#8 宇宙へ
「しばらく、仕事はない」
そう言い放つアルマローニに、私は問う。
「なんだ、もう始末すべき相手は一掃できたというのか?」
「いや、時期が悪いだけだ。殺るべき相手が、今はこの王都にはいない」
どうやら、次の標的は決まっているらしいが、この王都にいないため、すぐには取りかかれないのだという。だから、しばらくの間、仕事はない。
「うう、困ったな。それでは生活に困る」
「大丈夫だ。仕事の有無に関わらず、給料は出る。それにだ、別の仕事が、お前にはある」
「別の仕事? 今、仕事はないと言ったではないか」
「殺しの仕事はない。が、お前のその心臓が見える能力、それを調べる必要がある」
「調べる?」
「そうだ。お前は自分の力の理由を、知りたいとは思わないのか?」
そんなこと言われても、私自身望んだ力ではないし、いつの間にか備わったものだ。そんなものの理由など、知ったところでどうなるというのか?
「どうやら、興味はなさそうだな。が、我々にはある。ということで、せっかくの機会だから宇宙に行く」
「は、宇宙?」
突拍子もないことを言い出したぞ、この依頼人は。私に、宇宙へ行けというのか。
「なんだ、不服か?」
「いや、不服というわけではないが……なぜ、宇宙へ?」
「ここには、まともな設備がない。だが、この星系外縁部で待機している戦艦カンディアには様々な事象を測定できる計測機器が備わっている。だから、そこに行く」
ということで、私は宇宙へ連れて行かれることになった。
「えっ、ラウラちゃんも連れて行くのですか!?」
駆逐艦2110号艦という船の前に来た。そこでカッサーノと合流する。
船と言っても、灰色の石砦を横倒ししたようなやつだ。遠くからは見慣れたものだが、いざ近くで見ると圧倒される。
この宇宙という星の海に漕ぎ出せる船の長さは、三百メートルあるという。先端には巨大な穴、例の拳銃というやつを遥かに大きくした武器を備えている。アルマローニによれば、あの先端の武器の一撃で、この王都ウインナを焦土に変えてしまえるほどの威力を持つそうだ。そんな恐ろしい船には、百人が乗り込む。
思えば、こんなものを作るやつを相手に、私は暗殺を仕掛けたのか。勝てるわけもない。アルマローニとカッサーノとともに、私はその船に乗り込んだ。
「あれ? そういえば、エルバちゃんはいないんですか」
「今回の目的に、彼女は不要だ」
「えーっ、不要だと、まるでボロ雑巾のように捨ててしまうんですかぁ!? なんて可哀想なエルバちゃん……」
「人聞きの悪い言い方をするな。彼女にはちゃんと地上での仕事がある。だから置いていく。それだけのことだ」
というアルマローニだが、妙だな。次の標的は今、この王都にはいないといった。だから、私には仕事がない、と。だが、エルバにはあるという。なぜだ?
まあいい、特段、深い意味はないだろう。いずれ分かることだ。そう思い私は、その船に乗り込む。
「そんじゃ、まずはお部屋へ案内するね」
カッサーノのやつ、やけに乗り気だな。そんな彼女に連れられて、私は入り口から続く通路の奥の、エレベーターへとたどり着く。
こじんまりとしたエレベーターだ。そこの八階に着くと、カッサーノは私の手を引いて降りる。
「さ、この階には当面の間、ラウラちゃんが暮らすことになる部屋があるんだよ」
見ればそこは、ずらりと扉が並ぶ場所だ。ここが、部屋? 言われてみればちょうど宿舎と似たようなところではある。
しばらくカッサーノの部屋で暮らしていたが、この間の仕事の後に、やっと自分の部屋へ移ることになった。が、まさかここでまた、カッサーノと一緒になるのか?
