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西暦1997年/樹歴854年
その時世界の神々は、扉が開いた音を聞いた。
彼らが待ち侘びた『英雄』の来訪だ。
──ヴぉん、と。
大気が重たく振動して───
「へ?」
空。
直前まで見ていた灰色の壁とは対照的な、青い空と白い雲。絵に描いたようにいい天気だ。
「うわっ!?」
突如、胃の競り上がる感覚に襲われる。風圧は凄まじく簡単には呼吸を許してくれそうにない。
これは──
「落ちてる、なぁ…」
眼下に広がるのは、果てなく続くような広大な草原。少し見渡せば、その大草原にも果てがあると教える山々。波のない穏やかな海と、サイズ感のバグった巨大樹が一本。後ろには、同じく落下感に顔色をなくしている相棒が一人。
「………aさんや、これはマズいぞ?」
昼の日差しを燦々と受けて煌めく大地が凄い勢いで近付いている。このままでは確実に死ぬ。
「バカ! もっかい転移だ!」
「なるほど」
aからの罵倒と指示を受けて、Kは両の掌を向かい合わせた。
──ヴぉん
空間が歪み、一度視界が真っ暗になる。
…ヴん…
「よっと」
再度大気が震えた時には、ふたりで草原に着地していた。
空間転移。これはKが開発した人為的な技術だ。両手に仕込んだ装置により、相対的またはその星における絶対座標での転移を可能にする。とはいえ、まだ実験段階にある。
「は~びっくりした」
aは一息吐いた後、くるりと辺りを見回した。
「で、何処なのココは」
「異世界、ですかね」
「はぁ!?」
そうとしか思えない。間近に聳え立つ大樹を見上げる。大樹のレベルを超えている。ビル。これはもうビルディングだ。
「こんなんチキュウにも帝国にもないからね」
実際に見た事はないが、屋久杉だって…シャーマンだってここまでじゃない。世界樹という言葉があるが、こういうものを指すのだろう。これなら樹上に町を作って住む事だって出来そうだ。
aは呆然と壁でしかない木肌を見つめている。
「しっかしまた着座標ズレ。転移に違和感もあったしなー。こうなると健康も心配なので一度研究室に戻って──…?」
空が光った。きらん、と一瞬だけ輝いたそれはそのまま落下を始めたようだ。どうみても、人影がふたつ。
「「巻き込み事故ッ!!」」
二人が現れた地点から見て、転移時に巻き添えを喰らわせた可能性が高い。
「やばいやばい!」
Kが慌てて走っているのに、
「あ、でも下海…」
「関係あるかっ」
「ワンチャン…」なんて暢気な事を言うaに一喝入れつつ足を動かし続けたが──
ドバザァッ──!!
ああああああ…死亡事故を起こしてしまった──!!
「──あちゃあ…申し訳ない…見知らぬおふたりさん…」
まだ小さかったように見えた。Kは心中手を合わせた。せめてご遺体は回収しなくては、と海へと一歩近付いた処で、
──ザバァッ!
「ぷはっ!!」
「!? 生きてただとー!? でかしたっ、aさんGo!!」
「へいよ」
aは上着を脱いで海へ入ると、達者な泳ぎでふたりを回収した。
「せめて受け取るくらいしようかね」
ぬるりと、水際のぬかるみを踏んだ感覚。
「………」
aがこどもたちを丘に上げている間、動けずにぷるぷるとバランスを保ち続ける。
「aさん…早くこっちも助けて…」
自らも水から上がったaは、
──ドン!
