【コメディ】俺だけまとも
朝8時。俺、佐々木拓海は会社の朝礼に立っていた。
部長の田中が壇上に上がる。既に目には涙が浮かんでいる。
「諸君!!!!」
部長が拳を握りしめて叫ぶ。
「今日もまた、我々は戦場に立つ!!!!生きるか死ぬか!!!!この四半期の売上目標、達成できなければ我々に明日はない!!!!」
周囲の社員たちが拳を突き上げる。
「おおおおおお!!!!」
部長の声が一段と大きくなる。
「諸君!!!!覚悟はあるか!!!!」
「あります!!!!」
「声が小さい!!!!」
「あります!!!!!!」
部長が満足そうに頷く。
「よし!!!!では各部署からの報告だ!!!!営業一課、鈴木!!!!」
営業部長の鈴木が前に出る。彼は常に全てを命に置き換える男だ。
「はい!!!!昨日、A社との契約、命を懸けて勝ち取りました!!!!」
拍手が起こる。
「その覚悟、見事だ!!!!」
部長が涙を流す。
「次、営業二課、山下!!!!」
俺の後輩、山下が前に出る。彼の口癖は「覚悟」だ。
「はい!!!!B社へのプレゼン、覚悟を持って臨みます!!!!この命、会社に捧げます!!!!」
また拍手。
「よし!!!!では総務部、佐々木!!!!」
俺の番が来た。
「はい。昨日の経費精算、完了しました」
静寂。
部長が眉をひそめる。
「佐々木...声が小さい」
「いえ、普通の音量ですが」
「普通?」
部長が首を傾げる。
「朝礼は魂をぶつけ合う場だぞ?お前、覚悟が足りないんじゃないか?」
「経費精算に覚悟は必要ないかと」
「何を言ってるんだ!!!!」
部長が叫ぶ。
「全ての業務に覚悟は必要だ!!!!もう一度!!!!」
「...経費精算、完了しました」
「声!!!!」
「経費精算、完了しました」
「涙は!!!!」
「なぜ経費精算で泣く必要が」
部長が頭を抱える。
「佐々木...お前、やる気あるのか...?」
「あります」
「ならなぜ熱がない!!!!」
「冷静に業務をこなすことが効率的かと」
部長が深く溜息をつく。
「...わかった。もういい。次、広報部、詩織!!!!」
同僚の詩織が前に出る。彼女は全てをポエム調で話す。
「はい
今日という日に
感謝を込めて
私は
広報資料を
完成させました
これは
単なる資料ではなく
我々の魂の
結晶です」
拍手喝采。
「素晴らしい!!!!」
部長が涙を流す。
「その情熱、見事だ!!!!」
俺は冷静に考えた。あれ、内容的には俺の報告と同じでは?
昼休み。俺は一人、社食でカレーを食べていた。
山下が隣に座る。
「先輩、朝礼、残念でしたね」
「何が?」
「覚悟が足りないって言われてたじゃないですか」
「ああ、あれか。別に気にしてない」
山下が真剣な顔をする。
「先輩、覚悟がないと、この会社では評価されませんよ」
「でも仕事はちゃんとしてる」
「仕事の質じゃないんです。覚悟の質なんです」
「...意味がわからない」
山下が立ち上がる。
「先輩、もっと熱くならないと!人生は一度きりなんですよ!!!!」
「だから冷静に生きてる」
「それじゃダメなんです!!!!」
山下が拳を握る。
「僕は、覚悟を持って生きてます!!!!この会社で成功する覚悟!!!!家族を守る覚悟!!!!」
「君、独身じゃん」
「将来の家族です!!!!」
山下は去っていった。
詩織が隣に座る。
「佐々木さん
あなたは
静かな海のよう
でも
海は
時に
荒れ狂うもの
あなたの中の
嵐を
見せてください」
「カレー食べてるだけなんだけど」
「カレーは
人生の縮図
辛さと甘さが
混ざり合い
それでも
前に進む
それが
生きるということ」
「...そう」
俺はカレーを食べ続けた。
午後、プレゼンの時間。
会議室には取引先のC社が来ている。
営業部の鈴木がプレゼンを始めた。
「C社の皆様!!!!」
鈴木が絶叫する。
「本日のプレゼン、命を懸けて行います!!!!」
C社の担当者(40代男性)が涙を流す。
「その覚悟、素晴らしい!!!!」
鈴木が資料を開く。
「我が社の製品、これは単なる製品ではありません!!!!我々の魂の結晶です!!!!この製品を作るために、何人の社員が涙を流したか!!!!何人が血を流したか!!!!」
「誰も血は流してないですよ」
俺が小声で訂正する。
