2-14 帰還の儀式
「ただいま、アリシアさん」
「あらあらあら。なあに、その可愛い子は」
嫌も応もなく、アリシアさんは俺からリュウをサラリと抱きとった。
「こんな可愛い子を一体どこから攫ってきたのかしら、シャル君は悪い子ねー」
リュウを撫で撫でしながらアリシアさんはこの上ないいい笑顔を見せる。リュウも笑い返している。この人、悪い人じゃないんだけど、人は悪いんだよな。
「何を人聞きの悪い事を言っているんですか。現地のギルドで保護を頼まれたんです。うちの子を返してください!」
アリシアさんはちょっと名残惜しそうな顔をしながらリュウを渡してくれる。
冒険者達も暇つぶしに見物に集まってきた。騒ぎを聞きつけたのか、ギルマスも顔を見せてくれる。
「おお、帰ったか。なんだ、子龍の方を連れて帰ったのか。母親はどうした」
「あれから帰ってきていないそうです」
「そうか。高位ドラゴンには何か理由があるのだろう。『恐ろしい龍』と呼ばれるほどの伝説のドラゴンだから、王国としてもギルドとしても対処にあぐねてな。なにやら王国と因縁もあるらしいのだ」
それで新人を送りつけたのかよ。ひでえな。
「お前ならガキだから、大人と違って案外いい感じに話がつくかと思ったんだが。わはは」
もっとひでえな! もう一応は成人してますからっ。
「そういや、ドラゴンの加護って何なんですか? 契約だって言っていたんですが」
「言っていた?」
ギルマスは腰を折って俺に顔を近づけた。
その時、パシっとギルマスの頭を、俺の腕の中のリュウが捕まえた。はあ?
「ハゲ頭~。シャル見て! すっごいハゲ頭~。つるつるー、気持ちがいいのー」
そう言いながら、それはもう凄い勢いでぺたぺたと触りまくるリュウ。ちょっとお~。お、俺の立場がヤバイんですけど。アリシアさんは手を口に当て体を折り加減で震えている。他の職員や冒険者さん達も、みんな思いっきり笑いを堪えているし。
俯いた格好のギルマスの体が小刻みに震えている。ヤバイ! 想像してみよう。
自分の子供を肩車して会社の集まりに出かけたら、上司や部長や同僚達も見ている中で子供が社長のヅラを剥がして、やってしまいましたみたいなシーンを。
「ぶわはははは。なんだ、そいつは喋るのか。まだちっこいのになあ。そうだ、ハゲ頭はいいぞ。最高だ。戦う男が髪なんか伸ばしていてはいかん。シャル、お前もどうだ」
ひええ。えらい飛び火が来たな。予想外の反撃が来た!
「い、いえ。間に合っていますんで」
すべすべなのは、ジーンのほっぺや背中だけで充分だ。帰還の儀式としては、きつめの一発だった。寿命がちょっと縮んだぜえ。
「それで加護の件についてだが、高位のドラゴンという物は普通の魔物とは違って、かつては高位の精霊だったものだそうだ。下位のドラゴンはその力を失ってしまった、ただの魔物だが。スペクタードラゴンともなれば、血肉を供えた高位精霊のような者。高位のドラゴンは邪な人間に嫌気が差して人前には姿を見せぬ物も多いらしい。それで迂闊な事はできなかった。お前は大精霊と契約したも同然というわけだ。お前は見事に任務を果たした。お前のAランク昇格を認めよう。独特の武器や道具を使いこなし、伝説の武器に適合したスキルと能力、そしてドラゴンの加護を持ち戦闘能力も十分に高い」
「ありがとうございます」
でも、俺に本当にAランクが要ったのかなという感じなのだが。まあ商売するにも箔はつくのでいいか。
「あ、それでギルマス。今借りている家を買い取りたいのですが」
「ん? なんでだ?」
「この子の部屋も欲しいし、風呂も作りたいんだ。少し手直しして修理しますよ」
ギルマスは少し考えていたが、徐に口を開く。
「あそこには、うちのベリーヌがいるが」
「ああ、彼女にはそのまま下宿してもらいますので」
「そうか。現状のままでいいなら金貨50枚だが、あれは元々取り壊す予定だった建物だぞ、いいのか?」
確かにボロいよな。でも、あの雰囲気は好きなんだ。
