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第5話 犬猿の鳥と竜

翌朝。


「ん……。」


目を覚ますと、窓から差し込んだ朝の光が、部屋の床を細長く照らしていた。

しばらく天井を眺める。


……朝か。


昨日は思った以上に歩いた。

森の中を何時間も進んで、そのうえ怪我をした小鳥まで見つけた。

普段なら、とっくに寝ている時間だ。

俺はゆっくりと身体を起こした。


「……。」


身体が少し重い。

ドラゴンになってから、以前より体力はついたと思う。

それでも疲れるものは疲れるらしい。

むしろ身体が大きくなった分、移動するだけでも以前とは違う疲れ方をする。


「おはようございます。」


「おう。起きたか。」


隣からガルドの声が返ってくる。

すでに起きていたらしい。


「早いですね。」


「おっさんは朝が早いんだよ。」


「そういうものですか。」


「そういうもんだ。」


適当に返事をしながら、俺は部屋の中を見回した。

そして。


「マロンは?」


「まだ寝てる。」


ガルドが顎で部屋の奥を示す。

そこを見ると、布団に包まったマロンがいた。

昨日の疲れが残っているのだろう。

小さな身体が布団の中にすっぽり埋まっている。


「……よく寝てますね。」


「昨日あれだけ歩いたからな。」


「そうですね。」


俺はマロンから視線を外した。


そのすぐ隣。


小さな赤い鳥がいた。


「……ピィ。」


ピヨピーはもう起きていた。昨日はあれだけ俺たちを警戒していたのに、今は逃げようともしない。

俺が少し近付く。ピヨピーがこちらを見る。

赤い瞳と目が合った。


「もう起きてたのか。」


「ピィ。」


「昨日よりは、だいぶ慣れたみたいですね。」


「そうみたいだな。」


ガルドが笑った。


「最初は近付くだけで火を飛ばしてきたのにな。」


「……あれは結構怖かったです。」


「お前、ドラゴンなのにか?」


「火は普通に怖いですよ。」


「そうか?」


「そうです。」


そんな話をしていると。


「んぅ……。」


布団が少し動いた。


「……おはよう……。」


マロンがゆっくり顔を出した。

まだ眠そうだ。

目をこすりながら辺りを見回す。


そして。


ピヨピーを見つけた瞬間。


「……!」


眠そうだった顔が、一気に明るくなった。


「ピヨピー!」


「ピィ!」


マロンが手を伸ばす。

昨日なら、その手を見ただけで逃げていた。

けれど今日は違った。

マロンの手に頭を近付けると、そのまま頬へ身体を擦りつけた。


「ふふっ。」


マロンが嬉しそうに笑う。


「おはよう、ピヨピー。」


「ピィ。」


「昨日より元気になったね。」


「ピィ。」


マロンが小さな頭を撫でる。

ピヨピーも気持ちよさそうに目を細めていた。


……懐いたな。


出会ったばかりの時は、あれだけ威嚇していたのに。

やっぱり、助けてもらったことは分かっているのだろうか。

魔物だから言葉は話せない。

それでも、こうして態度が変わるところを見ると、何かしら感じているのかもしれない。


「今日は一緒に行こうね。」


「ピィ!」


「もうすっかり仲良しだな。」


ガルドが笑う。


「うん!」


マロンも嬉しそうに頷いた。朝食を済ませ、宿を出る。外へ出ると、朝の空気が少し冷たかった。

宿場町はまだ完全には目を覚ましていない。店の前を掃除している人。

荷物を運んでいる商人。これから仕事へ向かう人。

昨日は暗くなってから着いたから気付かなかったが、思ったより人の多い町だった。

俺は一度だけ後ろを見る。

借りた宿。

たった一晩泊まっただけなのに、少しだけ名残惜しい。


……まあ、また戻ってくるかもしれない。

そう考えながら、俺たちは町を出た。

目指すのは火山地帯。シルヴァードから貰った耳飾りを、マロンは大事そうに身につけている。

歩くたび、真紅の羽が小さく揺れていた。


「火山地帯までは、まだ少しあるんですよね?」


俺がガルドへ聞く。


「ああ。」


ガルドは地図を広げる。


「この森を抜けて、海沿いを進めば近いはずだ。」


