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3 アリディアの婚約者 (前編)



 ◇*◇*◇




「サマリー様。マック様と婚約を破棄なさったらしいわよ?」

「 "破棄" ではなくて "解消" よ」

「あら、つい。小説の読み過ぎでしたわ」

「マック様、リーオの小説のオンパレードだったらしいわ」

「浮気に婚約者の断罪? バカですわね。ご両親がいない所で宣言しても、何の意味もないのに」

 学園の片隅で女子がクスクスと、一昨日起きた茶番劇を思い出して笑っていた。他人事だから、面白可笑しくて仕方がないのだろう。



「 "お前との婚約はココで破棄する!!" 」

 誰かがマックの真似をして、指を誰かに差して見せる。



「プッ! ルイ様、真似をするのはヤメて下さいませ」

 女子の会話に同調した男子が、揶揄しながら輪に参加した様だった。

「アレ、浮気を認めた宣言みたいでしたわよね」

「浮気相手を腕に絡ませての断罪、あり得なかったよな?」

「ルイ様は、そんな事はなさりませんわよね?」

 と女子の1人が少しだけ、怪訝そうな目を見せれば

「あのバカと一緒にするなよ、俺のアリス」

 と男子がクイッと女子の腰を引き寄せ、顔を自分に向けさせた。



「「「きゃあ〜っ!!」」」

 途端に黄色い声が上がる。

 一昨日の茶番劇が知らぬ間に、恋人同士の甘い寸劇にすり替わっていた。婚約破棄なんて小説の中だから、楽しいのだ。

 実際には、揶揄うだけであって興味はない。裏では、本気で解消するかを賭けの対象にしていたりする。

 知らぬは本人達ばかりかな。




 実際、同年代の婚約者が同じ学園にいるから出来る、お遊戯会だ。

 アリディアの婚約者のジュリアス王子は5歳も年上だからいないし、いたとしてもこんな断罪劇はしない。

 自惚れではないが、常識人だと信じている。




「マック様、1ヶ月程の停学が決まって、すぐに辺境地へ鍛練に出されたんですって」

 アリディアが踵を返し、教室へ歩いていたら隣に友人ナナリーが並んだ。

 どうやら同じ様に、女子の話を聞いていたらしい。

「辺境地って、まさかウチの?」

「違うわよ。確か西のクロビートとかって云う話だったわ」

「良かった」

 兄に事がしれたら、大層嫌がりそうだもの。

「婚約解消の噂は本当?」

「嘘。実際はまだ、保留らしいわよ」

 皆は好き勝手に破棄だ解消だと騒いでいるが、互いの家の事もあるから、現時点では保留の様だった。

「でも、ここだけの話。サマリー様はマック様の弟ノック様の方に懸想していたって話だから、すげ替えになる方が信憑性は高いわよ」

 情報通のナナリーがコッソリと教えてくれた。

「あぁ、なら存外、そうなる事を狙って放っておいたのかもしれないわね」

「あり得るわね」

 アリディアとナナリーは顔を見合わせ、クスリと笑った。

 好きな相手が婚約者の弟だった。仕方がないと諦めていた処に、丁度良く引き摺り落とせる材料が落ちてきた。

 拾わない手はない。そして、利用した。ただそれだけの事。ノックがサマリーを好きかは知らないが、兄マックと一緒になるよりはまだマシか。



「そうそう、ナナリーの婚約者は元気?」

 元気の中には、大丈夫と云う意味も込めてある。

 庶民に様々な小説が流行っている様に、貴族の婚姻も政略から恋愛に変わりつつ増えている。

 だが、古い習慣や教育、家独自の色々な考え方もあり政略も根強く残っている。

 ナナリーは一応は恋愛だが、相手が古い習慣の貴族だ。古い貴族は一夫多妻制を支持している。

 王族こそ、その慣習は維持しているが、それ以下はすでに撤廃していた。しかし、多妻は無理でも浮気は自由とばかりに、愛人や妾を持つ貴族もまた多い。

 女の浮気は処罰ものだが、男は仕方がないと黙認だ。それもある意味、男女差別或いは男尊女卑か。



「上手くやってるわよ。ただ、向こうのお祖父様は結婚して数年経っても私に子供が出来なかったら、ロイドに即刻愛人か妾を作らせるって息巻いてるわ」

「結婚する前からそれでは辛いわね。でもコレばかりは授かりものだし、私も同じ立場だから他人事ではないもの」

 そう苦笑いしつつ、アリディアはナナリーを少し羨ましいと感じていた。 

 小さい頃に拐かされた経験があるアリディアは、今まで恋をした事がない。だから、恋焦がれる感覚は知らない。

 そんなアリディアではあったが、侍女マーサの小説は、愛や恋を謳っていてどれも心を躍らせた。偏りがスゴイ気もするけれど。

 そんな小説より、如実に分かるナナリーの恋の話の方が有益で楽しい。

 時折文句を言いながらも、頬を染めて話すナナリーが素直に羨ましかった。それだからこそ、彼女の幸せを応援したい。



 だが、王妃になったとして、そんな人のお家騒動に意見は言えないし、お前こそ早く作れと返されるのがオチだ。頑張れとしか言えない。

 女は子供製造機ではないのだけど、王族に嫁ぐ身としては仕方ないと諦めている。アリディアはいざとなれば、側室か愛人も許す所存でいた。



「お互い、色々あるとは思うけど、心だけは腐らない様に頑張りましょうね?」

「えぇ」

 そう言って右手を出したナナリーの言葉に苦笑しつつ、アリディアは握手をして助け合う約束をしたのだっだ。





 ◇*◇*◇




