#7 おとり
「へぇ、なかなかの上モノじゃねえか」
王都のとある路地裏で、三下風の男が、連れてこられた娘を舐め回すように見定めると、ひと言そう述べた。
「だろう? こいつを手に入れるのになかなか苦労したんだぜ」
「分かってるって、礼は弾むぜ」
そういうと、三下男は娘を連れてきたその男に、何枚かの銀貨を渡す。
「なんだよ、これっぱかしか?!」
「そうじゃねえ、前金だ。実際に値がついたら、それに応じて金を渡す。そういう仕組みだ」
そう告げられた男は、銀貨を手に渋々引き上げていった。
残されたのは、三下と娘だけ。娘はぼろぼろの衣服に、両手首を縛られた、いかにも無理矢理連れてこられたと言わんばかりの姿。その震える腕を掴み、三下男は言った。
「んじゃ、行こうか」
両手を縛られたままの娘は、震えながら無言でうなずく。男はその手を引き、裏の路地のさらに奥深くへ、その二人は消えていった。
◇◇◇
「ヴォルヴァ、移動を開始しました」
「そうか。で、どこへ向かっている」
「この方角はおそらく、貧民街ですね」
「多分、馬車か何かを待たせているのだろう。ストレートに貴族街へと向かうはずはないからな」
王都の地図が表示されたモニターを見つつ、光の点の移動を追いかけるアルマローニ。やがてその点は止まり、しばらくすると勢いよく動き始めた。
「馬車に乗ったか」
「でしょうね。速力二十五、中央広場に向かってます」
ところがその馬車は貴族街には向かわず、一旦、王都の外に出る。と、そこで再び馬車を乗り換えたようで、再び王都に入る。そしてついにとある屋敷に辿り着く。
「ここは、ビリェーナ男爵家の屋敷ですね」
士官はそう告げるが、アルマローニはそれを聞いてこう答える。
「ここは、本拠地ではないのだろう。この男爵もその一味には違いないが、主犯ではない。あともう一度、どこかへ移動するはずだ」
「はぁ、そうなのですか? ですが、何のために」
「当然、大物貴族とはいえ、奴隷売買に関わったとなればただでは済まない。だから位置を悟られぬよう、何度も馬車を乗り換えさせて目的地に向かう。ゆえに、おとりがなければ我々も察知できなかった」
地図上の光点を眺めつつ、この男らはぶつぶつと話しを続けている。が、私はあの光の点の示す場所で、エルバがどのような仕打ちを受けているのかと気になって仕方がない。
無事であれば、いいのだが。
◇◇◇
「へっへっへっ、観念しな、姉ちゃんよ」
とある貴族屋敷の中、三下男はエルバと共に、薄暗い小屋の中にいる。
エルバはと言えば、両手両足を縛られ、さらに口も布でふさがれて、木椅子の上に座らされている。
「さてと、これは俺の仕事なんだ。悪く思うなよ」
そのエルバに、三下男の手が伸びる。その手は襟元を掴むと、それを左右に広げる。
「んん~っ!」
叫ぶエルバだが、その口はふさがれ、声は小屋の中ですらも響かない。それをいいことに、三下男はさらに続ける。
「大人しくしてりゃ、すぐに終わる。どれどれ……」
鎖骨があらわになり、そのまま開いた胸元をぐっと下げる。豊満な二つのふくらみが、男の前に晒される。
エルバは、後悔していた。ラウラの助手になったことにではない。
こんな男に触られるくらいなら、昨日、風呂に入るんじゃなかった、と。
◇◇◇
「ヴォルヴァ、再び移動を開始!」
日が暮れ始めた。男爵の屋敷から、光の点が再び動き始めたのを捉える。アルマローニが、モニターにくぎ付けになる。
「どちらへ向かっているか?」
「はっ、王宮側へ動いてます」
「ということは、いよいよ本命に向かって移動を始めたな」
それを見たアルマローニは、ついに行動を開始する。
「ラウラ、いや、ワルキューレ、行動を開始せよ」
ついに、私の出番となる。頭には暗視スコープ、腰には短剣と脳波共鳴器、開錠器、そして腕にはシールドをつける。
建物を出て、その下で待機する黒い車に乗り込む。アルマローニと部下一人、そして私を載せた車は、颯爽と塀の方へと走り出す。
◇◇◇
「なかなかの品だな」
大きな屋敷の端にある、馬小屋のような場所。そこには馬はなく、鎖でつながれた娘が数人。その一人の前に立つのは、刺繍入りの絢爛豪華な服をまとった、いかにも上級貴族と思しき男だ。
