
さわ、と心地よい感覚が身を包む。これが魔力って奴なんだろうか。フェニックス君を取り込んだ時に少し似ている。
心を空にする。
ああ、成程。世界のエネルギーの流れを感じる。弓の先に出口を感じる。
後は、指先の扉を開くだけ。
バシュッ。
ギャゥオウッ!!
「こう撃つのさ、魔術師さん」
のた打ち回る巨猫。
「────な」
魔術師は驚愕の瞳でKを見上げ続け、
「なんであんたなんかがその弓使えるんだよっ!その弓は…っ、その弓はなぁッ!!」
彼特有の勢いを取り戻し、地面に腰をつけたままにも拘らずそう喚き立てた。個人的には続きを聞いてみたかったのだが、その直後、突如目の前に現れた女性の顔にビビって身を引く。その顔の持ち主は、一秒前までKたちの居た煉瓦に勢い良く鋭い爪を突き立てた。
ひぃいっ。
むちゃくちゃ危なかった!
この謎の危険人物の腕をaが後手に掴み上げる。
「シャアァアッ!!」
激しく抵抗するも、aの拘束からは逃れられない。
「ニアミッ!?」
捕らえられた彼女を見て魔術師が叫ぶ。
にあみ…? それどっかで聞いた。
「─って…あー。ネツァクの」
最早ネツァクが遠い記憶だ。懐かしい気さえする。ニアミは確か、ネツァクで神殿の上から降ってきたあのにゃんこサンだ。獣人族とかいう…。
「そのネツァクのと同じ奴だぞ」
え。いつの間にか横に立ってたのはシールだ。
「どうやってきたの?」
「飛竜で」
成程。塔にはそういう移動手段が備わっているのか。
「てかどういう事? 色々違く見えるけど」
「凶化したみたいだな」
素手で押さえつけるとはマジですげえ奴、なんて呟いて魔術師の隣に立つシール。
「凶化…か」
呟いたのは魔術師。
魔術師が立ち上がるのを見ながらシールが考察を述べる。
「恐らくはこの間玄霊を変調させちまったのが影響してんだろうな」
「獣血種は玄力の変化に敏感…だったな」
立ち上がった魔術師は自嘲気味に続ける。
「弓に玄力を削がれて姿が戻ったってか。放っておいたら強い玄獣になったかもな」
え。
「玄獣になれんの?」
玄獣っていうのは玄獣として生まれるものだとばかり。
「極々稀だが、まあ偶には」
そっか、たぶんカミサマと同じようなモノなんだな。ジズフみたいに、偶にヒトから神が出来るみたいな?
「それより、この子どうするのー? 暴れるんだけど!」
流石にそろそろ押さえ付け続けるのに飽きたらしいaが抗議の声を上げた。
とたん、
「 ! あ、え?」
どこからともなく数字の羅列が流れ出てニアミを取り巻いた。
ふらりと力を失くすニアミ。そしてそのまま、小さな蕾型の透明がかった石になった。
「え」
「わ…ニアミが石になった!!」
すげぇ、どうなってんだろう。
「封術は特に得意なんだ。今回の試験は失敗だったが…」
魔術師は憮然とその封石を拾い上げると、杖を振り上げた。彼の仕業だったらしい。
「もう此処に用はない。帰る」
「あ。待って」
Kの呼び止めに小さく振り返る魔術師。
「玄獣化とか弓の事とか…聞きたいんだけど」
大体帰るってさ、弓K持ちっ放しなんだけど。右手の弓を掲げてみせる。
「───…。そこの物知りに訊いたら」
無表情でそれだけ返すと、本当に帰って行ってしまった。
「うぉー、逃げられた」
「弓、いいのかね」
aがKの手の中の弓に視線を落とす。
本当にね。いいって言うなら、いいんだけどさ。
夜。
今Kはイノクンを抱えてベッドに寝転んで、傍らに浮くタクちゃんの話を聞いてたりする。
「その弓は―『力』を削ぐ。玄力・魔力・煌力…あらゆる『力』を」
「ふーん…」
眼を瞑って受け流す。聞いていないわけじゃない。
「…彼らには話を付けておく。出来ればその弓を…―使って欲しい」
───…
「うん」
何かが気に入らない。でも何が不満なのかは解らない。タクちゃんに当たっちゃってるような気もする。でもよく解らない。
「かなうといいね」
叶うといい。敵うといいね。
「ずるい言い方だと思うが──期待している」
「うん、光栄だよ」
期待が積もる。これはますます、負けらんないんじゃない?
「は? ゲブラーへ行く?」
綺麗な三重音。
「マジか?」
「うん。『眼』倒す手立ても見つかったしね」
今はほら、勢いついてきたから。早い方がいいと思うし。
「まあ、体調も回復したし? いーんじゃない?」
aが伸びをしながら言う。
「ま…おまえらがええ言うんなら」
多少不服気だがグールも同意した。
「ターミナルもまだ色々後処理中で参拝停止中らしいし。…シールもいいかな?」
「ああ。コクマの誇る魔弓の威力、見せて貰おうか」
あら。この弓、有名な品なのかしら。使い終えたら返しに来なきゃ。




