12 ジュリアス王子は婚約を白紙にしたい 〈後編〉 (ジュリアス視点)
ジュリアス王子達の即断には、アリディアは驚いている様だった。
だがジュリアス王子は、それが罰だと言うのなら甘んじて受けるつもりだったのだ。
「言われれば別れるのに、わたくしとの婚姻も?」
「アリディアには悪いが、ルーカスの事があってもなくても白紙に戻すつもりだ」
ジュリアス王子はルーカスとの関係を話すのと同時に、婚約を白紙に戻す事も決めていた。
「アリディア。正直に言えばルーカスとの事を黙って、結婚する事も考えていた。だが、私は愛情でなくとも、キミに "情" がある。しかし、キミが王妃になれば、愛がなくとも閨を共にしなければならない。王となる者として考えが甘いのは重々承知している。だが、キミに愛情を感じていない私なのではなく、しっかりと愛情を与えてくれる男と一緒になって貰いたい。不誠実な私なりに、大切なキミに幸せになって欲しいと思ったんだ」
「それで、婚約の白紙ですか?」
「あぁ」
ジュリアス王子は、ジュリアス王子なりにアリディアに思いを伝えた。
情などない、他の令嬢なら自分の性癖は隠し、王族として最低限の責務は果たすつもりだった。
だが、アリディアはジュリアス王子にとって、大切な子である。
だから、彼は自分の心を押し隠しアリディアを騙したまま、結婚して閨を共にしたくはなかった。
大切なアリディアだからこそ、本当に自身を愛してくれる男と結婚し、幸せな家庭を築いて欲しい。嘘の愛で塗り固めた自分に身を預けて欲しくない。
本当の家族を作って貰いたかったのだ。
「ルーカス様との話は、わたくしと婚約を白紙にするためのパフォーマンスではなく?」
他に好きな人がいて、アリディアを悲しませないための嘘だと思ったらしい。
「コ、コイツに惚れて、いるのは、本当だ」
改めて口に出すと妙に恥ずかしい。堪らず顔を逸らした。
ジュリアス王子は自分で言った言葉に、顔がカッと熱くなるのを感じていた。
「分かりましたわ」
アリディアはスッキリした様に大きく頷き、前を見据えて口にする。
「アリディア」
ジュリアス王子が辛そうに笑った。
良かった理解してくれたと、思ったのだ。
だが、アリディアの出した結論にジュリアス王子は唖然とした。
「わたくし、ジュリアス様とは別れません」
「お……お前、私の話を聞いていたのか!?」
ジュリアス王子は余りの衝撃に、言葉が悪くなっていた。
自分勝手ではあるが、アリディアのためと本気で考えて言ったつもりなのに、何故伝わらないのだと。
「しかと聞いてましたわ。ジュリアス様」
「なら、何故だ!?」
ジュリアス王子だけでなく、後ろに控えていたルーカスまでもが、目を見張った。
「では、お聞きしますが、わたくしと別れたら新しく婚約者を?」
「そうなるだろう。だが、あるいはーー」
「自ら廃嫡し、市井に降りる?」
「……」
考えがお見通しだったと、ジュリアス王子はグッと押し黙った。
「お言葉を返す様ですが、殿下の相続廃除は賛同致しかねます」
「私もそう……思います」
ジュリアス王子の背後で、今まで沈黙していたルーカスが言いにくそうに口を挟んだ。
さすがに、王籍を抜けるのは一騎士としても、彼の恋人としても賛同出来なかったのだ。
「ルーカス」
まさかの援護に、ジュリアス王子は驚いていた。
「口を挟む不敬をお許し下さい」
「いいわよ。わたくし達しか居りませんもの」
ルーカスが頭を深く下げれば、アリディアは許可を出していた。
他人がいるのなら異を唱えるが、今は3人しかいない。ジュリアス王子にしても、ルーカスは他人ではないから構わなかった。
「感謝致します」
と断った後、ジュリアス王子に顔を真っ直ぐ向けた。
「ジュリアス殿下が王籍を抜けた後、次期国王に誰が据えられるか考えられましたか?」
「叔父上に……と」
と渋々考えを口にしてみればーー。
「「いけません」」
間髪を入れずに返したアリディアとルーカスの声がハモり、思わず苦笑する。
