#9 診察
「両舷前進最微速、進路微修正、右〇.三」
「第三ドックまで、あと七百……六百……」
私の乗るこの駆逐艦2110号艦は今、「戦艦」と呼ばれる「船」に「入港」しようとしている。
船に、入港? 私は最初、何を言っているのか分からないと思ったが、今見てもやはり分からない。分かったことと言えば、たった一つ。この2110号艦は、巨大な灰色の岩の上を滑るように進んでいるということだけだ。
「この戦艦カンディアは、全長五千百メートル、収容艦艇三十五隻、主砲門四十基ある大型クラスの戦艦だ。その第三ドックに、我々は今、向かっているところだ」
と、アルマローニは言うのだが、私にはどう見てもこれが戦艦という船には見えない。不毛な岩山の上にいるような気分だ。
「二百……百……今! 繋留ロック!」
「繋留ロックよし、船体固定!」
ガシャンという大きな音と共に、この船は歩みを止めた。どうやら、この岩山に取りついたらしい。
「達する、艦長のナルディーニだ。当艦は戦艦カンディアに到着、たった今、乗艦許可が下りた。これよりおよそ二日間の滞在を経て、出発予定時刻は翌々日〇七〇〇(まるななまるまる)。出発予定時刻の三十分前までには乗艦するよう。以上だ」
艦長の言葉から、私はここに3日間いることが分かった。しかし、こんな岩ばかりの場所で、どうその3日間を過ごせというのか?
いや、そういえば私のあの能力を調べるといっていたな。まさかとは思うが、ここは巨大な岩牢であり、その牢獄に閉じ込めた私を調べようというのではあるまいか。そう思った途端、私は背筋に寒気を覚える。
「さて、ラウラよ、私について来てもらいたい」
そんな私に、アルマローニが声をかけてくる。
「ついて来いとは、この岩牢の中へか?」
「岩牢? ああ、ここはそんな場所ではない。ともかく、ついてくれば分かる」
などとこの男は言うが、では何があるというのか。無骨なだけのこの岩肌をさらす戦艦と申す岩牢に向かって、アルマローニに導かれて私は進む。
駆逐艦のエレベーターを下って細い通路を抜けると、そこには長い廊下があった。岩の牢獄に入ったつもりだったが、そこにあるのは殺風景な色の絨毯が敷かれた廊下に、いくつもの扉。奥からは、話し声が聞こえてくる。ということは、ここは司令部にある会議室と同じもののようだ。
その会議室が並ぶ通路を抜けると、今度は三基の大きなエレベーターが見える。駆逐艦どころか、司令部にあるものよりもずっと大きなエレベーターだ。なぜ、これほど大きなエレベーターがここに? ますます意味のわからない場所だ。そのエレベーターが開くと、アルマローニは黙ったまま乗り込む。私も、その後ろについて乗り込んだ。
で、扉が閉まり降り始めるが、なかなかたどり着かない。長いな、どこまで降りるんだ?
不安が絶頂に達した頃になって、ようやく扉が開く。開いた先に、私は驚いた。
まるで、貴族の屋敷の応接間のような場所だ。いや、ここは貴族の屋敷以上に広い。私は宮殿には足を踏み入れたことがないが、もしかするとここは宮殿内のような場所なのかも知れぬ。絨毯が敷かれた広間に、二、三十人の人々、カウンターの奥に立つ執事のような姿の人物、それに大理石の柱や彫刻、壁には大きな絵画まである。
そのカウンターへと向かうアルマローニ。あっけに取られる私も、その後を追う。が、明るい背後が気になり、ふと私は振り向く。
そこには透明な壁があり、その外には、信じられない光景が見える。
ビルが、整然と並んでいる。だいたい四、五階建てほどのビルだろうか。その下には大勢の人々が歩いており、ビルの下に群がっている。
よく見れば、そのビルの下には店があるようだ。テーブルを並べて、何か飲食できるところを提供している店もある。そんな風景が、碁盤目状に広がっている。
さらに言えば、その人々の歩く道の間には穴が開いており、その下にもさらにビルや道、人々が見える。この下にも、あの光景があるのか。さらにその下にもビルや群衆が見える。
上を見上げれば、日の光のような眩い灯りがいくつも並んでいる。それは立ち並ぶビルに沿って数多く並んでおり、下界を照らしている。
「なんだ、街が気になるのか」
そこに、アルマローニが現れた。あっけにとられる私を、冷ややかな目で見つめている。こんな風景は、こいつにとっては感動を感じるほどのものでもないのだろう、だから私にこう言い放った。
「ここは戦艦カンディアの中の街だ。縦横が四百メートル、高さ百五十メートルのくり抜かれた空間内に作られた、四階層からなる場所だ。いやでもこの後、行くことになる。まずは、こちらの用事を済ませてからだ」
なんだか、この光景を見て驚いている私がバカみたいじゃないか。しかし、ここが岩牢でないことを知ったのは幸いだった。少なくとも私は、ここに閉じ込められるために来たわけではないと察する。早足で奥の侍従らしき人物の元へと向かうアルマローニの後を、私は追う。
