16.皇室専属騎士選定大会②
ナユタ対ペリカ。
二人は対峙しながら、腰を低くして間合いを取る。
鎧が重くのしかかる。
少し動くだけでも、鳴る金属音。
観客達の何千という二つの眼が突き刺さる。
ナユタは、ペリカの兜の奥にある目を見据えて口角を上げた。
「3秒かな」
「はあ?」
瞬間。
ペリカの視界から消えるナユタ。
「な? どこに?!」
ナユタは跳び上がりペリカの頭を踏みつけ、空中で一回転。
ペリカの頭に衝撃が走る。
「ーーくっ!」
彼女は、頭をおさえ後ろを振り向く。
ナユタは降下する勢いそのまま。
ペリカの剣に自らの剣を振り下ろした。
「ーーつっ!!」
不意をつかれ、握っていた剣が手から離れる。
ーーカシャーーン⋯⋯
静寂の中。
剣が地面に叩きつけられた音だけが響く。
そして、ペリカの首元で止まるナユタの剣。
あまりにも一瞬の出来事に会場は凍りつく。
観客も。ペリカも。ヘラルド(司会者)も。
「⋯⋯ヘラルド(司会者)、ナユタの勝ちだろ?」
レオンの声が、動揺した静寂を壊す。
「あ、ああ⋯⋯閣下、申し訳ございません⋯⋯ナユタ卿の勝利です!」
観客は一斉に叫び、歓声で会場を揺らした。
「何が起こったんだ?」
「ナユタ嬢がペリカ嬢の背後に回ったんだが、どうやって?」
「体が浮いたように見えた」
兜を上げたナユタは、うなだれているベリカに手を差し出す。ペリカは苦々しい表情だ。
「ほら、私は勝っても卑しいのでしょう? あなたは、堂々としなさい。貴族の美しい血が流れてるのだから。」
ナユタはそう言って、にっこり微笑んだ。
ペリカは形式的な握手だけをして、さっさと退場する。
その後ろ姿を見て、一言。
「大口叩くんじゃないわよ、人間のくせに。」
※ ※ ※
皇族席では、皇帝テオ、皇后アリシア、第一皇子へヴァンが並んで座っている。
「あのシュバルツ家の養女。強いじゃない、ねぇ、へヴァン」
「そうですね」
「でも、私はあなたの専属騎士はキリアンがいいわ。いくら強くても出自が孤児ではね」
第ニ皇子リエルは、数列後ろに離れた席に一人。
彼は、もうこの状況に慣れていた。
ーーナユタ嬢⋯⋯本当に僕の専属騎士になりたいのか?
幼い日。
自分の専属騎士になるのが夢だと語っていた少女。
彼の内心は複雑ではあった。
ーー彼女が僕の騎士になると、危険な目に遭う確率が高くなってしまう。
そんな不安をかかえながら、リエルはこの大会の行く末を見守っていた。
※
「勝者! キリアン・フォン・シュバルツ!!」
ヘラルド(司会者)が、大声で準決勝のキリアン対エルリックの対戦結果を叫ぶ。
会場は割れんばかりの歓声を上げた。
兄のキリアンも圧倒的な強さで、決勝戦までシュバルツ家の兄妹二人は順調に勝ち進む。
「決勝戦は兄妹対決だな!」
「前代未聞だよ」
「まず女騎士が希少だからな」
観客は口々にシュバルツ家の兄妹対決に期待を寄せていた。
※
「いよいよフィナーレ! シュバルツ家の次世代騎士二人! キリアン卿とナユタ卿の決勝戦です!」
太鼓とヘラルド(司会者)が、会場のボルテージを上げた。
ここまでくれば、どちらも皇子二人の専属騎士は確定。
ナユタは、兄キリアンと向かい合う。
(リエル殿下専属でなければ、この7年の意味はないわ! )
キリアンは兜さ兜の奥でニヤついている妹の表情が、容易に想像できた。
(神聖な歴史ある騎士選定大会で⋯⋯と言ってもあいつは気にもとめないしな)
彼は、義妹の説得はとうに諦めていた。
ヘラルド(司会者)が、試合開始の合図と大声を上げる。
「決勝戦、開始!」
その瞬間、キリアンはナユタが両手で握っている剣を自らの剣で払う。
ーーガキーーン⋯⋯!