少し奥に進んだところで、カッサーノは止まる。と、手に持ったカード状のものを当てると、ピッと音を立てて鍵が開く音がする。
「ここが、ラウラちゃんのお部屋だよ」
恐る恐る中を覗く。こじんまりとした部屋で、中にはベッドと小さな机が一つ。窓はない。
「ちょっと待て、トイレと風呂は、どこにあるんだ?」
「ああ、そういうのは共同だから」
といって、通路の奥を指差す。トイレらしきものはすぐ近くにあり、そして風呂はさらに奥にある。
「ああ、あそこは男風呂だから、ラウラちゃんはだめだよ」
「男……風呂?」
「そ、男の人が使う風呂。さらに奥に、女風呂があるの」
なんだ、風呂は男女で分かれているのか。まあ、あまり見られたくはないと思ってはいたが、王都にある平民向けの公衆浴場では、男女に分かれているところなど聞いたことがない。そういう細かいところは、こちら側は妙に気を使っている。
「さて、部屋に荷物を置いたら、はい、鍵を渡しとくね」
といって、カード状のものを受け取る。これがここの部屋のカギだそうだ。ということは、カッサーノとは別の部屋ということになる。だが風呂は共用だから、こいつと同じ風呂に入ることになることだけは逃れられないようだ。
で、そのままどこへ連れていかれるのかと思いきや、再びエレベーターに乗り、最上階へと向かう。
通路を降りてしばらく歩くと、分厚い扉に突き当たる。そこを開けて中に入れば、開けた場所に出る。
「乗員、すべて乗り込みました」
「了解した、ではこれより、2110号艦は発進する」
「はっ! 機関始動、出港用意!」
大勢の人々が、モニターというやつに向き合い座っている。その後方には、一段高いところにある椅子に、明らかに偉そうな格好をした人物が座る。
で、そのすぐ脇に、アルマローニが立っていた。
「ああ、ここはね、艦橋というところなの」
と、カッサーノがそう教えてくれるが、艦橋とはなんだ?
見たところ、正面には大きな窓がある。椅子に座った偉そうな人物に向けて、次々と報告している様子がうかがえる。
「機関出力正常、出港用意よし!」
「抜錨、駆逐艦2110号艦、発進する!」
「抜錨、2110号艦、発進!」
ガチャンという金属音と同時に、船が少し揺れる。かと思えば、窓の外の風景が下に動き出す。
そういえば、空に上がるんだよな、この船。しかし……どこまで昇るつもりだ?あっという間に雲を飛び越し、王都の彼方に見える山脈すら超えたぞ。
「高度二万七千、上昇速力四百」
「機関良好、問題なし」
おまけに、昼間だというのに空が暗くなり始めた。どうなっているんだ、太陽が見えるのに、空が暗い。こんな不可思議な空など、見たことがない。
ここにいる皆の心臓の光が見えるが、いたって平常だ。だれもこの空を見て、何とも思っていないらしい。だが、私の横にいるカッサーノだけが、妙に明るい橙色を放っている。
「あれえ? まさか、暗殺者ともあろうラウラちゃんが、この高さにびびってるのぉ?」
いちいち挑発的だな。私は返す。
「び、びびってなどいない!」
「うわぁ、強がってるラウラちゃん、可愛い~」
だめだこいつは。人を何だと思っているんだ。興奮状態のこいつを除いては、皆冷静だ。ということは、この状況は特に驚くべきものではないらしい。
ならば、私も平静さを保とう。周囲に同化し、目立たない生き方を私は強いられてきた。目立ってしまっては、暗殺者失格だ。
が、恐ろしく高い場所に辿り着くと、さらなる試練が待っていた。
「規定高度、四万メートルに到達!」
「了解、これより大気圏離脱を開始する。両舷前進いっぱい」
「両舷前進いっぱーい」
この号令と同時に、じわじわと床が震え始める。ビリビリと音を奏でる壁や床に同調するように、ゴォーッという音まで聞こえ始めた。
「な、なんだ!?」
窓の外の風景は、勢いよく後ろへ流れ始める。つんざくような轟音と、床の震え、流れる風景。やがて窓の外は真っ暗に変わる。