「はい、手に入れるのに、苦労したんですぜ」
「で、あろうな。平民でこれほどの者は、そうはおらぬであろう」
そう告げると、三下男は上級貴族から金銭の詰まった袋を受け取る。その中身を改めると、三下男はほくそ笑みながら出て行った。
後には、鎖でつながれ、口をふさがれた娘たちと、貴族だけとなった。
「さて、今宵の市で、お前らの飼い主が決まる。特にお前、それなりの豪商か、あるいは貴族の妾として買い取られるであろうな。いったい、いくらの値がつくことか」
などと言いながらこの貴族は、エルバの胸周りをじろじろと見ながら呟く。涙目のエルバはただ、その貴族のいやらしい目に耐えるしかない。
が、その時、裏の扉が開く。
「ん? 誰だ、今は立ち入りを赦してはおらぬぞ」
そう呟く貴族だが、振り返るとそこに、小柄の女をみとめる。
「なんじゃ、そなたは。まさか、進んで売り物になりに来たわけではあるまいな。しかし、それではな……」
せせ笑いながら、入ってきたその女の胸元を眺めつつ言い放つ貴族。だが、その人物はこう返す。
「シャーテルロ侯爵」
冷たく言い放ったこの女の言葉に、気分を害する貴族。
「なんだ、下人。お前に呼び捨てされる覚えなどないわ」
「お前は王国の法で禁じられた奴隷売買を行い、そして今、まさにその罪を重ねようとしている」
「ほぉ、小娘よ、つまりお前は単身で乗り込み、このわしを捕まえて宮廷の憲兵にでも引き渡そうというのか? 無謀なことだ」
そう告げるとこの侯爵は、手に持った鈴を鳴らす。
「無駄だ。誰も来ない」
小娘がそう告げる。シャーテルロ侯爵はさらに大きく鈴を鳴らすが、誰も駆けつけない。ここで彼は、事態の深刻さを悟る。
「だ、誰だ、お前は!?」
その小娘は、じりじりと侯爵に歩み寄りながらも、こう答えた。
「夕顔のシン、だ」
貴族の間で知らない者はいないというその名を告げると、シャーテルロ侯爵の顔は一気にひきつる。
小娘は、腰から短剣を引き抜いた。
◇◇◇
やつの心臓の光は、赤から青に変わった。やはりこいつも、私のかつての名を知っていたか。
だが、往生際が悪い。よりにもよって、エルバ、いや、ヴォルヴァを盾にしやがった。
「こ、この娘が、どうなってもいいのか!?」
やれやれ、面倒なことになった。しかたない。私は胸元に忍ばせておいたカードを手にする。そして、それをロウソクに向けて放つ。
ロウソクの灯が消え、真っ暗になる。灯りに慣らされたあの貴族の眼は、暗がりにいる私を捉えられない。
が、私はその貴族の姿を、周りにいる売り物にされかけた女たちの姿が見える。彼らが持つ心臓の光が、照らしているからだ。
そして、ひと際青く輝く侯爵の心臓の光へ、短剣を向ける。
身代わりにしようと掴んでいたエルバを、押しのける。あらわになった心臓の光の真ん中に、私は短剣を一気に突き刺す。
「うがっ!」
一瞬、うめき声が出るが、すぐにその身体はどさっと、床に敷かれたわらの上に倒れる。生暖かい液と、生臭い香りが、私の鼻につく。
ロウソクの明かりをつけると、血まみれで倒れているシャーテルロ侯爵の姿が見える。すでに、心臓の光はない。
すぐに私は、エルバの手足の縄と、口の布をほどく。
「うわぁーん! ラウ……ワルキューレ様ぁ!」
よほど恐怖と恥辱を味わったのだろうな。血まみれの私に、エルバはしがみつく。
「おい、ヴォルヴァよ。まずはこの娘たちの縄をほどくんだ」
「そんなことよりも、聞いてくださいよ! 私、ある小屋に着くなり、いきなり服を引っぺがされてですねぇ……」
「あー、もういいから! 早くしないと、憲兵が来るぞ」
動揺するエルバを説き伏せて、その場にいた5人の娘たちの縄をほどき、鎖にかかった鍵を開錠する。
「あ、あの、私たちは……」
解放されたはいいが、目の前には貴族の死体に、そしてそれを殺った暗殺者を前に、恐怖と戸惑いの眼差しで見つめる娘たち。
「まもなく、憲兵が来る。彼らがお前たちを救い出してくれることになっている」
「そ、そうなのですか?」
「そうなのです! 何せこの方は、正義の暗殺者、夕顔のシン様ですよ!」
