選ばされている
掲示板の下の方に薬草採取の依頼だけが残っていた。
「おねえちゃん。ぼく薬草見つけるの得意だから、これ受けようよ。」
『
サニーガ・ヘルボ…4株
ヴンド・フォリーオ…2株
ドルム・フローロ…4輪
ルーマ・ムスコ…(あればあるだけ。無くても可)
期限はないが、なるべく早めに採取希望。
ギルド受付に提出し、鑑定を受けて完了とする。
ランクE以上、報酬額は黄銅硬貨3枚以上(状態による)
』
(大体3千円くらい…?)
「私はわからないから、カナデに任せるよ」
「うん!まかせて!」
依頼票を取り、私のタグと自分のタグを持ってカナデは受付へかけて行く。
律はもう一度掲示板を確認したが、今のランクでできる仕事が他に何もなかった。
(……まさか、この依頼に誘導されてる?)
そんな疑念が浮かんで……いつの間にか消えていた。
*****
律の降りてきた丘と違い、採取などには別方角にある森へ入るらしい。
危険な生き物も生息しているらしく、念の為武器を買おうとカナデに提案された。
地下にある、ギルド内の低ランク向けに作られた購買に立ち寄る。
陳列された装備の数々は、依頼不達成などで違約金が発生した場合、金銭の代わりに提供されたものが多いそう。
支払いは分割払いや報酬から天引きなどにも対応されていて、初心者でも装備を整えてから依頼を受けられるようになっていた。
律は練武場にあったものと同じショートボウを選んだ。矢と筒も購入する。
「カナデの武器は…小型のナイフなの?」
「えっとね、これはマチェートっていうナイフで…草を刈ったり木の枝打ちしたりできるんだ。山ではとても便利なんだよ!」
奏はヒーローの剣や銃より、魔法の杖の方を選ぶようなおっとりした子だったけど…こちらのカナデは逞しい。
「おねえちゃんは、ぼくが守るよ。」
「ありがとう。よろしくね」
照れたように笑うカナデと手を繋いで、律はギルドを後にした。
*****
山に入ってすぐ、サニーガ・ヘルボ(治癒の草)の群生地があり、あっさり見つかった。
一つ。
少し休憩にと座った大木の根。上を見上げると、ヴンド・フォリーオ(傷の葉)が茂っていた。
一つ。
山道を抜けた先にはドルム・フローロ(眠りの花)の花畑が広がっていた。
また一つ。
——迷うことなく。
あとは、ルーマ・ムスコ(光る苔)のみだ。
「あと1種類だね。でもこれは無くても大丈夫だから、もうギルドにもどる?」
カナデが気遣わしげに聞いた。
「疲れてないから、大丈夫だよ。光る苔はどこに生えてるの?」
「こっちに日の当たりにくい崖があって、その辺りにありそう。」
草をマチェートで刈りながら進む。
カナデの足取りに迷いはない。
律は…あまりに順調で拍子抜けしていた。
*****
崖に着くと、あたり一面の山肌が淡く光っている。
「わぁー!こんなにたくさん生えてる!ルーマ・ムスコは希少なんだよ。」
カナデはそう言いながら、早速マチェートで苔を削りだした。
律は何か思うことがあるのに思考がすべり、掴みかけた違和感が指の間からこぼれていく。
諦めて苔を削ろうと手を伸ばし——
「……わっ!?」
「おねえちゃん!!!」
足を滑らせて崖下へ落ちていった。
岩場に激突する瞬間、何か黒くて柔らかいものが割り込み、律はその上で一度跳ね上がって地面に投げ出された。
何かのおかげで、奇跡的にかすり傷程度で済んだようだ。
よく見ると…黒くて大きい熊だ。
顔に大きな傷があり、体長は3メートルくらいある。
「え!!……どうしよう!熊さん、大丈夫!?」
黒い熊は微動だにしない。
「——おねえちゃん!!けがは!?」
「カナデ、ごめんね!私は大丈夫なんだけど…」
崖を滑り降りてきたカナデは無事な律に安堵し、その視線の先を見て…凍りついた。
「……この魔獣は…」
「魔獣?」
「うん。多分、この山の頂上付近のボスだよ。最近、山の上の方で人を襲う事件がたくさん起きてるって受付の人が言ってた。」
「ボス…」
「ギルドに言おう、おねえちゃん!きっと討伐依頼が出てるよ!」
そう嬉しそうに言いながら、カナデは熊の頭に
——マチェートを突き立てた。
****
その後、どうやって帰ってきたのか、律は覚えていない。
カナデは奏ではない。
この世界を生きる、逞しいキツネ族の子だ。
わかっているのに、わかっていなかった。
(どうしよう……どう理解したらいい?)
ギルドでは2人を英雄扱いし、受けてた依頼の報酬が霞むほどの金銭を受け取った。
(わからない…気持ち悪いよ…)
早々にランクアップさせられそうなことも、ギルド内の皆が友好的なのも、もしかしたら…宿の女将さん達も…
——何一つ、きっと自分で掴んでいない。
この世界の全てが——怖い。
『楽に出た結果は、信用するな』
ふと、厳しい尊の声を思い出す。
シャーペンを止めた手の先で、答えがやけに軽く見えた。
『途中、全部説明できるか?ちゃんと考えろ。』
挫けそうな律を何度も何度も、厳しく、優しく、根気強く導いてくれた声。
『……まあ、いい。今のは悪くない。』
そう言って背中を叩くように撫でる、不器用な手。
(…助けて…助けて……!!叔父さん……!!)
真っ青な顔で遠くを見つめる律の手に、ふわりとした温もりがおりた。
「……アル…フィン…?」
そこには、かつて絵本で見たような——
銀色のキツネが、律の手に触れていた。




