愛しき乙女の断罪~令嬢の岐路邂逅~
もうひとつ目のお話です。(2/2)
※雪乃雫様に指摘いただいた箇所を修正いたしました。
「はぁっ……はぁっ……はぁ……!!」
私は今、走っていた。何から逃げるように。いや、逃げているのだろう。目の前の突き付けられた現実から。
「……あっ」
走っていて足が縺れて転んでしまった。手と足は擦りむき、血が滲んでしまっている。
こんなとき何時も手を差し伸べてくれた方がいた。だけどやっぱりそれは甘い幻想だったのだろうか。
また、泣きそうになりながらも立ち上がって、目指した。何処とも知れない安息の場所へ。
◇◇ ◇◇◇
「――――え?……お、お父様、今なんと?」
自分でも分かる位に声が震えていた。しかしそれ以前に父が言ったことが信じられず聞き返した。
「墜胎せと言ったのだ、エルリール。婚約者の子供なら祝福するものだが、破談にされた婚約者の子供は災いを呼ぶとされている」
その言葉を聞いた時、私の中で何かが崩れた気がした。それからどのようにして部屋に戻ったのかなど覚えていない。
一頻り泣き、朝日が顔を出そうかという時刻に迫った頃、ポツリと思った。もう私の愛していた家族は居ないのだと。
私の妹、サムス・ヴィスパーは優秀だ。私よりも魔法を使うことに長けており、頭脳も秀でている。
どちらかと言えば私よりも妹のほうが愛されていたのだと言えるかもしれない。それでも私は家族を愛していた。
家族にもっと愛してもらいたくて、私を見てもらいたくていた時にあの人を見つけた。いや、見つけたのではなく、見つけられたのだった。
やっと私を見て貰える人に出会えたと、愛してもらえると思っていたのにそれは叶わなかった。
だから私は家を出ることにした。こんなことになってしまっても愛していた家族だ。少しだけ後ろ髪を引かれるが、いいのだ……これで。もう、私の居場所はないのだから。
少しでも動き易い服装をし、家族へ手紙を残しておく。まぁ、読まれても捨てられるか、読みすらしないと思うが。
――愛していましたよ、お父様、サムス。そして、愛しています、今は亡きお母様。このような娘に育ってしまい申し訳ありません。出来ることなら今一度、会いたいですが私はお母様と同じ場所には行けないでしょう。寂しいとは思いますが仕方ないと思います。だって貴族の務めを放棄しようとしているのだから。
使用人たちには申し訳ないと思うが部屋はこのままで行かせてもらう、別に散らかってなどいないが。
少しだけ時間が経ってしまったが私は家を出る。行く宛などあるはずもない。が少なくともここよりも良いだろう。
宛もなくフラフラと歩いていると親切な人が馬車に乗せてくれた。何でも隣国に行くらしく手持ちぶさたで話し相手が欲しかったのだそうだ。
私も取り合えず隣国に行こうとしていたから有り難かった。そこからその男の人は色々と話してくれた。
亡き妻のこと、嫁いで行った娘のこと、仕事で廻った様々な街・都市のこと。話を聞いているだけでワクワクしたし、胸が高鳴った。私も国を廻りたいと思った。
――しかし、物事はそう簡単には回らなかった。
私の乗っていた馬車が野盗に襲われたのです。御者と馬車の主人は殺され、私はそれを震えながら見ていることしかできなかった。女ということで私は生かされた。
そこで私は犯された。何回も犯されたが、救いはお腹には好きだった人の子供がいたことだ。それで私は壊れずに保っていることができていた。
奴隷商に連れて行かれる前夜、私は行為の最中、男の隙をついて腰に差していた短剣を奪い、それで喉を突いて命を奪った。
そして私は必死に逃げた。隠れながら逃げた。
何とか街までたどり着き、門番の隙をついて中に入ったは良いが私は裏通りと呼ばれる場所に行ってしまったらしく、ここは普通ではないとすぐに分かった。
