5
これにより、禁裏内は様々な憶測が飛び交うようになった。
桜はあえて黙して、一切触れようとせず、この件は棚上げされていた。
しかし、彼女には、この何ともしがたい案件が、頭の中にいつまでも片隅に不気味に残っていた。
水面下では、信じられない動きがあった。
その一環として、紫辰殿の桜を訪ねて、兄皇子がやって来たのだった。
「陛下にはご尊顔を拝し奉り恐悦至極」
「・・・兄上」
桜は溜息をついた。
「用件は何ですか」
単刀直入に聞いた。
「これは、これは」
兄皇子は驚いた表情を見せ、
「陛下の具合がよくないと聞きつけ、見舞いにやって来ただけでございます」
(なにを白々しい・・・)
「誰のおかげで具合が悪くなったと、お思いか」
「はて?」
兄は涼しい顔をして、受け流している。
「もうよいです。お気持ちは受け取りました。下がって、結構ですよ」
桜は兄に退出するように命じた。
(話す事などなにもない。何より兄がしっかりしていれば、弟が帝になって死ぬことも、自分がこういう立場に立たされることはなかったのだから)
「・・・はて?」
二度、同じ言葉を言ったきり、兄はその場を動こうとしない。
「聞こえなかったのですか」
多少、言葉にゆっくりと重みを加え、威厳のある口調で言ってみた。
しかし、兄は意に返さない。
「・・・はて、こちらの用件が、まだ済んでおりませんが」
(いけしゃあしゃあと言うものだ・・・体の具合を心配して来たのではないのか・・・)
桜は兄のずうずうしさに呆れると共に、感心もした。
「先の件ですが・・・」
兄はそう切り出した。
「陛下はさぞかし、心を痛めていることと思いましてな」
「それはどうも」
桜はそっけなく答えた。
「私も道香の奴に泣きつかれましてな」
「一条殿が?」
「左様」
(やはり用件はそれか・・・)
「私も皇家の血が流れる身。ここでひとつ粉骨砕身をと・・・」
(やはり、兄上は先が見えない。目先の判断で生きている。もはや憤りしかない)
「兄上も私に死ねと仰せか」
「いやいや、滅相もなく。我誓って、そのような事なくこの一大事に、純粋な心根からですな」
「兄上は照帝になりたいのですか」
桜は確信をつく。
「・・・いっ、いえ・・・決して、そんな・・・」
「その覚悟はあるのでしょうな?」
「・・・・・・ああ」
「では、何故父上たちが、兄ではなく志半ばでいった弟や私に皇位を譲られたのか、お分かりでしょうか」
「・・・それは」
兄は額に汗をかき、言葉を詰まらせている。
桜は立ち上がった。
「その答えが万が一でも、お分かりになられたら、もう一度お話ししましょう・・・兄上が出ていかれないのなら、私が失礼しましょう」
兄が呆然となっているのを、桜は一瞥しその場を後にした。