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異世界輪廻 全身甲冑  作者: a
N+1 回目(プロローグ)
5/6

1.50

 まばらに点在する木々を右へ左へ避けながら進んで、どれほど経っただろうか。


 辿っている足跡が何度か途切れたこともあったが、今のところ追跡できている。その痕跡を見るに、息子と怪物のとった進路は気まぐれで蛇行しており、これといった目的もない気ままな散歩といった印象を受ける。


 やがて私は森を抜けた。ランタンの光はそう遠くまで届かないので景色は分からないが、森の中とは異なり、地面は土ではなく、(くるぶし)に届く高さの草が生い茂っている。踏まれてなぎ倒されたとおぼしき草の痕跡を辿れそうだが、森の中での足跡より目立たないので見つけづらい。


 進んでいくと、平たい石が敷き詰められた道を見つけた。運良く草の痕跡は道に対して斜めに続いていたので、彼らが道の上をどちらの方向に沿って歩いて行ったのかは見当がついた。急に道を引き返したり、道を逸れて草原を突っ切るようなことをした可能性も視野に入れたいところだが、そこまで考慮する余裕も時間も今の私には無い。


 落ちていた枝を拾い上げ、来た道の方向を示すように地面に突き刺す。息子の捜索以前に、私が帰り道で迷うわけにはいかない。


 そして私は石の道を、大声で息子の名を叫びながら早足で歩き始めた。

 辺り一帯を覆い尽くす暗闇は光だけでなく声すらも飲み込むかのように思われる。自分の発する声と足音以外、何も聞こえない。

 ランタンを右にかざしてみたり、左にかざしてみたり、大声で呼びかけ続けては、たまに黙って応答がないか耳を澄ませる。


 そんなことをしばらく繰り返していると、あたりの様子が変わってきた。草原とは異なり、道の両側に所々窪地が並ぶようになった。それを見た私は既視感を覚えた。どこかで似たようなものを見た気がする。そうだ、畑だ。村の畑が並ぶ地形と瓜二つだ。


 よくよく見渡せば、覆われた草でわかりにくいがこの石の道以外にも道の名残のようなものが見受けられる。昔はここにも人々が暮らしていたのだろうか。

 脇道に逸れれば家々や物置小屋なんかも見つかるかもしれないが、今はそんなことをしている場合ではない。


 私は変わらず石の道の上を歩き続け、息子を捜索する。風の音も虫の声もしないから、私の声は遠くまで届くだろう。進路方向だって間違ってはいないはずだ。それでも未だ息子が見つからない現状を、息子は既に霧に呑まれたとみるべきか、あるいはもう自力で村に帰ってきているとみるべきかで判断がつかず、膨らむ不安と縋るような楽観で私の胸中はぐちゃぐちゃになっていた。


 そんな心境でどれほど歩き続けただろうか。とっくに畑の跡が並ぶ地帯は通り過ぎた。私の早足によって揺れるランタンが、不安定に揺らめく光となって暗闇を彷徨う。


 その様子を視界に入れながら私が必死に息子の名を叫んでいると、一瞬自分の声に微かな金属音が混じったような気がした。

 すぐに口をつぐみ、耳を澄ませる。


 カシャン、カシャン。


 周期的な金属音が次第にはっきりと聞こえてくると共に、昨晩の悪夢が急速に現実味を帯びてくる。

 体に震えが走るが、もう怯えはしない。怪物が息子と連れ立って村の外へ出たと見当をつけ、それを追うと決めた時点で覚悟は決まっている。幼き頃の私が悪夢に怯えていたとしても、私はもう大人だ。親として、絶対に息子は返してもらう。


 改めて決意をみなぎらせた私はランタンを掲げ、音のする方を睨み付ける。私の声に息子が答えなかったことから、おそらくいま息子は怪物と一緒にはいない、あるいは口がきけない状況にある。そもそも怪物相手に力ずくで問題を解決できるとは思えないし、どのみち人質を取られているようなものだから、対話をして交渉するほかない。