目まぐるしく変わる風景、荒々しい振動と騒音。ここの連中は、どうして平静でいられるんだ。私は思わずカッサーノにしがみつく。
「面舵一杯、反転百八十度、スイングバイ軌道に入る」
この号令の直後、突然、窓の外に何かが飛び込んできた。それは丸く、真っ青な、まるで青水晶のような不思議な玉だった。
いや、これは、我々が住む大地の姿だ。
ここに来た直後、宇宙というところと、我々が住み星というものについて教えてもらった。その時はさほど関心はなかったのだが、モニター越しで見る以上にそれは、恐ろしく青く、雄大だ。
中央に見えてきたのは、我がフロマンデラ王国のある大陸の姿だ。青い球体は徐々に近づいてくる。それは純粋な青ではなく、茶色と緑、そしてその表層を覆う白い雲の筋が見える。
その大陸の脇を、勢いよく通り過ぎる。そして再び、真っ黒な世界に戻った。
ああ、あの大陸の中の、ほんのわずかな部分しか私は知らない。たくさんの人を殺めてきたが、そんなことすら些末に感じるほど雄大で恐ろしい大地の姿だった。
「むふーっ、ラウラちゃんたら、ずーっとしがみついてて可愛いーっ!」
……しまった、私としたことが、カッサーノにしがみついたままだった。ふと見上げると、いやらしい笑顔を私に向けながら、その両手で私の身体を抱きしめる。
「い、いや、もう大丈夫だ。私としたことが、つい取り乱して……」
「いいのいいの、もうちょっと取り乱しててもいいんだよ。なんならこのまま、お風呂にいっちゃおうか」
「おい、まだ昼間だろう。なぜそのようなところに……」
「よし、行こう行こう」
アルマローニが、呆れた表情でこちらを見ている。いや、その隣にいる艦長も同様だ。だが、このカッサーノという女は存外、腕力が強い。小柄な私を抱き寄せたまま、艦橋を出てエレベーターに飛び込んだ。
で、気が付いたら、風呂場にいた。
「うう……」
この風呂場というところは、とんでもなく恥辱的な場所だ。
駆逐艦という船は水を節約するために、自身で身体を洗うことを禁じられている。ロボットアームという機械仕掛けの腕で、身体中をまさぐられるように洗浄される。確かに少量のお湯で洗うことができるのだが、人ならざる者に身体をいじられるなど、屈辱以外の何物でもない。
で、それが終わり、湯船に入るや、今度はあの女が私の身体をまさぐってくる。
「むふーっ、やっぱりラウラちゃんって、ちっちゃくて華奢で、まるで少年みたいで可愛いーっ」
こいつ私のこと、絶対バカにしているだろう。だが、殺しの相手でもない限りは、私は本来の力が出ない。ましてや一糸まとわぬこの姿で、この粘着質な女相手にどう抗えというのか?
「地上を遠く離れたこの場所で、ピリピリしなくてもいいんだよ。ここなら安全だし、なんにも怯えることはないのよ」
が、こいつ、ただ単に私に粘着しているだけかと思いきや、急にこんなことを言い出した。私の背中に、そのふくよかで柔らかな二つの膨らみを押し当てながら、優しい口調でそう告げた。
そうだ、言われてみれば、ここでは私の命を狙うものはいない。いろいろあったが、命を奪われる心配がないことは大いなる救いだ。これほど穏やかな気分になれたのは、いつ以来だろうか。
こうしていると、死んだ母親のことを思い出すな。不安な時は、私を抱き寄せてくれた。あのときの感触が、ふと蘇る。
ぴちゃんと、水滴が湯面に滴る音が響く。ブーンと唸る低い機関音以外は何も聞こえない静寂な場所に、時折響く滴り音。
が、そんな静かな場所が、急に乱される。バシャっと水面が荒れる音と共に、私の胸の辺りを弄られる感触が襲う。
「んふーっ! 物思いにふけるラウラちゃん、可愛いーっ!」
前言撤回だ、ちっとも穏やかじゃないぞ、ここは。この仕事を辞める前に、こいつを消すのを忘れないようにしたい。
こんな具合に、私の初めての宇宙の旅は幕を開けた。




