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世界は静かに壊れている【ショートショート集・短編集】  作者: 御影のたぬき


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123/213

【SF】不完全な翼

 春。桜が散り始めた4月。

 榊原蒼空さかきばら そらは、教室の窓から校庭を眺めていた。16歳、高校2年生。

 校庭では、羽化を終えた先輩たちが飛行訓練をしている。

 美しい翼を広げ、空を舞う姿。

「いいな...」

 蒼空は羨望の眼差しで見ていた。

 あと3ヶ月。自分も羽化する。

 人間は17歳前後で蛹期に入る。数週間から数ヶ月の変態期を経て、翼を持つ新しい体に生まれ変わる。

 それが、この世界の常識だ。

「榊原、羽化楽しみ?」

 隣の席の友人、橘友子が話しかけてくる。

「まあね。でも、ちょっと怖いかも」

「怖い?」

「だって、蛹期の間、完全に無防備でしょ。何も見えない、何も聞こえない」

「大丈夫だよ」

「施設がちゃんと守ってくれるから」

「そうだけど...」

 蒼空は不安を隠せなかった。

 蛹期は完全に動けない。外界から隔離され、栄養だけが供給される。

 意識も朦朧とする。夢のような状態が数週間続く。

 その間に、体が再構築される。

 骨格が変わり、筋肉が発達し、翼が生える。

「榊原は、どんな翼がいい?」

「どんなって...選べないでしょ」

「まあね。でも、大きい翼がいいな。高く飛べるように」

 友子は既に羽化を終えていた。

 背中には白い翼が畳まれている。美しく、力強い。

「友子の翼、綺麗だよね」

「ありがと」

 友子が翼を少し広げる。

「でも、最初は戸惑ったよ」

「戸惑った?」

「うん。体が軽すぎて。歩くだけで跳ねちゃう」

「あ、それよく聞く」

 羽化後の体は軽量化されている。骨は空洞化し、筋肉は効率的に再構築される。

 最初は重力感覚が狂って、普通に歩けない。

「でも、すぐ慣れるよ」

「うん」

 蒼空は窓の外を再び見た。

 あと3ヶ月。

 自分も、あの空を飛べるようになる。

 期待と不安が、胸に渦巻いていた。

 第二章 蛹期へ

 7月。

 蒼空は羽化施設に入った。

「榊原蒼空、17歳。羽化適齢期です」

 医師が診断書を確認している。

「特に問題ありません。標準的な変態期は4〜6週間です」

「わかりました」

 蒼空は個室に案内された。

 白い壁。シンプルなベッド。そして、中央に蛹用のカプセルがある。

「ここで、変態期を過ごします」

 看護師が説明する。

「カプセルの中で、栄養補給と体温調整が自動で行われます」

「意識は...どうなるんですか?」

「朦朧とします。夢のような状態です。怖くありません」

「はい...」

 蒼空は不安だった。

 だが、これは誰もが通る道だ。

 逃げることはできない。

「では、準備してください」

 蒼空は服を脱ぎ、専用のスーツに着替えた。

 カプセルに横たわる。

「では、開始します」

 カプセルが閉じる。

 暗闇。

 そして、意識が遠のいていく。

 蛹期の中で、蒼空は夢を見ていた。

 飛んでいる夢。

 空高く、雲の上を。

 翼を広げ、風を感じる。

 美しい夢だった。

 だが、その夢は突然、悪夢に変わった。

 