 金属音がいよいよ近づいてくる。

 もし怪物に対話する意思がなければ、その時点で息子を救うのは絶望的になる。そこは神に祈るほかないが、必ず希望はあるはずだ。やつはあの見た目だ。子供相手に言葉巧みに誘うより暴力に訴えた方が早いのに、それをしなかった。息子を攫った後、どこへ行くともなく二人並んでふらふらと森を歩いていたことから、やつの目的は単純な誘拐や殺害ではないはずだ。頼むからそうであってくれ。


 金属音が大きくなるにつれ、一つの金属と石がぶつかる音の中に、金属の擦れ合う細かな音までも鮮明に聞こえてくる。


 そしてついに、それはランタンの照明範囲内に立ち現れた。

 奇妙な突起や凹凸を無数に持つ金属の外殻を纏った人の形をした何か。

 私や村長がただの悪夢と高を括った幻影。

 そして何より、私の息子を(かどわ)かした元凶。

 それが今、私と、私の掲げたランタンを挟んで三歩の内にいる。

 息子の姿はない。


 恐怖やら憤りやらで震えそうになる声を精一杯押さえつけ、私は断固とした態度で以て怪物に要求を伝える。


「息子を返してほしい」

「……」


 怪物はただ、私をじっと見つめている。


「私はあなたと息子の足跡を追ってここまできた。あなたが息子と一緒にいたことは分かっている。息子はどこだ‼」


 私は声を荒げて怒鳴りつけた。

 すると怪物は体を震わせたと思うと、そのまま固まってまた動かなくなった。そして次には、背中を丸めて周囲を忙しなく見回し始めた。


 なんだこいつは?

 交渉には断固とした態度で臨もうと意気込んで強気に発言したのだが、どうも相手が萎縮しているように見える。いやまさか。それとも油断を誘うための演技か?


「……私は息子さえ無事に戻ってきてくれればそれでいい。私に物品や希少品を求めるなら内容次第では応えてやれる。答えてくれ、あなたが息子を攫った目的はなんだ?」


 怪物は私の問いに答えようとはせず、体を縮めるようにして片手を口元に当て、もう片方の手を水平に振っている。

 なんだこいつ。動きの意味も分からないが、もしやこの怪物は喋れないのか?人の形をしているくせに?

 私はなんだか今まで散々戦慄してきたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「なあ、頼むから、最悪、私の命でも魂でも持って行ってくれてかまわないから、どうか息子を返してくれないか?」


 だんだん苛立ってきた私は、交渉の駆け引きも忘れて投げやりに言い放った。

 その瞬間、怪物の手が伸びて私の肩につかみかかる。

 そして片方の手を口元にカン、カン、と打ちつけて、私の肩をつかんだ手で大きく私を揺さぶった。


 しまった、と思ったが、よく見れば口元に当てた手は人差し指を一本ピンと立てている。もしや「声を抑えろ」という意味か?

 だが、そんなことを考えていられたのは一瞬だった。

 私の肩に掛かっている怪物の腕、そこに見覚えのあるブレスレットが着けられていた。


 それは確か、以前息子が妻へ贈ったもので、三本の草花を器用に編んで作られていた。初めて見たので尋ねれば、自分で一から考えて作ったらしい。我らが息子は創意工夫に富んだ天才ではないかと、妻と一緒になって息子を褒めちぎったのを覚えている。

 あとで妻がそれを枯れる前に押し花にしたら、それを見た息子はせっかく作ったブレスレットを潰されたと思ったのか、相当なショックを受けたらしく、妻が慌ててこれは宝物をずっと大切にするためのものだと必死に弁明していた。

 懐かしい。もう何年も前のことだが、まだ作り方を覚えていたのか。


 材料となる草花自体は見たことのないものだったが、この器用な編み込み方は確かに息子のものだ。思い出と、今息子がいない現実との乖離(かいり)で私は不意にもの悲しくなって、怪物に詰め寄った。