「海沿い……。」


地図を見る。

森の先に、大きく海が描かれている。

そのさらに向こうには火山地帯。


「思ってたより近いですね。」


「道がちゃんとしてればな。」


「……してないんですか?」


「森だからな。」


「なるほど。」


この世界に来てから何度も思う。

地図というものがあっても、道があるとは限らない。

森なら木がある。山なら岩がある。川があれば橋があるとは限らない。

前の世界なら、地図を見ればだいたい目的地までの距離が分かった。

道路があって、電車があって、車があって。

金さえ払えば、知らない場所にも簡単に行けた。

だが今は歩く。自分の足で。

それでも、こうして目的地へ近付いている。


「ヴァルディ。」


「はい?」


「翼、使わないのか?」


ガルドが俺の背中を見る。


「……。」


俺は翼を見る。


「まだ、飛ぶのに慣れてないんですよ。」


シルヴァードから継承を受けて、ウイングドラゴニアへ進化した。

翼はある。滑空もできる。

けれど、飛べるのと自由に飛び回れるのは別だ。


「そのうち練習します。」


「そうか。」


ガルドはそれ以上言わなかった。

マロンも俺の翼を見る。


「ヴァルディが飛んだら、私も乗せてね。」


「……。」


「ダメ?」


「いや。」


俺は少し考える。


「落ちないように練習してからなら。」


「やった!」


「まだ乗せるとは言ってないよ。」


「今のはほぼ言ったのと同じだよ。」


「そうなの?」


そんな話をしながら歩いていると。少しずつ、森の景色が変わってきた。

木々の間から差し込む日差しが強くなる。

空気も少し暖かい。


「暑くなってきたな。」


ガルドが額の汗を拭う。俺は周囲を見渡した。

確かに暑い。森の中なのに、昨日とは明らかに違う。

遠くの木々の向こうには、巨大な山が見える。

その山の上空には、薄い煙が漂っていた。


「あれが火山ですか?」


「たぶんな。」


「結構近いですね。」


「このまま進めば夕方までには――」


ガルドが言いかけた。

その時だった。


「ピィ……。」


マロンの肩に乗っていたピヨピーが、突然鳴いた。


「……?」


マロンが足を止める。


「どうしたの?」


ピヨピーは答えない。ただ、森の奥を見ている。

その目が、さっきまでとは違った。


「ピヨピー?」


「ピィ……。」


小さな翼が開く。

身体の周りに、僅かに火が灯った。


「……。」


俺も森の奥を見る。

何かいる。

そう思った瞬間だった。

ズキッ。


「……っ。」


頭の奥に鋭い痛みが走った。


「ヴァルディ?」


マロンが心配そうにこちらを見る。


「大丈夫です。」


痛みは一瞬だった。

けれど。

身体が勝手に反応している。


「……竜の気配。」


俺は森の奥を見る。

前にもあった。

七竜の気配を感じた時と同じだ。

どうやら俺の身体は、七竜が近くにいると勝手に反応するらしい。


「ガルドさん。」


「なんだ?」


「七竜かもしれません。」


「……七竜?」


ガルドの顔が引きつる。


「またかよ。」


「まあ……。」


「もう慣れた。」


「早いですね。」


「早くねえよ。」


ガルドはため息をついた。


「普通、一生に一回会えるかどうかだぞ。」


「それはそうなんですけど。」


俺たちがそんな話をしている間も、ピヨピーは森の奥を睨み続けている。


「ピィ……。」


「ピヨピー?」


「ピィ……。」


マロンが首を傾げる。


「どうしたの?」


「ピィッ!」


突然、ピヨピーが翼を大きく広げた。


「わっ!」


マロンが慌てて抱きかかえる。


「ピヨピー!」


「ピィィッ!」


明らかに怒っている。

ただの警戒じゃない。

殺気……とまではいかない。

でも、嫌っている。

それだけは分かった。


「なんだこいつ。」


ガルドが困った顔をする。


「さっきから森の奥に向かって怒ってるぞ。」


「……。」


俺はピヨピーを見る。

そして森を見る。


まさか。


この先にいる七竜と、ピヨピーは何か関係があるのか?

