外伝 最終話 僕の⋯⋯。
「へヴァン兄様! 良かった無事で!」
病室に飛び込んできたリエルは、へヴァンに泣きながら抱きついてきた。
「リ、リエル……ッッ!」
ジョルジェは、思わず声が大きくなり、顔も紅潮して明らかに動揺する。
「僕のことはわかるの? 名前も?」
リエルは涙をこらえながら微笑む。
「あ……いや、僕は今どんな姿をしているの? 自分の顔が見たい」
ジョルジェは、あまりにもリエルの顔が近くにあるので、照れながら顔をそらした。
「鏡見る?」
リエルは、メイドのアリサに手鏡を取ってもらって、ジョルジェに渡す。
彼は、自分の人間に化けた姿を見て、驚きを隠せなかった。
ーーこの顔、知ってる。リエルの近くにいた兄のベヴァンというヤツだ。何故僕が? そいつの姿になってるの? これはベヴァンだと勘違いしない方が無理だ。
ジョルジェは、リエルも他の人間達も自分がベヴァンだと疑わないはずだ、と理解した。
ーー 僕はこれから人間に化けた場合、ベヴァンの顔になるのか?
いや、本物のへヴァンはどうした?
どこに行ったんだ?
「へヴァンお兄様?」
リエルが黙り込んだベヴァンを心配そうに見つめる。
ジョルジェは頭が混乱したが、リエルの心配そうな顔を見たら、全てがどうでもよくなった。
「リエル、僕のこと心配してくれるの?」
「もちろんだよ、お兄様」
リエルはどこまでも純粋だった。
人間の姿をした純粋な魂。
ジョルジェは、まぶしい弟の頬に手を添えた。
「もう一度呼んで 。お兄様と言って」
「……お兄様?」
ジョルジェは心臓がわしずかみにされたように苦しくなる。
ーー僕のことを「お兄様」と呼んでくれるためなら、なんだっていい。鳥でも人間でも。
※ ※ ※
その日から、ジョルジェは人間としての最低限のマナーを学習する。
食事はスプーンフォークを使う、排泄はトイレという場所で行う、寝るのはベッドの上のみ。
ーーめんどくさっ! いちいち地面を蹴って移動しなきゃならないし、一体いくつルールがあるんだよ!! だから、人間になりたくなかったんだ⋯⋯! でも、ケガが治るまで我慢しなきゃ。
そして、ジョルジェはベッドの上で人間の社会を理解しようと大量に読書をする。
ーー リエルの世界を理解し、話がしたい。
今や、リエルと一緒にまた遊ぶことこそ、ジョルジェの生きる糧だった。
※ ※ ※
しかし、ジョルジェの純粋な思いとは裏腹に、事態は思わぬ方向に動いていく。
黒魔術にかかっている人間の母、アリシア皇后のため。
その魔術から救いたいテオ皇帝のため。
そして、何よりリエルのためーー
ジョルジェは、ベヴァンの身代わりになり、彼に冷たい態度を取らなければならなくなったのだ。
しかし、リエルはどれだけ家族に冷たい態度を取られても、愛らしい性格と容姿のため、使用人や貴族たちが放っておかなかった。
ーー僕はリエルと遊べないのに⋯ひどいよ、もう見ていられない!
そして、ついにジョルジェは皇帝テオに告げる。
「リエルに何かしら理由をつけて、彼の評判を落として下さい」
※ ※ ※
ーー東帝国の不吉第二皇子
こうして、幼いリエルは非情な異名をつけられた。
見事に貴族、ほとんどの使用人がリエルと距離を取る。
彼の味方は、表向きシュヴァルツ家の三人だけ。
特に、シュヴァルツ家のナーシャ夫人は、息子キリアンと同等の愛情を注いだ。
しかし、二年後、そのナーシャ夫人までも病死。
その直後、あのモモイロノトリが現れたのだ。
リエルはあの小鳥を心の支えとして生きている。
ーーあの役割は僕が望んだものだったのに……。
ジョルジェは、リエルとリリィを切なげに見守るしかできなかった。
更に、あのモモイロノトリは人間に化けてリエルに近づいた。
七年後には、彼を表で堂々と衞る専属騎士にもなった。
ーー ずっとずっと僕が影でリエルを守ってきたのに! どうして、僕は彼を遠くから見つめることしかできないんだ! 何故!
あのモモイロノトリは、いとも簡単に僕から彼を奪っていく。
僕がずっと何年も陰で守ってきたお日様。
僕の大好きなオレンジ。
僕の⋯⋯。