にっこり笑ったままKを突き飛ばした。
「だよねっ」
この展開は読めていた。
「うぇっぺ、真水だ…」
病気でも拾ったらどうしてくれるのか。ちょっと飲んでしまった水は塩の味がしなかった。草原からいきなり海というのも違和感があったし、これは海にしか見えない大きさだが湖なのだろう。
aが助けてくれないのでKはズリズリと自力で這い上がる。
「うわ。この子たち凄い色だな!」
aが回収してきたこどもたちを見て思わず声が漏れた。髪の色が、ひとりは黄緑でひとりは蒼銀だ。
「いや…あの…おまえもな?」
Kに目をやり、aは遠慮がちに言う。
「Kの頭、派手にオレンジだぞ」
え、と目を瞬かせる。そういう事なら、光の加減かと思っていたが──
「aさんも茶色いよ」
「え」
脱色作用とはどういう事か。今は特に異常は感じないが、肌や目も心配になる。少し怖くなってきた。
「要成分調査だな。送ろう」
──うぉん
試験管を取り出して湖の水を掬う。
Kの転移技術は瞬間移動だけでなく、異次元ぽっけのような機能も備える。寧ろその倉庫的空間開発の延長で転移に発展した。
「この子たちも還すよ~」
「おー」
背後でこどもたちと向き合うaに軽く返事をしながら、試験管を『穴』へしまう。
と。
──ぺっ
「──ぺ?」
しまった筈の試験管は、吐き出されて戻ってきた。
「ちょっと待った─…aさ──」
こどもたちを送り還すのを止めようとした時、
「やめておいた方が賢明だ。次元の狭間に落ちれば消失の恐れもある」
なんだかふわっとした人が、空に腰掛けるようにして浮いていた。
「セフィロートへようこそ、マルクト・ターナ。我々は君たちを歓迎する」
◇◇◇
浮いている。
目の前の浮いている人物は、にこにこと優し気な笑みを湛えたままこちらの出方を待っている。
「えーと…、………え、何?」
最早何から聞けばいいかも解らない。同じ容のヒトが居た事に喜んでいいのか? 何故言葉が通じるのか? ひょっとして帝国よりも技術の発展した世界なのか? 転移に理解があるようだが、試験管が戻ってきた理由が解るのか? 湖の成分は危険はないのか?
大渋滞を起こした脳から命令が届かず、開いた口から出た言葉がそれだった。
何を問われたかも解らないだろうに、彼──たぶん彼──は小首を傾げて頷いた。
「私はこの世界に数多存在する鬼神のひとり。名をタクリタンという」
「か…カミサマ? ?」
「ああ。7の時と召喚を司っている」
カミサマ。
いやまだ解らない。「鬼神」とやらも、何某かの役職名かも知れない。そう。ちょっと浮いているからといって、簡単に神を自称するものを信じてはいけない。
「ふぅむ」
険しい顔で自分を見返す異邦人ふたりをじぃっと見つめている。
「えっと…それより、この子たちを還したいんだけど…」
aが遠慮がちに、こどもたちを指して言う。
「ムリだな」
「え」
あっさりと、長い名前のカミサマはそう言った。
「おまえたちも還る事はできない。大湖の水に浸かっただろう」
「えっ」
まるで大した事ではないかのようにさらっと続けられた。
「マルクトの大湖は『扉』だ。招かれたモノをこの世界のモノとして書き換える作用がある。マルクトの人間がこちらに招かれる事は多々あるが、その逆は容易ではない」
「どーすんだよK! あんま空けるとエリさんに殺されるぞ!!」
「おち、お、おちついて、落ち着いて。『容易ではない』は『不可能』ではない」
がっくんがっくん揺さ振られながらなんとか言葉を発する。そこで漸く、カミサマは少し驚いた表情をした。
「還るつもりか」
「そりゃあね。自分で来ようとして来たんだし、メンツに懸けて還りますとも」
こちとら帝国最高の科学者だ。実験失敗として亡き者にされるのも癪に障るし、無敵の称号を持つaもついている。なんとかなる、なんとかする。
「うん。おもしろい。気に入った。何処までいけるか見守らせて貰おう」
「巻物を頂きました」
aとKで一本ずつ。ふたりとも適性があるようだ、と渡された。
因みにこどもたちはカミサマがなんとかしてくれると言っていたので信じて託した。還せない以上、彼らはあそこで死んだと思っておく。申し訳ない。
今はまずこの巻物だ。
「一度こう、ぱあっとやってみたかったんだよね~!」
そういって巻物を盛大に広げた瞬間──
どうやら意識を失った。
「ぷはっ」
やっとの事で辿り着いた空気を肺いっぱいに吸い込──
「…?」
夢か。よかった、夢だ。
さっき湖に落ちたからだろうか。水難の夢を見ていた。疲れた。
青い空に緑の絨毯、穏やかな日差し。こんなにも快眠出来そうなシチュエーションで悪夢を見るなどどうかしている。
頭を振って上半身を起こす。巻物が掛布団のようになっていた。
傍に、魘されて眠るaがいた。ちょっとつついてやろうと気配を殺して手を伸ばす。触れるか否かの瞬間に、
「うわぁあぁあッ」「わああああ!?」
aが跳ね起きた。 ビビった、マジビビった!!
