スレイプニル特急、春を駆ける。――ピンチをチャンスに変える氷の薔薇
シュシュッ、ガタン……重厚なピストン音が、ヨトゥンヘイムの静寂を切り裂く。
私が立っているのは、四号車の『実演・カフェ車両』。
先頭の機関車ではフロストが「どんどんいくぞー!」と子供のように燥いどるはずやけど、分厚い鉄扉に遮られて、幸いなことにその声はここまでは届いてへん。
「……アレクサンドル様、列車は予定通り領境を越えました。これよりミズガルズ王国の直轄領、及び他領を通過し、夕刻にはマリーン・ヴェイルへ到着します」
シュガーライクが手元の時計を確認しながら報告してくる。
私は窓の外を見て、小さく口角を上げた。
視界を埋め尽くしていた暴力的な白銀が、徐々に緑へと塗り替えられていく。
線路脇には、恥ずかしそうに首をもたげるスノードロップや、鮮やかなアネモネの花畑。
「あの花美味そうだな~……」
「んだな~カラッと油で揚げて、ペロリといきてぇ」
二号車に潜んどる(つもりの)、フロスト私兵団のみなさんが、花畑を見ながら花見酒の誘惑に駆られとるのが通路奥から見えた。
フロストが私を簡単に領の外に出したのには少し疑問があったけど、私服の下に鎖帷子を着込んだ武装集団が二号車を占拠しとって、何なら運転士がフロスト本人。
これでなんで私が領地の外に出られるんか理解した。ガッチガチの警護したら問題ないやろうって判断なんやろう。全く……物騒なお出かけになってもうたわ。
「アイツら、護衛する気ならもっとカッコよくできへんのか? 遠足ちゃうんやぞ」
ええ歳したおっさん集団が椅子に膝ついてお花畑を眺めとる姿に苦笑が洩れる、一体誰得なんや。
「せっかくの列車旅ですから、楽しんでいただきましょう。みなさんにもアイスクリームを振る舞われたらどうですか?」
ミヤハの提案は素敵やけど、それはできん。
私達は仲良しで遠足に来たわけやない。
アイスクリームなら家に帰って食えばええんやから。
「護衛のみんなには酒のボトルとかの方が喜ばれるやろ。アイスは売り物や。買い食いなら港街に着いたら好きなだけするやろうし、それまで大人しくしとってもらおう」
しっかし、ずっと領地に籠っとくわけにもいかんかったし、条件付きでもフロストが外出を許してくれたんは助かったわ。
心配性やったらずっと領地内から出してもらえんなんてことも考えられたからな。
時間使ってついてきてくれるだけでも優しさの塊や。
ほんま胸が温かくなるで………………いや、あれ? なんか普通に暑い気がしてきた。
「車内も段々暖かくなってきましたね」
ミヤハも気づいたらしい。あれ、下っていまこんなに暑いんか? 春というか夏先取りみたいな気温やんけ。これは花が散るのも早そうやな……せや。
「……今、窓開けたら温かい風が入ってくると思うで」
私がそう言うと、ミヤハは好奇心に駆られて車両の窓を少し上に上げた。
直後、猛烈な風とアネモネの花びらが顔面を直撃し、ミヤハはすぐにピシャっと窓を閉める。
「ヒャッハッハッハッハッ……! 顔中花まみれやな!」
「お嬢様……嵌めましたね」
顔についた花びらを白い手袋に集めながら、ミヤハがムスッとする。
鼻の先に残っていた一枚を取ってやると、花びらの色は実に鮮やかやった。
気温が上がれば上がるほど、冷気の価値は跳ね上がる。この花が鮮やかであればあるほど、アイス一匙の価値は上がる。……つまり今日は最高の商売日和ということがわかった。
その証明に隣の五号車、一等客室に繋がる通路を覗いたら、室温の上昇に合わせてVIP客たちが上着を脱ぎ、マダムたちは扇子で顔を仰ぎ始めとる。
それに耳を澄ませば、身なりの良い子供が「海が見えるよー!」と親の肩を叩いて興奮しとる声も聞こえた。
――もう今売らんでいつ売るんやってタイミングや。
「ミヤハ! 呼び込みしてくるから、お客様が来たら実演開始やで」
「やっと出番ですか。待ちくたびれましたよ」
ミヤハは元・短剣のヘラを両手でクロスして構え、シャカシャカとカマキリのような愉快な動きで私を笑かせてくる。
笑わせるのは私やなくて一等客室のお客様や。ホンマ頼むで。
◇
「皆様、お待たせいたしましたわ。ヨトゥンヘイムの至宝、『ミーミル・ロールアイス』の実演販売でございます」
私が五号車の扉を開く号令と共に、ミヤハが「魔改造された円盾」の台座に材料をセットした。キンキンに冷えた鉄の盾に、バニラの原液がトローリと注がれ、一瞬で凍てついていく。
キンッ! シャリシャリッ!