何故、この2人の意見は同じなのだと、ジュリアス王子は驚いた。
「一度王籍を抜けた彼を戻して、王座に据える事になれば貴族が黙ってはおりません」
確かに私の叔父は、公爵の爵位さえ返上し辺境で静かに暮らしている。
私の一存で王籍に戻せるとは思わない。だが、自分が抜ければそうなる他考えられなかった。
「だが、王族の直系男子はもはや、私しかいない。下がいない以上、上を辿るしかない。横は広過ぎて混沌となる。血統を失くし新たに、資質重視で決めるには時間が足りない」
国王は直系男子が成ると決まりがある。
だが、女系も許可する法に変える時間はない。ジュリアス王子はジュリアス王子なりに考えてはいたのだ。
「国のためを思うのでしたら、ジュリアス殿下は国王になるべきです」
「なら、キミとの婚約を白紙にしてくれ」
「お断り致します」
大切なアリディアだからこそ、私という枷を外したいのだ。
だが、理解してくれないのか。それとも、私を愛しているのかと問いたのだが。
「私を愛していたのならーー」
「愛してなどおりません」
アリディアに言葉を切られ、ジュリアス王子は唖然とした。
自分も彼女を愛してはいないとはいえ、相手にそう断言されると、なんだか少し苛立つから不思議だ。
「まさか、王妃の座が欲しかったのか?」
アリディアのその言葉には失望ではなく意外だなと、ジュリアス王子は驚いていた。
確かに彼女が自分に向ける眼差しに、熱量はなかった。だが、万が一本気で好きでいたのならと、心からお詫びもする所存だった。
慰謝料や賠償金も出来る限り出すつもりだった。愛もなく、自分に固執する理由は王の妻の地位かと思ったのだ。
「違います」
だが、アリディアはそれもを否定した。
ジュリアス王子もルーカスも、もはやアリディアが分からなくなっていた。
「誤解を招くと後々困るので、正直に申しますとーー」
「続けろ」とジュリアス王子は視線で促した。
「王妃は面倒……いえ、大変なので遠慮したい処です」
お前、今面倒くさいと言い掛けたな? と、ジュリアス王子の口端が緩んだ。アリディアが正直過ぎて、なんだか可愛い。
「しかし、それを加味しても、わたくしは他の殿方に嫁ぐのは少し」
そこまで言って、アリディアは目を逸らし口を濁した。
どこか辛そうである。理由があるのか。
「ディア」
ジュリアス王子は話したくなければ、良いと優しい声で促した。
だが、彼女はニコリと話を笑い続けた。
「わたくし、小さい頃に拐かされた事があるのです」
「耳にした事はある」
「それは身代金目的の誘拐ではなく、幼女愛好家に売るためでした」
「「……っ!」」
誘拐とは耳にしてはいたが、そこまでは聞いていなかったジュリアス王子は目を見張り、ルーカスは初めて聞く話に驚愕していた。
そして、その見えない犯人に2人は殺意を抱いていたのだった。
「それ以来、どうしても男性に一歩踏み込めなくて……今更ジュリアス様以外の方とは、結婚する気にはなりません」
「……」
「愛して頂かなくても良いのです。ただ、少しだけ寄り添って頂けないでしょうか? わたくしはジュリアス様に婚約を白紙にされたら……新しく婚約者を充てがわられます。それが……怖いのです」
ジュリアス王子は痛いくらい気持ちが分かった。
そんな経験があれば、そうなっても致し方がない。だとしても、男しか好きになれない自分と結婚をするより、心から彼女を愛してくれる人と一緒にと思うのは、私のエゴだろうか。
「ディアは、それで良いのか?」
ジュリアス王子はアリディアの心情を痛い程に理解出来るからこそ、信用ならない男に任せたくないと、複雑で歪んだ情が芽生えた。
彼女の幸せを考えて、自分の傍で降嫁する男を吟味するのも、またアリなのかもしれないと。
「ジュリアス様とルーカス様さえ良ければ、わたくしは "それで" ではなく、"それが" 良いのですわ」
アリディアは清々しいまでの笑顔を見せた。
ジュリアス王子とルーカスは、少しだけ困惑し顔を見合わせていた。
