2-17 幸せの寝相
すっかり遊びに夢中になって、遅くなってしまったので王宮にお泊りだ。リュウの奴も、おトイレは人間用がちゃんと使えているようだ。大きくなったら色々どうしようか。
母親が来たとしても、俺と契約したのだからリュウは一緒にいる事になりそうだ。一度母親を見ておきたいな。どれくらい大きくなるものなんだろうか。諸々はネット買い物に頼るしかないのだが。
だが、そんな俺の慈しむような想いとは別にリュウがベッドに潜り込んでくる。頭でぐりぐりと押してくる。
「あはは、よせよ、おい」
「いーや! シャルと寝るの~」
こいつが過剰に人に甘えるのは、生後1ヶ月未満で母親と離れてしまったせいもあるのだろうな。こいつは、絶対に自分に危害を加えない庇護者として俺を契約という形で選んだのだ。まあ、甘え放題は仕方が無いな。
だが一つ問題はあった。
「こいつ、超寝相悪いな」
なんか物凄い寝相で、俺の顔にキックが飛んでくる。
「あはは。教会にもそういう子がいたわ。親と死に別れて、安心できる場所と庇護者がいるとわかるとこうなるの。私もそうだったわ。でも、そのうちに治るものなのよ」
心から愛おしい。そんな眼差しで姿勢を直してやりながらリュウを愛おしむジーンがいた。そこには彼女が置いてこざるを得なかった大切な者達への郷愁があるのかもしれない。
出来得るなら、俺は彼らのうちの希望する者を迎えられるだけの体制を早いうちに整えてやりたい。俺は、ずっとそう想っていた。今その基盤は築けたような気がする。
朝日が昇り、リュウを布団代わりに被った状態で目覚めた俺は、まあそれなりに爽快だった。まあチビだから代謝機能的にそんなもんだな。
昔の映画で可愛いお姉ちゃんがチビの弟に「お願いだから冗談抜きで抱っこさせて」と哀願していたシーンを思い出した。確か、バイキングか何かの奴。外は零下数十度の猛吹雪だった。
いい匂いがする。いきなり掛け布団がもぞもぞと動いて、ふらふらとその匂いを追いかけていってしまったので、俺も起き上がった。ここが自分の家でない事は天井で確認済みだ。
「ジーン、朝だよ~」
「う~ん」
揺すってみたが、この子は昔から朝に弱い。
「リュウ、お待ち~」
奥様よりも子供を優先するようになったら、それは単なる夫から父親になった証だろうか?
なんて事を考えている余裕はないので、まだ千鳥足のリュウを捕獲すると小脇に抱えてベッドに戻る。
「おっはよう、ジーン」
「ジーンママ、おっはよ」
「う~ん、お早う。みんな、早いわねえ」
欠伸しつつ起き上がるジーン。おおっと、片側がポロリなんですけど。
「おっとお」
慌てて隠すジーン。そんなに慌てなくてもいいんだけどな。
「見た?」
「うん」
「もう。そういう時は、見なかったっていうのが正解よ」
「信じる?」
「ううん」
「やっぱり?」
なんていうか、同じベッドに同衾している段階でなあ。まあ『親子』で川の字状態なんだけどな。
「お腹空いた~」
早くも空腹を訴える娘がいた。
「じゃあ、食堂に行くかあ」
「わーい」
ジーンは少し色っぽい感じに髪をたくしあげ、立ち上がった。
「もう、ちょっと待ってちょうだい。今着替えるから」
俺は、10秒待った。
「お待たせ」
カーテンの陰から早着替えで現れたジーンはラフなワンピースだ。もう着替えも冒険者的なスピードで、さらっと終えてしまう習慣がついているようだ。
もうちょっと、じっくりでもよくてよ。露出度の高さはそれなりに評価しよう。始めからそのつもりでプレゼントした品だ。
王宮の通路を、やや大き目の娘を持ち歩きながら食堂へと向かう。こんなヌイグルミを子供にやったら、はしゃいでしょうがないだろうなあ。
「今日も美味しいの、いっぱい食べるの~」
なんか欠食児童みたいな事を言っている奴がいる。
「お前さ、お母ちゃんいない間の御飯はどうしていたの?」
「エルフママから貰ってた。でも、もうすぐ運命の人が来てくれるからって」
俺の事か。
「そうか。今日の御飯、楽しみだな」
食堂に行ったが、、まだ誰もいなかった。
「御飯、無いの~」
リュウが半泣きだ。
「まあ、ちょっと待ちな」
どうにも無ければ、自前飯にするしかないが。だが、すぐにメイドさんが顔を見せてくれた。
「あら、聖女様達。おはようございます。お食事ですか?」
「すいません、子供がお腹空かせちゃって」
「あらあら。ちょっと待ってくださいね」
そう言うと、彼女はすぐに色々と持ってきてくれた。
サラダ、フルーツ、パン。野菜穀物系の草食龍向けメニューだ。そして、忘れずにハムの大盛り。すでに『聖女様の聖龍』の好物は知れ渡っているようだ。
「わーい、ハムだあ」
真っ先にハムに取り付くこいつを見て、本当にこいつって草食龍なのか? とか思ったのは秘密だ。
「はぐはぐはぐ。美味しい~」
「そっか。じゃ俺達も頂こうぜ」
さっきのメイドさんが、果実水とお茶を入れてくれる。
「なんだ。お前達、早いな」
国王が現れたので、メイドさんがワゴンを押しつつ駆けつけて、椅子を引く。
そして間髪を入れずにお茶を入れる。毎朝の行事なのであろう。元々はワゴンには、国王の嗜好に合わせた茶の仕度がなされているのだ。
「なんか、いつもすいませんねー」
「気にするな。それより、その子はだいぶ馴染んでいるようだな」
「お陰様で。王子様方にもよくしてもらってますからね」
俺は、リュウが少し溢し加減の果実水を拭いてやる。
「手慣れておるな」
「あはは。農村育ちなんで、みんな子供の面倒なんて、お手の物ですよ」
「そうか。それは良かった」
何か言いたそうな、言いたくなさそうな風情の国王は、結局何も言いださなかった。
ん? リュウのことで、何かあったのかな?




