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悲しみの人魚は黄金の瞳に囚われる  作者: 水野沙彰


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5−7

 アルマンは血の付いたハンカチを持って、シルヴァンが襲われた部屋にいた。天井裏からの侵入が可能だと分かってから、室内にも見張りを置き、かつ変化があれば分かるよう細い特殊な糸を張っている。

 隠し扉は本棚の裏にあった。本をいくつか退かし、軽くなった本棚を少し持ち上げて押し込む。すぐに押し返されて、本棚はその端を軸にくるりと開いた。

 奥にあるのは、血によって反応すると言われている石だ。これが鍵となっている。ここは王城だ。王城にある血の制約石が、王族の血で起動しないはずがない。アルマンはハンカチを広げ、その血が付いた面を石に押し付けた。


「隊長、これは──」


 共にやってきた部下が息を飲む。石を中心として壁が内側に向かって動いたのだ。奥にはいくらかのスペースがあるようだ。


「探していた隠し部屋で間違いないな。広さは……あまり無さそうだが。殿下が病床にある以上、あちらもここに立ち入られることはないと思っているだろう。これは好機だ」


 部屋に証拠があることを仄かしていた割に、第三小隊がこの部屋の捜査をしてもベルナールはあまり焦っていないようだった。この中を見られるとは 思っていないのだろう。明かりがない室内は暗く、扉を全開にしても薄暗かった。アルマンは携帯ランプを点して左手に持ち、右手は剣の柄に触れたまま一歩を踏み出した。部下もそれに従って先に進む。ランプを持ってぐるりと室内を照らすと、几帳面に整理された室内はどこかの商会のオフィスのように、帳簿らしきものと本が並んでいる。アルマンはそのうち、目立つ一枚を手に取った。


「──これはすごいな」


 そこには日付と、貴族の名前と、一般的な宝石よりも高額な金額の数字が並んでいた。別の帳簿は国名と地域ごとにページ分けがされており、それぞれに色や数字が並んでいる。どれも一年半程前までの日付だ。


「これだけでも充分な証拠……とはならないか」


 奴隷商の記録だろうが、はっきりそうだと言い切れるものではない。ベルナールの名前もなく、筆跡も別物だ。よりはっきりとした証拠が欲しかった。


「隊長?」


「いいか、この中にあるものから、決定的な記録を探してくれ。理想は殿下直筆の契約書だ。奴隷であれ毒物であれ、高額取引をしているのだから書面にしているはずだ」


「はい、分かりました」


 返事を受けて、アルマンもすぐに捜索に戻った。とはいえ、奴隷商についての契約書にベルナールがサインをしているはずがない。取引として多く行うのなら、現場の責任者に書かせた方が安全かつ便利だ。ならば探すべきは、毒を仕入れたときの契約書だ。個人的取引になるのだから、偽名であっても本人が名前を入れているだろう。

 しばらく捜索し見つけたのは、隣国から今回シルヴァンに使われた毒物の元になる昆虫を仕入れた際の契約書だった。目当ての物を手に取り、アルマンは口角を上げた。これでシルヴァンも動きやすくなるだろう。


「これはどうでしょうか?」


 隊員の男がアルマンを呼ぶ。アルマンは見せられた古い本を見て、目を見開いた。


「……良い物を見つけたな」


「へへ、ありがとうございます」


 その本は学術書のようだった。アルマンにはそこに書かれた古い文字は読めないが、図として描かれているのは例の昆虫の絵だ。更になんらかの液体を加えているようだ。きっとシルヴァンに使われた毒の製薬方法だろう。アルマンはシルヴァンに報告しようと決め、契約書と共に纏めた。


「戻ろう。早く殿下に知らせたい」


 部下を先に出し、アルマンはこの隠し部屋にも糸を張った。扉を閉め、シルヴァンの部屋に戻る。セレスティアがいてくれて良かった。アロイスに聞く限り、海藻を見つけた経緯はまるで奇跡を見ているようだったらしい。それはセレスティアがパントゥスの姫として自然から与えられたものか、はたまた想いの力か。しかしかつてパントゥス王国の繁栄と滅亡を思い出せば、王族には特別な力があったとしても不思議ではない。


「おや、第三の隊長殿ではないかな?」


「……ベルナール、殿」


 廊下の向こうから、ベルナールが共を引き連れて歩いてくる。


「シルヴァンの容態はどうだい? 城内で襲われるなんて、恐ろしいねぇ」


 アルマンは食ってかかろうとする部下を左手で押し留め、代わりに口を開いた。同時にベルナールには見えないように、そっと証拠の品を部下に渡して隠す。


「お気遣いありがとうございます。ですが……」


 アルマンは目線を落とし言葉を濁した。ベルナールにはシルヴァンが重篤な状態であると思い込んで貰っていなければ困る。その表情を見たベルナールは、距離を詰めながら口角を上げる。


「隊長殿、シルヴァンのところに飽きたら、いつでも俺のところに来ると良いよ。何せ、君は優秀だからねぇ。弟のところにいるのが勿体無いと常々思っていた。……シルヴァンがいなくなったら、第三小隊も解散だろう。──ああいや、勘違いはしないでくれたまえ。弟には元気になってもらいたいと思っているからね。……だけど、俺は、有能な者には充分な報酬を与えるよ。覚えておくといい」


「……勿体無いお言葉でございます」


 アルマンが頭を下げると、ベルナールは一度鼻を鳴らして二人の横を通り過ぎて行った。アルマンは部下から証拠品を受け取って先を急ぐ。シルヴァンが無事助かったとはいえ、苦しんだ数日を見てきたのだ。怒りに震えている手で、しっかりと証拠品を抱え込む。早くシルヴァンの元に戻りたかった。

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