アレイシア
そこは真っ暗闇だった。
おぼろげにすら周囲を見ることもできない。
試しに目の前で手を振ってみるが何かが動いたとすら見えない。
手を振ることで少し空気が動いたのをかすかに感じ取れるだけだ。
ああ、あと手の内に流れる魔力が見えるのみだ。
私は魔力を視覚としてみることができる。
普通は感じ取れるというだけなのだけど、これこそが私がここまで有名になった理由ともいえる。
今この身に感じ取れるのは魔力と二つのぬくもりとかすかな吐息のみ。
片方は小さくて体温が高く、規則正しい吐息が聞こえる。まあ、眠っているわけだが。
道中で拾った存在だが、もう二日ほど眠り通している。
もう片方は同じか、少し低いぐらいの体温で少し息が早い。おそらく恐怖心から。
無理もない。この状況で戦闘経験のないものが落ち着いていられる方がどうかしている。
「ア、アレイシア様、これからどうなるんでしょうか?」
「馬車の中には食料と水が積んであるのでこのまま立てこもるのが最適でしょう。
量的には七日分ありますし、死なない程度に少しずつ摂取すればさらに行けるかと。
ただしその前に魔石や魔力がそこを突くでしょう。おそらく五日が限度かと。
結界の魔具を改良すればもっといけるでしょうが一度発動を止めなければいけませんので無理です。
結界の強度は全く問題がありません。
たとえ直径十メートルの隕石がそらから降ってこようと計算上は耐えれます。
魔法的なアプローチも難しいでしょう。
我が国最高の魔術師の老君でさえ解析、解除に一日はかかると言っていましたから、
そこらのものが解除するのは不可能です。」
侍女に自分の心拍数を数えながらそう説明した。
この結界の中ではどれほど時間が経過したのか分からないのでほぼ速さの変わらない私の心拍ではかる。
そして自分はどうかしている方の人間だ。
自分はこんな状況にも限らず限りなく冷静だ。自分のわかる範囲では情が全く動いていない。
そして自分は自分がどうかしているのを自覚している。
「5日で助けが来てもらえるでしょうか?」
「分かりません。
二日後に次の町に到着すると伝えてあるので来ないとなれば動くでしょう。
ただし、事実確認や隊の編成などで一日、その後ここまで来るのに急いで来たら一日。
ぎりぎりになるでしょう。
私のこの魔具の事は知らせているので助けに来たものが通り過ぎてしまう事はないでしょう。
もう一つ希望的観測をするならば賊たちが焦れて去る可能性もあります。」
「ほっ、そうですか。それならまだ安心ですね。」
侍女の息がある程度落ち着いた。
あれだけ希望的観測を挙げれば落ち着くだろう。予想通り。
あまり酸素を無駄に使うわけにはいかないので。
とはいえ実際どうしたものでしょうか。
おそらくあの賊たちは自分を排斥しようとしている一派の者達の刺客。
そして自分たちが次に行く町は排斥派の貴族が納めている町。
援軍は来ないと考えるのが妥当。
これからこの馬車に乗っている手土産でこちら側、そこまでいかなくても中立派にしようとした所だった。
いささか手遅れ感がある。
もう少し早く行っていればという思考に意味はない。
おそらく自分が懐柔しようとした時点でこうやって刺客が放たれただろうから。
意味のない思考ではなく、意味のある思考をしよう。
まずは状況の整理。
・次の町からの援軍はない。
・刺客たちは自分たちを殺すのが目的なため焦れて去ることはない。
・先ほどは魔力や魔石が5日持つといったが排泄用に穴を掘ったり、
同行者の精神安定のため魔力を使わなければならないため4日半程しか持たない。
・この魔具の結界は光はおろか空気の流れも遮断するため、酸素が呼吸やその他もろもろで減る。
・刺客はプロだから並の者では歯が立たない。
次は打開策の思考。
三つめは比較的簡単に済みます。
穴を掘る方はそこそこ深く掘らないといけないのでどうしようもないですし、
する時は光を出さないといけないのでどうしようもありませんけど、
精神安定の方はキスでもその先でもして洗脳でもすればどうにかなるだろう。
別にそっちの気はないが必要なら私はなんでも行う。
極限まで精神が不安定に陥った後に私に依存させれば盲目的に私に依存するからその後は大丈夫でしょう。
他のものも結構な問題だが、五つ目が一番問題だ。
たとえほかの者達が道を通ったとしてもそれが助けにならない。
冒険者も中級のパーティーでは無理だ。
そしてここらはあまり強い魔物が出ないのと、
星印持ちの魔物がよく魔物を狩っているので上級の者達はあまり寄り付かない。
聖印持ちは便利だからそのまま放置する政策に反対していたがこうなると少し手遅れ感がある。
町と町の間の道に兵を配置して治安維持、魔物の盗伐をしなくてもいいと国家の財政を助けてくれる
星印持ちですがあれに頼り切っている今の状況は危険だと思われる。
そもそもあれがどういう意図をもって配置されているのかわからない以上は警戒すべきだ。
少し話は変わるがこの百年ほど戦争は起こっていない。
大きな戦争を起こすと星印持ちの魔物たちが戦場に現れて虐殺していくからだ。
彼らは質が良く、数も多い。戦場では一方的とまではいかずとも虐殺というにふさわしい動きをする。
また、それらの星印持ちは普段危険生ものを狩ったり、治安維持をしているもの達である。
しかも各国から終結するからほかの国から非難を受けかねない。
そういった理由から現在戦争をどこの国も起こせない、もしくは起こしにくい状況になっている。
この事を評価している者はたくさんいる。平和になったのだからいいじゃないかと。
星印教というものまでひそかに存在するらしい。
ですが私はこの状況がかなりまずいと思っている。
今回のように町と町の間の道に兵を配置しなかったからこういう刺客は活動しやすくなった。
そのせいでそういった道での貴人の暗殺件数が増えている。
私の今の状況もそういうことが関係しているのだろう。
ただ、私が一番気にしているのはそこではない。
この聖印持ちはある意思のもとに配置されている。
普通の魔物の行動原理と大きく外れていることからもそのことが分かる。
では、この魔物達が、いえ、その魔物達を統率しているものがもし・・・・・
いえ、今はこの思考はいらないですね。
これを考えたからといってこの状況から逃れられるわけでもありませんし。
しかし考えれば考えるほど詰みと表現できる状況。
さて、どうするか。
もうすでに結界範囲外にいる護衛達は殺されている可能性が高い。
そもそも今回つけられた護衛の中に裏切者が複数いた時点で勝ち目はない。
今持っている戦闘用の魔具では外の者達から逃げることすらできないし、
新しく開発するには時間も道具も素材も足りない。
やはり詰みとしか表現できない。
仕方がないので爆死することにしましょう。
現在ある魔力と魔石のすべてを爆発に変換すれば外の者達も殺しきれるでしょう。
だいたい半径五十メートルは更地にできるでしょうし。
そういうわけですので自分は結界を出している魔具を止めようとしました。
そうしたら結界が解けました。
それはもう、あっさりと。自分が魔具の発動を止めたわけではないのに。
「えっ?」
自分の口から間の抜けた声が聞こえた気がする。