ミヤハが踊るようにアイスを練り上げる。
鉄と鋼が触れ合う澄んだ音が客室に響き、瞬く間にアイスが美しいバラの花のようなロール状に成形されていく。その光景は外の景色よりも客の目を惹いたようで、一等客たちが続々と四号車に雪崩れ込んできた。
「……おお、見事な手捌きだ」
「騎士の武具があんなに華やかな道具に変わるなんて!」
視覚的な演出は完璧や。……が、そこに水を差す不快な声が響きよった。
「ふん。何をはしゃいでいる。たかが『凍らせた牛乳』だろう? 蛮族の地の食い物に、硬貨を払う価値があるとは思えんな」
声の主は、成金趣味の派手な服を着た太った貴族。ポテロン伯爵より品のない、いかにも「王都の虎の威を借る」タイプの中堅商人や。
一応この人も噂を聞いてチケットを買ってくれた客。文句は期待の裏返しやな。
「……おっ! そんな舌の肥えた貴方様にこそ食べていただきたいですわ! ささっ、お代は結構! 特別な感想を訊かせてくださいな!」
私は優雅に、出来立てのアイスを彼の前に差し出した。
「ふん、良いだろう。この私が直々に食べてやる……パクッ。………………っ!? ――は、はうあッ!!?」
へへっ、その顔。オッサンもチョロいわ。
男の顔が劇的にバグり、目玉が飛び出しそうに見開かれる。
「……あ、あ、頭が! 脳みそが洗われるようだ! な、なんだこの濃厚な甘みは! 溶ける、俺の常識が口の中で溶けていくぅぅぅ!!」
「お静かに。……あまりに急いで食べると、私の『小さな呪い』にかかりますわよ?」
扇子で口元を隠し、冷徹な悪役令嬢の微笑を浮かべる。実際はただの知覚過敏やけどな。
男は頭を押さえながらも、夢中になって残りのアイスを掻き込みよった。それを見た周りの客たちが、一斉に財布を握りしめて私を囲み込んだ。
「私にもくれ! 一ついくらだ!」
「僕も食べる! 僕も!」
大人から子供まで、ロールアイスが作られていく過程に釘付けになっとる。この博打は成功や。
(よし、入れ食い状態や! ジャンジャン注文取れミヤハ! 一滴のロスも出すなよ!)
そんな時、一瞬ヒヤッとする質問が飛んだ。
「コレが世間で噂のミーミルアイスクリームですの?」
マダムに訊かれた時は流石に変な汗が出た。
確かにこの車両の客は、丸い『アイスクリーム』を求めて乗車してくれたんや。それをロールアイスで誤魔化す魂胆を見透かされたら、誠心誠意の対応しかあらへん。
「申し訳ございません。こちらは『ミーミル・ロールアイス』……アイスクリームの機材が雪崩による遅延で届いておらず、本日分はこちらでのご提供となりますの」
「あら、そうなの? ……困ったわねぇ。娘に買って来るように頼まれているのよ」
そらそういうお客様もおるかぁ~!って、脳内会議でエマージェンシーコールを鳴らす。
……あかん、ここで失望させたらブランドに傷がつく。
……何かそれっぽい付け焼き刃を考えねば……!
こう、サービスとか。エンタメ要素で誤魔化すんや……!
「……マダム。どうかその不安、私に預けていただけませんかしら? 確かに、各所で噂のアイスは『丸い塊』ですわ。ですが、そちらの『ロールアイス』……実はまだ王宮のどなたも召し上がっていない、私からのサプライズ・限定メニューなんですの」
「あら……新作、ということですの?」
食いついた! ……ゆ~っくりリール引いて~。
「ええ。本来は港湾都市の式典でお披露目する予定でした。ですが、運命がマダム……いえ、愛らしいお嬢様を『世界最初の目撃者』に選んだのかもしれませんわ」
私はミヤハに目配せをする。ミヤハは心得たもので、ヘラを鮮やかに回した。
「見てください。この薄く削り出した氷の層が重なる美しさ。お嬢様のために、世界でたった一つの『氷の薔薇』をお作りいたしますわ。もちろん、お詫びとしてお代は頂きません。そして後日、機材が届きましたら最高品質のアイスクリームをご自宅まで、私の直筆カードを添えて特急便でお届けするとお約束いたします」
餌も撒いて。
「……まぁ! それならあの子もきっと喜ぶわ! むしろこっちの方が贅沢ですものね!」
フィーッシュ!
マダムの顔がパッと華やいだ。よし、落ちた。……ふぅ、変な汗出たわ。
(……ミヤハ! 今すぐ最高に芸術的な盛り付けにしたれ! 相手は貴族マダムや、『見た目』がゼニに化けるんやぞ!)
周囲の客も「世界初!?」「薔薇のアイス!?」と聞きつけ、注文の嵐が巻き起こる。
危ない、適当なアドリブでなんとか乗り切ったで……。あとのことは未来の私に丸投げや。
さて……なんやかんやで港が見えてきたな。
時間がもうそんなに経ったか~なんて思いながら横を見ると、横で宣伝してただけの私と違って、ミヤハは肩で息をしとった。
……五時間ぐらい、一人でアイスと格闘してたからな。
ほんまは攪拌機使った簡単調理のはずが、まさか冷たい盾の上で短剣使ってロールアイス作ることになるとは思わんかったやろう。なんたって実行した本人もちゃんと成功したんが信じられんぐらいや。ご苦労さん、ミヤハ。
アンタが頑張ってくれた分、港ではシュガーライクとなるべく一緒に居れるように便宜を図ったるからな。それぐらいのことはさせてくれ。
───銭稼ぎ特急もいよいよ終着駅、ミヤハはご褒美にシュガーライクとデートするみたいやから、私もフロストと連れてどっか行ってみようかな。
……あれ?
駅に見馴れた顔の人間がおる……。なんか嫌な予感するな。
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