本当に良いのだろうか? とか、律儀にもルーカスに訊くその姿に敬服さえする。
仮にも浮気相手にである。普通だったらしないだろう。
「ルーカス様の許可さえあれば、わたくしはジュリアス様の……王家の子を産みたいと、考えております。ルーカス様、許可を頂けますか?」
「許可も何も……アリディア様は本当にそれで宜しいのでしょうか? 不敬を承知で言わせてもらえば、子を産むだけの妾を作らせる事も」
ルーカスはチラリとジュリアス王子を見ていた。
私の恋人と知った上で、お伺いを立てているのだ。なんという許容量だ。ジュリアス王子が驚いていると、ルーカスが他の選択を提案していた。
確かに、女性のアリディアが責務と言う理由だけで、閨を共にする苦痛を抱く必要はない。
だが、アリディアは首を振っていた。
「現時点では推奨致しかねます。それにより、礫が生まれる事もありましょう。結婚してすぐとは申しませんが、月に数回程……ジュリアス様をお借り出来ますか? ルーカス様」
「お借りも何も、ジュリアス殿下は私のモノではありません」
ルーカスはアリディアの純粋で高尚な瞳に、頭が下がり胸が痛んでいる様だった。
彼の事だから、自分の想いなど永遠にしまえば良かったのではと。軽々しく想いを伝えた自分を恥じてさえいるのかもしれない。
「ディア。本当にそれで良いのか?」
もう一度訊いてみればーー。
「しつこい男は嫌われますわよ? ね? ルーカス様」
そんな返答が返ってきた。
ジュリアス王子はアリディアの寛大過ぎる心に、完全に感服してした。多分、生涯この女性に頭は上がらないだろう。
それを知った瞬間でもあった。
「あ、ルーカス様」
「なんでしょう?」
「初夜は差し上げますからね?」
アリディアは余裕綽々に、ウインクした。
「「……!」」
2人は、この歳下の可愛い令嬢に、翻弄されっぱなしである。
ジュリアス王子とルーカスは、思わず顔を見合わせ、恥ずかしくなり慌てて逸らしていた。
言葉にされるとヤケに生々しく現実味を帯びて、もの凄く恥ずかしかったのである。
「アリディア様」
何かを決めたルーカスは、ゆっくりとアリディアの傍へと歩み寄って来た。
「私の心はジュリアス殿下に捧げています。しかし、この剣は……アリディア様、貴方に捧げる」
ルーカスはアリディアの前に跪き、帯剣を外し横向きにアリディアの足元に置いた。
それは、ジュリアス王子同様に、その身を以て身を護るとの誓いであった。
自分とジュリアス王子との事を、不潔だと言葉や態度で一蹴せず、ちゃんと真正面から向き合って考えてくれた。
気持ち悪いと罵られても仕方がないと、覚悟していただけに、ルーカスの心はもの凄く震えた。
他人が私達の想いを理解するとは思わない。なのに、理解どころか受け入れてくれたと、心が歓喜に震えていた。
この女性になら生涯、この命を捧げても良いと身体が考えるよりも先に、自然と心が動いていたのだ。
ルーカスがそう決めたのなら、私もそれにならう。
「アリディア、私もこの剣に誓う。この身を以てキミを護り、キミの幸せを支えると」
自分達を受け入れてくれた彼女に、何かしたかったのだ。
だから、帯剣を外しアリディアの足元に置き、次期国王である前に、彼女の騎士になろうと跪き頭を下げたのであった。
ジュリアス王子も、誰にも話せず辛い思いをしていた。
アリディアの事を考えれば、黙っているのが誠実な気もしていた。だが、ずっと隠し通せる程の心の強さがない。
本当は彼女ためにと言いながらも、話す事で自分が解放されたかっただけなのかもしれなかった。
だが、話して良かったとジュリアス王子は目頭が熱くなっていた。アリディアの懐の深さと、深い情に心を打たれたのであった。
「では、わたくし、ジュリアス様、ルーカス様の3人で幸せになりましょうね」
2人が見たアリディアはとても可憐で美しく、女神の様に神々しい。
あぁ、やっぱりアリディアに話して良かった。
長年、心の重りになっていたジュリアスの心は、羽根の様に軽くなり、その言葉と思いに救われたのだった。




