ドンバ港①
ランナ館を後にしたランドは一路シアフィスの森を目指していた。
「ねえランド、次はどこへ行くの?」
マルーシャが聞くとランドは無表情のまま答えた。
「ラールノダ国時代の墓地だ」
「ねえランド、それってシアフィスの森の中にあるんでしょ? あの森は迷宮っていわれてるじゃない、場所の特定なんかできるの? 道をそれると方向感覚がなくなるっていうじゃない。ねえ、本当にたどり着けるの?」
質問ばかりするマルーシャにランドは大きなため息をついて一言言い放った。
「ついて来たいんだったら黙って俺の行く方向に馬を走らせてろ」
ランドがいつになくイライラしているのが言葉の節々に感じられた。マルーシャは仕方なくそれから何もしゃべらなかった。ランドがイライラしている時に何を言っても自分が疲れるだけで何も聞き出せないことを知っていたからだ。
マルーシャは聞きたいことを我慢しながらも無言のまま一日馬を走らせ続けた。夕日が傾きかけた頃、ようやくシアフィスの森が目の前に迫って来た。
マルーシャは夜にまたあの森の中で眠るのかと思うとあまりいい気分ではなかった。今日は野宿するのか聞きたかったが相変わらず無表情で馬を走らせているランドにとても聞ける雰囲気ではなかった。
だが、もうすぐシアフィスの森に差しかかろうとした時、ランドが急に進路を右に曲がった。首をかしげながらも何も言わずにランドに続いた。
道はシアフィスの森に平行して暫く続いていたがやがて大きく道がそれ反対方向の南西方向に道が曲がってのびており、道の先には海が視界に入っており、まだかなり遠くではあったが港町が見えてきていた。
少しづつ薄暗くなってくる中を馬を走らせていると、ランドが突然馬を止めた。マルーシャも慌ててランドの横に馬を止めた。
驚いてランドの様子をうかがったマルーシャにランドはおもむろに自分が持っていた予備用のフード付きマントを袋から取り出しマルーシャに被せた。
ランドのマントをマルーシャが被ると、体がすっぽりと覆い隠れ、その上フードを被ると誰だかわからなくなった。マルーシャはビックリして被せられたフードを後ろに取り払いながらランドの方を見るとランドはしきりに周囲を警戒している様子だった。
「ランド?」
マルーシャはわけがわからず小さな声でランドの顔色をうかがいながら声をかけてみた。
すると今度は返事が返ってきた。
「今夜はドンバの港町の宿で一泊することにした。その姿ならフードが取れない限りお前だと気づく者はいないだろう。そのフードは絶対取れないように気をつけろよ。ドンバに入ったらなるべく下を向いて俺から離れないようについてこい」
マルーシャは何がなんだかわけがわからずランドに聞いてみた。
「でもランド、私達ラールノダの墓地に行くんじゃ…」
「ああ、そのつもりだったんだがよく考えたら今夜は満月だからな、満月の夜はシアフィスの森に近づくと迷宮に引きずりこまれるってうわさがあるぐらい危険だ。昔知らずに入ってひどい目にあった」
ランドは空の月を見上げてからシアフィスの森の方角をチラッとみながら言った。
「ひどい目って?」
マルーシャが聞き返すとランドがマルーシャの方に向き直りニヤリとしたように見えた。
「聞きたいか?」
マルーシャはランドが体験したひどい目とは、マルーシャにとっては想像を絶する恐怖なのだろうと直感し、おもいっきり首を横にふった。聞いてしまうと夜も眠れなくなりそうだとわかっていたからだ。
「そっそれにしても…ここまでくると海の匂いがするわね。ドンバ港は私は初めてだわ。あの海はスーハ海なのね。私はてっきりドルタ平原にぬけるいつもの道を通っていたとばかり思っていたのにドンバはドノーエ大陸の南の端の港町でしょ。まさかこんな南の端まで来ていたなんて…」
マル―シャは話をそらしながらも目の前に見える海に心がときめいていた。そんなマルーシャにランドは右手を額にあてため息をついた。
「マルーシャ、お前方向感覚大丈夫か? 俺たちはずっと今日は東南に向かって走っていただろうが、太陽の指す方向ででもわかるだろう」
「ちょっとおかしいなとは思ってたけど、シアフィスの森は大きいし、ドルタ平原は同じような景色ばかりなんだもの。微妙な方角なんてわかんないわよ。それに方向感覚は男と女は違うのよ」
開き直ったマルーシャにランドは呆れ顔になった。
「まあいい、そろそろ行くぞ。いいなっ、宿についても絶対部屋に入るまでしゃべるな」
それだけ言うとランドはゆっくりと馬を走らせはじめた。
マルーシャもフードを深く被りランドの後に続いた。暫く行くとドンバの町が見えて来た。さすが港町だ、夜になろうとしているのにあちらこちらにかがり火や店先に提灯がともされ、町中はかなりの明るさだった。この町は海が近いとあって異国の珍しいものがたくさん店の前に並べられていた。日も沈み夜もふけてきているというに、この町はまだまだ人々が大勢行きかっていた。
