ナニワ男子はお嬢様
氷。
それは万物を冷やす神の作りたもうた奇跡。
製氷機のないこの時代で、私たち貴族は誰よりも氷を楽しんどる。
世は正に大氷時代……と言っても過言や!
「サーシャ! 貴様との婚約を破棄する!」
「なん……やと⁉」
豪華絢爛な舞踏会。その中心で、私の婚約者である第一王子は高らかに宣言した。
理由は、私が彼に毒を盛ったからでも、誰かをいじめたからでもない。
だからマジでなぜ、私が突然公の場で醜態を晒されているのか分からなかった。
「いや、……王子様、何を言うてはりますの?」
私はポカーンと口を半開きにして、ワインを片手に殿下の言葉を待つ。
舞踏会の外は季節外れの細雨で、硝子窓には雨幕の装飾が施されている。これからさらに雨は強くなるとの噂やけど……私の知るところではなかった。
「君のような氷のように冷たい眼をした女はもう沢山だ!可愛げの欠片もないし、愛想笑い一つない! 女としての魅力が皆無だ! オレは既に代わりを用意させて貰ったからな!もう二度とオレの前に顔を見せるな!」
王子の突然の告白に面喰った私は、脳内で緊急会議が開かれた。
まず百歩譲って可愛げないと思ってる王子の目は節穴や。たぶん、普段から近くにいる高級牛の相手しかしてなかったから、ちょっと毛色の違う豚とか鶏をみて魅かれていらっしゃる。正直言ってめっちゃアホやけど、軽い神輿はある意味担ぎやすいから、このアホさも王の素質なんやろう。
……流石にポジティブに捉えすぎか?
「な、なんだ! なにか申し開きがあるなら言ってみろ!」
「別にないわ。オマエみたいなつまらん男、こっちから願い下げや」
私はバカな王子を肴にワインを一杯仰ぎ、グラスを机に音もなく置いた。
ワインはいい、氷がなくても美味いからな。
ほかの飲み物はぬるすぎて、飲めたもんじゃない。氷を入れたコーラがない世界で、私が飲めるのはホンマに修道士の赤だけやった。
それもこれも、私(現在:ぴちぴちの18歳乙女)が元々は、日本人の転生者(旧:関西の15歳男子)で、この中世風の世界に記憶を所持したまま転生してしまったからやろう。……よくあるやつや。
「貴様ッ!」
王子が私に嫌味を言う間に、私は似たような展開を何度か前世で見たことを思い出す。死ぬ前にネットの広告で散々流れて来たジャンル、悪役令嬢モノに酷似しとる。
何の話をベースにしているかは知らんけど、きっとこれもそん中の一つなんやろ? 知らんけど。
けど───実際に当事者になってみれば、ちゃんと涙は出るし青筋も浮き出るから不思議やな。
後はそう、例えばここで私のことを攫いにくる新たな婚約者などいれば完璧───やけど、今回は自分で探すらしい。今の私だいぶ惨めやけど大丈夫そうか?
(一発どついたろうかな)
ホンマにこの場で王子をぶん殴ることも考えたけど、未来の婚約者様がどこで見ているかも分からないので、私は留飲を下げることにした。涙も流してる場合やない。アイライン崩壊させるわけにもいかんからな。
(というか、今からでも御淑やかお嬢様キャラは間にあうでしょうか? ムリ?)
私はいるかも分からない天の神様に問いかけてみるけど、当然返事はない。
そんな私を嘲笑するように王子の隣に配置された新たな婚約者は、とても庇護欲の湧く男ウケしそうな清楚系が置かれていた。
(おいおい……スーパーの半額シール貼られたメンチカツみたいな手頃さの女来たでおい。しかもどう見てもあれ毒入りやろ)
よく見ると爵位は私よりも上な侯爵令嬢様や。……外聞は整えたみたいやな。けれど、アレがファーストレディというのならこの国も末期や。滅んだ方がええ。
「ちょ……王子、ホンマにその子でええの? 牡蠣みたいな袖の服着てそうな女やで?」
新たな婚約者様は怯えたように王子の影に隠れ震えとる。薄い黄色のドレスがゆったりと揺れて良い匂いがしてくる。しかし牡蠣はちゃんと処理しないと腹を壊すってことを王子は知ってるはるんやろうか。
おっさんに貢がれていそうな、悪い女に王子が騙されてんのも癪やけど、それに気づかん周囲も周囲やな。私も前世だったら篭絡され取ったかもしれんけど、今は女性としての記憶も随分と長くあるから平気やけど……。
てかあの子のなんや、あのバッサバサの睫毛に童顔て……フランス人形か。
いや、私も負けてないけど……こっちはオンニ系やから属性が違う。可愛いか、美しいかの違いや。
……王子って実は可愛い系がタイプか?
