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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
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影絵の国の死者の王

 ルークを追っていくつもの部屋を抜けた。

 途中、スケルトンの襲撃もあったが、命令が雑だったためか、大した足止めにもならない。

 きっと本来ならば、何らかの罠のために用意されていたのだろう。

 中にはディガーダーの姿もあったのだが、相手がただのスケルトンではないと分かっていれば、対処できる。

 ルークはこちらの戦力を徐々に削っていき、同時に俺やハルモニアの魔力も削り、そうして完全な勝利というのを目指したのかもしれない。

 戦場に完全な勝利なんてない。

 必ず誰かがしくじるのだ。

 必ず相手が意表をついてくるのだ。

 なにひとつ思い通りになんてならない。

 それはルークも分かっているつもりだったのだろう。

 万全を期し、待ち構え、そして俺と戦った。

 それでも勝負なんてものは、戦ってみなければ結果は出ない。

 その結果が、今回はルークにとっては最悪のものだったというだけだ。

 戦場の結果で支払うことになるのは自らの血であることを、アイツは本当に分かっていなかったのかもしれない。

 ルークの背中が見えた。

 血を流し、槍は刺さったまま。

 血を失ってふらついていた。

 それでもよたよたと進んでいく。


「ルーク!」


 ルークが僅かに振り向いた。

 その目には確かな怯えがあった。

 すがるようにひとつの扉に辿り着く。

 すると、扉はひとりでに開く。

 中から1体の鎧姿が現れる。

 アーレス。

 黒い鎧と、それよりもなお黒い不気味なモヤを身に纏った死を司る騎士。

 デスナイト。

 かつて俺に剣を教え、そして俺を殺そうと襲いかかってきた恐怖の化身。

 そして、本物のビフロンスを決して裏切らない、あのババアの意志あるただひとつのアンデッド。

 アーレスがちらりと俺へと眼窩を向けて、すぐにルークの肩を取って部屋の中へと消えていく。


「アーレス!」


 ババアが滅んだならば、共にアーレスも滅んでいなければおかしいはずだ。

 なのに、なぜ滅んでいないのか?

 依り代を他に移す方法があって、ルークに移したのだろうか?

 ならば、あの謁見の間で姿を見せなかった理由はなんだ?イースと共に戦えば、また結果は違っていたはずなのに。

 アーレスとルークを追って、部屋の中へと入った。

 そこは玉座の間だった。

 いくつもの石柱が立ち並び、その奥の高い位置には玉座がある。

 その玉座に座る者があった。

 ルークはその者にすがりついていた。

 傍らにはアーレス。

 他にスケルトンはいない。

 罠なのだというよりも、ルークが逃げた果てに辿り着いたという感じだった。

 玉座に近づく度に、そこに座る者の姿が大きくなる。

 玉座に座るにしては、あまりにもみすぼらしい姿だった。

 まるで隠者だ。

 ついさっきまでそこらの山奥に隠れ住んでいたような、そんなボロボロのローブに身を包んでいる。

 フードに顔は隠れていて、見ることはできない。

 魔法を使ってもいないのに、俺の心臓が脈打った。

 過去が蘇る。

 そこで共に過ごした者の姿が重なる。


「お前は滅んだはずじゃなかったのか!?ビフロンス!!」


 俺の叫びに玉座に座る者が俺へと顔を向けたのが分かる。

 その顔は見えないまま。

 もっと見えるようにと近づこうとしたところで、アーレスが段上から下りて来た。

 そこで立ちふさがるように剣を抜く。

 俺も足を止め、アカツキもエキオンもまた止まった。

 静寂が部屋の中を支配する。

 そこに声が響いた。


「久しいね、坊や。言ったはずだよ、ミストレスとお呼びと」


 声は女のものだった。

 かつて聞いた声とは違ってしわがれてなどいない。

 まるで若返ったようだった。

 その声は、不思議とあのリッチと同じ声をしていた。

 全く同じだ。

 まるで同じ人間がふたりいるかのように。

 フードに手が伸びる。

 そしてその顔が明らかになる。

 そこにあるのは骨身の頭。

 人ではない。

 かつて人であったというだけで。


「……俺は滅ぼせていなかったということか?」

「そういう理解の仕方じゃあ、落第だね。良いだろう。久しぶりに講義をしてやろう。ところで坊やはどこまでネクロドライブを理解出来たんだい?」


 俺は答えなかった。

 言葉を交わしたくなかったという方が正しい。

 幻影?