「K…?」
振り返ったaもKを見て驚いていた。それはそうだろう。今かなり芸術的な『仰天』ポーズが取れている自信がある。
「えぇKですとも。…aさん? 瞳が赤いよ?」
「Kは青い」
「青?」
ミラーを取り出し確認する。バイクのミラーだが機能に違いはない。
「あらホント」
見慣れぬオレンジ色の髪と、強めの青色の瞳。
ぽいっとミラーをaに投げ渡す。それを覗き込んでaも「うわー」とか「えー…」とか言っている。
Kは大きく伸びをして草の上に倒れ込んだ。
「あー、溺れる夢みてさ~」
「アタシは火責めだった」
見るとaは巻物を拾ってくれていた。
「どうすんのそれ」
「んー、とりあえずしまっとくね」
そう言って『穴』を開くと──
──ぎゃあああぁぁああぁす!
「っきゃー!?」
「え、なに…」
開くと同時に甲高い雄叫びが上がり、何かが飛び出してきた。
鳥だ。とても大きな、朱色の鳥。燃え上がるようなその朱は不死鳥を髣髴とさせた。
「なんか、今『穴』の反応が妙だった…」
aは飛び出してきた鳥と自らの掌を見比べている。
そういえばさっき、カミサマはこの世界での召喚の術を与えてくれると言っていた。Kたちの『穴』とは違う次元が開いたのかも知れない。
「Kのも何か入ってるかな!」
試しにKも『穴』を開いてみる。確かに少し違和感のある、馴染みのない感覚がした。
──ぎゃぅおぅぅ…!
入っていた。低い唸り声と共にKの『穴』から出て来たのは、長い肢体をくねらせた巨大な蒼い龍だった。龍だ、竜ではなく。
空に現れた鳥と龍は、互いを認識した瞬間ケンカを始めた。
「えっ。ちょ、おーい!?」
牽制どころじゃない絡み合いに思わず声を張り上げる。すると、ハッとした様子で龍がKの元へ降りてきた。
「はじめましてマスター。貴方の守護獣として顕現致しました。どうぞ名前をお与え下さい」
「「『青龍ちゃん』!」」
恭しく頭を垂れる龍に、ほぼ脳直で返事をした。それは見事にaと重なった。それはそうだろう。これは『青龍ちゃん』以外有り得ない。
「セイリュウチャン…畏まりました。宜しくお願い致します、マスター」
よく解らないままひとつ頷く。守護獣…というのが解かり兼ねるが、恐らく召喚獣がひとつ増えたという認識でそう間違いないだろう。
aの方に降り立った鳥は長い首を反らせて、主人を見下すようにして言った。
「おまえの守護は俺が務めてやる。ありがたく思いな。さあ、名を付けやがれ」
「フェニックス君~~!」
思わずしゃしゃり出てしまった。呆気にとられた風のフェニックス君に、aは頷いた。
「うん、まぁ、でも。『フェニックス君』」
採用された。
「いいな、鳥さんいいな!」
「いいじゃん龍。かっこいいじゃん」
ふたり揃ってちらりと守護獣たちに目を向ける。
「…まぁ、互いにその方に従えと命じて頂ければ…」
「前代未聞」
こうしてKとaは守護獣を交換した。
「ただ…私の真の主は貴方である事、お忘れになりませんよう」
「ん」
◇◇◇
騎乗の練習に思ったよりも時間を取られてしまった。羽ばたく邪魔にならないように且つ落ちないように鳥に乗るのも、うねる流線形フォルムにしがみつくのも、案外結構難しい。
漸くなんとかコツを掴んで、長距離飛行に挑戦中だ。
「K、見ろアレ」
「え でっか え 待ってデカい」
aが示す先、広大な草原のただ中に信じ難いものを見た。ウサギだ。フォルムはどう見てもウサギだ。茶色くてふさふさしていて耳が長くてケツがデカい。だがサイズがおかしい。ホルスタインくらいある。こわい。
最初は背中しか見えていなかったが、少し位置を変えるとウサギの背で隠れていたものが見えるようになった。人間だ。浮いていない。
「あれって、襲われてるんじゃない?」
「ウサギは肉食しないよ」
とは言ってみたものの、ウサギの顔を見て察した。
――これウサギじゃないわ。目が正面についてるもの。
捕食者の造りだ。ついでに複眼みたいなものも付いている。どうにも気持ちが悪い。
「一応助けてあげようか、居合わせたのも縁って事で」
「そうだねぇ。援けて貰えるかも知れないしね」
なにせ今後のアテがまったくない。恩を売っておくのは損にならないだろう。