昨日出会ったばかりなのに。

そんなことを考えていると、ピヨピーがマロンの腕から飛び降りた。


「ピィ!」


「えっ、ちょっと!」


ピヨピーは森の奥へ飛んでいく。


「待って!」


マロンが追いかける。


「ピヨピー!」


俺とガルドも慌てて後を追った。

木々の間を抜ける。

枝が身体に当たる。

足元には根が張り出している。


「おい、待て!」


ガルドが叫ぶ。

ピヨピーは止まらない。

まるで、何かに向かって一直線に進んでいるようだった。


「何なんだ……。」


俺も走りながら考える。


七竜。


ピヨピー。


この二つが偶然同じ場所にあるとは思えない。

しばらく進んだところで。


「……。」


木々の向こうが明るくなった。

俺たちは足を止める。


「……海?」


目の前に広がっていたのは、青い海だった。

森を抜けた先。

そこには、どこまでも続く海が広がっている。

波が静かに岸へ打ち寄せていた。


「火山の隣に海があるのか。」


ガルドが驚く。


「地図では分かってたけど、実際に見るとすげえな。」


俺も海を見る。

前の世界でも海を見たことはある。

けれど、この世界の海は少し違って見えた。

文明の光がない。遠くまで人工物が何も見えない。

ただ海と空と森だけ。

その景色を眺めていると。


「ピィ!」


ピヨピーが再び鳴いた。


「まだ行くの?」


マロンが追いつく。


ピヨピーは海ではなく、森の奥を向いていた。


「……海じゃないのか?」


ガルドが首を傾げる。

その時。


ザァァァァ……


どこからか水の音が聞こえた。


「……?」


俺たちは顔を見合わせる。

海の音とは違う。もっと近い。

森の奥からだ。


「滝……?」


俺が呟く。ピヨピーはその音の方へ進み始める。

俺たちも追いかけた。木々を抜ける。

岩場を越える。


そして。


「……!」


目の前に巨大な滝が現れた。

高い岩壁から、大量の水が一気に流れ落ちている。

滝壺は深く、底が見えない。

周囲には濃い霧のような水しぶきが漂っていた。


「すごいね…。」


マロンが立ち止まる。


「ここに、こんな場所があったんだ。」


俺は滝を見上げた。

そして。

身体が反応した。


ズキッ。


さっきより強い。

俺は滝壺を見る。

ピヨピーも同じ場所を睨んでいた。


「ピィィィッ!!」


次の瞬間。


バシャァァァンッ!!