「本日の授業はこれまでに致します」

「ありがとうございました」

「明日、これまでの試験を行います。心して掛かる様に」

「御意に」

 と王妃に頭を下げながら、アリディアはどんよりしていた。

 急に試験とか、あり得ないんですけど。

 でも、まぁ、成果を見るには突然は当たり前か。

 当日に言われた訳ではないから、どうにかなる? かなと楽天的に考えたアリディアだった。



 今分かる様に、侯爵家に打診があってからの数年、アリディアは週に3、4日程教育を王宮に受けに来ていた。

 それが、今日だった。試験があるから明日も登城する事になるのか。

 王妃自ら教える事もあり、かなり厳しい。



 ジュリアス王子が唯一の息子のため、溺愛している。し過ぎとも云う。

 その息子の嫁ともなれば、求めるモノが遥かに大きい。アリディアの肩には重っ苦しく、放り投げたい時もあったし、盾突きたい事もあった。

 しかし、叱責を右から左に流す事を覚えたら、一気に心が楽になった。私が嫌なら替えてみたら如何ですか?

 と言う気持ちで常にいる。すると存外楽になった。

 チマチマ重箱の隅をつつく様な叱責を、イチイチ真に受けていたら精神が崩壊していただろう。



 ちなみに、溺愛してはいても甘やかす事はなく、しっかりと教育しているためワガママな王子ではない。



「ディア」

 帰ろうとして廊下を歩いていたら、噂の王子がやって来た。

 見て字の如く、王子だ。

 キラキラした金髪、サファイアの瞳。スラリとはしているが、剣術を学んでいるので程良くしまっている。

 社交場に出れば、人目を忍ぶ事など出来ないくらいに輝いている。眉目秀麗とは彼のためにある言葉だ。

「殿下」

「ジュリアス」

「……ジュリアス……様」

 名を呼べと言うジュリアス王子に、小さく溜め息を吐く。

 恥ずかしいのではなく、王妃が煩いからだ。

 2人の時ならいざ知らず、人目のある時は敬称で呼べと、耳にタコ処か腫れ上がるくらい注意されている。

「王子が私一人しかいないせいか、父上か母上くらいしか名を呼ばない。私の名は "殿下" ではないのだがね?」

 侍女や側近は、ジュリアス王子の事を殿下と呼んでいた。ジュリアス殿下ではなく、殿下だ。

 王女も王弟、王妹がいないせいか、この王宮で殿下と呼べるのは間違いなくこの方だけだからだ。

「では、わたくしは侯爵令嬢様と呼ばせましょう」

 そうすれば、ある意味仲間だ。

「なら、コイツは子爵令息様か。面白い」

 ジュリアス王子は後ろをチラッと見て、楽しそうに笑った。

 ルーカスとは、ジュリアス王子の後ろに控えている護衛の1人だ。

 ジュリアス王子とは全く違い、黒髪黒瞳の無口な護衛。だが、見目は麗しい。

 護衛だけあって、筋肉質だがマッチョまではいかず、中々の良い筋肉。絶対にモテるタイプだ。



「全く面白くはありません。子爵程度なら幾らでもいます。区別が付きませんよ」

 溜め息混じりにボソリと言った。

 だが、答えが実に真面目だ。

「子爵1」

「子爵2」

 ジュリアス王子とアリディアは、息の合った返答を返せば

「ハイハイ、第21代国王陛下予定者様、および次期王妃予定者様」

 お好きにお呼び下さいと、ルーカスから呆れながら返答が返ってきた。



「「プッ」」

 そんな返答が返ってくるとは思わなかったジュリアス王子とアリディアは、顔を見合わせて笑ってしまった。

 真面目なルーカスが面白過ぎる。



「そう言えば、セラフィーは息災か?」

 笑ったところで思い出したのか、ジュリアス王子が訊いてきた。

 王子と兄は、幼馴染みといってもイイ。

「今、本邸に戻ってますよ。登城させましょうか?」

「いや、イイ。アイツも忙しいだろう。息災ならそれで良い。あぁ……ディア、この後良ければ夕食に付き合わないか?」

 兄の話も含め、久々だからと少し話さないかとの誘いだった。

「申し訳ありません。明日、試験なので復習したいのですが……急を要するのであればーー」

「あぁ、構わない。ではまた今度で」

 アリディアの言いたい事が分かったのか、ジュリアス王子は苦笑いして話を遮った。

「申し訳ーー」

「謝るなディア。話は次の機会に」

 ジュリアス王子はそう言って、優しくアリディアの頭をクシャリと撫でた。



 ジュリアス王子は両親とでさえ、一緒に食事をする事が少ない。

 国王は忙しく、母王妃は食事の時間を夫に合わせていた。ジュリアス王子は一緒にと言っても、先に食べろと言われる。

 いつしか、ジュリアス王子は1人で食事を摂る様になったのだ。だから、アリディアが王宮に通う様になってからは、一緒に摂る事も必然的に多くなる。

 たまに、護衛のルーカスも加わる事もあるけれど。

 ひょっとしたら、寂しい気持ちもあって誘ってくれたのだとしたら、断らなければ良かったかな……と後ろ髪を引かれた。



「ルーカス、送ってやれ」

 断ったのにも関わらず、自身の護衛を寄越すジュリアス王子にお礼を言い、アリディアは帰路に向かった。



 帰りの馬車に揺られつつ、アリディアは思った。

 愛や恋は私にはまだ分からないけれど、ジュリアス殿下となら、きっと良い家族になれると。






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