「ええ、気に入っているんで。『子供』がいるんで、あまり上等なとこでもね。御母さんが迎えに来る前に、この子が大きくなったら引越しますよ。ドラゴンの成長速度がよくわからないんですけどね」
「そうか。まだしばらくはそのサイズではないのか? まあ1階に置いておけば底が抜ける事はあるまい。心配ならば補強しておけ。待て。お母さんが迎えにくるだと? この王都にか」
ギルマスは聞き咎めて、眉を顰めた。
「いやだって、凄いドラゴンなんだから簡単に死んではいないでしょ。こんなチビを置いていくような何か事情があったんですよ。そのうちに迎えに来てくれるんじゃないですか?」
あくまでも希望的観測なんだけどね。でも可愛いから、ずっといてほしい。大きくなったら俺を乗せて空を飛んでくれたりするだろうか。
「お前、そういう事なら、国王陛下には報告しておけ。いきなりスペクタードラゴンが飛来したら王都がパニックになるぞ」
そう言われてみればそうだった! きっと凄く体が大きいんだろうなあ。
「じゃあ、城に行ってきます。任務成功の報告も兼ねて」
「ああ。報告書は出してもらうぞ」
まあ、パーティリーダーには宿命の仕事だ。俺もデスクワークは苦手じゃないしね。
「わかりました。そういや盗賊の件があった」
「盗賊だと?」
「ええ、ガイアの町の手前にある森で。ギルドの規定に従い交戦の後、7名を討伐し2名を捕縛し3名を取り逃がしました。捕縛した冒険者は現地の責任者に引き渡し、状況は報告してあります」
「そうか、よくやった。盗賊は見つけ次第に倒せ。冒険者崩れか?」
「そうみたいです。護衛の冒険者が為す術もなく倒されたと。数が劣勢だったんで、うちもこいつのスキルが無かったら厳しかったですね。対人戦闘は初めてだし、経験も浅い。向こうは全員が海千山千の冒険者崩れだったようで。アイカがいてくれるんで大助かりでした」
俺は新装備のイレイズの盾を撫でた。
「そうか。アイカの能力は多彩に渡り満遍なく強力だからな」
またギルマスの中でのアイカの評価が上がったようだ。
「うちはジーンの支援を受けながら、5名が戦えるようになった感じなんで少々の相手ならひけは取らないでしょう。あまり対人討伐はしたくないですがね」
「まあ、お前らならそうだろうな。対人任務が好きな連中もいるが、ああいう奴らは粗暴で金遣いも荒い。そういう連中が身を持ち崩すと盗賊になったりもするが。対人任務も重要なものだ。必要な時には経験を積んでおけ。ギルドからの指名依頼がいく場合もある」
そうか、そういう仕事が入る事もあるんだなあ。アイカは少し考える風だ。この子も対人戦闘は苦手な感じだ。俺も対人戦闘は好きじゃない。やらねばならない時にはやるが、なるべくなら避けたいものだ。
他のメンバーも好き好んで人間相手に血に飢えたりはしないが、やるべき時に躊躇ったりはしない。この世界の厳しい掟だ。
「それじゃあ、みんな城に行くか」
「え、俺達も行くのか?」
クラウスが驚いたように言ったが、一度国王に紹介しておこうと思っていたのだ。いい機会だった。商売のパートナーなんだからな。クラウス君はうちの副代表なんだぜ?
「パーティなんだから一緒に来いよ。リュウの面倒もみてほしいしさ」
「そ、そうだな」
「お城かあ。いいね、見物に行こうよ。実を言うと一回中に入ってみたかったんだわ」
ジェンカは相変わらず御気楽だ。
「いいですね、お城」
うっとりとした顔をして言うのは当然アイカだ。生憎と独身最後の王子様はお前よりも年下だぜ。
「どうせなら、お昼時を狙っていきましょうよ」
現実主義丸出しのレミーが色々と台無しだ。
この子も本当に可愛いんだけどな。俺の中ではかなりの割引評価だ。パーティメンバーとしての評価は赤丸上昇中なんだが。
「お城って楽しい?」
「ああ、楽しいぞ」
「やったあ~」
リュウは小躍りしている。湖で母親を呼んで泣いているのに比べたら段違いの楽しさだからな。