改めて観察してみると、捕食されかけているのは少年のようだ。薄い灰色のセミロングの髪が、少しの風でもさらさらと揺れている。服装から見ると男性的だが、華奢なシルエットだし、女性という可能性もある。長い襟巻にウサギの爪が掛かっている。あれは首が締まっているのではなかろうか。
降下して、その頭上から声を掛ける。
「助けてあげよっか?」
返事がない。聞こえなかっただろうか。もし言葉が通じないとしても、声がしたら何某か反応があってもいいと思う。
aと視線を交わし、それぞれ召喚獣から降りる。
「なんだ、おまえら」
この声なら恐らく少年で合っているだろう。
漸く反応があったが、少年はウサギから目を離さないままだ。ウサギもこの状況で動かないという事は、目を離した方が負けになるのだろう。
「ウサギ追っ払うくらいならできると思うんだ」
「その代わり、ちょーっと援けて欲しいんだよね」
「おまえら、この紋見て言ってんのか?」
「?」
どれの事だろう。目に付く範囲で紋のようなものがあるのは髪留だ。長めの前髪を留めている大きな髪飾りには大翼の鳥の意匠が刻まれている。高価そうだし態度もデカい。コイツはきっと金を持っている。
「ハ、まぁいい。助けられてやる」
ジリ、と少年が後退る。
「任せて」
aが素早く器用にウサギの爪から襟巻を外す。驚いたウサギも素早く態勢を切り替え、獲物を三匹と認識し直し襲い掛かってくる。
「よし、任せた!」
Kの合図にフェニックス君は一度大きく胸を膨らませ、盛大に火を噴いた。
「ふぉ~! すげー!」
ウサギは慌てふためいて逃げていく。
「マスター! 私は! 物理的な攻撃でしたらそいつより得意ですので…!」
フェニックス君の技に大興奮していたら青龍ちゃんに張り合われた。本当に、何故だか仲が悪いらしい。
少年から大層解り辛い感謝の言葉を受けて、とにもかくにも宿のアテを手に入れた。
「いやはや良かった。それじゃ、どちらまで?」
「大雑把に言うと北へ」
そう言って当然のように青龍ちゃんに跨がった。乗りこなすのにそれなりに苦労したaが目を丸くしている。
「…いいけど。飛び始めるとあんまり声届かないから、先にもうちょっと訊いておいていい?」
「マスター、差し出がましいようですが、地名を教えて頂ければそちらへ向かう事ができます」
自動運転機能搭載。便利だ。
青龍ちゃんの言を受けて少年に視線をやる。
「じゃ、ゼクトゥズ迄」
「ゼクトゥズ! ケテルのですか!?」
他にあるのか? と少年は片眉をあげてみせる。
「なんか問題あるの?」
「遠過ぎるんです。背に乗せたまま安全に飛行していくには、何日か掛かります」
青龍ちゃんの言葉に少年が目を逸らす。
「飛竜で二日ちょっとくらいだろ」
「我々は籠も鞍も持っていませんし、何より先程契約を交わしたばかりです。そんなに──」
「あっ、じゃあオレ時越えできるわ」
「!?」
台詞を遮って放たれたフェニックス君の発言に、青龍ちゃんがもの凄い勢いで振り返る。
「ゼクトゥズだな! よし寄れ」
「バ」
ぐあん
gijbdxgygnkjbxseu8tedvmop#○)hbj#i……
── side a ──
大きく周囲の空間が歪み、何も解らない内に外の風景だけが移り変わった。
「な、何今の…」
aは少しふらつきながら、状況を確認しようと首を巡らせた。何処までも続くかのような草原は最早なく、建物が立ち並んでいる。どう見ても街だ。
「此処は…一応、ケテルだな」
後で辺りを見回していた少年がそう言いながら青龍ちゃんから降りた。
「え?」
aが聞き返しても返事もせず、Kの方へと向かって行く。その姿を目で追って、そして漸く、Kの様子がおかしい事に気が付いた。
「K、だいじょうぶか!」
Kは民家の塀に凭れ掛かって項垂れていた。
「ぁー、aさん? なんか…ぅ…キモ…ぉぇ」
立ち上がろうとしたらしいがすぐにダウンする。
「ちょ…。おいー。いい、暫く休んでな」
取り敢えずKと少年に背を向けて、元凶の元へと向かう。見ると、既に青龍ちゃんにお叱りを受けた後のようだ。
「フェニックス君。どういう事?」
「いや~その~…意外と弱かったな、あいつ」
