25.引きこもり第一皇子の謎
ーー 10年前、皇居園庭 ーー
「では、私は陛下との謁見があるから、1時間くらい園庭で皇后陛下や殿下たちと一緒にいてくれ」
「わかったわ、行ってらっしゃい 」
ナーシャ夫人は9歳のキリアンの手をつなぎ、夫レオンが城内に向かう後ろ姿を見送った。
その後、皇后アリシア、へヴァン第一皇子、リエル第二皇子、ナーシャ侯爵夫人、その一人息子キリアンの5名でお茶を飲みながら談笑。
「お母様、僕たちかくれんぼがしたい!」
へヴァン皇子がアリシア皇后に許可を求めた。
「そうね……まだ謁見中だし……いいでしょう。へヴァンには護衛をつけましょう。それなら、良いでしょう」
「園庭なのに、僕だけ護衛をつけるのですか? 隠れても大人の護衛が近くにいては、場所が鬼にばれてしまいます」
「それでも必要です、あなたに何かあったら……」
「わかりました、 しょうがありません……」
へヴァン皇子は少しすねた口調で、母に言い返した。
「リエル、キリアン、あっちで遊ぼう」
子供たちはかくれんぼをするため、椅子から降り走り出した。その後ろに、へヴァンの護衛がついていく。
「じゃんけんぽん! ⋯⋯キリアンがおにーーっ!!」
「⋯⋯ちぇっ! じゃあ、10数えるから隠れて!!」
キリアンが大木に腕をついて目を隠し、大声で数を数え始める。
「よし、リエル、隠れよう!」
へヴァンは、雑草が生い茂る池の近くに身を潜めようとしていた。
リエル皇子も彼から3mほど離れた木の上に上り、身を潜めようとしていた時。
ーーーーバシャンッッ!!
水が大きくはねる音がした。
「へヴァン兄様っ!」
リエルが池に駆け寄る。
池には柵で囲まれていたが、子供なら下の隙間から越えられる簡易的な柵ではあった。
しかも、へヴァン皇子についていた護衛が見当たらない。
水音と共に消えたへヴァン皇子とその護衛ーー。
リエルは震えながら叫んだ。
「へヴァン兄様が! 兄様が池に!!」
騒ぎを聞きつけ、使用人、護衛、騎士団……城中の人間が池のほとりに集まった。
その中に、ナーシャ夫人に支えられているアリシア皇后がいた。
使用人が池の中を捜索している傍らで、顔色が真っ青になり小刻みに震えている。
「へヴァン……私のへヴァンが……」
「皇后陛下……お気を確かに! 皇子殿下は必ず見つかります!」
ナーシャ夫人が支えながら言葉をかける。
「へヴァンがいなくなっただと?」
テオ皇帝とレオンが慌てた様子で姿を現した。
「子供たちがかくれんぼをしていて……池に落ちたかもしれないの。 それに、へヴァン殿下の護衛騎士が見当たらなくって」
ナーシャ夫人が経緯を説明した。
「リエル殿下とキリアンはどこに?」
レオンは2人を探した。
2人は近くの木陰で、抱き合って震えている。
リエルは泣きじゃくっているキリアンを守るように抱きしめていた。
テオ皇帝はアリシア皇后を気にかけ、肩を抱いて支える。
その時。
「アハハハハッ!! 全部あの子のせいじゃないっ! まさかへヴァンまでこんな目に遇わすなんて! ハハッ!」
狂ったように爆笑し出したアリシア皇后。
皆の視線が集中する。
「リエルッ! へヴァンをどこにやったの?!」
皇后はリエル皇子に向き直り糾弾した。
「え……? ぼ、ぼく……? ぼくは……」
「あなたは存在するだけで、周りを不幸にするのよ! わからないの?!」
幼いリエルが涙目で皇后の刺すような視線に耐える。
「何をおっしゃるのですかっ?!」
そんな皇后に声を荒げた人物がいた。
ナーシャ夫人だ。
彼女はリエルの元に駆け寄り、抱き締めた。
そして、冷静に皇后を非難する。
「何があっても、子供にそのような言動は慎んでください!」
「ナーシャ夫人……」
アリシア皇后はハッと我に返り、目を白黒させた。
「わ、私は何を……」
「皇后はあまりのショックで、自分を見失っているのだ。 リエル、許してほしい」
テオ皇帝はリエルに謝罪。
そのまま皇后は、憔悴した体を支えられながら、その場を去った。
