28.第一皇子が怖い
その翌日。
「お兄様 ! へヴァン殿下にお目通り願えませんか?」
「はあ? 急になんだ ? 無理に決まっているだろう! なんの用だ?」
ここはへヴァン殿下の執務室の前。
扉の前で護衛をしているキリアンにナユタは頼み込む。
「少しの時間で良いのですが……」
「予定を急に変更できないのは、専属騎士のお前がよく分かってるだろう?」
ナユタに逆に尋ねるキリアン。
「そういえばナユタ……業務はどうした?」
「ちゃんとリエル殿下に許可もらいましたよ」
「はーー、本当にリエル殿下はナユタには甘いなあ……」
キリアンは頭をかかえた。2人で執務室の前で押し問答をしていると扉が開いた。
「……ナユタ卿?」
へヴァン第一皇子が、扉から顔を出した。
「失礼しました! すぐに業務に戻らせますから」
キリアンが慌てて取り繕う。
「へヴァン第一皇子に御挨拶申し上げます」
ナユタはキリアンを振り切って、へヴァンの前に進み出た。
「おそれながら、お時間いただけないでしょうか? 10分程度で構いません」
「ナユタ!」
「……いいだろう」
へヴァン皇子は予定が狂うことを嫌うことで有名だ。
しかし、今回は意外とあっさり了承した。 キリアンはこの事態に驚き、一気にナユタのへヴァン殿下への献言内容に不安を覚えた。
「な、何を言うつもりだよ!」
キリアンはナユタに耳打ちする。
「お兄様には関係のない話です!」
「か、関係ない⋯⋯。」
キリアンは胸を抑え深く傷つくのであった。
※ ※ ※
ナユタはへヴァン第一皇子の執務室でソファに座っている。
メイドはお茶と菓子を配膳して退出した。
部屋には、へヴァン殿下とナユタ二人きり。
「こうして改まって君と話をするのは初めてだね」
へヴァン皇子が切り出した。
「そうですね。毎日お忙しくされているので」
「私は謎が多いと噂だろう? 部屋からもあまりでないし、公式な場所以外で人とも接することもない」
「へヴァン殿下が部屋から出なくても業務が回るなら、それで良いじゃないですか」
「へぇ……君は変わっているとよく耳にするが、考え方が斬新だな」
「おそれいりますが、早速本題に入ってよろしいでしょうか?」
皇太子は笑いながら、
「威勢がいいな 、どうぞ」 と、にこやかに促した。
「へヴァン殿下は私との婚姻をお考えですか?」
一瞬、へヴァンは間の抜けたような表情になった。
しかし、ナユタは真顔で問いかけている。
「アハハハハハッ! そのために直談判に来たの?」
へヴァンは腹を抱えて爆笑ている。
ナユタは顔を真っ赤にして憤慨して一言。
「私は真剣に質問してるんです! ご返答をお願いいたします!」
「ハハ……ごめんごめん、その噂は誰から? どうせ君の父親のレオン閣下だろ? きっと政治的判断で、周りが噂してるだけだよ」
「噂……」
「そう 、その噂が広まって、得する人物がいたり、単に皇室のスキャンダルのネタにされたかだな」
「……じゃあ、へヴァン殿下は私との婚姻の意思はないのですね?」
「それはどうかな?」
「はい?」
へヴァン皇子は、ナユタにニッコリ微笑みかけ、彼女の目の前まで顔を近づけた。
「君はリエルに好意があるんだろ?」
「い、いいえっ! リエル殿下は私のお守りする主君でございます!」
ナユタは話ながら、心臓が波打ち、顔に熱がこもる。
ーーち、ちかい!!
「君は、僕よりリエルと婚約する可能性の方が高いと思わない?」
ーー近い近い近いっっ!!
ナユタは思わずソファの横にずれた。
「僕はね、それを阻止できる人間の一人なんだよ」
一瞬。
へヴァン皇子の表情が曇ったように見えた。
ーーーガシャンッッ!!