巨大な水柱が上がった。


「うおっ!?」


ガルドが腕で顔を覆う。水しぶきが森まで飛んでくる。

マロンも驚いて後ろへ下がった。俺はその場から動かなかった。

水柱の向こう。何かがいる。巨大な影。

ゆっくりと水面から姿を現す。


青い鱗。


長大な身体。


水面をうねる巨大な胴体。


頭部が持ち上がる。


鋭い牙。


そして、こちらを見下ろす巨大な瞳。


「……。」


言葉が出なかった。

大きい。

シルヴァードも巨大だった。

けれど、目の前の存在は種類そのものが違う。

陸のドラゴンというより、海そのものが生き物になったようだった。


「リヴァイアサン……。」


ガルドが呟いた。


「七竜……。」


俺も小さく呟く。

間違いない。

この気配。

俺の身体がそう告げている。

目の前にいるのは、水を司る七竜。

巨大なリヴァイアサンだった。


そして。


その巨大な瞳が、俺たちを見た。

俺。

ガルド。

マロン。

そして最後に。

ピヨピー。


「……。」


リヴァイアサンの表情が変わった。


「……ふん。」


低い声が響く。


「またお前か。」


「ピィィッ!!」


ピヨピーが即座に鳴き返した。


「ちょっと、ピヨピー!」


マロンが慌てて抱き上げる。


「ピィ! ピィピィ!」


「うるさい鳥だ。」


「ピィィィッ!」


「相変わらず騒がしい。」


「ピィッ!」


「我に向かって鳴くな。」


「ピィィ!」


「……。」


俺は思わず二匹を見る。何だ、このやり取り。

完全に知り合いだ。

しかも。


「……仲悪いですね。」


「当たり前だ。」


リヴァイアサンが即答した。


「え?」


「そいつは昔から気に入らぬ。」


「ピィッ!」


「お前も我が嫌いだろう。」


「ピィィッ!」


「なら話は早い。」


「何なんだよ、お前ら……。」


ガルドが呆れた顔で呟く。

マロンも困っている。


「ピヨピー、喧嘩しちゃダメだよ。」


「ピィ……。」


「ほら。」


「ピィ。」


渋々、大人しくなる。

それを見たリヴァイアサンが目を細めた。


「……ふん。」


「その変質した姿で、まだその小さな娘に付きまとっているのか。」


「ピィッ!」


「ピヨピー!」


マロンが抱きしめる。


「ピヨピーは悪くないよ。」


「そういうところだ。」


「え?」


リヴァイアサンがマロンを見る。

しばらく黙っていた。

その視線が、マロンの耳元へ移る。


真紅の羽。


シルヴァードから渡されたもの。


「……。」


そして再びピヨピーを見る。


「なるほど。」


何かに気付いたような声だった。


「ピヨピー?」


マロンが首を傾げる。


「どうしたの?」


「……その名。」


「ピィ。」


「ピヨピー、か。」


リヴァイアサンの口元が僅かに緩んだ。


「……ふっ。」


「随分と可愛らしい名だな。」


マロンが笑う。


「かわいいでしょ?」


「……そうだな。」


リヴァイアサンが小さく笑った。


「その名だけは気に入った。」


「ピィ……。」


ピヨピーは不満そうに鳴く。


「お前は気に入らぬらしいな。」


「ピィ!」


「相変わらずだ。」


巨大なリヴァイアサンと、小さな火の鳥。

どう考えても釣り合わない。

なのに、二匹の間には俺たちには分からない何かがある。

昨日までピヨピーのことを何も知らなかった。

ただの傷ついた小鳥だと思っていた。

だが…

どうやら、そんな簡単な存在ではないらしい。

俺は目の前の七竜を見る。


「……あなたは。」


「何だ。」


「ピヨピーのことを知ってるんですか?」


「知っている。」


即答だった。


「昔からな。」


「じゃあ、ピヨピーはいったい――」


そこまで言ったところで。

リヴァイアサンが俺を見る。


「それを知る必要があるのか?」


「……。」


「お前が知るべきことは、まだ別にある。」


「別に?」


俺が聞き返す。

リヴァイアサンは滝の奥へ視線を向けた。


「我の住処へ来い。」


「そこで話そう。」


滝の奥。

水の流れに隠れるようにして、岩壁の一部が暗く開いている。

どうやら、あそこがこいつの住処らしい。俺はその暗闇を見る。

そして思った。正直、少しだけ面倒な予感がする。

だが、七竜が何を話すのか、知りたいとも思っていた。

俺は一歩前へ出た。


「分かりました。」


リヴァイアサンは静かに目を細めた。


「では、来い。」


俺たちは滝の奥へ向かって歩き始めた。

リアクションお待ちしております!

《追記》

いつもこの作品を読んでいただいてる方々。誠にありがとうございます!

今回2話から全て描き直すことにしました。最初から読んでくれてる方すいません。

これからもこの作品をよろしくお願いします。

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