表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悲しみの人魚は黄金の瞳に囚われる  作者: 水野沙彰


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/47

4-7

「兄上、何をしているのですか」


 シルヴァンは乱れた呼吸を出来るだけ隠して声を張った。セレスティアを迎えに行った先で不在を知らされ、それから王城内を探していたのだ。まさかこんなに離れた、随分前から使われていない客間にいるとは思わなかった。この客間は何年もの間閉ざされていた。王城は古い建物であるが故にそういった場所は多い。つまり、何らかの痛ましい事件が起きた場所だ。


「何って、少し話をしていただけですよ。弟の婚約者である彼女と……ね。普通のことだろう、シルヴァン?」


「それでしたら、何故こんなところに? もっと人目のあるところの方が良いでしょう」


「誤解を招くといけないからね」


「──そうでしょうか。誤解を受けないようにしたいのであれば、それこそ人目のある場所を選ぶべきでは? それも、あえてこのような部屋など選ばずに」


 ベルナールが言っていることは全て詭弁だ。セレスティアを害そうとした証拠もない。ただセレスティアが怯えていることだけは確かだった。

 ベルナールはいつもそうだ。悪事を働けば必ず残るはずの証拠が、一つも見つからない。権利を明確にする書類や、脅迫に足りるだけの情報があるのだから、破棄されていることはないだろう。ならば見つけられないようにどこかに隠してあるのだ。

 三人しかいない部屋の中、それぞれの距離感がシルヴァンを緊張させた。ベルナールはセレスティアから離れて、シルヴァンの方へと一歩ずつ歩いてくる。


「いやいや、シルヴァンの言う通りだよ。次からは気を付けよう。ああ──次があれば、ね」


 ベルナールが剣を抜いた。その切っ先はシルヴァンに向けられている。予想していなかったあからさまな態度に、シルヴァンは息を飲む。


「あ、兄上、ご冗談でしょう? 今は夜会の最中で、ここは王城です。落ち着いてください」


 声が震えた。まさかこんなにも明確に敵意をぶつけられるとは思わなかった。


「──いい加減、目障りなんだよねぇ。何かと俺を調べて回って。証拠なんて一つも見つからなかっただろう?」


「何故──」


「どうして追ってきたんだい? この部屋に来なければ、シルヴァンも生かして使ってあげたのに。ああ、それでも俺のお気に入りのお人形を返してくれないのなら、結局は同じだったかなぁ」


 ベルナールが剣を構えてシルヴァンとの距離を詰めた。しかしシルヴァンの方が動きは速い。飛び退り、咄嗟にデスクの上にあったランプをつかむ。シェードを外してしまえば、短剣程の長さの金属の棒になった。攻撃力は足りないが、身を守るにはこれで充分だ。


「貴方に殺されるつもりはありません」


 シルヴァンははっきりと言い放つ。


「弱者の意見など聞いていないよ」


「いつ私が弱者になりましたか」


「証拠の一つも手に入れられない時点で、君の方が弱者だろう」


 剣を下ろすことのないベルナールに対し、シルヴァンも警戒を緩めない。じりじりと少しずつ移動しながら、セレスティアを背に庇うように移動した。


「──証拠なら見つけました。この部屋……ここに隠してあるのでしょう。セレスティアをここに連れてきたことから考えても、おそらく隠し部屋か通路があるのでは?」


「本っ当に……君は、邪魔な男だねぇ!」


 ベルナールがまたシルヴァンに斬りかかった。シルヴァンはランプの棒で受け、金具部分を鍔のように使って角度を変えて受け流す。


「邪魔なのは貴方の方では? 民を苦しめる政は、今は良くとも長くは続きません」


「知ったような口を……!」


「生み出す努力を怠っているのは、兄上だ!」


「きゃ……っ」


 それから何度も繰り返しぶつかり合う金属の音に、セレスティアが悲鳴を上げた。


「生み出す努力? そんなもの、青臭い理想だねぇ。利益なしに動く者などいないよ。──それに」


 ベルナールが剣を引いて、シルヴァンから少し距離を取った。


「いざというとき頼りになるのは、信頼できる傭兵だよ」


 ベルナールの口元がにいっと上がった。その表情に不気味なものを感じる。


「──シルヴァン様っ!」


 セレスティアが叫んだときには遅かった。首筋に、何か針のようなものが刺さった痛みがある。はっと振り返ると、天井板をずらした隙間から、吹き矢が覗いていた。


「私が何の対策もしていないはずがないだろう、シルヴァン? 先日の紅茶の毒とは違って、そいつは強力だぞ」


 視界が揺れた。身体が思うように動かずに膝をつく。金属の棒が、からんと音を立てて落ちた。ここで倒れてしまっては、セレスティアがベルナールに連れて行かれてしまう。それだけは避けたかった。


「──……シルヴァン、様。シルヴァン様……っ」


 ベルナールの笑い声が聞こえた。セレスティアが繰り返しシルヴァンの名前を呼んでいる。シルヴァンは首から針を抜いて、床と手の平の間に隠し持った。


「セレスティア、逃げ──」


「嫌、です……っ!」


「──頼むから」


「無駄ですよ。その毒はね、すぐに死ぬことはありませんが、何日もかけてゆっくりと命を奪っていくものなんですよ。珍しいものなので、解毒薬も用意していませんし……残念、でしたねぇ」


 ベルナールの言葉に、セレスティアがシルヴァンの腕に触れる手に力を込めた。肌に当たって転がっていく真珠の冷たさに、セレスティアが泣いているのだと分かる。


「どうして……どうしてこんなことをするのですか!? 兄弟なんでしょう!」


「兄弟だから、ですよ。──さて、貴女はこのまま閉じ込めておきましょうか」


 ベルナールがゆっくりと一歩ずつこちらに近付いてくる。シルヴァンは力を振り絞って、セレスティアを庇うように腕を伸ばした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