2-9 リュウ
「さて、何から話したものだろうか。ドラゴンの退治に来たといったな。まあ確かにドラゴンは存在する」
美しきエルフのサブマスは、煌く金色の髪を手櫛で靡かせて事も無げに断言する。
「え! でも気配はまったく感じられませんでしたが」
アイカが驚いた声を上げる。確かに驚いていいだけの力がアイカにはある。その彼女が見つけられなかったのだからな。
サブマスのイリアは、その一体どれほど生きたのかわからないような姿に、確かに心からの賛辞と笑みを浮べたのだ。
「ねえ、イリアちゃん。彼らには打ち明けてみたら?」
「だまりなさい、伯爵。私はもう何千年もの長きに渡り、人間という者を見据えてきました。その上で物を言っているのです」
思ったより年季が入っていたなあ。みんなも息を飲んで、このお姉さんを見つめていた。
「少年。そなた、ドラゴンを見つけて、どうする。繕う必要はない。ただ真実を答えなさい。私の前で何かをとり繕おうとしても一切無駄だ」
そうだろうなー。じゃ、思いっきり。
「ティムしたい」
「何!?」
「だから、ティムしたいんだってば。わかんねえのかなあ」
うちの人間が全員いいリアクションをしていた。頭を抱える奴、爆笑する奴、肩を竦める奴、呆れ返る奴。
「シャル、まだ鳥寄せの事こだわっていたの?」
「いや、最初っからだろう」
「そういや村にいた頃も、1人だけトンボが指に止まってくれなくて涙目になってたよね~」
「シャルさん。鳥とドラゴンは違いますよ」
「男の子は大物狙いね。でも分は知ったほうがいいと思うわ」
くっそう、言いたい放題だな、お前ら!
「くっくっく、くう」
ん? エルフ・サブマスの様子がなんだかおかしい。その美しい肢体を折り曲げて向こうを向いている。
「くっくっく。あーっはっはっはは。そうか、そうか。ヴィルヘルムめ、類が友を呼んだか」
あ、なんか失礼な事を言っている人がいる。だれがあの国王の仲間なんだって?
「あれも子供の頃は、そういう事ばかり言う夢見がちな子供でなあ」
ギルマス執務室を爆笑が渦まいた。ギルマスの伯爵まで笑っているし。それはないぜ~。
「うん、納得したわ」
君もかい、マイハニー。
「それで、こいつをご指名だったのか」
「うんうん」
おい、そこのバカップル。
「これが類友って奴なんですね、レミー」
「男っていう物の本質が見えてきたような気がするわ。参考になるわね」
酷い! 酷すぎる。俺達はチームなんだぜ~。ここは『さあ、共にドラゴンをティムしにいきましょう』と熱く言うシーンだろうが!
「はっはっは。ヴィルヘルムの小僧も、たまには粋な事をするもんだ。そうか、そうか~。わはっはっは」
なんか、長生きなお姉さまのツボに入ってしまったらしくて、そのささやかな胸を大きく反らしながら笑い続けたのだった。
それから俺達は、ギルマス達の案内でドラゴンのところへと向かった。そこはなんと、ギルドの馬小屋の一つだった。そして、そこで俺が見たものとは。
「やだっ、可愛い~」
「愛いやっちゃのう~」
「愛らしいの一言ですね」
「本当にねー」
もう女子陣がメロメロだった。
「こりゃあ、また。で、どうするんだい? リーダーどの」
クラウスも腰に片手を当てて、頭をポリポリとかいていた。
「えっと」
俺も頭をかいた。
そこにいたものは、可愛いドラゴンの雛。卵から孵ったままの雛ではない。まだちょっと産毛が残っているかなモードの子竜だ。人間でいえば、2歳になったかならないか? いや、まだ1歳児だな。
円らな瞳で、こっちを見ている。どうしたものかな。小鳥やトンボにさえそっぽを向かれるこの俺が。だがサブマスが言った。
「こいつはな、母龍がここで卵を産んで孵した子供だ。初めはへたに刺激をすると逆に暴れるという事で、住人を退避させたのよ。だが、あれは知性ある上級ドラゴンで、人にはけして危害を与えたりはしなかった。だが、ある日母龍は戻ってこなくなったのだ。あの龍は間違いなくSランクのドラゴン。そうそう何かがあるとは思えない。その子竜、毎日毎日母親を呼んで泣いているのだ。どうしようもなくてのう。『王都に要請を出した』のだ」
つまり俺達に、この子竜をなんとかしろっていうわけだな?
「シャル、頑張って。あの可哀想な子竜を助けられるのはあなただけよ。愛しい人」
「気合入れていけや、シャル~」
「頑張るんです、シャルさん」
「頑張れとしかいいようがありません。応援していますよ、シャル」
女性陣の声援が痛いな。え、俺だけ頑張るの?
「シャル、よかったじゃないか。お前の夢が今叶う時」
クラウス、お前もか。仕方が無いので、俺は子竜の前に進み出た。体長1mくらいか。
「えーと、俺はシャル」
「クー」
「あー、お前これからどうすんの」
「グル?」
あ、可愛く小首を傾げる様子がたまらないなあ。
「えーと、おい。お前って名前ないんだよなあ。俺のいた世界じゃドラゴンの事はリュウっていうんだぜ? お前の事はリュウって呼んでもいいかな?」
「プイー」
「そ、そうか。リュウ。これから、どうしようか」
リュウは近寄ってきて、俺の匂いを嗅いだ。それから服を引っ張ったり、キュッと抱きついたり。
か、か、か、可愛いぜ~。子供特有の丸っこい感じのフォルム。尻尾もまだちっちゃくて可愛らしい感じだ。目の感じも大人ドラゴンと違い本当に可愛い。
なんていうの? 地上最大の肉食獣シロクマの幼体のような破壊力だ。いや、これはあんなレベルじゃないぜ。物好きな貴族や王族が見たら速攻でお持ち帰りだろう。親が帰ってきたら怒り狂うだろうな。それでギルドが保護しているのか。
俺はしゃがんでリュウに話しかけた。
「母ちゃん、帰ってこないんだってな。心配すんな、お前の母ちゃんはよ。すげえ、つええSランクのドラゴンなんだってさ。母ちゃんになんかあったわけじゃねえんだよ、きっと。もちろん、お前の事が嫌いになったわけじゃあないさ。ただ、大人の事情ってものがあるのさ。きっと迎えに来てくれるよ。それまで、俺と一緒に暮さないか?」
リュウはじっと俺を見ていた。そして急に何か光りだした。そして、その光は俺とリュウを包み込み、俺達の間に優しく優しく、縁を結んでくれた。
「スペクタードラゴン Sランク 幼龍 生後1か月 名前リュウ」
そんな名前が頭の中に閃いた。ふーん、そんな種族なのか。小さくてもSランクなんだな。
そして、リュウは俺にぎゅうっとしがみ付いていた。キュッと眼を閉じて。
「可哀想になあ。寂しかったんだよなあ。まだ赤ちゃんだものなあ。これからは俺と一緒だ。寂しくなんかないぞ。ジーンもいる。他のみんなも」
「キュウウ~」
それは母親恋しさに毎晩泣き叫んでいた哀れな子竜ではなく、自分を仲間として認めてくれる人間達と出会えた喜びの声だった。