鈴木が俺を睨む。
「佐々木、黙ってろ」
「でも事実じゃないですし」
C社の担当者が興奮する。
「いや、その冷静なツッコミ、いいですね!!!!熱い中に冷静さ!!!!これぞチームワーク!!!!」
「え、そういう解釈?」
鈴木が続ける。
「そうです!!!!我々のチームは、熱い男と冷静な男のコンビネーション!!!!」
「いや、俺は別に...」
「佐々木!!!!」
鈴木が叫ぶ。
「お前の役割は冷静なツッコミだ!!!!もっと冷静にツッコめ!!!!」
「矛盾してる」
C社の担当者が拍手する。
「素晴らしい!!!!このチームワーク、見事です!!!!契約、決めました!!!!」
「え、本当ですか?」
俺が驚く。
「ただし!!!!」
担当者が立ち上がる。
「最後に、佐々木さん、あなたの覚悟を聞かせてください!!!!」
「覚悟...?」
「この契約に対する、あなたの覚悟です!!!!」
俺は考えた。正直に言うべきか。
「...特にないです」
会議室が凍りつく。
「え...?」
担当者が戸惑う。
鈴木が慌てる。
「佐々木!!!!何を言ってるんだ!!!!」
「いや、だって契約は営業部がやることで、俺は総務だし」
「それでも覚悟を示せ!!!!」
「無理やり示すものでもないかと」
担当者が首を振る。
「...残念です。覚悟のない人がいるチーム、信用できません」
「ちょっと待って!!!!」鈴木が叫ぶ。「佐々木には覚悟があります!!!!ただ表現が下手なだけです!!!!」
「そうなんですか?」
担当者が俺を見る。
鈴木が俺に耳打ちする。
「頼む、何か言ってくれ。涙でもいい、拳を握るだけでもいい」
「...無理です」
「佐々木ああああ!!!!」
結局、契約は流れた。
会議後、部長室に呼ばれた。
部長が涙を流している。
「佐々木...お前のせいで、大型契約が流れた...」
「すみません」
「謝るなら涙を流せ!!!!」
「なぜですか」
「反省の証だ!!!!」
「反省してますが、泣く必要性を感じません」
部長が立ち上がる。
「佐々木、お前、本当にこの会社でやっていけると思ってるのか?」
「仕事はちゃんとしてます」
「仕事の質じゃない!!!!熱量だ!!!!覚悟だ!!!!魂だ!!!!」
「それ、評価基準として曖昧すぎませんか」
部長が頭を抱える。
「もういい...出て行ってくれ...」
俺は部長室を出た。
その夜、家でテレビをつけた。
天気予報が始まる。
「皆さん!!!!」
気象予報士が叫ぶ。
「明日の天気、命を懸けて予報します!!!!明日は晴れ!!!!私の全てを賭けて、晴れです!!!!もし外れたら、私は気象予報士を辞めます!!!!」
「そこまで言う必要ある?」
俺は呟いた。
チャンネルを変える。グルメ番組だ。
レポーターが焼肉店で絶叫している。
「このカルビ!!!!まさに戦場の味!!!!命を懸けて焼かれた肉!!!!食べなければ、生きている意味がない!!!!」
「焼肉に命懸けるな」
またチャンネルを変える。ニュース番組。
「本日のニュース!!!!」
アナウンサーが涙を流している。
「株価が100円下落!!!!これは我々の終わりを意味します!!!!国民の皆様、覚悟を決めてください!!!!」
「100円下落で終わりは言いすぎ」
俺はテレビを消した。
翌日、朝礼。
部長が壇上に立つ。
「諸君!!!!昨日、我々は大型契約を逃した!!!!だが!!!!諦めない!!!!なぜなら、我々には覚悟があるからだ!!!!」
社員たちが拳を上げる。
「おおおおお!!!!」
部長が続ける。
「本日、D社との新規契約に挑む!!!!営業部、準備はいいか!!!!」
「はい!!!!」
鈴木が答える。
「よし!!!!そして!!!!」
部長が俺を見る。
「佐々木、お前も行け」
「え、俺も?」
「お前の冷静さが必要だ!!!!ただし!!!!」
部長が指を突きつける。
「今日は覚悟を見せろ!!!!」
「...わかりました」
D社でのプレゼン。
鈴木が絶叫している。
「D社の皆様!!!!本日のプレゼン、命を懸けて行います!!!!」
D社の担当者(50代女性)が涙を流す。
「その覚悟、素晴らしい!!!!」
鈴木が俺を見る。
「佐々木、お前も何か言え」
俺は深呼吸した。どうする?演技すべきか?