「今はへヴァン殿下を捜索することだけに専念しよう。私はしばらく捜索活動で邸宅には帰れないかもしれない。リエル殿下とキリアンを頼んだよ」
レオンはナーシャ夫人に子供達を託した。
「刺客、発見しましたっ!」
第一報が飛び込んできた。
「護衛に扮した刺客は皇居西門近くにて絶命っ!! 服毒自殺と思われます!!」
「遅かったか……身元が判明するものは?」
「何も携帯していません」
池の捜索が続けられる中、慌ただしく刺客の身元調査も行われた。
「さあキリアン、お父様はお忙しいので、邸宅に帰りましょう」
不安気にナーシャ夫人に視線を向けるリエル。
「大丈夫ですよ 。しばらく殿下は、うちでキリアンと遊びましょう。 怖かったですよね。すぐへヴァン殿下も見つかりますよ。リエル殿下は涙をよく我慢されましました 。ご立派です」
ナーシャ夫人は、震えるリエルを優しく抱き締めた。
とたんに緊張の糸が切れたのか、リエルは激しく泣きながら、夫人の背中に手をまわしていた。
※ ※ ※
ーー バンッッ!!
ナユタは机を拳でたたいた。
「ひどいっ! ひどすぎる!」
ナユタはへヴァン第一皇子失踪事件の顛末を聞いて憤慨する。
「何故全く事件と関係ない場所にいたリエル殿下が、責められないといけないんですか? 皇后陛下は狂っているのですか?」
「ちょっっ! ナユタ、声が大きい!」
あせったレオンはナユタを落ち着かせた。
ーー似てるな⋯⋯。
ふと、レオンは亡き妻ナーシャを思い出した。
ーー相手が皇后陛下だろうと、リエル殿下に暴言を浴びせたことを非難した。凛とした女性だった……間違っていることを間違っていると発言する素晴らしい人間だった。
レオンは、思わず感情が溢れだしたが、目を瞑り涙を耐えた。
ーー血はつながってないはずなのに、ナユタは姿だけでなく内面までナーシャに似てきたな。
「ところで」
ナユタはレオンに問いかけた。
「へヴァン殿下はいつ発見されたのですか?」
「ああ……これも不思議な話なんだよ」
そう告げて、へヴァン皇子が発見された経緯を語った。
ーーへヴァン皇子失踪2時間後ーー
「まだ池の中から何も発見されないのか?」
レオンは皇室第一騎士団長でもある。
そのため、自然と事件の指揮を取っていた。
「はい……そんなに深くはない池なので、捜索自体は難しくないのですが」
「本当に水音を聞いたのか?」
「はい。離れていましたが、私含め護衛騎士2名、リエル殿下、キリアン様も聞いております」
「本当にどうなっているんだ。神隠しにあったようだ」
レオンが戸惑っていると報告が入った。
「東の森でへヴァン殿下発見の報告が届きましたっ!」
捜索隊一同が一斉にざわついた。
「皇居外?!」
「そんなことがあり得るのか?」
「いや、きっと刺客の仲間が連れ出したんだ」
すぐに、レオンはへヴァン皇子が保護されている病院に向かった。
※ ※ ※
レオンは、その病院に到着した。
「お待ちしておりました。レオン閣下。へヴァン第一皇子殿下と思われる少年は、ただ今、薬を飲んだあとお休みになっております」
出迎えた病院の院長が、病室に案内する。
そっと、扉を開けるレオン。
西日に照らされ、思わず目を細めた。
オレンジの光の中で、眠る少年。
腕に重症を負っているが、命に別状はなさそうだ。
端正な顔立ちに、濃い茶色の髪……。
間違なくへヴァン第一皇子だった。
※ ※ ※
発見者2名との事情聴取にレオンは同席した。
彼らは東の森で狩りをしていた。
すると、草むらから子供のうめき声が聞こえたと証言。
それがへヴァン第一皇子だったーー
発見時、意識はうっすらとあるようだったが、腕を刃物か矢で刺さったような大きな傷があった。止血後、上着をかけ病院に運ぶ。
その病院の医者が、へヴァン皇子の顔を知っていたので皇居に報告した、と供述。
東の森は、皇居から2キロしか離れていない小さな森。
小動物しか生息していない。
そのため、狩りをレジャーとして楽しむならば、絶好の場所だ。
ーー 刺客の仲間に連れ去られ、着替えを強要され、置き去りにされたか? しかし、一体なんのために? へヴァン皇子の命を奪うことが目的ではないのか?