「ああこれは息子のだ!やっぱりいるんだな?どこだ、どこに……」


 怪物の手が、今度は私の口元に被せられた。

 そういえばさっき静かにしろとか言っていたっけ。いや、言ってはいないな。


「……これでいいのか」


 私は声量をできる限り落として唸るような声で尋ねる。

 怪物は何度か頷きつつ、親指をぐっ、と立ててそれに応える。

 腕を上げた怪物の胴回りがあらわになったとき、その重厚な外殻に大きな亀裂を見たような気がした。


「…………それでこのブレスレットは――」


 私が怪物の腕に手を伸ばすと、怪物はブレスレットを庇うように素早く手を引いて、もう片方の手を私に突き出して牽制している。どう見ても、「大事なものだから触らないで」と言っているようにしか見えない。


 ここまで来るともう多少は認めざるを得ない。身振り手振りで意思疎通を懸命に頑張る姿からは、到底悪意を感じ取れないのだ。憶測ではあるが、息子はこの奇抜な格好をしたやつと仲良くなり、何かのお礼に妻に贈ったものと同じものを作ってあげたと考えるのが自然だ。


 もちろんここまで全て演技の可能性も捨てきれないが、現段階ではひとまず味方とみていいかもしれない。もし喋れないのだとすれば痛手だが、それでも息子の手がかりを知る唯一の存在だ。


 ……だとすればこいつ、格好が奇抜なだけのただの人間なんじゃないか?しかも今までの反応や感情表現を見るに、どいつもこいつもやさぐれているうちの村の人間よりもよっぽど良い人柄の持ち主だぞ、間違いなく。


 なんだか毒気を抜かれてしまった私は、ため息をついた。目の前の存在は結局、村人だか霧の住人だか、それとも妖精かも分からず正体不明のままだ。しかし、少なくとも怪物だなんていう呼称は、似つかわしいがふさわしくはなさそうだ。これからは……そうだな、ひとまず「鉄の人」とでも呼ばせてもらうか。


「鉄の人よ、改めて言うが私は息子に会いたいんだ。居所を教えてはくれないだろうか」


 私は顔をまっすぐに見て真剣な声で、語りかけるように言った。

 鉄の人はおそらくこちらを見ているのだろうが、首をかしげている。


「……では、右手を挙げてくれないか」


 続けて頼んでみるも、反応が薄い。聞こえてはいそうだが、何もせずこちらを見つめるのみだ。やはり鉄の人には言葉が通じず、声すら上げられないとみて良さそうだ。


 そのとき、突如として私は肝心なことを思い出した。ランタンの蝋燭の残量だ。慌てて見れば、既に半分をきっている。

 駆け足で帰れば蝋燭が尽きる前に村に着けるだろうが、これ以上息子の捜索に割ける時間はほぼ無い。今すぐに息子の居所を聞き出して迎えに行きたいところだが、やはり鉄の人が喋れないのが痛手だ。


 時間切れで諦めるしかないのか……いや違う。簡単な話だ。すぐに村に戻って蝋燭を補充し、またここへ戻ってくればいい。ここまでの道のりで肉体的にも精神的にも疲労が蓄積されているが、ようやく光明が見えたのだ。ここで退く手はない。後は手遅れにならないよう、時間との勝負だ。急がないと。


 私は身振りで、鉄の人にここに留まっているよう指示を出す。

 鉄の人は相変わらずあたりを見渡している。多分伝わっていない。


 仕方なく私は鉄の人の手を引いて、急いで村へと引き返そうとする。それに対して鉄の人は身振りで何かを伝えようとしながら抵抗するが、私にはよく分からない。申し訳ないが、鉄の人とはぐれるくらいなら、無理にでも連れて行くしかない。ようやくの思いでつかんだ光明だ。手放してなるものか。


 しかしどうしたものか。村に帰ればただでさえ何で村の外に出たと咎められるのに、その上再び外へ行くから蝋燭をくれなどと言えば余計に詮索される。正直に事情を話そうと鉄の人を皆の前に出せば、こいつは誰だ見た目が人間じゃない村の外にはこういうやつがいるのか、と大騒ぎになるのが目に見えている。村の外での出来事ははぐらかし、蝋燭だけをもらうなんて芸当、骨が折れそうだ。


 今歩む帰り道は来るときの道とは違い、私の提げたランタンの光が後ろにいる鉄の人の外殻で反射し、一段と明るさを増していた。

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