ここは「ホテル」というところらしい。つまり、宿屋だ。ここに二日間留まるとのことだから、そのための部屋を手配するために来た、とのことだ。
まるで薄い木片のようなものを渡される。部屋の鍵だそうだが、これ一枚でこの宿屋の食事などもすべて賄えるとのことだ。どういう仕組みかは不明だが、ここじゃ普通のことなのだろう。皆、同じような木片を受け取っているのが見える。
にしても、ここは人が多い。その分、心臓も多い。ここにいる誰もが心臓を高鳴らせているからか、私にはまるで教会で行われる生誕祭のときの、大きなロウソクを灯して歩く行列のようにみえる。
「どうした?」
周囲の風景に振り回されて言葉を失う私に、アルマローニが声をかけてくる。そこで私はついこう答えてしまう。
「あ、いや、ちょっと人が眩し過ぎてだな……」
暗殺者のくせに狼狽する姿を見て、この男は何かが刺激されたらしい。こいつの心臓が、やけに明るくなった。
が、それを表情として出そうとはせず、ただひと言、こう告げる。
「ラウラ、お前にはまず、診察を受けてもらう」
「診察……?」
「その不可思議な目を、調べてもらうんだ」
ああ、そうだった。そのために私は、ここにつれてこられたのだった。アルマローニはこのホテルの奥へと進むと、エレベーターの前に立つ。
「ここの四階に診療所があって、すでにお前のことは知らせて待機してもらっている」
といいながら、やってきたエレベーターに乗り込むと、四階へと向かう。
降りると、そこは壁も扉も真っ白なところだ。さっきまでの豪華な絨毯や絵画のたぐいは見当たらない。
それに、やたらと白い服を着た連中が歩き回っている。
「ここは?」
「診療所だ」
アルマローニのやつ、それ以上を語ろうとしない。だから、その診療所というのが何なのかが知りたいというに。
その殺風景な場所に並ぶ扉の内、とある扉の前で止まると、アルマローニはコンコンとノックする。
「どうぞ」
中から、人の声が聞こえる。それに呼応してアルマローニはその扉を開ける。中を覗くと、そこには白服の男が椅子に腰掛けている。
「アルマローニ准将だ」
「これはこれは准将閣下、お待ちしておりました」
男はそう答えると、今度は私に目線を移す。
「で、この人が例の?」
「そうだ。例の目の持ち主だ」
「ふむ、左様ですか。見たところ、ごく普通のお嬢さんとしか見えませんが」
などと言いながらこの男、じろじろと私の上から下までを見回す。私は自身の立場上、あまり凝視されることに慣れてはいない。特に胸の辺りは、自分でも自信がない。だから思わず手で隠してしまう。
「ああ、失礼。ともかく私はこのお嬢さんの目を調べればよろしいんですね」
「そうだ。なぜ、心臓が見えるのか、科学的見地で解明できるものならば、そうしたい」
「ですが、分かったところでこの能力を出せるというものでもないでしょう」
「どちらかといえば、この能力に死角がないか、という点が気になる。この先の任務に支障が出ることは避けたい」
「任務ねぇ……命を預かる医師としては、あまり支持できるものではありませんがね」
「高度に政治的な話だ。それに、我々は軍人でもある。非常な手段を取らざるを得ない状況では、ためらうつもりはない」
「はいはい、出過ぎたことを言いました。ともかく、検査してみましょう」
今、この男は医師と言った。医術の心得のある者のようだ。つまりここは療養所のようなところ、ということか。
「おっと、ラウラさん、私の自己紹介がまだでしたね。私はここ、戦艦カンディアで医師をしてます、リヴァモーアと申します」
「は、はぁ」
「それじゃ早速、見せてもらいましょうか、その力を」
リヴァモーアと名乗る男の心臓が、黄色みを帯びてきた。やや興奮気味のようだ。何をする気だ。私はその光を見て、警戒する。
「ああ、やっぱり私の心臓の高鳴りを見破っているのですね。これは興味深い」
まるで見透かしたようなことを抜かすやつだ。が、この男は続ける。
「大丈夫、取って食ったりはしません。私はそのあなたの非科学的なまでの力に興味があるというだけに過ぎません。なればこそ、その力の原理を知りたいと願うのです。協力しては、頂けませんか?」
「そ、それは構わない。が、一体何を……」
「簡単ですよ。これをつけて、簡単な質問に答えてもらいます」
と言われて渡されたのは、目を覆うゴーグルと呼ばれる大きな目隠しだ。
が、この目隠し、被ると目の前に何かが見えてくる。目を覆っているにも関わらず、周囲の風景がよく見える。
が、何やら宙に不思議なものが浮かんで見えている。
「あなたは今、MR(複合現実)を目の当たりにしているはずです。どうです、その状態で、私の心臓が見えますか?」
などというので、私はその男の胸元を見る。が、不思議なことに、心臓の光が見えない。なぜだ?