 7月15日。午後2時46分。

 大地震が発生。

 マグニチュード7.8。震源は施設の直下。

 建物が激しく揺れた。

 蛹用のカプセルが倒れる。

 非常電源が作動するが、一部の機器が故障した。

 そして、蒼空のカプセルが床に叩きつけられた。

 カプセルの中で、蒼空は朦朧とした意識の中で何かを感じた。

 痛み。

 激しい痛み。

 体が、引き裂かれるような。

「...何が」

 意識が戻りかける。

 だが、体は動かない。

 蛹期の体は、まだ変態途中だ。

 骨格が変化している最中。筋肉が再構築されている最中。

 そこに、外部からの衝撃。

 何かが、壊れた。


 蒼空が目を覚ましたとき、病室にいた。

「...ここは」

 視界がぼやけている。

 医師が駆けつけてくる。

「榊原さん、目が覚めましたか」

「何が...起きたんですか...」

「地震です。施設が被災しました」

「地震...」

 記憶が曖昧だ。

 蒼空は体を動かそうとした。

 だが、違和感がある。

「あれ...」

 右腕が、動かない。

 いや、ない。

「落ち着いてください」

 医師が言う。

「あなたの蛹期、途中で破損しました」

「破損...?」

「地震の衝撃で、カプセルが損傷し、変態が中断されました」

「じゃあ、俺は...」

「部分羽化です」

「部分羽化...」

 蒼空は自分の体を見た。

 左腕と両足は、羽化が完了している。筋肉が発達し、骨格が変化している。

 だが、右腕は変態途中で止まっていた。

 人間の腕と、羽化後の腕の中間。

 不完全な形。

 そして背中。

 左側には翼が生えている。

 だが、右側には何もない。

「片翼...」

 蒼空は絶望した。


 数週間後。

 蒼空はリハビリ施設に移された。

「部分羽化者専用のプログラムです」

 理学療法士が説明する。

「あなたの場合、左右非対称の羽化です」

「バランスが悪く、歩行も飛行も困難です」

「でも、訓練すれば、ある程度の生活は可能になります」

 蒼空は黙っていた。

 理学療法士の言葉が、耳に入らない。

 完全羽化。それが当たり前だった。

 誰もが、美しい翼を持ち、空を飛ぶ。

 だが、自分は違う。

 片翼だけ。右腕は不完全。

「異形」だ。

「榊原さん、聞いてますか?」

「...はい」

「では、立ってみましょう」

 蒼空は立ち上がろうとした。

 だが、バランスが取れない。

 左側だけ軽量化されている。右側は人間のまま。

 体が傾く。

「うわっ!」

 蒼空は倒れた。

「大丈夫です。最初はみんなそうです」

 理学療法士が支える。

「何度も練習しましょう」

 1ヶ月間のリハビリ。

 蒼空は、ようやく歩けるようになった。

 だが、飛ぶことはできない。

 片翼だけでは、揚力が足りない。

「補助装置があります」

 医師が提案する。

「右側に人工翼を装着すれば、飛行可能です」

「人工翼...」

「はい。最新技術です」

 医師が資料を見せる。

 だが、蒼空は断った。

「いりません」

「なぜ?」

「偽物だから」

「偽物...?」

「本物の翼じゃない。機械だ」

「そんなので飛んでも、意味がない」

 医師は黙った。


 退院後、蒼空は学校に戻った。

 だが、全てが変わっていた。

 同級生たちは、既に羽化を終えていた。

 美しい翼を持ち、休み時間には空を飛んでいる。

 蒼空だけが、地上にいる。

 片翼を隠すように、上着を羽織っている。

「榊原、大丈夫?」

 友子が心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫だよ」

「でも...」

「大丈夫だって」

 蒼空は笑顔を作った。

 だが、心は笑っていない。

 ある日、体育の授業。

 飛行訓練だ。

「では、各自、校庭を3周してください」

 教師が指示する。

 生徒たちが一斉に飛び立つ。

 蒼空だけが、地上に残る。

「榊原は、見学で」

「...はい」

 蒼空は校舎の影で座っていた。

 空を見上げる。

 同級生たちが、自由に飛んでいる。

 笑いながら、競争しながら。