 いや、違う。

 そんなことはありえない。

 でなければ、ルークのあの様子はないだろう。

 玉座に君臨する骨身の王がルークの手を取っていた。

 かつて刻印があったその手を何も無い眼窩で確かめるように見ていた。


「昔から坊やはそうだったね。すぐに黙って何も言わなくなる。仕方のない子だよ。ネクロドライブとは己の魂を、記憶を死体に分け与える魔法だ。それを死体の身体の習慣、染み付いた動き、いわば身体の記憶と結びつけて自らの兵とする。そこまでは良いね?そしてアタシはずっとこの魔法を研究してきた」


 ルークが陶然とした目で眼前のスケルトンを見ていた。そのひと撫でで痛みが消え去るとでも言うように。

 どうやら認めなくてはならないらしい。

 このスケルトンこそが、玉座に座るスケルトンこそが、あのババア、本物のビフロンスであることを。

 俺がかつて魔法を教わった時と同じように語っていく。ネクロドライブとは何なのかを。当時、俺には決して語ろうとしなかった真実までも含めて。スパルトイを造り出したことで、俺を認めたのだろう。

 もう何も俺に対して隠す必要はないと。


「しかし、この魔法には意味のない魔法式がとにかく多く含まれていた。実際にそこを外しても魔法は成立する。それなのに、なぜそんなものが含まれているのか?色々と戦場を渡り歩きながら古い文献をあたる内に、ひとつの存在を知った。それが坊やの隣にいるスケルトン、スパルトイさ」


 ビフロンスがエキオンへと眼窩を向けた。そこにある闇でもってエキオンを凝視する。


「古代王カドモスはミレニアム1世が登場するよりも前に、唯一ドラゴンと渡り合ってその討伐に成功したただひとりの人間だった。そして古代王は手に入れたドラゴンの死体を利用してひとつの魔法を造り出す。それがネクロドライブだったのさ」


 カドモス。

 俺の名前の由来。

 かつて遺跡で見た王の名前。

 彼に付き従った民は骨身となっても王に仕え、戦い続けたという。

 ビフロンスが語る内容は、その遺跡の伝承とは異なっている。

 奇しくも、俺はその古代王と同じ方法でもってドラゴンに挑んだらしい。

 古代王はドラゴンを自ら編み出した魔法でもって打ち倒した。

 魔力を燃やし続ける魔法、インシネレイション。


「古代王はスパルトイの強力な力でもって更なるドラゴン退治を成し遂げ、人間の領土を広げたが、後にミレニアム1世が現れたことで歴史の影に消される。ドラゴンを打倒し得るのはミレニアム1世のみでなければ教会にとっては都合が悪かったからねぇ。そしてネクロドライブも闇へと消えた」


 それはあの大戦が起こるよりもずっと以前の話。にも関わらず、これほどまでに詳細に調べ上げたのは、ババアの執念に他ならない。


「平穏な世にあって、ひとつの一族があった。ネクロドライブを継承する古代王の家臣だった一族さ。そしてその一族はドラゴンの死体がなくとも魔法を使えるように改良した。その時に魔法式の中にひとつのしかけをした。もしもまたドラゴンの身体を得ることがあれば、本来の魔法式に戻るような仕掛けさ。アタシがこの真実に至った時、アタシはこう考えた。ならばドラゴンの身体がなくともスパルトイを造り出そうと」


 秘匿された魔法が表に現れるきっかけとなったのは、あらゆる魔法が試されたあの大戦だった。そこで実戦に投入され、いくつかの国へと伝わる。そしてババアもそこで得たのだ。この魔法を。