よく見れば、周りの風景がなんだか少しぼやけて見える。考えてみれば、目を覆っているのだから、見えるはずのない者が見えていることになる。
「心臓が……見えない」
「ああ、やっぱりそうですか。では、これならどうです?」
リヴァモーアが何かを仕掛けたようだ。が、見たところ特に変化はない。私はそれを告げる。
「何も、変わらない」
「そうなんですか。そうか、可視光の範囲を広げても見えないということは、光を捉えているわけではないのか……」
なにやら妙なことをぶつぶつと言いながら、考え込むリヴァモーア。が、その次にこの男はまた何かを仕掛けてくる。
「では、これでいかがですか?」
リヴァモーアのこの言葉に、私は再びこの男の心臓の方を見る。するとそこには、あの黄色い光が見えてきた。高鳴る鼓動の色だ。
「見える、あなたの心臓が、よく見える」
「なるほど、そういうことですか」
私がそう告げると、リヴァモーアはゴーグルを外す。
「で、何か分かったのか?」
アルマローニはこの医師に向かって尋ねる。するとリヴァモーアは少しもったいぶるように腕を組み、しばらくこちらを伺いつつ、口を開く。
「今のラウラさんの反応から、大体は分かりましたよ。ラウラさんが、何を見ているのか、ということが」
「そうなのか、で、何を見ているというのだ」
するとリヴァモーアはまたにやにやしながらこちらを見ると、少し間をおいて口を開いた。
「電磁波、ですよ」
「電磁波……?」
不可解な言葉が出てきた。なんだ、でんじは、というのは?
「心臓というやつは、鼓動するたびに微弱な電気を発生させているんです」
「それは知っている。だからこそ、心電図というものが取れるのだろう」
「ええ、ですがその心電図をとるためには、手足に電極をつけて、その微弱な電流を測るしかありません。が、その電気を、ラウラさんは直に見ることができているようなのです」
「なぜ、そう言い切れる?」
「簡単ですよ。このゴーグルに、可視光以外の電磁波を表示できるようにしたんです。これが心臓の発する電磁波相当の周波数を与えた途端、ラウラさんは心臓が見えると答えたんです。つまり、ラウラさんの目は我々ではとらえられない低出力の電磁波を見ることができると、そういう結論になるのですよ」
ますます何を言っているのか分からないが、アルマローニノアの反応を見る限りは、何か謎を解明できたらしい。二人の心臓は共に、黄色く輝いている。
「ただ、同じ電磁波を様々なものが発しているはずなのですが、なぜその中から心臓由来のものだけを見ることができるのか、そこは謎のままですけどね。ともかく、ラウラさんが電磁波を捉えられるという事実は、新たな問題をはらむことになりますね」
「新たな問題? どういうことだ」
「ちょっと、実験してみましょうか」
意味深なことを口走るこの医師は、なにやらそばにあるテーブルからごそごそと何かを取り出す。見たところ、大きな鉄板のようだ。それを胸元に当てて、こやつは私にこう言い出す。
「どうですか、ラウラさん。今、私の心臓は見えてますか?」
何を言い出すんだ。私がこやつの心臓を捉えられないはずが……と、私は思いながらリヴァモーアの胸の辺りを見るが、そこにあの黄色い光は見えない。
どういうことだ。つい今の今まで、あの黄色い光を見ていたのだぞ。なぜ急にあれが見えなくなった?
「み、見えない。心臓が、見えない」
「やはり、見えなくなるんですね」
リヴァモーアは、そうなることが分かっていたようだ。が、私にはまるで分らない。すぐ脇に立つアルマローニの心臓は、相変わらず見えている。にもかかわらず、リヴァモーアのそれは見えなくなってしまった。
「電磁波っていうやつは、鉄板一枚でも間に挟まると、遮断されてしまうんですよ」
自信ありげにそう答えるこの男だが、それが何を意味しているのか分からない。が、アルマローニはその意味が分かったようだ。
「そうか、厄介だな」
「ええ、厄介です」
「何か、対策はあるのか?」
二人だけ分かっても、私はついていけない。思わず私はリヴァモーアに尋ねる。
「意味が分からない。何が厄介だというのか?」
「そりゃあ厄介ですよ。もし相手が鎧や盾で胸元を守っていたら、あなたは心臓を見通せなくなる。そういうことが、分かったといっているのです」
それを聞いた途端、私は少し、衝撃を受ける。
言われてみれば、今までは殺しの対象に鎧を着た相手はいなかった。だが、門番などの兵士の胸元から光が見えないと、今までも時折、そういうものを感じていた。
その理由は定かではないが、ともかく、私が心臓を捉えることができないことがありうると、そうこの医師は私に告げたのだった。




