瓦解
自分がシンに向けるのと同じ思い。
そのことを知って、どうして拒絶することができるだろうか。
たとえその気持ちが、小さな頃からの刷り込みだったとしても。
そして、いつの日にか必ず、醒めてしまう時が来るのだとしても。
自分自身の忘れられない過去のトラウマ。
そこからくる変えることのできない、自分に対しての否定的固定観念と倫理観。
小さなシンをこの手で、この腕で数えきれないほど抱きしめ慈しんだこと。
そして、その成長を見守ってきた今までの記憶。
それら全てを踏まえても、もうこれ以上突き放さなす言葉を続けるのは、ユーリにはできなかった。
「……っ」
涙が溢れて、止めることができない。
慌てて俯くと、手で拭っても拭っても、止めどなく滴が床を濡らす。
必死で堪えようとしていると、不意に温もりに包まれた。
もう小さくて柔らかなシンじゃない。
改めてそう感じさせる力強さと、広い胸。
それに、安心する腕の中。
涙がその胸を濡らす。
今までのような、家族としての抱擁ではない。
恋い慕う人を抱きすくめる、そんな強いものだった。
「なんで、泣くの」
静かに響く声に、言葉にならない。
「ユーリの僕に対しての思いが、僕がユーリを思う気持ちと同じだから、じゃないの」
温かい腕の中で自分自身、それとシンに嘘をつくことは、もうできない。
躊躇いながらもそうだ、とシンの胸に顔を擦り付けるようにして頷くと、
「……大丈夫。全部僕のせいにしていいよ。だから、」
まるで甘い毒薬のような囁きが耳に届いた。
「僕の我が儘だよ。ユーリは、何も悪くない。僕がかってに好きになった。その気持ちにユーリは引きずられた。それだけのことだよ」
違う!
甘い言葉に甘えてしまいそうになる。
それでも、自分自身が守りたいと思った。
誰よりも幸せになって欲しいと願っている存在に、全ての責任を押し付けるなんてことは、絶対にしてはいけない。そう思う。
「違う!……わ、私は、」
そう。自分のこの気持ちは誰のせいでも、ましてやシンのせいなんかじゃない。
「私が、シンを一人の男性として意識して、自分で好きだって思ったの!」
自分だけで結論を出したこの思いは、私だけのもの。
誰にも、シンにだって否定される権利はない。
「……っ、っ」
そう叫ぶように言った瞬間、抱きしめられている腕の力が増した。
息苦しさを感じるほどに。
堪えきれずに、膝から崩れ落ちる。
それでも腕の力はそのまま弱まることなく、シンも一緒に床に膝をついた。
「……本当?今言ったこと本気……?」
「……うん」
苦しそうな、かすれた声の問いかけに、囁くように頷いた。
「もう、聞かなかったことには、できない……」
激情をおしころしたような声音だった。
返事する代わりにシンの背中にそっと、腕をまわし、ぎゅっと指で服を握った。
「……たとえユーリが僕の気持ちを完全には信じられなくても、もう離せない。絶対に離さないよ」
ああ、やっぱり。どこまでも見透かされている。
たぶんいつまで経っても、どこまでいっても、完全に信じきることは難しいのかもしれない。
でもそれはシンに原因があるのではなく、自分自身の問題。
でも、それでも。こんな私でもシンは……。
いつかの未来。いつかのその日。
必ず訪れる別れの時。
只人の自分と比べ、シンの生きる時間は永い。
そのなかで自分と共に在る時間は、刹那にも等しいと思う。
その瞬く時のなかで、少しでもシンが幸せだと思ってくれるのなら。
シンにとってのそのつかの間の時間を、自分が独占してもいいのではないか、との我が儘な思い。
その甘い誘惑に抗うすべはなかった。
そう。我が儘なのは、自分の方だった。
「ユーリが悩むことになる。わかってても、それでも、ごめん。もう離れることは、できない」
「……私も、シンの傍に、いたい」
それが現在の思いの真実。
たとえこの選択が、本来許されないものだったとしても。
そのことで誰に何を言われたとしても。
それでも……。
二人にとってはそれだけが全てなのだから。
一応本編完結という事で。
凄く拙くて本当にすみません。
シン視点を書くつもりですが、体調と相談になります。読むのは大丈夫なのですが、スマホ投稿というのもありまして。
皆様も併発には本当に気を付けて、どうかご自愛くださいませ。
この様な拙い文章におつきあい頂き、本当にありがとうございました。