白銀の大地とミーミルアイス~上裸の男達を添えて~
肺の奥が、ダイヤモンドのヤスリで削られたように痛い。
「……あかん。これ、観光気分で来てええ場所ちゃうわ」
ヨトゥンヘイム領最北端。聖湖『ミーミル湖』。 馬車を降りた瞬間、私の脳はここを『神聖な場所』ではなく『世界一巨大な輪転機』であると定義した。
視界を埋め尽くすのは、青白い冷気を放つ、数メートル厚の透明な氷。 この世界において氷は、王族が夏にワインを冷やすためだけの「贅沢品」でしかない。けど、私は知ってる。これの使い道は贅沢品だけやない。「温度を制御する」という名の、未開発のエネルギー資源や。
「アレクサンドル様、ここが我が領の誇る氷の産地です。一切の不純物を含まない『神鏡氷』。……王宮御用達の一品です」
隣でシュガーライクが、寒さで紫になった唇を震わせながら解説する。 インテリ眼鏡は寒さに弱い。そんな薄着で来るからや。
「王宮御用達? そんなん、商売人から言わせりゃ『死蔵在庫』の極みやで」
私が毒を吐きながら氷原へと踏み出すと、視界の先に「異常な熱源」が見えた。
マイナス三十度の世界。 湯気を立てながら、上半身裸で巨大なノコギリを引く男たちがおった。
「……なんやあれ。露出狂がオフ会でも開いてんのか?」
「彼らこそ、代々この氷を守ってきた職人集団『アイスマン』です」
彼らは焚き火をしながら、凍った湖の上で氷を切り出していた。 一歩間違えればフリーズドライの遺体になって沈む。そんな命懸けの現場を、彼らは「よいしょー!」という野太い掛け声一つで回しとった。
「……労働コストが高すぎるな」
私が呟くと、アイスマンの親方らしき髭だらけの男が手を止めた。
「……あんたが、噂のバイカル令嬢か。家族が食い物に困らなくなった。感謝……している」
男たちが一斉に、丸太のような腕を下げて礼をする。 私はその視線を受け止め、本題を切り出した。
「親方、挨拶はええわ。……今日はこの『氷』を、王宮の晩餐会やなくて、南の熱い地域の『日常』に売りに行くための査定に来たんや」
「……はぁ? 氷を王宮以外に、売る?」
親方が耳を疑ったように聞き返した。
背後の男たちも「んだんだ、庶民で氷に金払う奴なんておるか」と鼻で笑う。
「お嬢、ここは寒すぎるから分からんかもしれねえが、氷なんてその辺に腐るほどあるもんだ。わざわざ重てえ思いをして運んだところで、誰も見向きもしねえよ」
「……それは『寒さを知らん人』の言葉や。砂漠を知らん魚が、水をタダやと思ってるのと同じやで」
私は男たちの真っ赤に焼けた肌を指差した。
「アンタら、今この瞬間、何が欲しい? 暖炉の火か? それとも、喉を焼くような冷たい何かか?」
男たちが沈黙する。 彼らの本能は、今この瞬間も、過酷な労働で火照った体を内側から冷却することを求めている。
「氷の価値は、場所と状況が決めるんや。……親方。全員、邸の一階にある『ケロサウナ』へ来い。そこでアンタらを限界まで『熱い世界』に連れてったる」
「……サウナ? 何をする気だ」
「『需要』を、アンタらの体で体験させるんや。 脳みそがドロドロに溶けるほどの熱狂の後に、私が『神の食べ物』を叩き込んでやるからな」
私は、驚愕に揺れるアイスマンたちの瞳をサファイアの瞳で射抜いた。 設備投資ゼロ、原価タダ。 この氷を「世界の必需品」に変えるための、テストマーケティング。
その第一段階の幕が、今上がった。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




