11 ジュリアス王子は婚約を白紙にしたい 〈前編〉(ジュリアス視点)
アリディアが変な妄想をしていた頃ーー。
ジュリアス王子は清々しい気分でいた。
アリディアという女性を知れば知るほど、自分には勿体ないと思う様になっていた。
だからこそ、自分との婚約をどうにかしなければと悩んでいた。
ーーそして。
今日、とうとう伝える事が出来た。
罵声も覚悟していたのに、彼女は自分を理解し受け入れてくれた。
それが、とても嬉しくて仕方がなかったのだ。
◇*◇*◇
ーー今日という日。
ジュリアス王子は胃をキリキリさせながら、妹の様に大切な少女に会って話す決断をした。
彼女は、既に王妃教育の課程をほぼ終えてしまった。
終える前には話しておきたかったのだが、彼女を前にするとどうしたって言い出せなかったのだ。そして、ここまで延びに延びてしまった。
こうなると、結婚の準備が始まってしまう。流石にその前には言わないといけない。
「すまない。キミとの婚約を破棄……いや、白紙にして欲しい」
「え?」
いつも、冷静な彼女が、衝撃的過ぎて二の句が継げない様だった。
それもそうだろう。情がどの情であれ、ジュリアス王子はアリディアを大切にしてきた。
まさか、婚約を白紙に戻すなんて話が出るとは思わなかったに違いない。
「本当にすまないと思っている」
「あの」
「辛く大変な妃教育までさせ、挙句この所業。キミに……ディアに、どう償えば良いのか」
ジュリアス王子は自身が悪いのだと、アリディアに対し心から詫びた。
「差し支えがないのでしたら、理由を訊いても宜しいでしょうか?」
訳もなく婚約を解消したいなどと、言ったためかアリディアは理由を訊いてきた。
「……」
ジュリアス王子は口を噤んだ。
当然の権利だとしても、ルーカスとの関係をバラす訳にはいかない。
大切な彼女にその事を話して、万が一にでも気持ちが悪いと虫ケラを見る様な視線を向けられたら、私は立ち直れないかもしれないだろう。
「事情を知らないまま、白紙に戻したくはありません」
黙っていたら、当然の言い分が返ってきてしまった。
「…………」
「ジュリアス様」
「…………」
「ジュリアス殿下」
どうしても言いづらいジュリアス王子は、口を噤んだままだった。
だが、それでは埒があかない。話が先に進まない。
どうしたものかと悩んでいたらーー
「わたくしは怒ってはおりません。ただ、何も知らないで婚約を白紙や撤回も了承も出来ません」
アリディアがさらに強く訊いてきてしまった。
「…………ほ、惚れた……人がいる」
遠回しに言って誤魔化そうと、強く拳を握りボソリと言った。
「まぁ!」
アリディアはやっぱりと、手で口を隠した。
その仕草と言い方に、ジュリアス王子はアレ? と疑問を感じた。
驚いた様子ではあるが、怒ってはいない様子だ。
婚約者の自分に、好きな相手が出来たと伝えたのにである。癇癪を起こして物を投げつける彼女ではないが、それにしてもリアクションが無さ過ぎて逆に驚いてしまった。
「どなたか、お聞きしても宜しいですか?」
「…………」
アリディアがそう尋ねたら、ジュリアス王子は再び唇をキュッと噛み締めた。
ルーカスだと言って、アリディアに嫌われるのが怖いと、身勝手過ぎる感情が湧いた。
「これが、わたくしの最後の我儘だと、お聞き願います」
アリディアは、本当に怒ってないのか口調が柔らかい。
いや、でも、こういう時の女性こそが1番怖いのだと、ジュリアス王子の頭は警鐘を鳴らしていた。
「…………」
「殿下がわたくしの立場でしたらーー」
「あぁ、分かっている」
そう言って、ジュリアス王子は辛そうにアリディアの言葉を遮った。
こうなれば、仕方がない。嫌われてもイイ。避けられてもイイ。事実を話すのもある意味誠意ではないのか。
ジュリアス王子は腹を括った。
「相手は、キミも良く知る人物だ」
嫌いになるのなら嫌えばイイと、アリディアの目を真っ直ぐ見て言った。
「それは、どなた様です?」