剣が高く弧を描いて舞った。
そして、彼は彼女の眼前に剣を突きつける。
「ま、参りました⋯⋯」
ナユタは四つん這いになり、悔しそうな表情で兄に降参する。会場は沈黙に包まれ、物音一つしない。
その瞬間。
レオンは項垂れ、頭を抱えた。
(うちの娘が⋯⋯やってしまった)
分かってはいた。
あれほど、リエル皇子の専属騎士になりたがっていた娘だ。
しかし、故意に負けるにしても、もう少し接戦を演じてもいいじゃないか⋯⋯と、父は肩を落とす。
「し、勝者、優勝は⋯⋯キリアン卿! キリアン·フォン·シュバルツ!」
ヘラルド(司会者)も、あまりにあっけなく勝負がついてしまって、戸惑いを隠せないでいた。
キリアンがため息をつきながら、ナユタに手を差し出し、握手を求める。
二人とも兜を上げて顔をさらす。
そして、兄は妹を睨む。
「お前に⋯⋯騎士としての誇りはないのか?」
「ない⋯⋯かな」
ナユタは言い切って、兄と握手する。
キリアンはため息をつきながら、父レオンの審判席に目をやる。
レオンはキリアンに、しょうがない、と肩をすくめるジェスチャーをして頭を振った。
大会後、そのまま聴衆の前で騎士達の叙任式に移行。
優勝者キリアンは、へヴァン第一皇子の前に跪く。へヴァンがキリアンの肩に剣で軽く叩き、専属騎士に叙任。
次はリエル第二皇子が専属騎士を叙任する。
ナユタが皇子の前で跪いた。
ーーこのために、モモイロノトリの生を捨てたんだ! このために!
ナユタは胸に感慨深いものがこみ上げてくる。
リエルは、儀式に習い淡々と剣を彼女の肩に置き、お決まりのセリフを述べた。
「東帝国第ニ皇子リエルは、シュバルツ·フォン·ナユタを専属騎士に命ずる。」
一連の式が終了。
皇子二人とキリアンとナユタは、歓声をあげる観客に手を振る。
「ご覧になって。シュバルツ家のナユタ卿の表情を」
「あんなに喜びを表す騎士様で大丈夫かしら」
「まあ、まだお若いから⋯⋯」
観客がナユタを注目するのも無理はない。
手を振りながらも口元を抑えニヤついているナユタ。騎士の威厳などない。
ただ一人、リエルだけが複雑な思いを抱えていた。
こうして、今年の皇室騎士選定大会は幕を閉じた。
※ ※ ※
その夜。
毎晩、開かれるリエルとリリィの小さなお茶会。
リエルはリリィに心情を吐露する。
「ナユタが僕の専属騎士になったんだよ。これからは主従関係が鮮明になる。お兄様より、僕の方が内外の争いに駆り出されるだろう? 専属騎士は、主君を守るために命をかける。もう僕のために、誰も傷ついて欲しくない」
リエルは、ナユタが自分の専属騎士に叙任された運命に不安を抱く。
ーー皇子様が私を気遣って⋯⋯? 私は皇子様がいなかったら、存在しなかったのに。
「ピィヒィピィッッピピピィッッ!」
リリィは、必死にリエルの専属騎士になれた喜びを伝える。
「よしよし、リリィもう寝ようか、おいで」
リエルは人差し指を差し出した。それに、リリィは捕まる。
そして、枕元に飛び降りる。
リエルはその小鳥の様子を眺めながら、ベッドにもぐった。
彼が寝たら、リリィはシュバルツ家に帰らなければならない。
リリィは、リエルが寝息をたてると、アリサに窓を開けてもらい、シュバルツ家に向かって飛び立った。
※ ※ ※
週末、ナユタは義理の母のナーシャ夫人の肖像画の前にいた。いよいよ、明日から専属騎士として皇居内の宿舎に入居する。
ーー人間の母親だけど……私も……あなたに想いを馳せる時が来るのだろうか。その時、 私は何か変わるのだろうかーー
ナユタはナーシャ夫人の肖像画の前で、しばらく立ちつくしていた。
明日から、リエル皇子の専属見習い騎士としての生活が始まる。
週末だけ、シュバルツ家邸宅に帰省する。
平日毎日、リエルの側にいられる夢のような新生活。
(リエル殿下専属騎士⋯⋯専属騎士⋯⋯)
ナユタは肖像画の前で、一人ニヤニヤしていた。
メイド達はそれを目撃する。
いつも通り、引きながら様子を見守っていた。
「お嬢様ってたまにあの笑い方されるわよね」
そして、リエル皇子の婚約者選定のティパーティーは、二週間後にせまっていた。
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