レオンが考えを巡らせていると、へヴァン皇子のうめき声が聞こえた。
「うーーん……」
伸びをして、目を覚まそうとしていた。
「へヴァン殿下、ご無事で何よりでございます」
レオンと目が合うへヴァン皇子。
「……誰?」
「レオン フォン シュバルツでございます」
戸惑うレオン。
へヴァン皇子の刺すような視線。いつもの彼は優しい眼差しだった。しかも、週に数回顔を合わせているレオンに初対面のような口ぶり。
(へヴァン殿下……だよな? )
姿形はへヴァン皇子ではあるが、彼の表情がまるで別人に見える。
「僕のことを『へヴァンデンカ』……と呼んだか?」
「は、はい、 あなたはこの東帝国の第一皇子……将来皇太子になられる可能性が一番高い御方でございます」
「……それは、偉いのか?」
「将来、この国を総括する太陽のような立場の御方でございます」
「へーー、太陽⋯⋯お日様か⋯⋯悪くない」
へヴァン皇子はニタリと笑う。
その表情を見て、レオンは背筋が凍った。
「そうか……わかった、しばらくゆっくりしたい」
「それでは私は失礼いたします」
病室を後にするレオン。
一方、皇居では。
アリシア皇后はへヴァン皇子発見の報告を聞いて泣き崩れ、テオ皇帝は安堵した表情を見せる。
二人はすぐに病院に向かい、へヴァン皇子と再会。
数週間後、へヴァン皇子は皇居に移され静養に入った。
この失踪事件は、へヴァン皇子が無事だったことから、あまり表沙汰にはなってない事件ではある。
貴族の間では有名な話ではあるが。
しかし、レオンはこの事件から、皇族の全てが変化したような感覚が残っていた。
※ ※ ※
「あの瞬間からのへヴァン殿下の人柄が、『皇室の謎』なんだよ」
レオンは肩を落とした。
「その事件から、へヴァン殿下が変わったと言うのですか?」
「それだけではない。 皇后も変わった。 本来、皇后はあんな横柄な性格ではなかった 。 リエル皇子の実母亡きマリアン妃とも仲が良かった 。へヴァン殿下と同様、リエル殿下も可愛がっていた」
「……皇后陛下も?」
「あとは皇帝陛下も何か隠されていると思う」
「……リエル殿下以外、全員じゃない」
ナユタは呆れて、思わず口にした。
「へヴァン殿下はあまり部屋から出て来られない。皇帝陛下や皇后陛下は、それぞれへヴァン殿下と2人きりで過ごされることが多い。リエル殿下が孤独を感じられるのは、仕方がないことだな」
ナユタは少し皇室を探る必要性を感じていた。
「何故この話を、このタイミングでお前に話したかわかるか?」
「デビュタント前だから……ですか?」
「へヴァン殿下の誕生日パーティーがあるだろ?」
「……はい」
「もしかしたら、お前が婚約者候補に上がるかもしれない」
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