願い
エキオンの力でもってしても、アーレスは互角に打ち合っていた。
斬撃を躱し、防ぎ、時にしのぎを削っては離れ、そしてまた刃を交わす。
普通の人間であれば、腕はしびれ、呼吸はあがり、苦しくなったところで隙が生まれる。
ところが骨身同士の剣戟は休む間もなくいつまでも続く。
「悪くはない」
「言っているが良い!悔いることなく滅び去れ!」
呼吸などない。
疲れなどない。
あるのは魔力の続く限りに果たされる命令のみ。
それによって剣を振るい、身体を動かし、そして戦い続ける。
アカツキもまたルークに向かったが、こちらはエキオンとアーレスとは様相が異なっていた。
ルークは魔法を使った。
小さな魔法から大きな魔法まで。
それによってアカツキを決してその間合いには寄せ付けなかった。
無理に近づこうとすれば、ルークは筋肉の限界から解き放たれたような超人的な力でもって跳び退り、宙にありながらも魔法を使う。
いったいどれほどの魔力がその身体に秘められているのか、まるで魔力を惜しむ様子はなかった。
俺もまたビフロンスへと向かおうとして、そして魔法によって防がれる。
「それがお前の力か!?」
「こんなものは簡単なものさ。力なんて呼ぶほどのものじゃない。いちいち右手を上げるのに、坊やはそれを特別なんて思いやしないだろう?」
コールサンダーと同時にファイアーボールが放たれる。
ひとつひとつの魔法の威力は並なのだが、ひとつの魔法を躱しても、もうひとつの魔法が追撃してくる。
それどころかビフロンスはもうひとつの魔法すらも使った。
ビフロンスが手を床につく。
火線が床を走る。
それはルークが見せたのと同じもの。
これによってビフロンスは3つの魔法を同時に操るのに等しい攻撃をしてくる。
俺は近づくどころか逆に間合いをとることになる。
それを見るとビフロンスはアカツキに、エキオンにも魔法を放つ。
雷撃が、炎弾が、火柱に襲われてはエキオンもアカツキも回避する他ない。
そうするとアーレスが、ルークがそこに追撃を仕掛ける。
強いなんてものではなかった。
近づくことすら困難だ。
魔力が尽きるのを待つか?
魔力量で考えれば、ドラゴンの因子を持っている俺よりはビフロンスの方が少ないはず。
そう判断したものの、いつまで経ってもビフロンスもルークも魔法を使い続けた。
アーレスにも動きが鈍るような素振りはない。
焦りがにじんだのか、不意にビフロンスが笑い出した。
「分かるよ、坊や。魔力なんてそのうち切れる、そう高をくくっているんだろう?だが、残念だったね。既にこの城はアタシの神殿なのさ。地脈を流れる魔力を吸い上げ、そしてそれはこの玉座へと注がれる。アタシの魔力は無限。待っても無駄だよ」
どうやら床に火線を走らせるのはオマケだったようだ。
本来の目的はそのレイラインでもって魔力を吸い上げることに他ならない。
それは俺が着ている骸装を、城でもってして再現したのか。
より巨大に。
より大きな魔力を得るために。
ちらりとエキオンが眼窩を俺に向けた。
現状維持ならばまだ出来るが、どうするか?
そう問うているのだろう。
正直、ルークがたった一発の魔法でガサツを滅ぼすのを見ていなければ、無理にでもルークを片付け、そしてそのままビフロンスへと迫りたかったが、エキオンもアカツキも失う訳にはいかない。
それで失われるのは俺自身の肉体なのだから。
ビフロンスは悠然と俺を、エキオンを、アカツキを迎え撃っている。
余裕すら感じる。
エキオンにせよ、アカツキにせよ、どちらかを滅ぼせば俺の始末なんて簡単に付けられる。
そして俺が死ねば、エキオンもアカツキも滅びるのだ。
ビフロンスは玉座からは動かなかった。
そこにいれば無限の魔力が得られるというのならば、当然だろう。
だが、本当だろうか?
ルークは平気で嘘をついた。
そしてビフロンスは真実すべてを話すような者ではなかった。
単に何かを隠すためのブラフじゃないのか?
このまま魔法を撃たせ続ければ、底をつく時が来るんじゃないか?
ビフロンスはともかく、ルークの方くらいはそうなっても良いんじゃないか?
「まただんまりかい?ほら、考え事しているから動きが鈍っているよ!」
業火が吹き荒れる。
これは後ろに下がらなければ避けられない。
励起させていた魔力を解放して超常の力で跳ぶ。
口の中に不意に血の味が満ちる。
思わず吐き出すと、赤い染みが床に現れた。
今日だけでももう何度も魔力を励起させてきた。
俺の身体のレイラインの方こそが限界が近いのかもしれない。
これではビフロンスよりも先に俺の方がどうにかなってしまいそうだった。
「マスター!」
エキオンが叫び、俺へと眼窩を向けた。
使わせろと言っているのだろう。
創造魔法を。
ドラゴンすらも切り裂いた魔法を使えば、アーレスの武器を切り裂くことができる。
まさかグリパンの魔剣なみの業物ではないだろう。
そしてアカツキも俺へと眼窩を向けていた。
アカツキの全身のレイラインを励起させて、超常の力を発揮させる。
それを使えばアカツキの動きはルークでは追いきれないはず。
だが、それをすれば俺の魔力は空になる。
倒れ込みかねない。
そうなったらおしまいだ。
失敗は許されない。
やるなら確実に、だ。
「おや、苦しくなって来たようだね。まだまだだろう?久しぶりの再会をもっと楽しませておくれ」
ビフロンスが言葉にして床に手をつく。
輝きが放たれる。
まるで爆発したように。
そこから四方といわず、全方位に火線が走った。
と、同時にルークもアーレスも下がっていた。
そこだけは火線がまるで避けるように走る。
これは……まずすぎる!
