光の継承者③
庭園ではすがすがしい空気がただよっていた。
ここでは、火災の被害は出ていないようだった。夜明けが近づいてきているようで、辺りはうっすらと明るくなり始めていた。
ムンブラから向かえが来るまでの暫くの間、穏やかな時間が過ぎて行った。マルーシャはその間に庭園の隅で大きな丸太に腰をおろしてアンルが持ってきていたグラスに水を注ぎながら一人まどろんでいたアンルに近づき話しかけた。
「アンル先生、隣に座ってもよろしいですか?」
「ああいいよ。ちょうど私もお前様と少し話がしたいと思っていたところだよ」
アンルはそういうと少し腰をあげ丸太の椅子の席を少しずらしマルーシャに隣に座るように促した。
マルーシャはにっこりと笑顔をアンルに向けるとアンルの隣に腰を下ろしてぽつりぽつり話だした。
「アンル先生、私思うんですけど、今回のギロダの襲撃もシアフィスの森が燃えたのも、ラデュル神の仕業じゃなくて全てがジイールが仕組んで起こった出来事なんじゃないかって思えてならないんです」
「そうだねえ…だけど、今回の出来事が全て偶然ではなく誰かの策略だったとしたら、結果的にはすべてラールシアとフィスノダを一つに結びつけるように仕組まれていたってことになるね。だけど多くの人間の心を操ってこんな騒動を起こさせることのできる奴が神以外でいたんだったらよほどあやつは頭がきれるんだね。たいしたもんだ」
「はあ…争いはもうこれで本当に終わったのかしら…これからラールシアはどうなって行くのかしら?」
「マルーシャ…これからはお前様達の時代がくるんだよ。お前様が中心となった新しい時代がね。いや、そんな時代をお前様が作っていかなきゃならないんだよ。ここにいる仲間達と共にね。全てが一つになった時、本当のラールノダ王国が誕生するんじゃないのかね」
「アンル先生、ジイールは元のような体に戻れるでしょうか?」
「さてね…私はランナじゃないからね体のことはわからないが、今回のギロダの撤退の様子といい、ギロダ軍のあの戦い方はとても闇神に操られている人間の様子じゃなかったからね。もしかしたらラデュル神は今回のことには関与していなかったのかもしれないね。あやつがもしラデュル神と血の契約をまだしていなかったとしたら、もしかしたら助かる可能性は少しは残っているかもしれないね。最終的にはあやつの生きる気力次第だろうね」
「ノア―ヌが聞いたら喜ぶわね。彼は今まで一人で生き延びてきた人だもの。きっと元気な姿に戻るわよね。私…彼の存在を知ってから、心のどこかで願っていたのかもしれないわ。ジイールが手に入れたかったものは私と同じでありますようにって」
「お前様と同じ?」
「ええ、これは私の想像ですけど…彼はラデュル神がフツ王の体に乗り移っていた時から密かにフツ王の体から離れた時、他の血脈に乗り移らないように光の宝剣を探し出し自らを闇の生贄として差し出そうと考えて機会をうかがっていたんじゃないかと思うんです。ノアーヌを守るために…ラデュル神がなぜノアーヌを殺さずにいたのか、それは聖水が流れていて城の外には出ることが出来なかったラデュル神がジイールが光の宝剣と共に密かにバルデ城に戻ってくるまでフツ王亡き後の身代わりにするため、ジイールはそれを知っていたんじゃないかしら、そしてきっと願っていたと思うんです。争いばかり続けていたラールシアとフィスノダの争いの永遠の終結を…」
「そうかもしれないね。過去と未来を感じることのできるあやつなら可能だったかもしれないね。だけどマルーシャ、お前様の母親はジイールの為に命を落としたんじゃなかったかい。その上ランシェルドを何度も殺そうとした男だよ。お前様があやつに憎しみをいだいたっておかしくないだろうに、よくランシェルドにあやつを助けるようにいったもんだね。まっお前様の言葉を承諾したランシェルドもそうだが…」
「アンル先生、どこでお母様の死の真相をお知りになったのですか?うううん、そんなことどうでもいいことですわね。アンル先生、お母様が昔よく私におっしゃってくれていた言葉があるんです。人を憎む前にまず相手の瞳の中に隠されている悲しみを理解してあげられる人間になりなさいって、私ジイールをこのシアフィスの森の中で初めて間近で見た時感じたんです。彼の心には憎しみよりも悲しみで満ちているって、私助けてあげたいと思ったんです。憎しみからは何も生まれないわ。だけど悲しみは時間をかければ癒してあげられるかもしれない。お母様の死の真実が別にあったように。ランドが私を信じて彼を生かしたように私も信じたいと思います。彼の瞳の中に映っていた悲しそうなもう一人の彼の魂を…でも…私の一存で剣を炎の中に放り込んでしまって本当によかったのかしら?ラデュル神は剣がなくなっても消滅しない気がするんです。また誰かにのり移ってこの国を滅ぼそうとしてくるんじゃないでしょうか。私はラデュル神がなぜイクーリア様の敵になってしまったのか、なぜ、私達一族をねらってこのラールノダの大地に住む私達の滅亡を望むのか…ラデュル神にもし魂が存在しているのだとしたら、闇神の魂もすくってあげたいと思うんです。なぜ、ラールノダをあんなに憎むのか…それを解明しない限りラールノダの真の幸せはまだまだ遠いような気がするんです」