そうやって値踏みしとったら、フランス人形がマウント取りにきよった。
「あの……私、あなたのように美しくも、財力があるわけでもありません。ですがどうか、この事実を受け入れて貰うことはできないでしょうか」
王子の新たな婚約者様はそう丁寧に、王子を寝取ったことを了承しろと言ってくる。私はどう答えたものか悩んだ。なんかおもろい返しをしたろう、というのは関西ブラッドの影響か? いや、そう言えばもう流れてへんわ。何を考えとるんや私は。
だいたい「婚約者がいるのを分かっていて、王子と恋愛するな」とか、そういう“まとも”な理論を振りかざしたところで彼女には意味がないことは見たら分かる。そもそも恐らく、知能の“文化圏”が違うのだからまともな返しをした時点でOUTや。
そっと距離を置いた方がいいタイプみたいやから、素直に袂を分かつつもりで話方がお互いのためにもいいやろな。
「そうですか。それならば私が何か言うのもお門違いというもの。新たな婚約者と王子の門出に幸あれ。それと王子様、10年という期間、お世話になりました。あなたの未来が明るい物であることを陰ながら祈っておりますわ。では、さいなら」
一目散にこの集められた視線から逃れたかった私は早口で捲し立てて、とんずらしようとする。
けどそんな私の態度がお気に召さなかったのか、殿下はさらに私に向かって強権を発動させてしまう。
「婚約破棄の慰謝料として、お前の持つ物流ギルドの利権は全て没収し、オレと新たな婚約者のものとする!」と。
「な、なんですって?」
利権を奪う? それはアカン。それはある意味殺されるより辛いですわ。というか破棄されたのは私側だというのに、なぜ慰謝料は私持ち? それも【利権を全てあんぽんたんの侯爵令嬢に譲渡する】という内容も理解できない。
理不尽という他にないが、王権の使い方としてはこの上なく正しいが……にしてもやばい。バカに権力を渡すと碌なことがないというよい見本ならこの上ないけど。
……いつか絶対に倍返し、いや百倍返しにして地獄に突き落としてやると心に誓った。
それとは別に私もまだ良心の呵責があったから、溜息が洩れそうになるのを押さえて、一応諫言らしきことを言ってやる。
先刻承知やと思いますけどね。これでも10年以上の付き合いがありましたから。
「殿下、そのようなことをすれば他の貴族も同様の粛清を受けるかもしれないと、王家に批判的な目を向けるかも知れませんよ?」
それで結婚破棄を止めろとまではいかないが、既得権益を剥奪するとなれば、強権が目立つ。
これから王になろうかという青年がやる行動にしては、些か派手なパフォーマンスに見えてまう。
それを貴族がどう思うかは火を見るよりも明らかやろ?
「物流王の物流網を剥奪だってよ……」
「大変なことになりましたわね……」
当然周囲の貴族たちの目も変わってしまう。このような難癖のつけ方をされたのでは、次に狙われるのは自分の領地かも知れない。そう考えるのが普通のことや。
「殿下、何卒ご再考をお願いしますわ」
もはや国が滅びんための忠告みたいになってしもうてるけど、しゃーないよな。
コレ放置したらホンマにこの国滅びそうやもん。
「うるさい、御託はいい!近衛!その利口ぶった女をつまみ出せ!二度と私の前にその顔を見せるな!」
王子の激昂した姿に流石の私も異変を覚えた。
ちょっと心変わりが急すぎやしないかと。
それは周囲で騒然とする貴族たちも何となく、感じ取っていた。
しかしそんな突如として豹変した王子の命令で、近衛たちが私の周囲に集結し始める。殿下の命令に彼らも耳を疑う様子で首を傾げていたけれど、渋々と命令を遂行して、私に同行を願いでた。
「スマン最後に一言だけ言わせて」
「畏まりました」
真っ赤な真紅のドレスを翻し、私は王子とその婚約者を指さして宣言した。
「ええか王子、商売舐めたらあかんで。道一本、馬車一台がこの国の毛細血管や。それをそんな『生牡蠣女』に渡すなんて、この国を食中毒にするようなもんやで? ……後で泣きついてきても、知らんからな!」
そう言って反応も待たずに外に出る。中は嘲笑で聞くに堪えない状況になっていること間違いなし。逃げるが勝ちやった。
「さっ、コチラへどうぞ。姫」
「あ、悪いね……なんか」
「いえいえ、ささっ、どうぞ……」
近衛たちによる道が外にまで続いていく。
つい先ほどまで護衛対象であった私を、会場の外まで案内するという奇怪な状況に、彼らも戸惑いを隠せてない。
当たり前やけど王子と婚約者以外全員同じ気持ちやで?
