視えざる者
昇降口へ向かう途中、ふと足を止めた
な、なんだ、この気配…
空気が、ざわりと揺れた
肌の表面を、冷たいもので撫でられたような感覚
霊が近くにいる時の、あの独特の“圧”
まさか…この学校で?
普段の生活や、科学部の活動で校内を歩き回ることは多いけど
ここまで強い気配を感じたのは初めてだった
いつもなら無視するけれど、その異様な気配に…胸騒ぎが抑えられず、気配を辿る
階段の下へ視線を向けた瞬間、俺は息を呑んだ
階段の踊り場
夕陽が差し込む薄暗い空間に、阿部くんが立ち尽くしている
そしてその前には、狩衣姿の男が静かに佇んでいた
烏帽子
白と浅葱の衣
現実離れした存在感
見える
はっきりと見えている
けれど、気配が、生きている人間のものではないとわかる
これはもう、長年の感覚
第一、あんな恰好をした人が学校にいるわけがないし
男は阿部くんに向かって語りかけている
阿部くんは怯えながらも、その言葉に引き込まれているようだった
あれ陰陽師か…?
じゃなかったら…後は…
「我が名は──安倍晴明」
その名を聞いた瞬間、思わず背筋が伸びて、息を呑む
う、嘘だろ…
安倍晴明…?
そんな存在が…本当に…?
そして、もっと信じられないことが起きた
晴明の霊が、阿部くんの肩にそっと手を置いたのだ
触れてる…?
霊が…人に…?
そんなの、聞いたことない…
「お前の中に眠る“力”が
呪いの気配に反応したのだ」
晴明の霊は阿部くんに、静かに言った
「お前は、我が魂を継ぐ者だ」
魂…
力…
呪い…
頭の中で点と点が一気に線になる
阿部くん…もしかして安倍晴明の末裔…?
晴明、阿部くんにだけ話しかけてるし…
苗字も阿部だし…!
俺は震える手で、階段の手すりを掴んだ
晴明の姿がふっと薄れ、空気が元に戻る
阿部くんは呆然と立ち尽くしていた
その背中を見つめながら、踵を返し、科学部の部室へ舞い戻る
霞が関部長に…知らせよう!
扉を開けると、霞が関部長が白衣姿で実験器具を片付けているところだった
「部長…っ!」
「どうした水天宮、そんなに息を切らして
帰ったんじゃなかったのか?」
俺は言葉を整える暇もなく、机に手をついて身を乗り出した
「見たんす…
阿部くんが…!
阿部くんが…階段で…”霊”と話してたんすよ!」
霞が関部長は手を止め、ゆっくりと振り返る
「霊と…会話だと…?」
「はい
しかもそれだけじゃなくて、霊に触れられていたんす!
霊が人に触れるなんて、普通じゃないっすよ!
狩衣を着た男で…あれは安倍晴明っす!」
「安倍…晴明…」
霞が関部長は小さく呟き、眼鏡を押し上げた
レンズが反射して光る
「なるほど
伝説の陰陽師、安倍晴明の霊と邂逅か…
実に面白い」