「俺も...飛びたかった...」

 涙が出そうになった。


 ある日、蒼空は屋上にいた。

 一人、フェンスにもたれて、空を見ていた。

「ここ、誰かいるの?」

 声がして、振り返る。

 そこには、見知らぬ少女がいた。

 同じくらいの年齢。だが、制服が違う。隣の学校の生徒だ。

「何してるの?」

「...ぼーっとしてるだけ」

「へえ」

 少女が隣に座る。

「私も、よくここに来るんだ」

「え、隣の学校なのに?」

「うん。この屋上、景色いいから」

 少女が空を見上げる。

 蒼空も見上げた。

「ねえ、あなた、飛ばないの?」

 少女が聞く。

「...飛べない」

「なんで?」

 蒼空は上着を脱いだ。

 左側だけの翼が現れる。

「片翼だから」

 少女が驚く。

「あ...ごめん」

「いいよ。事実だから」

「でも...」

 少女が自分の翼を見せた。

「私も、完全じゃないんだ」

 蒼空は驚いた。

 少女の翼は、両方とも小さい。

 通常の半分ほどのサイズしかない。

「羽化失敗?」

「うん。変態期が短すぎて、翼が十分に成長しなかった」

「だから、飛べない」

「じゃあ、俺たち、同じだ」

「そうだね」

 少女が微笑む。

「私、白鳥雪音。よろしく」

「榊原蒼空。よろしく」

 二人は握手した。


 それから、蒼空と雪音は毎日、屋上で会うようになった。

 飛べない者同士。

 話すことがたくさんあった。

「ねえ、蒼空」

「うん?」

「私たちみたいな人、他にもいるのかな」

「いるでしょ。部分羽化者や羽化失敗者」

「でも、あまり見ないよね」

「みんな、隠してるんだと思う」

 雪音が考える。

「じゃあ、集まってみない?」

「集まる?」

「うん。不完全な翼を持つ人たちで」

「何のために?」

「支え合うため」

 雪音が真剣な顔をする。

「一人だと辛いけど、仲間がいれば、頑張れるかもしれない」

 蒼空は少し考えて、頷いた。

「やってみよう」

 数週間後。

「不完全な翼の会」が結成された。

 メンバーは5人。

 蒼空、雪音。

 そして、他の3人。

 一人は、両足が羽化していない少年。歩けるが、飛べない。

 一人は、翼が異常に大きすぎて、制御できない少女。飛ぶと暴走する。

 一人は、羽化が不完全で、常に体調が悪い青年。

「みんな、よろしく」

 雪音が司会をする。

「私たちは、完全羽化できなかった」

「社会からは『異形』『失敗者』と見られる」

「でも、私たちは生きている」

「だから、支え合いましょう」

 全員が頷いた。

「不完全な翼の会」の活動は、地味だった。

 週に一度、屋上に集まり、話をする。

 それだけ。

 だが、それが大切だった。

「今週、辛いことあった?」

 雪音が聞く。

「ありました」

 両足が羽化していない少年が答える。

「体育の授業で、また見学でした」

「みんなが飛んでるのを見て、辛かった」

「わかる」

 蒼空が言う。

「俺も同じだ」

「でも、私たちは私たちだ」

 翼が異常に大きい少女が言う。

「完全羽化者とは違う。でも、それでいい」

 全員が頷く。


 だが、社会は冷たかった。

 ある日、蒼空はバスに乗っていた。

 隣の席に、完全羽化者の男性が座った。

 男性は蒼空の片翼を見て、顔をしかめた。

「不完全か」

「...」

「気持ち悪いな」

 蒼空は何も言えなかった。

 男性は席を立ち、離れていった。

 別の日。

 雪音は就職活動をしていた。

「白鳥さん、あなたの羽化状態は?」

 面接官が聞く。

「不完全です。翼が小さくて、飛べません」

 面接官が資料を確認する。

「...申し訳ありませんが、当社は完全羽化者のみを採用しています」

「でも、事務職なら、飛べなくても...」

「いえ、会社のポリシーです」

 雪音は落ち込んで帰ってきた。

「ひどい...」

 屋上で、蒼空に愚痴る。

「羽化状態で差別するなんて」

「法律では禁止されてるはずなのに」

「実際は、差別されるんだよ」

 蒼空が言う。

「完全羽化者が優遇される社会だから」

「でも、おかしいよ」

「おかしいけど、現実だ」

 二人は黙った。

 

