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中身はナニワの男子ですけど、婚約破棄されたので北国の氷を全部「金」に変えてやりますわ! 〜絶世の美女、商売魂で極寒の地を制す〜  作者: 星島新吾
アイス・イン・ワンダーランド編

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異世界の板場と氷の革命。――ナニワの令嬢、寿司の魔力に胃袋を握られる。

「おっ、あの店なんてどうだ。サーシャ」


隣に歩く大男、フロストが私にもわかるように路地裏の看板を指した。


こういう時は、貴族御用達の無難に高級なレストランとか連れていかれるかと思ってたけど、想像に反してその店は少し……いやだいぶん味わい深い看板を下げた店やった。


「これ突っついただけで壊れそうやな」


看板を突っつきながら私は暖簾を潜ろうとするフロストに言った。こういう場所からは金の匂いが全くしてこうへん。入るだけ時間の無駄に思えたけど、フロストは楽しそうに私を暖簾の奥に誘導する。


「遠征先とかはよくこういうよく分からない店に行っては変なものを食べるんだ。……サーシャも美味しいものはもう食べ飽きただろ?」

体験を大切にしたいんだ、とチャレンジャーなフロストは頭頂部を光らせた店の大将に優雅な貴族式の一礼をして、席の空きはあるか自ら訊ねた。


“そう言うのは護衛の仕事やろ”なんて言っても、きっと聞かんやろうから、私はその隣に立って、精々大将が数を数えるのに手間取らないようにするぐらいが関の山やった。


店内は店先よりか小奇麗で、店内の照明はシャンデリアなんやけど……このどことなく見たことのある既視感(デジャヴ)に私は記憶の倉庫をひっくり返しながら思案する。


「どうかしたのか?」


フロストの声に顔を上げると、大将の出で立ちが全て視界に入った。ピカピカの頭に白いタオルをねじり鉢巻きにして、白のシャツ、それに黒い腰エプロン。皺の入った顔は多くの経験を積んだ職人の顔つきをしとる。あぁ……この雰囲気、間違いない。


“寿司屋に似てんのか、ここは”


私はそう思ってぐるりとまた店内を改めて見渡す。木の板にネタが筆で文字が書かれてたり、カウンター席だったりと、なんて私に馴染み深い店か。始めて来たっちゅーのに、もう実家のような安心感すら湧いてくる。


「めっちゃいい店やな」


私がそう零すと、フロストは「気に入ってもらえたようで何よりだ」と笑みを返して、私を椅子に誘導した。


「大将のオススメをもらおうか」


フロストは笑顔でそんなことを恥ずかしげもなく言う。私やったらとりあえず、目についた商品を頼んで店の雰囲気を確かめたりするけど、コイツはそんなのお構いなしに、いきなりブッ込んできよる。


大将もソレを挑戦と受け取ったのか、長い魚包丁を布で拭いて、鮮魚一匹生け簀から網で引き揚げて、その場で息の根を止める。ピチピチの魚はたぶん……サーモンとかちゃう? 私は魚に詳しくないからそこんとこは知らん。


「お客さん、生で食ってみますかい」


「面白そうだな! サーシャも食べてみるか?」


「私は全然抵抗ないで」


私の言葉に大将の目が輝いて見えた。ヌッ、と包丁を差し込んだ部分の身が白いことから、白身魚ってことはわかった。せやからサーモンじゃないってことぐらいしか分からんけど。


大将はその白身魚と、合わせるものとしてなんと米を持ってきよった。おいおいまさかと、私の心が震える間に寿司は握られ、次の瞬間にはゲタの上にテラテラと脂ののった謎の白身魚の寿司が置かれた。