マルーシャはまだ向こうで天高く炎を上げて燃え上がっている先を見詰めながらアンルに話しかけた。アンルはそんなマルーシャをみながら静かに答えた。
「そうだねえ、もしかしたらラデュル神の闇もかつては人間だったのかもしれないね。あの宝剣にどんな因縁があって、闇神がラールノダ王家にとりついて、この土地の滅亡を執拗なまでに願うのか。さすがに私もわからないねえ。それを追求するのは神様の生きていたかもしれない時代までさかのぼる必要がありそうだからね。人間なんておろかな生き物だからね、ほんの少しのボタンのかけ違いで大きな憎しみを生むことだってありえる。ラールノダが崩壊してキューラの都の人々が都を捨てカルタスに移り住んだように、ラールシア人もフィスノダ人も気づくべきだったんだよ。ラールノダの聖地なんて最初から存在しなかったんだとね。昔そこに人が住んでいた残像が残っているだけだとね。大切なのは今を生きる者同士がどう生きるべきかじゃないのかねえ。剣がなくなっても恐らくラデュル神はどこかで存在し続けるだろうね。剣というしがらみがなくなっても人間なんておろかな生き物だからね。いつの世でも嫉妬や憎悪、妬み争い憎しみはなくならないだろうからね。闇はそれらに憑りついて囁くんだろうよ。人間がいなくならない限り闇は消えたりしないさ。私達の心が神を崇めるように、心の中に芽生えた憎しみを取り込む闇の存在も神と相互して必要なのかもしれないね。私達人間はおろかな生き物だからね。マルーシャ、だからお前様が気に病む必要などないのだよ。いつか…そういつかお前様のいうようにラデュル神の悲しみ苦しみを取り除くことができたとしたら、霧につつまれたままのカルタスのギュースの湖の霧も晴れる時が来るのかもしれないね。だけど…なぞはなぞのままにしておいたほうが幸せなこともあるんじゃないのかね」
「アンル先生…でも私は、できることならいつか解明してみたいですわ。ラデュル神様の本当の心の声をいつか聞くことができたなら…。私が駄目でも未来の世代で…私はこの土地に生きた全ての魂が天へとのぼってゆけるようにしてあげたいんです。ラデュル神様がかつて人間だった時があったのだとしたら、思い出させてあげたいわ。心からの笑顔を…よーしやるわよ!アンル先生、私決めましたわ。ここに新ラールノダ王国の都を再建してこの城を復元してみせますわ。全てはそこから始めなきゃいけない気がするんですもの。見ていてくださいね」
マルーシャはアンルに笑顔を向けながら目をキラキラさせて言った。
その姿をみたアンルはマルーシャに微笑みながら何度も頷いてみせた。
「マルーシャ忘れるんじゃないよ。お前様は光そのもの、その笑顔をなくさない限りこの国は何度だって復活できるさ。お前様は一人じゃない、お前様には仲間がいるんだからね。それを忘れない限りこの国は大丈夫!」
アンルはマルーシャの頭を軽くなでてからマルーシャに微笑みを向け、立ち上がると伸びをしてキューラ城の見事な庭園に視線を向けながらゆっくり歩き出した。アンルは今も変わらない輝きを放ち続ける庭園の中央に子供の姿をした小さなイクーリア像にゆっくりとした足取りで近付くと、腰をかがめると、その像の手のひらに自分の手を重ねながらその銅像の瞳に向って小声でささやいた。
「我らが守護神イクーリア様、ようやくこの城を覆い隠していたシアフィスの森が焼失して、キューラ城が光の元に戻ることができました。この城も後数年もすれば以前の輝きを取り戻すでしょう。ですが…これはスタートに過ぎないのかもしれませんね。神は同じ時代に三人もの王となりえる人間を送り込み、今またあの子らを生かした。これからまだ何をさせようとお考えなのですか?私はそれを見届けるまではまだまだ神の元へは参りませんからね」
その時、眩しい太陽の光が差し込みアンルの体を照らし出した。
アンルの目にはその瞬間イクーリア神がにっこり微笑んだようにみえていた。空は陽が登り雲ひとつない新しい夜明けにふさわしい晴天の一日が始まろうとしていた。