 ある日、雪音が言った。

「蒼空、私たち、声を上げるべきじゃない?」

「声を上げる?」

「うん。部分羽化者の権利を主張する」

「差別をやめさせる」

 蒼空は少し考えた。

「でも、どうやって?」

「デモをやる」

「デモ...?」

「うん。街を歩いて、訴える」

 雪音が資料を見せる。

「他の都市でも、部分羽化者の権利運動が始まってるんだって」

「私たちも、やろう」

 蒼空は悩んだ。

「でも、危険じゃない?」

「危険でも、やる価値がある」

 雪音が決意した顔をする。

「このままじゃ、私たち、ずっと差別され続ける」

「...わかった。やろう」

 数週間後。

「部分羽化者の権利を守れ」

 蒼空、雪音、そして「不完全な翼の会」のメンバーたちが、街を行進した。

 プラカードを掲げて。

「差別反対!」

「私たちも人間だ!」

 最初は数人だった。

 だが、次第に賛同者が増えていった。

 他の部分羽化者たち。

 そして、完全羽化者の中にも、支援する者がいた。

 友子もその一人だった。

「蒼空、頑張って!」

「友子...」

「私も、応援する」

 デモ行進は、メディアに取り上げられた。

「部分羽化者の権利運動、広がる」

 ニュースが報道した。

「彼らは、差別のない社会を求めている」


 デモは、政治を動かした。

 数ヶ月後、国会で法案が提出された。

「部分羽化者保護法」

 部分羽化者への差別を明確に禁止する法律。

 雇用、教育、医療での差別を違法とする。

 法案は、激しい議論の末、可決された。

「やった!」

 雪音が喜ぶ。

「私たちの声が、届いた!」

 蒼空も嬉しかった。

 だが、同時に思った。

「法律ができても、人の心は変わらない」

「これからが、本当の戦いだ」


 ある日、蒼空は医師から連絡を受けた。

「榊原さん、新しい治療法があります」

「治療法...?」

「再羽化です」

「再羽化...?」

「もう一度、蛹期に入るんです」

「そして、今度は完全羽化を目指す」

 蒼空は驚いた。

「そんなことできるんですか?」

「理論上は可能です。ただし、リスクがあります」

「リスク...?」

「再羽化は、通常の羽化より負担が大きい」

「最悪の場合、命を落とす可能性もあります」

 蒼空は悩んだ。

 完全羽化。

 それは、ずっと憧れていたものだ。

 だが、リスクがある。

 蒼空は雪音に相談した。

「どうしよう...」

「私は、やめた方がいいと思う」

「なぜ?」

「だって、今の蒼空でいいじゃん」

「でも、俺は不完全だ」

「不完全でも、蒼空は蒼空だよ」

 雪音が真剣な顔で言う。

「完全羽化したら、蒼空じゃなくなるかもしれない」

「そんなこと...」

「私は、今の蒼空が好きだよ」

 蒼空は驚いた。

「好き...?」

「うん」

 雪音が微笑む。

「片翼の蒼空が、好き」

「だから、無理しないで」

 蒼空は涙が出そうになった。

「...ありがとう」

 蒼空は、再羽化を断った。

「今の自分でいい」

「不完全でも、俺は俺だ」

 医師が頷く。

「わかりました。尊重します」


 だが、蒼空は諦めなかった。

 飛ぶことを。

「人工翼は嫌だ。でも、飛びたい」

 蒼空は考えた。

 そして、ある発想に至った。

「片翼でも、飛べるかもしれない」

 蒼空は物理学を学び始めた。

 揚力、重心、バランス。

 片翼でどうやって飛ぶか。

 計算し、シミュレーションし、試行錯誤した。

 半年後。

 蒼空は独自の飛行技術を開発した。

「体を斜めにして、片翼の揚力を最大化する」

「右側に重心を移動させて、バランスを取る」

「そして、風を利用する」

 理論上は可能だった。

 だが、実践は難しい。

 蒼空は何度も挑戦した。

 校庭の端から、助走をつけて飛ぶ。

 何度も失敗した。

 地面に叩きつけられる。

 骨折した。

 だが、諦めなかった。

 そして、ある日。

 蒼空は、ついに飛んだ。

 片翼だけで。

 最初は数メートル。