「ハイいっちょ!」


たまらん色味にはしたなく涎が口内に溢れるのを感じながら、私は感動も色褪せぬ間に、寿司を手掴みでいこうとしたところ、フロストが困ったように大将に抗議した。


「大将、フォークかスプーンはあるかな」


彼の言葉に私は手掴みしようとした手がピタリと止まる。


“そ、そうやったー!”という心の叫びが洩れるのを押さえつつ、左手で右手を抑えた。


「どうしたサーシャ?」


寿司を掴もうと疼く右手を止める私を、フロストは当然のように訝しんだ。


「い、いえ……もしかしたらこのお料理を食べるのには、ナイフやフォークやなくて、特別な作法があるのかと思ってなぁ~……オホホホホ……」


ポカーンと口を開いたフロストに、私が作り笑顔をするのにも限界があった。


「ちょっと東洋の文献で見たことあんねん。これ、手掴みで食べるものちゃうの?」


私がそう大将にパスを投げると、大将は「おぉ!」と感心を示すように頷いた。


「お嬢ちゃん博学だね。確かにそいつは手掴みか、箸っつー、道具を使って食べるのが作法だ。けど、扱いが難しいんでな。うちじゃナイフとフォークも出してるよ」


大将は笑って、ナイフにフォークそれにスプーンも出してくれた。

しかしフロストもそこで引き下がる男やない。


「いや、それが作法というならそれに準ずるまでのこと。そのための手拭きなのだろう」


フロストは机に置かれた湿った手拭きを手に取って拭くと、思い切って手掴みで寿司を口に運んだ。


「おぉ~さすが私の婚約者。惚れ直すわ」


そう言いつつ私も前世ぶりの、約十八年ぶりの寿司を食べた。


「うぅお……」


美味いとか以前に、魂が震えた。酢とかの使い方も日本の寿司にそっくりで、なんか凄くシンクロニシティを感じずにはいられん。


特定の条件下で、収斂進化を続けた結果辿りついた究極系。それが寿司という料理なんやと改めて思い知らされた。


僅かに酸っぱい気もするけど、それはコチラの住人に沿った味付けやからやろう。私を感動させるには十分な味やった。あとはこれに醤油でもあれば完璧やろうけど、ここにはまだそれはなくて、岩塩とかレモン汁で食べるらしい。


けど醤油という未知の物質に大将が魅かれたのは言うまでもなく、その後も寿司談義は有意義に進んだ。


「美味しいか?」


「私の大好物になったわ」


私がそういうと、フロストの目は大きく見開いた。そして大将に振り返るとすぐに、

「大将、今の話を聞いたか? ぜひうちの領地に来てほしい」とお得意の勧誘を仕掛けた。


それは残念ながら断られたけど、寿司の文化を広めるということには協力してくれるという話の運びになった。その話の過程で、魚の鮮度を保つために氷を使うという方法を私は提案することができた。


「大将、この寿司をさらに高みへ上げる方法があるんやけど……興味ある?」


「……高み、だと?」


「鮮度や。夏場の生け簀は水温が上がって、魚がストレスで弱る。せやけど、ミーミルの『氷』を使えば、水温を一定に保ち、魚の活力を冬の状態のまま維持できる。そうなれば、今の三倍は身の締まったネタが握れるはずやで」


さらに、内陸への輸送コストと鮮度の相関関係を、指先で銭勘定しながら熱っぽく語って聞かせた。


「お嬢ちゃん……あんた、ただの食いしん坊じゃねえな。よし、その氷、試させてもらおう。契約だ」


酒の席と言っても、商売は本気で書類を交わして行った。それがこの美味い寿司を握ってくれた大将への恩返しでもあったからや。


そして小口契約ではあるけど、マリーン・ヴェイルで初めての氷の定期供給契約の、成約が完了したということで、私たちはまた仕事を忘れて、しばらく祝杯と言う名の寿司を楽しむことにした。



「まさか寿司だけやなくて契約までとれるとは……フロストの店、大当たりやったな」


店を出ると、街灯が灯り始めたマリーン・ヴェイルの夜が広がっとった。

 腹はいっぱいやし、新商売の口銭(こうせん)も確保した。何より、寿司の余韻が心地いい。


「気に入ってくれたようで何よりだ。こちらとしても奢りがいのある食べっぷりだったよ」


護衛の人たちも初めは警戒しとったけど、もとからヨトゥンヘイム領では『ストロガニナ』という、凍った魚を削って食べる習慣があったから、生魚もかなり抵抗なく食べることができたようやった。


コレがミヤハとかウルスラならそうもいかんかったはずや。分かれたのは偶然やったけど、ある意味都合がよかったかもしれん。おかげで私は契約も取れてお腹もいっぱいになることができた。言うことなしの大成功や。


「ハハッ。ご馳走様でした。アンタの目利きはどうやら信用できるみたいやな」


「ああぁ。目利きなら任せてくれ。なんたって、サーシャを招いたのも、俺の眼力あってのことだ。そこは信用してもらって構わない」


寿司を食べながら酒を飲んどったせいか、いつもより恥ずかしいセリフが一割増しで多い気がするけど、寿司が上手かったので気にせんことにした。


「また行こう」

「せやな」

そうして今晩宿泊予定地であるフロストの別荘へと私たちは帰路についた。






















高評価・ブックマークが執筆の燃料になります。

ブックマークして、次のお話も読んで下さい(強欲)!

それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ

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