鳥の分際で「てへぺろ☆」みたいな雰囲気を出してくる。
「契約後数時間であんな大技耐えられるワケないでしょう!!」
青龍ちゃんの剣幕に思わずaの背も伸びる。
事の次第を問い質すとつまりこういう事だった。
召喚獣が術を使用する際、その術による負担はその召喚獣の使役者に掛かる。本来ならKが命じたとしてもフェニックス君が使った術の負担は主人たるaに掛かる筈だったのだが、aには理解出来ない特殊な契約が働いたようで、今後もKが命じた分はKへ、aが命じた分はaへと掛かってくるらしい。本当に良かった、とaは胸を撫で下ろした。Kの分を受け持っていたらすぐに倒れてしまう。
今使った、フェニックス君が「時越え」と呼ぶ術は上級者用の大術なのだそうだ。初心者の分際でいきなり多大な負担を掛けられて、Kはへばってしまっているワケだ。因みに此処はまだ目的地ではなく、その近郊であるらしい。
「生きていただけでも奇跡のようなものです。目的地まで着いていないという事は、無意識でしょうがこの馬鹿の術に干渉して制御したのでしょう。自分の正式な契約獣でもないというのに。私の主は素晴らしい才能の持主のようです!」
嬉しそうに語る青龍ちゃんの言葉をaは愛想笑いで受け流す。その主の性格を知って、失望しなければ良いのだが。
── side K ──
暫く休んでいろと言われ、Kはそのまま大人しくaの背を見送った。フェニックス君が叱られている声が遠くに聞こえる。aと青龍ちゃんのW攻撃だ。
少年は、横に立っていた。
「やあ、悪いね」
「何が?」
最初から思っていたが、少年には表情がない。感情の読み難い顔でそう訊かれると、自分でもよく解らなくなった。
「いや、なんとなく? 謝り癖はあるかもしれない」
「ふーん。面倒臭い奴」
「そういう事言う」
暫く呆っと体力の回復を待つ。
下げたままの視界に、ボロボロに裂けた布が見えた。なんとなくそれを見つめて、ウサギに引っ掛けられていたのを思い出す。あの時も少年に表情は見られず、襲われているのにやけに冷静だなと思っていた。
「もしかしてさぁ、」
落ち着いてきた呼吸を数える。気になっていたし、訊いてしまおう。
「邪魔した?」
「……」
無返答。やはり訊くべきではなかったかと顔を上げる。少年の表情は…憮然としている、と取れなくもない。ほんの少しだけ片眉が上がっている気もした。
「ごめん、別にいいんだけど」
また視線を下げる。穴の開いた襟巻が揺れた。
「助けられた事なら感謝してる」
「え?」
「聞こえなかったならいい」
聞こえた。聞こえはしたが、その言葉は少しばかり意外だった。
──もしかしてその表情は、照れてんのか?
「──は」
なんだ、カワイイ奴め。
◇◇◇
「ん、と!aさん、もう大丈夫。行こう」
跳ねるように身を起こしaに駆け寄る。少年は後からゆっくりとついて来た。
「此処からなら歩いていけるんでしょ?」
フェニックス君は王都迄飛ぶと言い、少年はそこが目的地だと言っていた。
「ん? ?」
だというのに何故だか皆微妙な表情だ。
「マスター、それですけど…。──おい莫迦者。あんたから説明しなさい!」
青龍ちゃんがこわい。
「だーかーらぁ…、悪かったってばよ…。あのな、時越えはすげぇ精神力と体力喰うんだよな。かなりの距離を一瞬で詰めるわけだからな。言うなれば上級者向けだ」
時越えとは何か訊こうとはした。うん。全然間に合わなかったけれども。
「で、つまりぃ、このままトビ続けると術者が違うトコ着きそうだったから……」
それは即ち。
「K死にそうだった上、此処まだ目的地じゃないんだ!?」
フェニックス君は爽やかに答える。
「そゆこと。まあ早くレベル上げろって話だよな!」
「「「おまえが説明なしで突っ走んなって事だ!!」」」
「────っ、うるせえなぁ」
見事にハモった。
「── はぁ。通常飛行は大丈夫なんだよね?」
「あー」
「青龍ちゃん!!」
曖昧な音しか発さないフェニックス君では全然信用出来ないので、青龍ちゃんに助けを求める。
「ええ。必要とする精神力はほんの微量ですから、待機状態と同等です。消費より回復の方が早いでしょう」
──失敗したかなぁ。