 次は十メートル。

 そして、ついに校庭を一周した。

「飛べた...」

 蒼空は感動した。

 地上に降りると、雪音が駆け寄ってきた。

「蒼空!すごい!」

「ありがとう」

「片翼で飛ぶなんて、誰もやったことないよ!」

 蒼空は微笑んだ。

「不完全でも、やり方次第で飛べるんだ」


 蒼空の飛行技術は、メディアに取り上げられた。

「片翼の青年、独自技術で飛行に成功」

 ニュースが報道した。

「彼の技術は、他の部分羽化者にも希望を与える」

 問い合わせが殺到した。

「私も飛びたい」

「技術を教えてほしい」

 蒼空は、講習会を開くことにした。

 最初の講習会。

 10人の部分羽化者が集まった。

「皆さん、飛ぶことは可能です」

 蒼空が説明する。

「完全羽化じゃなくても、工夫次第で飛べます」

「私が証明しました」

 参加者たちが希望に満ちた目をする。

「では、実技に移ります」

 蒼空は一人一人に、個別の飛行技術を教えた。

 片翼の者。

 翼が小さい者。

 翼が大きすぎる者。

 それぞれに合った方法がある。

 数ヶ月後。

 参加者の半数が、飛行に成功した。

 完全羽化者のようには飛べない。

 だが、飛べる。

 それだけで、十分だった。

「ありがとう、榊原さん」

 参加者たちが感謝する。

「あなたのおかげで、夢が叶いました」

 蒼空は嬉しかった。

「不完全でも、諦めなければ、道は開ける」


 それから数年後。

 蒼空は、部分羽化者支援団体を設立した。

「不完全な翼の会」は、全国組織になっていた。

 支援活動、権利擁護、技術開発。

 全てを行っている。

 雪音も、一緒に活動している。

「蒼空、次の講習会の準備できた?」

「うん、大丈夫」

「よかった」

 二人は結婚していた。

 不完全な翼を持つ者同士。

 だが、幸せだった。

 ある日、蒼空は講演会で話していた。

「私は、部分羽化者です」

「片翼しかありません」

「社会からは『異形』と呼ばれました」

「差別されました」

「でも、諦めませんでした」

「そして、飛ぶ方法を見つけました」

「完全羽化者とは違う飛び方です」

「でも、これが私の飛び方です」

 聴衆が拍手する。

「不完全な翼には、意味があります」

「それは、私たちが特別だということ」

「完全じゃないからこそ、工夫する」

「諦めないからこそ、新しい道が開ける」

「これが、不完全な翼の価値です」

 講演後、一人の少年が近づいてきた。

「榊原さん、僕も部分羽化者です」

「そうか」

「片足が羽化していません」

「飛べますか?」

 蒼空は微笑んだ。

「飛べる。絶対に」

「本当ですか?」

「ああ。俺が教える」

「一緒に、空を飛ぼう」

 少年の目が輝いた。

「はい!」

 その夜、蒼空は雪音と屋上にいた。

「ねえ、蒼空」

「うん?」

「私たち、幸せだね」

「ああ」

「不完全でも」

「不完全だからこそ、かもしれない」

 雪音が笑う。

「そうかもね」

 二人は空を見上げた。

 星が輝いている。

「いつか、あの星まで飛びたいね」

「無理だろ」

 蒼空が笑う。

「でも、夢は見ていいでしょ」

「そうだな」

 蒼空は翼を広げた。

 片翼だけの、不完全な翼。

 だが、それが誇りだった。

「行こうか」

「うん」

 二人は飛び立った。

 不完全な翼で。

 だが、確かに空を飛んでいた。

 夜空を背景に。

 二つの影が、飛んでいく。

 完全羽化者とは違う飛び方で。

 でも、美しく。

 力強く。

 不完全な翼には、意味がある。

 それは、諦めない心。

 工夫する知恵。

 そして、希望。

 蒼空と雪音は、それを証明した。

 これからも、多くの部分羽化者が、同じ道を歩むだろう。

 不完全でも、飛べる。

 不完全でも、生きられる。

 不完全でも、幸せになれる。

 それが、この物語の答えだ。

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