移動しようとしたが限界が来ていたらしく私は崩れ落ちて意識を失った。
もう、目覚めることはないと思っていた。いくら私でもあんな場所で気を失ってしまったら殺されるくらいすると思っていた。でも私は目を覚ました。
覚ましてそこで生きて行くことにした。裏とも影とも呼ばれる国の場所で。どうせ、もう帰るところなどないのだから。
初めは不安しかなかったが、優しい人や親身になってくれる人が多かった。私が妊娠していると知った時なんかは心配してくれる人、立ち会ってくれる人が居て何とか無事に子供を産めた。
そして、その子の名前はその場にいた皆で決めた。皆がその子の名付け親でもある。こんなにたくさんの親がいる、それだけで何だか私は嬉しくなった。
産まれたばかりの子を優しく抱き締め、幸せになるように願った。
数ヵ月経ち、少しずつ安定してきたと思った。しかし、そうはいかなかった。周辺で突然人が居なくなることが増えたのだ。
何かと思ったら人身売買の集団が近付いて来ているらしいのだ。そのせいで、こっちで出来た友人をなくした。
ここも危ないらしく殆どの知り合いは他の場所へ移って行った。だが、私はギルドに行った。昔、母が語ってくれた冒険の物語。今となってはその内容が本から取ってきたのか、母の実体験だったのかは分からない。でも私の中で生きていた思い出でもあったのだ。だから私は冒険者になった。
子供が心配だったのだが私に着いてきてくれる名付け親(友人)がいたので心強かった。
冒険者に成り立ての頃は苦労の連続だった。薬草なんてものは今まで採ったこともないし、じっくり見たことも無かったため普通の草との見分けが出来なかったのだ。そのせいで依頼を達成できないなんてのもよくあった。
一角兎捕獲の依頼を受けた時も大変な思いをした。一角兎は頭に一本、角が生えていて攻撃するときに飛び跳ねてその角で突いてくるのだ。
そんな兎を捕獲しようとしたら不意を打たれて、片足を突かれ、横腹を少しだけ抉られた。致命傷とは言わないが、今の私にとって十分に致命的な傷でもあった。痛む足を引きずり、持っていた投げナイフや撒き餌などを使い、命からがら逃げたこともあった。
それでも冒険者を続けたのは子供の為でもあり、周りの人たちが居てくれたお蔭でもあった。傷を負った私を手当てしてくれたり、薬草やある程度効率の良い狩り場を教えてくれたこともあった。
気になってその事について、尋ねたことがある。そして帰ってきた答えは『自分も先輩の冒険者には良く助けてもらった。だから自分よりも後に入ってきた奴らに教えるんだ。少しでも死なない確率を上げる為に。男たち(俺たち)はまだいいけど女や子供の冒険者が依頼を受けて行って帰って来ないってのはやっぱり慣れないからさ。皆、そう思ってるんだと俺は思うよ』と照れ臭そうに、少しだけ寂しそうに語ってくれた。
よくある話だと近くに座っていた冒険者の人が私にそう言った。立ち上がってその人の肩を叩きながらお酒を頼んで一緒に飲んでいた。その時一瞬こちらを向きウィンクしたので、何となく察して私も彼の隣に座り、お酒を頼んで一緒に飲んだ。
お酒を飲むのは初めてではなかったが、今までよりも何となく美味しくて、何処と無く苦がく感じた。その苦みをお酒のせいだと誤魔化すようにして飲み下した。
そんなこともあって、私は慎重に依頼を受けるようになったし、私よりも後から冒険者になった人に教えてもらったことや、私が依頼で得た知識などを教えていった。
そしてエルリールが冒険者になってから三月ほど経ち、順調に依頼を達成出来るようになってきた頃、3人のパーティに声を掛けられた。そこで私は彼と出会ったのだ。――私の伴侶と。