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The story of “R”―怠惰天使の日常―  作者: ちりめんじゃこ
―8―
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―9-1


 結局、あれから今までずっと雲の部屋の中でくっついたままだった。

 昨日の『コト』のあとそのままの格好でぐーすか寝こけるアズに服を着せてあげようとしたが、ラインが浮き出るほど身体にフィットするこの服を起こさないように着させるのは至難の業で、早々に諦めて俺のパーカーを掛けておいた。

 俺の腹を枕にして、時折身じろいで納得のいく位置を見つけては満足したようにまた規則正しく寝息を立てる。腕の中でくうくうと気持ち良さそうに眠るアズの顔は、昨日あれだけ乱れていたのが嘘のように穏やかだ。


 身体を繋げたわけではないけれど、距離が縮まったのは確実で。

 『触れるのとないのじゃ全然違う』というあの時の清の言葉の意味を、今更ながら改めて実感していた。



 ふと気づけば隙間から光が差し込んでいた。壁を作る雲を少しだけ掘って外を覗くと、もうすっかり明るくなり眩しい光が辺りを燦々と照らしている。今何時ぐらいなのかはわからないけど、もう清に会いに行っても追い返されたりはしない時間だろう。今日は清に俺らが触れるようになったことについて報告しに行くことに決めている。もちろん俺が超頑張ってカップル作りまくったあの学校へだ。

 一向に起きる気配を見せないアズの髪を撫でながら声を掛けた。


「アズそろそろ起きて」


「ん~……」


「今日は清のところ行くんでしょ」


「そうだ清っ!」


 清の名前を出した途端にがばっと跳ね起きた。何でそんなに懐いているのかとちょっとむっとしたが、何そんなことにすら妬いてんだと冷静になって恥ずかしくなる。

 ちなみにパーカーはアズが起きた弾みで吹っ飛んで雲の合間に引っ掛かった。




◆…◆…◆…◆…◆




 四階建ての校舎の三階、一番左端の教室が清のクラスだ。室内に飛び込もうとするアズを制止して窓から覗き込むと、ちょうどチャイムが鳴って振り向いた清と目が合った。俺たちに気がつくと一瞬びくっとして、それから観念したようにため息をついた。やっぱり今日もため息つかれた。


「アズが変な顔してるからため息つかれちゃったじゃん」


「俺変な顔なんてしてないよっ」


「ごめん元々だった」


「なっ!?」


 ポカポカ殴ってくるアズを片手で押さえて(しかも全然痛くない)もう一度教室を見ると、清がドアから出ていくところだった。多分屋上へ行ってくれるんだろう。俺たちも行こうかとアズを見ると、


「…………」


 ものすごくむすっとした顔で睨まれていた。


「嘘だって、ごめんね」


 しかし謝って頭を撫でてやると途端に機嫌を直してにこーっとまるで太陽のように笑う。この単純なところがアズの良いところだと思う。言っておくけど褒め言葉だ。



 そのまま屋上へ行くとすでに清がいたので、その目の前に降り立った。清は人がいないことを確かめてからドアを閉じると、まったくもう何なんだこいつらはとでも言いたげにハァとまたため息をついた。


「何で来たよ?」


「報告しに」


「見てっ」


 アズがぐいっと俺の腕を抱え込むようにしてひっつくと、清は目を丸くした。こんな風に、今朝からアズは俺に何かにつけて触れてくる。あの雲から出てここへ来るまでにも腕を絡めてきたり背中にのしかかってきたりと非常に飛び辛かった。嬉しい限りだけど。俺ももっと触れてたいけど。


「あれ? 触れるようになったんだ」


「うん♪」


「あとアズが俺のこと好きだって」


「よかった……ね?」


 なんだろう、清の心の声がはっきり聞こえてくる。「それはどういう意味の好きなんだ……?」って。多分俺の幻聴とか勘違いではないだろう。アズは見た目通り中身もぽやんとしてるから、恋愛なのかそれ以外なのか傍目には判断がつきにくいし。俺はどうして判断できるのかって言えば、なんていうか、んーと、……愛の力ってやつで?


