小噺
ある日知人の家に行ったら、仕事場兼家の中がちいさきもので一杯になっていた。
しかもそれだけではない。
知人のタイガを中心に円を作り、ちいさきものとさらに客人兼将来の嫁が床に直か座りをしている。
珍しい事態だと目を丸くしたのは、しかしながらそれが原因ではなかった。
「アイリ・・・?」
元々弟には極端に甘いが、猿を苦手としているはずの愛理がちいさきものたちを体中に貼り付けて楽しげにハミングしているのだ。
その光景にこそ驚いて目を瞬かせたガイホウは、恐る恐る愛理に近寄るとそっと髪に触れようとした。
しかし気配に感づいたのか、後ろを振り返りもせずにその手を打ち払った愛理はいつもどおり冷めた眼差しをガイホウに向ける。
てっきり苦手意識が改善されたと思い込んだガイホウは、普段と変わらぬ手厳しさにがくりと肩を落とした。
「何だ、お嬢ちゃん。どうしたってそんなに体中にチビをへばり付けてんだ?」
「タイガさんが知り合いにお子さんを預けられたんです。それで偶々遊びに来ていた私も一緒にベビーシッターをさせてもらっています」
「いやぁ~アイリさんは面倒見がよくてとても助かっているんですよ~」
にこにこといい年して邪気のない笑みを浮かべた知人を見詰め、視線をアイリへと戻す。
ちいさきものに触れる手はあくまで優しく慈しみに溢れていた。
「お嬢ちゃん猿は苦手じゃねえのか?」
「・・・この子達の前で酷いこと言わないで下さい。元々私はお猿さんグッズを集める程に猿は好きです」
「何!?」
「そうだったんですか~?」
「はい。───ただし身の丈より大きい猿は苦手ですのであしからず。あ、タイガさんは別ですよ」
にこり、とタイガに向けて笑みを浮かべる。
それが面白くなくて無理やり腕に抱きこんだら、愛理ではなくちいさきものから反撃を受け思わず睨みつければ怖い顔で愛理に叱られた。
理不尽だと唇を尖らせると、いい年した男がして可愛い態度じゃないですね、と可愛い顔で辛辣に釘刺され益々気分が凹む。
「私、小さいお猿さん大好きです。目はきゅるきゅるですし尻尾はふりふりですし離れまいと体にしがみ付く仕草は愛らしいですし毛並みもふさふさですし」
「毛並みなら俺だっていいぜ?」
「万年発情期は最悪です」
つん、と形良い顎を逸らすと、そのまま近くの猿に頬を摺り寄せた。
キイキイと嬉しげに鳴く姿から愛理に余程懐いたのだろうと察せるが面白くない。
それは腕にしがみ付いている弟も同じらしく、ぷくりと頬を膨らませると腕をにじり上り頬を摺り寄せる小猿の顔をどかした。
「アイリはおいらのじゃ!はなれろ!」
「まぁ!焼き餅を妬いていらっしゃるんですか、ヨウゲン様?大丈夫。私はしっかりヨウゲン様を愛してますよ」
「っ・・・あいしてる?あいしてるってなんじゃ?」
「可愛くて特別で大好きという意味です」
「・・・それならおいらもアイリをあいしてるのじゃ!アイリはおいらのよめになるのじゃ!」
「まぁまぁ、なんて可愛らしいんでしょう!」
ヨウゲンに顔を摺り寄せる愛理を見て、ガイホウは鼻を鳴らした。
彼は知らない。
このときの言葉どおり、数年後ヨウゲンが愛理を娶ろうとすることなど。
そしてその後に起こる兄弟喧嘩の勃発は始まりでしかないことを、彼は予想すらしていない。