 だが、その辺りの具体的な説明をいちいちしたりはしない。

 もしかするとそのあたりにこそアーレスという、ただひとつの名前を持ったアンデッドの、その名前の由来があったのかもしれない。


「それがデスナイトさ。造り出すにはかなりの時間が掛かってねぇ。その研究の過程で記憶に関することも掴んでいた。デスナイトを造り出した時にアタシはこう考えた。もしもアタシのすべての記憶をアンデッドに移し得たならば、この身体が滅んでもアタシは永遠に生き続けると。そうして考え出したのが究極のアンデッドさ」


 デス。

 すなわち、死。

 死、そのものを体現するアンデッドの創造。

 それこそがこのババアの目的。

 何よりも優先される結果。


「デスナイトを造り出した時点で、アタシは大分衰えていた。アタシ自身の死にも怯えていた。アタシは死ぬ。人である以上、それは避けられない。せっかく究極のアンデッドを造り出しても、それは永遠ではない。造り出すアタシ自身が永遠ではないのだから。それでもアタシは欲しかったのさ。永遠がね。自ら魔力を造り出し、アタシのすべての知識と記憶を受け継ぎ、そして更なるアンデッドを造り出し続ける悪魔を超えた存在。死を司るかのごとく魔法を、剣を操り、いかなる敵も寄せ付けない。考えついた時にはアタシ自身笑ったものさ。まるで子どもの妄想だとね」


 骨身の顔には笑みなどない。

 それでも俺にはこの骨身が笑ったことが分かった。

 かつて目にした笑みを確かにその骨身に見た。


「しかし、時を経るごとに、衰えるごとにアタシはその妄想に取り付かれた。子どもを攫い、ネクロドライブを使える子どもを探し続けた。坊や、お前が手に入ったのは僥倖だったさ。アーレスに剣技を教えさせ、アタシの魔法を受け継がせた。いずれアタシのすべてを受け継がせるためにね」

「受け継がせる?違うだろう。身体を乗っ取るためにだろう?」


 事が為されれば、それはもう俺自身のものなどではありえない。

 別物だ。

 ババアの意のままに動くどころか、ババアそのものになるというのだから。


「ようやく口を開いたね。そうさ。そうでなければ誰が子どもの面倒なんてみたいと思う?まさか逃げられるなんて思いもしなかったがね。坊やには色々と身体が死んでも魔力を造り出すための仕掛けをしてあったから、損害はあまりにも大きかったよ。本当に、ずっと殺してやりたかった。新たに子どもを探して同じことをするには時間がない。それで仕方なしにアタシは有り合わせの仕掛けで試してみることにした。果たしてアタシの記憶をアンデッドに移せるかどうか。そのアンデッドが自ら魔力を造り出せるか。結果は成功した。そして今のアタシが生まれたのさ」

「……今のアタシ?」


 つまり、今、目の前にいるこのスケルトンとは……。


「そうさ。今のアタシさ。アタシの記憶はかつてビフロンスと呼ばれた女のもの。そしてアタシこそが今やビフロンスさ」

「じゃあ、前のビフロンスはどうなった?」

「おや、まだ分からないのかい?それともとぼけているだけかい?古い身体のビフロンスはどうせ長くはなかった。だからアタシがリッチにしてやったのさ。自ら魔力を造り出す仕掛けはもうなかったから、レギオンの核として、あらゆる生き物を捕食することで魔力を補えるようにしてね」