「心配せんでええ。この会場にいる殿下以外誰も状況を理解してへんから。ホホホ」
「や、やはりおかしいのは自分ではなかったのですね」
近衛たちは納得がいったように、頷いた。
「まああれを放置しているという点では、私たち全員の問題でもあるやろな」
◇
数日後。
「これは……悪役令嬢ものやんな? 恋愛ものちゃうん? 私って恋愛すんの?」
自問自答。私(※元関西男児)はメタ的に自分を見つめ直していた。
私はこれから新たな婚約者を手に入れて、ざまぁ、と王子達を見返すのではなかったのだろうか。となれば私の恋愛対象は何処へ?
恋、させろよ。
「一応男としての記憶もあるけどせっかく女になったし、この見た目やしな」
鑑の前でくるりと回ってカーテシー。うん、自分で言うのも憚れるけど絶世の美女だ。
となれば新しい恋を探さねばなるまいよ。
そんな私の下に、レディースメイドのミヤハが手紙を一通持って来てやってきた。
「サーシャ様。北部を纏める大貴族、公爵家のヨトゥンヘイム卿からのお食事のお誘いがきておりますが」
ほらほらさっそく来ましたよ。エビで鯛を釣るならぬ、鯛で鯛が釣れました。
イイ女にはいい男が寄ってくるんですわ。
いや~困るね、モテる女は。
「婚約破棄されたばっかやのに、馬鹿みたいにモテるなぁー、困っちゃうな~」
それも公爵家って。
お父様もこれなら結構喜んでくれそう。
『今は少し休みなさい』と抱きしめてくれた父だけど、実際はがっかりしているはず。
良い男三人ぐらい捕まえてくるんで許してください、お父様。
「それで一応聞くけど、お金持ち?」
「いえ……ですが、サーシャ様ならあるいは」
ミヤハはそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。どーして将来性のなさそうな相手を紹介してくるの。
「ミヤハは私のこと嫌い? えっ、リンゴパイの誓い忘れた?」
「なんですかそれ。誓った覚えありませんけど」
「パイ、昔一緒に焼いたよね? ……私のこと好きよね? なんで貧乏貴族を私に紹介すんの……?」
「あー……よく覚えてますねお嬢様。いま完全に忘れかけてました」
そんなこともあったなー、と仏頂面でとぼけるミヤハ。彼女のボケは分かりづらい。
仕方なく私は紹介状をくれたヨトゥンヘイム卿について、ミヤハから受け取った資料に目を通し始めた。
北部の寒冷地に住む、この国で最も広い領地を所有する大貴族。
自領地で農耕をすることは厳しく、殆どが輸入に頼り赤字を垂れ流す不良債権問題に苦しむダメ領地。
なぜミヤハがココを選んだのか、本当に私怨としか思えない。
「私をこんな場所に嫁がせるって本気で言ってる? どうせ毛皮でモッコモコの良く分からない民族代表みたいな領地でしょ?」
「申し訳ございません、ではお断りのご連絡を」
そう言ってミヤハが手持ちの書類から落とした彼の《肖像画》を見て私は、首を三百六十度回転させて、メイドを止めてしまう。
切れ長のシャープな瞳。何も考えて無さそうな無垢な顔。サラサラの黒髪に、タッパのある肩。そして何より私好みの細マッチョ……。乙女心がマジキュンキュンキュンしているのが分かりますわ。
「いいわ。受けるわよ!この顔細マッチョさんならね!」
私は彼の肖像画を掲げて抱きしめた。
「極寒の地で口が塞がればいいのに」
「ん? 何か言った?」
「好みの顔だと思っておりました。直ぐに出発の準備を始めます」
一瞬、ミヤハの毒舌が深々とボディに入ったような気がする。
……そんな顔だけで選ぶなんて冗談ですやん、ねえ?
