第10話 Agitato
輝の言葉は、遅れて来た雅樹と佑太の耳にも届いていた。その言葉に、3人が愕然とした。
「ほら、君!ここは関係者以外立入禁止だ!出て行きなさい!」
動けなくなった康嗣を、守衛が無理矢理外へ連れ出そうとした。
「ヒカル!」
今度は佑太の声だった。康嗣と同じく、走り込みながら拳を振りかぶる。
「辞めて下さい!」
マネージャーが再び輝を庇い、今度は佑太の拳で2メートルほど吹っ飛ぶ。
「アンタには関係ないだろ!」
「関係あります!」
マネージャーは切れた口元から血を流し、佑太を睨みながら言った。
「私はヒカルさんのマネージャーです!彼のスケジュールを管理し、彼を守るのが、私の仕事ですから!」
彼女は両手を広げ、輝と康嗣達の間に立ちはだかった。
「彼は今から別の収録に向かいます。顔に傷なんて付けさせません!殴りたいなら私を殴って下さい!」
立ちはだかりながら、既に膝が笑っている。その後ろで、全く表情を変えない輝が腹立たしくて仕方ない。
「ヒカル!マネージャーの女の子に守られて、何も感じないのか!?」
守衛に押さえられながら康嗣が叫ぶ。
「僕はもう会社の商品なんだ。当然だ」
「お前……、そこまでクズになったんだな……」
佑太が呆れるように言った。
「皆さんは、ヒカルさんのバンドメンバーさんですね……?」
マネージャーが3人の顔を順番に見て言った。
「ヒカルさんが考えている事を、今から話します。いいですね、ヒカルさん」
輝はゆっくりと頷いた。
「ヒカルさんは、皆さんとバンドとしてデビューする事を諦めてなんかいません。今はダメでも、いつか必ず会社を説得すると決めているんです」
雅樹は俯き、なるほどと呟いた。
「マサキ?」
佑太が雅樹を見る。その声に気付いて、康嗣も雅樹に振り返った。
「売れてしまえば何だって出来る。それが芸能界だ。まずは自分だけでも売れて、後から俺達を招集してバンドとして再デビューする。そう考えてるんだろ?」
雅樹の問いに、首を縦に振る輝。
「その通りだよ、マサキ。僕が売れれば、会社から文句も言われずにバンドとしてデビューできる。この道しかないと思ってる」
輝の声は、その決意の固さを色濃く匂わせていた。
「それまでは、会社からどんな扱われ方をしようと構わない。とにかく売れる事が前提なんだ。だから、今は邪魔をしないでくれ……」
そう言って、輝は深々と頭を下げた。それを見て康嗣はバツが悪そうに舌打ちをした。
「ま、俺はもうメンバーじゃないから関係ねー。ただ、お前がマサキやユータを踏み台にしたみたいで気に食わなかっただけだ」
「コージ……」
「2人を踏み台にしたんだ。売れねーとまた殴りに来るぞ」
「その時は、また私が止めます!」
「そーかよ。しかし、悪かったな、マネージャーさん。全力で殴っちまった……」
「マネージャーとしての勲章です!」
「ヒカルの事、よろしくお願いします」
康嗣はマネージャーに頭を下げた。
「コージ、その時は君も召集するよ」
「遠慮するぜ、ヒカル。何度も言うが、俺はメンバーじゃねー。やるんだったら対バンだ。マサキも言ってたろ」
康嗣は輝を指差した。
「そん時まで、楽しみにしてろよ!」
「ヒカル」
雅樹がマネージャーの隣を通り過ぎ、輝の前に歩いてきた。すると、いきなり輝の鳩尾に拳を叩き込んだ。衝撃が肝臓にまで響いたらしく、輝はゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「マサキ!」
「舐めんじゃねーよ。いつからお前がリーダーになったんだよ……」
うずくまる輝を見下ろしながら雅樹が言う。
「俺達にリーダーは要らない。そう言ったのはお前だっただろ。それが何だ。召集だ?何様だ、お前」
雅樹は静かにキレていた。輝の考えは分かる。しかし、納得は出来ない。10年だ。10年間、4人でやってきた。コージがぶっ壊れていく様を見ながらも、どうにかバンドを続けようとしてきた。それが全部、輝一人の判断で動かされていたというのか。
「お前におんぶに抱っこでバンドやれってか?ふざけんな。メンバー同士が同等じゃない状態で、俺達がベストな演奏が出来ると思うのか?」
「マサキ……」
「お前が売れようとしてくれてる事は分かった。お前の気持ちも分かった。だけど、俺達を守ろうとするな。俺達は守られたくてバンドをやってたんじゃない」
康嗣と佑太は呆気に取られていた。雅樹がここまで感情を露わにするのを、初めて見た気がした。
「俺は下りる。お前は勝手にやってくれ」
雅樹はそう言い捨てると、輝に背を向け歩き出した。
「ヒカル、俺も下りる。バンドの事を思ってくれたのは有り難いが、そういう事じゃねーんだよ。悪いな」
佑太も雅樹の後を追い、途中で無理矢理康嗣と肩を組む。
「帰るぞ、コージ!折角赤坂に来たんだ、観光して行こうぜ」
「おい!いいのかよ!」
「あ?お前はもうメンバーじゃないんだろ?俺ももうメンバーじゃなくなった!関係ないさ」
あっけらかんと佑太が言う。康嗣は戸惑いながら雅樹達と一緒に駐車場を後にした。
駐車場に一人残された輝は、膝をついたまま3人の背中を見送った。目が滲む。自分が正しいとは思っていない。ただ、この道しかなかった。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
「ヒカルさん……、大丈夫ですか?」
マネージャーが輝に手を差し伸べる。輝はその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「行きましょう、お台場」
「……はい」
♪
それから1年が経った。
輝は華々しくデビューを飾り、ソロアーティストとして順調に名前を広めていった。テレビでもネットでも見かける機会が増え、街中でもその曲が流れるようになった。
雅樹と佑太はレーベルとの契約を破棄し、新たなメンバーを加えてインディーズでの活動を再開した。小さなライブハウスから、また一からやり直しだ。客は少ない。それでも、雅樹が初めてステージに上がった時の顔を、佑太は忘れられない。あの夏フェスで稲妻が走った時と同じ顔をしていた。
康嗣はYouTubeにギターの練習動画を投稿し続けた。渚に怒鳴られながら、褒められながら、少しずつ上手くなっていった。チャンネル登録者はそこそこ増え、「上手くなったな」というコメントが届くたびに、康嗣は笑った。誰かに見てもらえる事が、こんなにも嬉しいとは思っていなかった。
あれ以降、4人全員が揃う事はもう二度となかった。
けれど、それぞれの場所で、それぞれの音楽が続いている。




