抱きつく前にサウナ行け! ――戦場帰りの大型犬、婚約者に全力で拒絶される。【宴会編・前編】
邸の巨大な鉄門が、重々しい音を立てて左右に開かれた。
城下町で熱烈な歓迎を受けた軍勢のうち、選りすぐりの精鋭たちが、一糸乱れぬ動きで邸の中庭へと入ってくる。
「……道を開けろ! 閣下のお通りだ!」
誰かの号令と共に、並び立った歩兵と騎馬隊が左右に割れ、中央に一本の道ができた。
そこを、ひときわ巨大な黒馬────フロストの愛馬が、ゆっくりと進んでくる。
私は邸の玄関前、赤絨毯の端っこで、ミヤハやシュガーライクを後ろに控えさせて、この邸の主人を待ち構えた。
馬上のフロストは、まさに『蛮族殺しの悪魔』そのものやった。
鎧は返り血で黒ずみ、マントの端はボロボロ。兜を脱いだその顔は、三ヶ月の戦場暮らしで少し痩せ、野性味と凄みが増しとる。
「お帰り、公爵」
「ただいま子爵令嬢」
フロストは私に兜を預けると、私の頭を撫でようとしてきたので私は首を引いた。
「ちょ、籠手取ってや」
「……? ……ああ、すまない」
フロストは血と鉄錆の匂いが染みついた籠手を外して、ゴツゴツとした手で私の二時間以上かけて整えた髪を雑に撫でた。
「ちょっ……もう……」
この髪セットするのにミヤハがどれだけ苦労したと思てんねん。技術料と拘束時間考えたら、一撫でするだけで銀貨請求するぞ。
「いつまで撫でる気なん?」
「抱き上げて良いか?」
絶対にダメなことを平気で訊いてくるので、私は当然首を横に振った。
頭でギリギリアウトやのに、体に触れたいとは何事か。
ていうかそもそも私が今着ているドレスはアンタの鎧より高級品や。一着いくらすると思てんねん。
「……恥ずかしいし、そもそも人前ですることやない。今は一緒に働いて下さった兵士の皆さまを労うのが先やろ……。 宴の支度は出来てるから、皆さんに号令かけたって」
私がそういうと、フロストは伸ばした両手をゆっくりと引いて、小さく笑みを浮かべた。まるでそう言われることがわかっとったみたいに。
「おっ……そうか、助かる。──────みんな! 宴の支度はできている! これより庭で宴会を開始する!!」
「「「オオオオオオオオオッッッ‼」」」
地鳴りのような雄叫びが邸どころか城下町全体を鳴動させる。
「いやそれより、一旦人数分けてサウナ入ってくれん? えげつない匂いするんやけど。どうせ夜までおるんやないの?」
「いや。昼の四時には解散予定だ! みんなも故郷に帰る時間がいるからな!」
あんたら公爵邸まで遠足に来たんか?
そう言いたい気持ちをグッと堪えて、私はフロストの視線の先、同じ空を見上げた。
今日は珍しく雪雲一つない快晴で、太陽の位置を見るに、時刻は丁度朝の十時を回ったところやった。
話を聞くに宴会を邸でしたいから、早朝からずっと馬を走らせてきたらしい。
……いや、どんだけ宴会したいねん。
「閣下。申し上げます」
私の背後からシュガーライクが一歩前に出た。礼服に着替えた彼の目にはクマの跡はない。最近はしっかりと睡眠がとれてるみたいやな。
「おぉ、シュガーライク。邸の管理は退屈だったか?」
「……フッ、バカを言うな。お前たちに食料を完璧に送り届けてやったのは誰のおかげだと思っている?」
「ハハッ。だな! 流石我がヨトゥンヘイム領始まって以来の実務官僚だ!」
フロストは拳を前に出して、拳を交わすようにアピールしとったけど、シュガーライクはそれをガン無視して話を続ける。
こいつは熱い男の友情! みたいなのには、常々冷笑するタイプの嫌な男や。
「お戯れは程々に。……不潔な英雄はこの領地の『ブランドイメージ』に関わります。……すぐに身綺麗にしてアレクサンドル様の隣にお立ち下さい。閣下」
シュガーライクはそういって、フロストとその近衛兵たちを全員サウナへ連行していった。
これまでは戦争で指揮をとる総大将として───そしてこれからは公爵としての、象徴としての役割をフロストはこなさんとあかん。
いつまでも血生臭い男では領民も不安がるっちゅー話や。
私も髪とか化粧直しの時間欲しいし、なんならパレードの最中、ずっと立ちっぱなしやったからどっか座りたいわ。
「ミヤハ、後は頼んだで」
「お疲れ様ですお嬢様。また公爵様のご準備が整い次第、およびしますね」
「はいよー」
◇
一時間後。
邸の中庭は、焼ける肉の香ばしい匂いと、安堵した兵士たちの笑い声で溢れかえっとった。
「バイカル様、先程のパレード、実に見事でしたな! ぜひ我が領の商会とも、御贔屓にして頂きものです」
「おっ、流石の慧眼ですやん。見積もり後で送るから、ハンコ用意しといてくれはります?確か鮮魚産業で有名でしたね?」
そんな会話をしながら私は庭から少し離れた邸のホールで、身なりの良い大人たちと会話を弾ませとった。
サウナで「除菌中」のフロストに代わって、私がこの場を仕切っとるのには理由がある。
私の人脈で期限内に集めれたんは、近隣の貴族や以前から父と懇意にして貰っている有力な商人たちやった。彼らにはフロストの地盤をガチガチに固めるために、私が協力を呼び掛けたんや。
いわゆる「派閥の囲い込み」ってやつやな。元々王族とベッタリやった商人達も、私の前例があるから、王の動向には目を見開いて警戒しとる。
そんな相手を派閥からひっぺがすんは、私にとって児戯にも等しいこと。
ちょっと、利権をチラつかせて『ただの凱旋パレード』と銘うてば、王族にも盾つかずに利益を出せるかも知れんと寄って来る者たちは後を絶たんかった。
私の仕事はこういう浅はかな魚をまとめて竿で釣り上げることにあった。
「おぉ、よくご存知で! いつでもどこでも。新鮮な魚をお届けしますよ!」
「でしたら、私たちの氷を使えばより長期的に魚を美味しいまま保存することが可能になります。内陸国への輸送だって夢じゃなくなりまっせ」
私がそういうと、先ほどまで口先だけだった豪商の目がようやく対等な商人を見る眼に変わった。
さっきまで取引先の娘ぐらいにしか見られてなかったってことや。
……ムカつくけど、それが今の妥当な評価やろう。
親の七光り、王宮育ちの才女。そういう評価だけやなくて、商人としても一流ってことを教えたらんとな。
「ほうぉ……それはまた、物流に革命がおきそうな技術ですね。ぜひ詳しくお話を聞きたい」
「残念ですけど、お話はまた後日。他にも待っていらっしゃる方がいますので」
失礼します。といって、すぐに次の客を相手にする。
釣れそうな魚に餌を撒いてやる必要はない。
こっちはもっと針を深く呑み込むまで放置して、色んな場所に糸を垂らして待ってればええんや。