マルーシャはフードが風で飛ばないように片方の手でしっかりと押さえながらもはじめて目にするドンバの町並みに心が高ぶっていた。それと同時にこの人ごみの中でこの国の王女がここにいるとばれればどうなるかということはマルーシャにも容易に想像ができた。
マルーシャはいつになく緊張しながら町の中を進んだ。だが町は物珍しいもので溢れていて、夜店が出されている店はとても興味がそそられた。
ランドは一軒の宿の前で止まり、馬から荷物を外すと宿の前にいた宿屋のした働きらしき少年に硬貨を多めに渡し、自分の馬とマルーシャの馬を馬屋まで運び、馬に餌も与えておいてくれるように交渉していた。少年はうれしそうに頷くとランドの馬の手綱を受け取った。マルーシャもあわてて馬からおり、自分の荷物を持ち、少年に自分の馬の手綱も渡した。少年は二頭の馬を連れて馬屋の方に消えて行った。
「行くぞ」
ランドはマルーシャがそばに来るまで待ち一緒に宿の中に入った。
ランドは入り口のカウンターの中にいた宿の主人に一部屋分の宿代を前払いすると鍵を受け取り、無言のままマルーシャを伴い二階の部屋に向かった。部屋の中は意外と清潔で、ベッドが二つとつい立の向こうには大きな水瓶が一つ置かれていた。
「この部屋は思ったより素敵ね。体もふけそうだし」
マルーシャは部屋に入って扉を閉めるなりフードを脱ぎながら言った。
「この宿はこの町で一番ましな宿だからな。だが念の為貴重品は身につけておけよ。ここは異国の船も着く港町だ、いろんな輩がいるからな」
ランドも荷物を置いてベッドに腰掛けた。マルーシャは窓を開け外の景色を見下ろしながらランドに言った。
「ねえランドみてよ。この辺りは日が沈んでもあんなにいろんな店が開いているわよ」
「さっき宿の親父が言っていたが、今日は満月の夜祭だそうだ。この先の角を曲がった辺りはもっと夜店がでているらしいぞ」
「えっお祭り? なあにそれ?」
「ああ、なんでも満月の夜に海に捧げものを一つすると、海の神から海の恵みがえられる言い伝えがあるようだ。この周辺の夜店はそれを売る店や、観光客が今夜は多く集まっているようだな。戦争で途切れていた祭りが今夜復活したとかで、いつもより盛大になっているらしい。この宿もこの部屋が最後の一部屋だったようだ」
「あら、じゃあここが空いていなかったら野宿だったの? ついてるわね。そう、お祭りなの。素敵じゃない。そんなお祭りあるのね。ねえランド見に行きましょうよ。私もやってみたいわ。お腹もすいてきたことだし、いい匂いがするじゃない。何か食べましょうよ」
「マルーシャお前なあ…さっきの言葉を忘れたのか? お前だとばれたら…それでなくても国中からいろんな人間が集まっているんだぞ」
ランドが言いかけるとマルーシャはその言葉をさえぎるかのように窓から離れ、自分の荷物の中から黒い物を取り出しランドの目の前に突き出した。
「じゃーん! 見て見て、変装道具を持ってきたのよ。この間ナウルが私に変装するのを見てひらめいたのよ、かつら職人に言って特別に作ってもらっておいたのよ。どう? ナウルに見えるでしょう」
そう言ってかばんから取り出したのは前髪が長く目元までかくれる黒髪のかつらだった。そしてマルーシャは自分の金の髪の毛を一つに束ねると、頭に固定しその上から黒いかつらをかぶった。確かに黒いかつらをかぶり、乗馬服の上から大きいランドのマントをはおった姿は青年にしか見えなかった。
「よく考えたもんだな…だがそれとこれとは話しが別だ。食事なら下から何か食べ物をもらってきてやるからここで食べればいいだけのこと」
話はこれまでというかのようにランドはマントをはずしながら言った。
「そんなのつまらないわ。いいじゃない。私がこんなところになんかくるわけないってみんな思ってるわよ。王女の格好してなきゃ絶対ばれないわよ。ランドが行かないんだったら私一人でみてくるわ」
マルーシャはそういうと、ランドの横をすり抜けて扉に歩いて行こうとした。
「たくっ! いいだしたらきかないんだからな。いいか、外に出たら大きな声でしゃべるなよ。それに絶対俺のそばから離れるな」
ランドはマルーシャの腕を掴んで自分も立ち上がった。
「あなたは気にしすぎなのよ。誰も人の顔なんていちいち気にしていないわよ。そんなに心配なら、私の手とランドの手を紐で結んでおけばいいじゃない」
「そうするかな」
マルーシャはランドがまさか本当にするのかと身構えたがランドは何もせず、マルーシャの頭にフードをかぶせるとはずしたばかりのマントを付け直し自分もかぶった。