それでもアリディアの声が、優しい。
優しいのが逆に怖いと、ジュリアス王子は内心思いながら感情のない声で「入って来い」と、扉に向かって言った。
入れと言っておいてアレだが、ルーカスは入り難いに違いない。だが、真実を知る権利はアリディアにはある。
「失礼致します」
話は聞こえていたのか、少し緊張したルーカスが入って来た。
数拍、間があってから部屋に入って来た意外な人物に、アリディアは思わず目を見開いていた。
「ルーカス様?」
ルーカスが入室すると、アリディアは小さく眉を寄せていた。
おそらく、分かっていないのだろうとジュリアス王子は感じた。
その証拠にアリディアは、視線を少しずらし彼の後ろを見ていた。多分だが、ルーカスが誰かを連れて来たと勘違いしている様である。
それもそうだろう。まさか、私の恋人が男とは思わないだろう。私でもアリディアが女性を連れていたとしても、浮気相手だとは思わないのだから。
「あの?」
ルーカスが連れて来たのでは? とジュリアス王子を促してきた。
「ジュリアス殿下。想い人は?」
「…………れだ」
「え?」
「 "彼だ" 」
その瞬間のアリディアは、一生忘れないだろう。
場違いだとは思うが、目を丸くした彼女はあまりにも珍しく、犬の様で可愛いと思ってしまった。
「彼は "男性" では?」
やはりと言うか、確認をしてきた。
「男だ」
「男性だと知った上で、あ、愛していると?」
アリディアが声を震るわせ訊いてきたので、私は小さな声で「あぁ」と答えた。
泣かせてしまったかと、ジュリアス王子は胸が痛んだ。こんな思いをさせるつもりはなかった。
これから一生、どう償おうかと頭の端で考えていた。
「……ぬ」
アリディアが一瞬、何か呟いた様に聞こえたが、考え事をしていたジュリアス王子には聞こえなかった。
婚約の白紙の事実。婚約者の裏切り。
普通だったら憤慨し、それをぶつける権利がアリディアにはある。その全てを受け入れる覚悟は出来ていた。
「済まない」
アリディアが下を向いてプルプル震えている。
私の裏切りに対して憤り、涙を堪えているのだと胸が痛んだ。
もっと早くに伝えるべきだったのか、それとも胸の奥底にしまっておくべきだったのか。
「……っ!」
ジュリアス王子が心配していると、彼女の膝の上の手に涙がポロリと落ちた。
いつも気丈な彼女を泣かせてしまった。
ジュリアス王子とルーカスは、その落ちた涙に胸を痛めていた。そんな2人に向けて「し、仕方が……ありませんわ」と慌てて涙を拭うアリディア。
「……っ」
初めて見せたその姿に、ジュリアス王子とルーカスが息を飲んだ。
こんな状況なのに、彼女は健気にも笑い返した。
自分より5つも年下の少女が、気丈にも裏切りを許し受け入れたのだと、ジュリアス王子の胸は張り裂けそうだった。
それに比べ、自分はなんて身勝手で愚かな人間なのか。
「申し訳ありません」
「いや、私が一番悪いのだ」
「破棄にしろ、白紙にしろ、今しばらくお待ち頂けませんか? わたくしも混乱し過ぎて少しばかり考えたいので」
アリディアはジュリアス王子に、健気にも優しく微笑んだのだ。
「そうだな。キミの気持ちを考えなくて済まない。だが、私はどんな重責も受けるつもりだ。私にどうして欲しいか考えてくれ」
アリディアの言葉を真摯に受け取り、ジュリアス王子は責を受けると伝えた。
それも、またアリディアを大切に思う気持ちと責任を感じたのだ。ジュリアス王子は不誠実過ぎる自分を恥じていた。
「一応、お聞きいたしますが、わたくしが婚約の白紙を承諾する代わりに、お2人が別れる条件を提示致しましたらどうしますの?」
アリディアはチラッと、ジュリアス王子の後ろ手に控えるルーカスを見た。
アリディアが本気でそんな事を言うとは思えない。
だが、誠意を見せなくては失礼だと2人は感じた。
「「別れる」」
ジュリアス王子とルーカスは同じ思いだったのか、ほぼ同時に言ったのだった。