紅茶のカップが落ちて割れる音。
「へヴァン殿下! ナユタ!」
部屋の扉の前にいたキリアンが思わず執務室の中に入る。
すると、短剣を握るへヴァンの姿が目に飛び込んできた。
その先には青ざめたナユタ。
剣自体はダミーではあるので、切れない。
しかし、本物とは見分けがつかない代物。
ナユタは避けたのかソファの下に転がっていた。
「な、何を……」
ナユタはへヴァンを睨む。
「さすがリエルの専属騎士。ちょっと実力を試してみたかったんだ」
へヴァンはダミーの剣を鞘になおした。
「彼を市中や茶会で守りきっただけのことはあるね」
ナユタはへヴァンに恐怖を感じ、冷や汗が流れ、肩で息をしていた。
「殿下、これは冗談が過ぎます」
キリアンはナユタを抱きしめ、へヴァンに思わず苦言を呈した。
「……君の大切な妹を驚かせてしまったね。しかし、僕もたった一人の弟を託してるんでね 。どれ程の剣術者か試したかったんだ」
ナユタは震えながら、キリアンの腕にしがみついた。
「許してほしい、 ナユタ卿」
へヴァンの視線が冷たい。
キリアンに手をかしてもらって、彼女は立ち上がった。
「貴重なお時間を割いていただき、感謝いたします。失礼いたします」
ナユタはへヴァンに一礼。
「またよかったら、いつでも来たら良い。誕生パーティーも楽しみにしているよ」
ナユタとキリアンは執務室から退出した。
※ ※ ※
「ほら、サンドイッチ」
「ありがとう お兄様」
キリアンとナユタは、ちょうど昼休みの時間に差し掛かったので、一緒にベンチで昼食をとることにした。
「さっきの……何が起こった?」
キリアンは心配そうにナユタにたずねた。
「いきなり切りかかってきたのですよ 。びっくりしました」
「……へヴァン殿下は、自室と執務室の往復ばかりで、剣の稽古はさっぱりされない。失礼だけど、ナユタの相手ではなかっただろう?」
「……いえ、間一髪でした 」
「そんなはずは……」
キリアンはナユタの暗い表情を見て、嘘ではないことを悟る。
「へヴァン殿下が、己の身を守れる剣術をお持ちの方が良いに決まっている。僕も安心だし」
ナユタは考え込んでいたが、場を明るくしようと話題を変えるキリアン。
「お前、殿下に何を進言しに行ったんだ?」
「私と婚約する意思があるかどうか」
キリアンはナユタの即答に、サンドイッチをつまらせた。
苦しそうに咳き込む。
「あー、なにしてるのよ! 世話のやける……」
ナユタは嘆きながら、彼の背中をとんとんと叩いてあげた。
「あるわけないだろう? 僕が許さんっ!」
「何故お兄様の許可が?」
「へ、へヴァン殿下と結婚したいのか?」
「はあ? 誰がそんなこと言った? 話聞いてる?」
二人でまた騒ぎながら口論を続けた。
ナユタはへヴァンと話した内容を詳しく伝えて、ようやくキリアンは落ち着いた。
「しかし……噂とか適当だよな 。 リエル殿下なら真実味が増すけど」
ナユタはそれを聞いて、顔を両手で覆った。
「お兄様まで! やめて下さいっっ!」
顔が真っ赤になり、恥ずかしそうに目をそらした。
「……それ以上に真実味がある噂がある」
「なんでしょう?」
キリアンはナユタに近づいて、耳打ちする体制になった。
「俺とお前の結婚説」
ナユタは話しかけられた耳を両手で押さえながら、キリアンに言いはなった。
「真面目に聞いた私がバカでし……」
ナユタは言葉を続けられなかった。キリアンは、頬を染めて切なそうな顔でナユタを見つめた。
「……そ、そろそろ休憩終わりだな。戻ろう」
「は、はい、お兄様」
気まずい空気をキリアンが感じ取る。
ナユタはそんな噂まで出ているのか、と呆れていた。
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