台風直撃、物流崩壊! ――色々起きすぎて白目剥く令嬢の元に、謎の『重い箱』が届きました
それは激しい暴風雨やった。
轟々と叩きつける風、雨滴はガラス窓を塗りつぶすことに余念がない。
スプリングフェス六日目の朝方。
各所から入る救援の知らせに対応しつつ、私は状況を静観していた。
「スプリングフェスに出店した店の三分の一が撤退か……」
横線が引かれた出店リストを見下ろしながら呟く。
自然の猛威は人の催しなどお構いなしに暴れ狂っていた。
そして何より不穏なのは撤退した店を吸収するかのように、その場に出店された店舗名。
「王宮特選・黒金閣……二号店から八号店…………これは新手のドミナント戦略か?」
一店舗の馬力で私に勝てんと悟ったか。ビッグ・ブラックの野郎、資金力にモノを言わせて、嵐で弱った店を片っ端から飲み込み始めよった。
───せやけど、私もただ指をくわえて嵐が過ぎるのを待ってたわけやない。
「お嬢様、追加で四店舗。氷を買うお店が増えました。これで、こちらと提携を結ぶ店が三十店舗、ビッグ・ブラックが買収した二十四店舗を上回る想定です」
ミヤハは新しく作成されたリストを私のデスクに置くと、忙しく部屋を退出する。
彼女には郵便局と連携して、手紙を優先的にこちらに回してもらうように根回しをしてもらっていた。
ビッグ・ブラックの脅威が膨らみ続ける中、店同士の連携は必須。
私もルカや波止場ギルドなど、氷を売った店とは多い日には一日三通以上の手紙をやり取りした。
氷による保存の仕方、氷の置き場所、氷は何に弱いのか。
手紙で表現できる限りを書き綴り続ける。
こっちは氷を売れてるから儲けがでていても、周囲は赤字を垂れ流しとるような状況や。
文章の言葉遣いには細心の注意を払った。
「提携先は三十店舗。数では勝っとる。……せやけど問題は、その『命綱』がいつまで持つかや」
私は、刻一刻と減っていく氷の在庫資料を睨みつけた。
洞窟の氷室は高潮で一時的にアクセス不能になってる。
中はアイスマンたちのおかげで守られてるやろうけど中身を持ち運びだすことはできへん状態にあった。
三トンの氷が全く手つかずと言うのは歯がゆい状態やけど、今浜辺に出るのはそれこそ自殺行為や。さすがにスタッフにも任せられへん。
せやから今の頼みは、ヨトゥンヘイムから嵐を突いて走る冷蔵列車『スレイプニル号』だけやった。
「ムぅ……天気が回復したら倉庫も解放できるんやけど……今は流石に無理やなぁ」
つまりこの蒸気機関の鼓動が止まった時、ノヴァーリス商会の……いや、私を信じた商人たちのスプリングフェスは終わる。
氷の供給が止まれば、私たちの仕事は皆無に等しい。
そのため線路を見張る警備隊には多くの人員が投入され、線路にモノが落ちたり人が落ちたりしないように厳重な警戒態勢が敷かれる。
───が、しかし。
最悪な状況と言うのはいつも、最悪な状況の延長線上にやってくるのだった。
「サーシャ様! ヨトゥンヘイムからマリーン・ヴェイルに向けた線路の上で人身事故が発生しました!」
……あかん。一瞬、心臓が止まりかけた。
せやけど今日スレイプニル号を運転してるのはフロストやったはず。
助かった───それなら運転手のメンタルケアは不要や。
「線路の上やと⁉ すぐに撤去できるか⁉」
私の薄情すぎる一言に、ミヤハは少し面食らった様子やったけど、すぐに事務的な顔に戻って、
「分かりません。ですがスレイプニル号は……何というか、色々と『巻き込んだまま』駅に到着したようです。物理的なダメージは車両側にのみ確認されていますが、走行に支障はないとのことです」
といって、私に資料を渡してくれた。
というかさすがフロスト様やな。トロッコ問題だけの入試ならあいつ主席狙えるぞ。
───とにかく駅まで到着したことを今は褒め称えたい。
「……分かった。ダイヤの遅れで生まれた損失はこっちで何とかする。新しい情報が入ったら教えて」
「承知しました」
紙の上に今日氷を運ぶ予定やった店のリストを用意する。
その内から優先順位を決め、在庫の氷を運ぶように指令を飛ばした。
私の指揮が乱れればそれこそこの戦いは敗北する。
この戦いに犠牲はつきものや。焦る必要はない。
今は最小限の犠牲で切り抜けることを優先するんや。
「どんだけ大きい店舗でも、氷にまだ余裕があるなら頭下げて後回しにしてもらおう。逆に小さい店舗でも前回から氷の供給から日が経ってるところには絶対に氷を送らんと。商品が全部腐って撤退してしまう」
───急げ、急げ、急げ。
時間は待ってくれへん。
とにかく今はあるだけの氷をやり繰りするだけの時間が欲しい。
「クソッ……どうやっても氷の数が足りん。今日中にどこかの店を切るしかないんか?」
紙を掻き上げ、 頭の中でそろばんを弾き、今日氷を届ける予定やった店のリストを並べ替える。屈辱の損切り。絶対に許してもらえへんやろうけど、私たち全体が生き残るためにはこうするほかにない。
「供給が出来ん店には謝罪の手紙書かへんとな……嫌やなぁ~……」
もう何回書いたか分からん謝罪の定型文を頭に想起させる。
謝罪のプロみたいになっている自分がちょっと情けなく思いつつ、全てを投げうつような真剣さで言い訳もなく直球の謝罪を筆に乗らせた。
「ウダウダ言い訳はナシや。謝罪は短く───勢いよく!」
初めにすいませんでしたー! と、言葉を選んで書き進めて行く。それで後から氷が長く持つ方法など、色々書き記して一通目の足切り宣告が終わる。
「うぅ……あとこれ五通ぐらい書かなあかんくない?」
一通、また一通。
経営陣の仕事は謝ることやって分かっとるけど、この量は流石に堪えるわ。
私が悪いのやなくて天候が悪いんや、なんて言い訳はここでは通用せえへん。潔く謝って、羽ペンを走らせるしかなかった。
───そんなこんなで三通目の謝罪文が完成したところで、妙な客が扉を叩いた。
「ギルマス~!僕ですけど~!」
「ヴォンジュール、ミス・バイカル。私もいます」
二人分の声が聞こえてくる。この声は列整列係のソール君と販売係のトビーか?
二人ともリーダー同士で仲がええんか、よく一緒によくおるな。
───私に用ってなんやろう?
「あぁちょっと待って。今出るわ」
私は鏡の前に立って顔をチラッと確認すると、すぐに扉の前に出た。
「はいはいはい、お待たせ。どうしたん二人とも」
二人とも足先を濡らして、雫の垂れた傘を持参してやってきていた。
わざわざこんな嵐の中やってくるなんて……よっぽどのことか?
「はい、ギルマス。こちらをどうぞ」
ソール君が、細い足で踏ん張りながら差し出してきたんは、一見するとただの『重そうな箱』やった。
「な、なんやこれ。建材の余りか?」
「ギルマスが在庫不足で大変そうだったので。この三日間、僕ら『現場組』で極秘に開発を進めていたんですよ。名付けて───」
ソール君の笑みに、トビーは真っ赤な丸い鼻を掻く。
───これが、絶望的な物流の壁をぶち破る『切り札』になるなんて、この時の私はまだ、夢にも思てへんかった。
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それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