「ちゃんと恋愛感情だから心配しなくていいよ」


「あ……そっか。ラース行動早いな」


「手はアズが早かった」


「聞きたくないなーそれは」


 清は爽やかな笑顔で答えた。


「あっ清! 男同士のやり方ってさー」


「聞きたくないなーそれも」


 清は爽やかな笑顔で答えた。

 耳に手を当てて囁く。


「キスもした」


「よかったな」


「もっと先までした」


「だから聞きたくないって」


「清……経験なくたって大丈夫だよ。俺がサポートしてあげるから」


「ほっといてくれ」


 肩にポンと手を置くと、顔だけこっちを向いて清は言った。同じくらいの高さにある顔と目が合う。せっかくかっこいい顔してるのに、所謂“マンガ的表現における汗マーク”がほぼデフォルトで装備されているせいでちょっと残念なことになっている。この自称普通の人は普段から苦労しているのかもしれない。今だってこうやって普通の人間には見えない状態の俺たちと普通に会話してるし。他にどう苦労してるのかっていうと、そうだな。もしかしたら偶然知り合った相手が星の王子様だったとか、道に迷って異世界に突っ込んでったりしたとか。……なんて、そんなミラクルなことそうそうあるわけないか。

などとまたどうでもいいことを考えていると、急に黙った俺を不思議に思ったのか清が口を開いた。


「ラ―ス? どうしたんだ?」


「ああ……ううん、ちょっと清の恋愛遍歴について考えようとしてた」


「なんだそれ」


 そんなものないよ、とでも言いたげな表情だが、その顔で恋愛経験が全くないわけないだろう。帰ったら清のデータ漁ってみよっと。


「ねー何の話?」


 頭一つ分とまではいかないけど背の低いアズが二人の間にひょっこり割って入ってきた。


「猥談」


「わい……」


 難しい顔してるけど猥談の意味知ってるんだろうか。そのまま観察していると、清が思い出したように言った。


「そういえば人間()と話してて大丈夫なのか?」


「俺はまぁ、多分」


 サファに何か言われてもテキトーにごまかせばなんとかなるだろう。サファの一人や二人ちょろいもんだ。あんなのが二人もいたら嫌すぎるけど。


「えっ、エル怒るよ」


「じゃあ俺と清で話そう」


「やだ! ラースいじわるなんだよ今日」


「どうして?」


「アズの反応がおもしろいから」


「あんまり可愛がりすぎるなよ?」


「だって可愛いんだもん」


 俺のテキトーな発言に対して全力で反応してくるのがおもしろいし可愛い。アズをじっと見つめると「うー……」と不服そうに唸りながらじとっとした目で俺を睨んできたのでギュッと抱き締めた。

 もっと見ていたいところだけど、余計なお喋りはこれくらいにして言いたかったことを伝えることにしよう。アズを離して清を見据える。


「色々とありがとう、清」


「俺は何もしてないよ」


 思った通り、自分のせいではないと清は否定する。その謙遜に、そんなことはないと首を振る。だって清に会わなかったら、今もきっとあのままアズとケンカしたままでこじれて更にどうしようもなくなっていたと思う。それにアズのことが好きだって気づけたのも全部この大事な友達のおかげだ、なんてくさいことを思ったりして。

 そうだよ、とアズも同調する。


「俺清のこと好きだよ!」


 そのセリフは聞き捨てならない。

 清はクス、と微笑って、


「わざわざ報告しに来てくれてありがとな」


「これからも逐一報告しに来るよ」


「いや……それはちょっと」


 ひきつった微笑みになった。

 そのとき、たじたじになった清を助けるようにチャイムが鳴った。清はほっと胸を撫で下ろした感じで携帯で時間を確認すると、


「じゃあ俺はもう行くから」


 できればもう学校には来ないでくれるといいんだけど、と小声で呟きつつ屋上から出て行った。

 とりあえずそれは聞かなかったことにしよう。ここにはこれからも経過観察とかで来なきゃいけないし。

 ふいにアズを見ると、くりっとした瞳と目が合った。


「俺たちもそろそろ行こうか」


「うん」


 俺たち以外誰もいなくなった屋上を見回してから、アズが絡めてきた指をしっかり握り返して床を蹴った。


「この後どこ行く?」


「どこでもいいよ。……あ、やっぱどこでもよくない! ラースと二人になれるとこがいい!」





 繋いだ手から熱が伝わってくる。少し高めのそれはずっと握っていると熱くなりそうだけど特に気にならない。それよりもこれからどこに行こうか。時間はたくさんあるけれど、それ以上にアズと一緒に行きたい場所がたくさんある。

 はやる気持ちをなだめるように、風がふわりと優しく俺たちを撫でた。







――――end.

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