あーもう、その名前をあまり広めるな。しかし、その名を聞いた娘たちの眼差しが、心なしか羨望のそれに代わったように感じる。
「と、ともかく、引き揚げるぞ」
調子狂うな。ともかく私はエルバを連れて、その小屋を出た。
小屋の出入り口には、男が一人、倒れている。手には、金貨の入った袋。おそらく、売人だろう。入り口でばったりと出会ったため、例の脳波共鳴器で気絶させてある。
「あの、ワルキューレ様」
「なんだ」
「この男も、ついでに殺しておきませんか?」
なんてことを言うんだ、この娘は。私は答える。
「いや、このままでいい」
「でも、こいつ、私に酷いことしたんですよ!」
「だったらなおのことだ。生かしておいた方が、死んだ方がマシだと思うほどの目に遭うことになる」
私のこの一言に、どうやら納得したようだ。このままここに残しておけば、憲兵が捕まえるのは確実だ。手には、娘を引き渡した際に受け取ったであろう代金が握りしめられている。言い逃れはできまい。となれば当然、激しい尋問を受けることになる。宮廷直属の憲兵によるそれは、死よりも惨いともっぱらの噂だ。
そして私とエルバは、急ぎ足でこの屋敷の敷地外に出る。
ちょうど車に乗り込み走り出したところで、憲兵らが数人、屋敷の中へと突入するところを目にする。それを見たアルマローニはこう言った。
「おそらくは、この侯爵家は取り潰しになるだろうな」
随分と冷淡なことを言う。この間の伯爵家は、当主は亡くなったものの、その息子がその後を継いだ。が、憲兵を呼んだことで、奴隷売買をしていたという罪が暴かれてしまった。こうなるともう、取り潰しとなるしかないらしい。
「潰されて、当然です!」
ところが一見温和そうなこのエルバまでが、それを支持する。
「なんだお前、あの貴族に恨みでもあるのか?」
「そりゃあそうですよ! 私、何をされたと思ってるんですか!」
「そういえば、酷い目に遭ったと言っていたな。何をされたんだ」
「聞いてくださいよ! あの三下の男、動けない私の服に手をかけて、襟元からずるっと脱がして、私の胸をさらけ出したんですよ!」
一瞬、アルマローニの耳がぴくっと動く。心臓の色が、橙色に変わる。こいつ今の話で、少し興奮したな。
「それでまさか、そのまま……」
「それから、なんと私の胸に手を伸ばしてきたんです!」
「……その胸に、か」
「そうなんです。で、そいつ、まるで家畜の乳しぼりのように、もみ始めたんですよ」
「と、いうことはまさか、その後に……」
「はい、ひたすら揉むんです、いやらしい手つきで」
「まさか、それだけなのか?」
「そうですよ、でもそれだけでも、めちゃくちゃ屈辱的じゃないですか」
「いや、てっきり貞操を失ってしまったのかと……」
「貞操? いや、商品だから、そこまではやらないって」
なんだ、ということは単に乳を揉まれただけなのか。って、持たざる者である私からすれば、想像もつかない屈辱なのだろうな。
「まあどのみち、貞操なんてとっくに失ってますけどねぇ」
ところがこの娘、とんでもないことを口走る。
「はぁ!? す、すでに、失ってるだと?」
「そりゃそうですよ。私くらいの歳なら、男の一人や二人、いるでしょう」
ちょっと待て、私はエルバよりも一つ歳下だが、男なんていないぞ。ましてや、すでに開拓済みだったとは。
「はぁ、おかげでとっても疲れちゃいました。あの男の汚らしい手で揉まれちゃったから、早くお風呂で綺麗にしたいですねぇ」
まったくこの娘は、胸と肝っ玉だけは大きいやつだな。さっきはシャーテルロ侯爵に抱えられて震えていたくせに、今は血まみれのまま、お風呂のことばかり考えている。
それ以上に、前席に座るアルマローニの心臓の光の方が気になる。
桃色の光が、眩いほどに光っている。どんだけ興奮しているんだ、この男は。顔は冷静さを装っているが、心臓は正直だ。いつも抱いている冷徹な印象からは想像がつかないが、所詮はこいつも男だということか。
にしても、だ。私相手に、ここまで興奮した様子は見せたことがない。所詮、男はあそこの大きさで興奮度合いが決まるのか。おとり役を見事にこなしたエルバを前に、私は少し、嫉妬していた。