そんな家の未来を簡単に決めたりしませんよ。当たり前ですやん。
「私も手伝うわ」
「お嬢様は邪魔なので、資料の整理でもしていてください。首から上は使い物にならないんですから」
「うゆっ……」
「うわっ、ウッザッッ」
吐き捨てるような言葉と舌打ち、それに冷たい視線を残して、淡々と作業を始めるミヤハ。
彼女はやはり分かっていない。
私が単なる面食いでこの縁談を受けたわけではないことを。
いや、正直言えば理由の七割はそうだけども。
残りの三割は、割と本気でこの領地ならば今の王家に鉄槌を下せると確信できる部分があったからや。
というのも、この世界ではまだ誰も気づいていないのだ。
農業ができない極寒の領地、それは裏を返せば、『枯れることのない氷の山』があるということ。
夏場において、氷がどれだけの価値を生むか。
冷たい極上のワインが飲めるだけやない。
肉や魚を腐らせずに運ぶ「冷蔵物流」という革命……。
そう、それが私にしかないアドバンテージになるはず……!
現代人しか知らない氷の魔力を知っているのだよ私は。
それに北部特産品は無限の『氷』。
王宮に出回る氷は確か全て北部からのものだった。
ココに眼をつけた私は本当に商売の天才だ。
明日からウォール街で働いたって良いんだぜ、……って事で。
一度冷静になろうや私。
流通が少ないのは、彼らが『氷』の運び方をまだしっかり確立していないからや。
当然氷がどのぐらい便利なのか、現地の人は知らん。
普及するにはそれなりの苦労が予想されている。
「てか、恋愛もするんやったら、仕事に口出しとかせん方が今後も上手くやれんのちゃうか?」
そもそも公爵様が嫌だと首を振ったらそれまでだし。
上手く説き伏せて、仕事をやらせて貰うって言うのも、ちょっと張り切り過ぎな気もする。
可愛げがないと王子の二の舞になるからなぁ~。気をつけねば。
でも『氷』の商品価値は絶対だと言える。
世界は私が運ぶ『氷』を求めるようになると断言できた。
そして今の私は物流王の子爵家令嬢でもある。
「運ぶ」ことに関しても負けるつもりもない。
「お父様には悪いけど、実家の物流ギルドも全部巻き込んで一からやり直して貰おうか」
もしかしたら、共倒れして公爵様に命狙われるようになるかも知れないけど。お父様なら笑顔で許してくれると信じてる。そこら辺はとことん甘やかされて育ちましたから、ワタクシは。
「……手始めに、北部に住んでるイケメンの心を溶かして、味方に引き入れてこか」
クククッ、と邪悪な笑みを浮かべて机の上で手を組む私。
悪役令嬢のことは知らんけど、悪役なら机の上でこのポーズしてればええやろ。
「お嬢様、何か恐ろしいことを企んでいませんか? 表情が完全に悪役ですよ」
わざわざミヤハは手鏡を私に向けてくる。
そこに一瞬、少年だった俺の顔が映ったような気がした。
けど今は「私」だ。
私は私の生を今度こそ生き抜く。そう、出来るだけ長生きが目標や。
「ええやん。……でも一応目指すところは清楚な子爵令嬢やで? 先方にもそう伝えといてくれる?」
「その口調もお伝えしときますか?」
「公式の場ではちょっと抑えるわ。洩れてるかも知らんけど」
咳払いして、席を立つ。
外はまだ雨が降っているけど、遠くに青空が見えた。
丁度方角は北の領地、ヨトゥンヘイム。
長生きするにも金が要るし、復讐するにはもっと金がいる。
金と愛、どちらも欲しい。
……まぁけど、まずは公爵様と笑いの感性が合うかどうかや。