だが、俺は演技ができない。
「...弊社の製品、品質が高く、コストパフォーマンスに優れています」
静寂。
D社の担当者が首を傾げる。
「え...それだけ?」
「はい」
「覚悟は?」
「...特にないです」
担当者が笑い出した。
「あははは!!!!面白い!!!!」
鈴木が戸惑う。
「え...?」
「いや、最近の営業、みんな同じで飽きてたんですよ!!!!命懸けるだの、覚悟だの!!!!でもあなた、新鮮!!!!」
「そうですか」
「契約、決めました!!!!」
「本当ですか!?」
鈴木が驚く。
「ええ!!!!ただし、条件があります!!!!」
担当者が俺を指す。
「佐々木さん、次回からのアフターフォロー、あなたが担当してください!!!!その冷静さ、信用できます!!!!」
「わかりました」
こうして、契約は成立した。
帰社後、部長室。
部長が涙を流している。
「佐々木...お前...よくやった...」
「ありがとうございます」
「だが!!!!」
部長が立ち上がる。
「なぜ覚悟を示さなかった!!!!」
「示さなくても契約取れましたし」
「それは結果論だ!!!!」
「結果が全てでは?」
部長が頭を抱える。
「お前...本当に理解できない...」
「すみません」
「謝るな!!!!熱くなれ!!!!」
「無理です」
部長が深く溜息をつく。
「...もういい。帰れ」
俺は部長室を出た。
廊下で詩織に会った。
「佐々木さん
あなたは
風のよう
誰にも
捕まえられない
でも
それが
あなたの
強さ」
「...ありがとう」
「これは
褒めてるのか
貶してるのか
それは
あなたが
決めること」
「どっちなんだよ」
詩織は去っていった。
その夜、俺は転職サイトを見ていた。
「やっぱり転職するか...」
求人を見る。どれも「熱意ある方歓迎」「覚悟を持って臨める方」と書いてある。
「どこも同じか...」
諦めかけた時、一つの求人が目に留まった。
「冷静に業務を遂行できる方、歓迎」
「これだ!」
俺は応募した。
1週間後、面接。
面接官は60代の男性だった。
「佐々木さん、志望動機を聞かせてください」
「はい。貴社の求人に『冷静に業務を遂行』とあったので、私に合っていると思いました」
「なるほど。では、あなたの覚悟を聞かせてください」
「...え?」
面接官が立ち上がる。
「あなたの、この会社に対する覚悟です!!!!」
「あ...やっぱりそういう会社か...」
「当然です!!!!全ての会社員には覚悟が必要!!!!」
俺は立ち上がった。
「すみません、辞退します」
「え!?」
「『冷静に』って書いてあったので期待しましたが、やっぱりどこも同じですね」
面接官が涙を流す。
「待ってくれ!!!!辞退するなら、せめて涙を流してくれ!!!!」
「なぜですか」
「それが礼儀だ!!!!」
「意味不明です」
俺は面接会場を出た。
結局、俺は転職を諦めた。
今の会社で、冷静に、淡々と、仕事を続ける。
周囲は今日も絶叫し、涙を流し、拳を握っている。
俺は今日も、普通に、仕事をする。
朝礼で部長が叫ぶ。
「諸君!!!!今日も覚悟を持って臨め!!!!」
社員たちが応える。
「おおおおお!!!!」
部長が俺を見る。
「佐々木!!!!お前も!!!!」
「...はい」
俺は小声で答える。
部長が溜息をつく。
だが、もう諦めたようだ。
「...まあ、いいか」
俺は今日も、この狂った世界で、唯一まともに生きていく。
それが俺の、普通だ。