守護獣の交換を今更悔やむが…
「…………」
いや、でも、やはり鳥さんは良い。
Kはどうやら面食いらしい。
──バサッ
赤い鳥と青い龍は並んで空を行く。
さっきまで居た大草原と比べると此処はかなり冷える。出会った場所から飛竜で数日分北と言っていたし、上空なら尚更だ。
「そういえばさ、名前教えてよ。それはaさんだよ。乗ってるのは青龍ちゃん」
少年に向かって大声で紹介する。少年に声を伝えようとしているのだが、aは無線通信機で直通な為かなり煩かったようだ。盛大に顰めっ面で返された。
「アレはバカだよ。乗ってるのもバカ。バカ+バカで救いがない」
「わあ。K、ケイだよ。Kとフェニックス君ね!」
aは俯き気味に手をヒラヒラさせている。
少年が少し身を乗り出して前方のaに尋ねる。
「おまえは何処までが名前だ?」
「アタシ? a。ア、ラ、ね」
ふーんと頷いて会話を終了させてしまった少年にもう一度叫ぶ。
「だから、名前は?」
「あぁ…、シルータだ。シルータ・エケルット・マディメ」
「長」
aが素直な感想を述べた。
「ああ。フルネームで呼んでくれていいから」
「悪いね、もう忘れた」
飄々と言う少年に、aも悪びれずに告げる。
「シルータ・エケルット・マディメ」
「無理」
努力もない。
「あ、シールさん。あれ家じゃない? シールん家じゃない?」
見えてきた建物に期待を込めて指を向ける。
「シール?」
「うん?」
自分が呼ばれていると認識出来ず流しかけた少年が妙な表情で聞き返してきた。
「シルータ」
「だってシルーは言い難いじゃん?」
「シルータ」
「解ったって。で、あれ、シールん家でしょ?」
もう一度、眼下を指して尋ねる。
「………」
「諦めた方が」
aは同情を込めた眼差しをシールへ送る。不服そうに俯いたままのシールに、Kは三度目の問いを投げる。
「だから、あれ…」
「──あぁ、そうだ。駐翼場がある。そこに降りろ」
気を取り直したのか観念したのか、彼はKの指す先を確認して肯いた。
「やった、びんご!」
Kが指す先。そこには、いかにも『城』といった感じの豪奢で巨大な建築物…というか、小都市、があった。
その後をざっくり纏めると、案の定シールはオージサマでKたちはスカウトされて軍籍に身を置く事になった。
『オージサマの命の恩人』という立場は強大で、行動の自由を雇用の条件に据える事も出来た。
賓客棟に一人一室を宛がわれ、これで衣食住に困る事はなくなったワケだ。
「それにしても、一人一室…。aさんと同じ部屋が良かったよー」
「アタシはいやだよ」
Kは慣れない処で一人なんて不安過ぎるのだが、aは満喫する気らしい。流石強い。
「ああ、おまえらは南の文化圏か。北方ではプライベートに厳しいんだ。諦めろ」
「何が? 北とか南とか、何の話?」
「うん。世界の常識については丁寧に宜しく」
怪訝な表情のシール。
「えーと、今朝方この世界に来たばかりです」
「…おまえら、マルクト・ターナか」
「あ、そう。タクちゃんもそんな事言ってた」
信じないかとも思ったが、シールは意外とスムーズに受け入れた。
「おまえらに遭ったのがマルクトの地、最南の地だ」
非常に面倒臭そうな雰囲気を出しつつ、説明をくれる。表情が読み辛いくせに、こういう雰囲気だけはしっかり伝わってくる。
「今居るここがケテル。最北に位置する国だ」
ふんふんとaと一緒に大人しく頷く。
「北の民と南の民では物の根本的な考え方が大きく異なる。例えば今言ったみたいに『個』についてや『性別』について」
「どういう事?」
aが首を傾げる。
「…あー…つまり…なんだ。性別やなんかの区別は南から北に行く程薄れていく。ただ『個』の区別だけは強まっていくって事だな」
なら例えば、同性のカップルが普通に居たりするのだろうか。まだちょっとよく解らない。
それはともかく、結局一人部屋は譲れないという事で。
「わーん、ひとりは心細いよー」
「我慢しろ」
aは一人部屋にご満悦のようだ。
とにもかくにも。
幸運にも当日の内に生活の基盤を確保出来た。これから帰還の術を探し出さないといけないワケだけが…。うん。意外と。なんとかなるような気がしてきた。