 レギオン。

 リッチ。

 確かにあのリッチはかつて俺が見ていたババアそのもののように思えた。

 あのババアの骨身であると。

 そう思って、今目の前のスケルトンの姿を見れば、確かに違うと分かる。

 あのババアよりも大柄な、それこそ今の時代の標準的な女のそれのように見えた。


「あのリッチこそが、本物のババアだったってのか?」

「もうどっちがどっちだなんて分けることにはアタシも、滅んだアタシも興味はなかったさ。どちらも本物で、ただひとつの目的を成し遂げるだけさ」

「俺の身体を、俺の身体の魔力を造り出す仕掛けを使って、より完全なアンデッドになるためか?」

「そう。それこそが究極のアンデッド。生者を超えた死者。アタシはそれをこう呼ぶことにしたのさ」


 玉座のスケルトンが立ち上がる。

 かつてビフロンスによって造り出され、そしてビフロンスとなったアンデッドが。


「神、とね」


 人でも、魔物でも、悪魔でもない存在。

 死者を超え、生者を超え、いかなる生物も持ち得なかった永遠を手にしてなるその存在は時間すらも超えると言うのか。


「その神とやらになって、何がしたいんだ?」

「何を?何でもさ。アタシは何でもする気だよ。気に入ったものを愛で、気に入らないものを壊す。それが神というものさ」


 何にも縛られず、人でも、魔物でも、国でも、文化でも、何もかもを支配し、意のままにすると告げた。

 王やドラゴンどころではない。

 この骨身の魔物は永劫に存在し続け、それを行おうというのだ。

 もしもそんな存在が現れたならば、人はまた時代を遡ってしまう。

 それこそドラゴンが栄えていた頃と同じように怯えて暮らさなくてはならないのだ。


 どうか神よ、怒れることなく私たちの生存を許したまえ、と。


 レギオンなんて存在を造り出し、リッチを造り出し、デスナイトを造り出し、そしてデスなんて存在すらも造り出そうとしている怪物だ。

 こんな怪物に永劫の時間なんてものを与えたならば、どれだけの化け物がこの世に放たれるか分かったものでは無い。

 それこそデス以上の存在すらも造り出しかねない。

 それもあのクソババアという怪物の魂を持って。

 そんなことをされれば国が滅ぶどころか、人が滅びかねない。


「さて、傷を見てやろう。服をお脱ぎ」

「ありがとうございます。ミストレス」


 黙り込む俺にビフロンスがルークへと眼窩を向けた。

 ルークは言われるままに服を脱ぐ。

 そして露になった身体に俺は目を見張る。

 まるでレッドスケルトンだった。

 痩せ過ぎな体形をしていると思っていたが、そこにあるのはただの肉体などではない。

 胸から腹にかけて、皮どころか肉までもが結晶のように硬質化していた。

 まるで宝石のように光を反射する。

 あんなにも強い魔法を幾度も行使出来た理由が分かった。

 幾重にもレイラインを張り巡らせて、さながら魔剣のように魔力を蓄えているのだろう。

 そう、あのレッドスケルトンのように。

 もしもハルモニアの槍が当たったのがその硬質化している部分であったならば、槍を弾いていてもおかしくなかった。


「少し骨も損傷しているか。残念だよ」


 ビフロンスが無造作に槍を抜く。

 そして片手をその傷口に、もう片方の手をルークの頭に乗せて撫でる。

 不意にその手から光が漏れた。

 強い魔力によって。


「ミストレス?」

「さあ、お前も戦うんだ。応えよ」


 ルークの身体が燃え上がる。

 インシネレイションと同時にネクロドライブが展開される。

 ふたつの魔法が同時にルークの身体に発現していた。


「馬鹿な!?」


 思わず呻いた。

 ただのリッチなどではないと、力を誇示するように魔法が使われた。


「そんな、私はまだミストレスのお力に……」

「そうさ。なれるとも。でもね、アタシにとってはお前が生きているか、死んでいるかなんてどちらでも同じことさ。お前は失敗した。ならば、アタシがやった方がきっと良いに決まっている」

「私は!わたしは……」


 より強い業火がルークの身を包む。

 そしてルークから言葉が消えた。


「我の力となりて従え」


 業火が消える。

 そして現れたのは、あのレッドスケルトンと同じ骨身の魔物。


「閉じよ」


 魔法が完成する。

 そこにあるのはもうルークなどではない。

 1体の魔物だ。


「さて、坊や。これで勝負は3対3だ。アタシらしくもないが正々堂々と決着をつけるとしよう」


 言葉にアーレスが構え、そしてルークだったものが走り出す。


「エキオン!アーレスを押さえろ!アカツキはルークだ!」


 俺もまた剣を抜いた。

 こんな怪物を神などにしてはならない。

 もう俺だけの問題ではなかった。

 これはもう人間そのものの存亡に関わる。

 だからこそ、滅ぼさなければならない。

 恐怖を捨て、恨みを捨て、ただ対峙した。

 1体の怪物に。


「ビフロンス、お前を滅ぼす!」

「やってみるが良いさ。アタシは滅びない。絶対にね」



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