「アカツキ!」
アカツキが駆けた。
一瞬で俺の側へと至り、身体を抱えて跳ぶ。
身体には茜色の燐光。
魔力が吸われる感じがして、俺は目眩を覚えた。
エキオンもまた自力で跳び退っていた。
同時に部屋の入り口へと至って外に出る。
その扉の影へと入ることで火線を防ぐ。
扉が一瞬で燃え落ち、崩れた。
呆れるほどの火力だ。
それこそドラゴンのファイアーブレスを思わせる。
そして崩れた扉の向こうでまたアーレスとルークが待ち構えていた。
玉座を守るようにして。
一瞬思った。
このまま逃げた方が良いのではないか?と。
だが、逃げてどうするのだ?
ビフロンスはこの部屋から外には出ないだろう。
倒すにはこの部屋でなくてはならないのだ。
それに、今はここに、俺の目の前にいるが、一度また姿を見失えば、いつ、どこで、俺がどんな状態の時に現れるか分かったものでは無い。
あの骨身の魔物はブレーヴェとすら通じているのだ。
次にはどんな化け物がウムラウトへと送られるかも分かったものでは無い。
レギオンを倒した。
多くのディガーダーを、レッドスケルトンを倒した。
今こそがあの死者の王の戦力の底なのだ。
これよりもマシになることなんてない。
ウムラウトにしたって、すぐに戦力を増強できたりはしない。
ブレーヴェがいる以上、アキュートにも攻め込みやしないだろう。
ならば他国を頼るか?
良く知りもしない?
今だ。
今しかない。
今しかないのだが。
「マスター。このままやってもじり貧だぞ」
「分かっている。だがな、エキオン。俺は博打をやるにしても、そこに勝算がなくてはやらんぞ」
なにひとつとして失えない戦力。
なにひとつとして打倒し得ない敵。
こんな状況で、しかも敵が圧倒的に有利な状況で、博打なんて打てない。
「マスター、ひとつ聞く。ネクロマンサーの弱点はなんだ?」
「それは……色々あるが、結局魔力頼みってところか」
ビフロンスには無限の魔力がある。
少なくともそう見える。
ならば弱点にはならない。
「聞き方が悪かったか。今のマスターの弱点はなんだ?」
「それは……ある意味俺自身だな。俺が死ねば、お前らは滅ぶ」
「それはあちらも同じだろう?」
それはそうだ。
ルークはともかく、アーレスは滅ぶはずだ。
それにルークにしても命令者を失えばどうとでも出来る。
「3対3でやるからといって、1対1を続ける必要はない。それでは誰かが勝てない限り、永遠には勝てない」
エキオンの言いたいことは分かった。
俺とエキオンとアカツキと、同時にビフロンスに襲いかかって倒せば良いと言っているのだ。
だが、それを許さない骨身がいる。
突破しなければならない。
アーレスを。
ルークを。
「私がこれからひとりで行く。アカツキは失えない。私ならば最悪マスターの腕1本で済む。もしも私が失敗したならば、即座にマスターは逃げてくれ」
それしかないのか?
本当に?
だが、結局俺は何も思いつけはしなかった。
偶然でも何でも良い。
エキオンが道を作り、俺とアカツキがそこを走る。
もはやそれは策ともなんともいえない、ただの精神論とすら思えた。
「……分かった。エキオン、持っていけるだけ魔力を持っていけ」
「助かる」
エキオンが茜色の輝きをその手に宿す。
左手に剣を、右手に創造した魔法を手にする。
「エキオン。すべてを任せる。好きにしろ」
二度と言うことはないと思った命令を口にした。
それが最善な気がした。
「マスター、それではさらばだ」
そう残してエキオンが走り出す。
なぜだかエキオンは笑った気がした。
言葉はなかった。
表情はなかった。
それでも確かに笑ったように思えた。
俺とアカツキもまたわずかな間を置いてついて走った。
チャンスは一瞬。それも本当にあるかは分からない。
最初にアーレスがエキオンに立ちふさがる。
エキオンは最初に左手の剣を振るった。
アーレスはそれを受ける。
その瞬間に右手の魔法の剣が突き出される。
それはアーレスの対応を見ながらも、ほとんど同時に行われた。
並の剣士ならば、いや例えどんなに優れた剣士であっても防ぐことなどできなかっただろう。
アーレスはそれを防がなかった。
むしろ攻撃に出ていた。
アーレスの蹴りが伸びる。
それがエキオンの腹に当たれば、吹き飛び、結果的に魔法の剣は届かない。
エキオンもまたそれに対応していた。
読んでいたのか、それともエキオンの能力によるものか。
エキオンはもうその左手に剣を持っていなかった。
アーレスの蹴りを掴み、掴んだ時には放り投げる。
そこにルークの魔法が飛び込む。
ルークだけじゃない。ビフロンスの魔法も飛ぶ。
雷撃も炎も、すべてがひとつとなるように。
エキオンはそれに対して両手で手にした魔法の剣を振るった。
魔法の剣が伸びたように思えた。
俺を虚脱感が襲う。
それでも俺は走った。
アーレスは未だ宙にいる。
アーレスは動けない。
この間に1歩でもビフロンスに肉薄しなくてはならない。
エキオンの魔法の剣はただの剣では斬り裂けないはずの魔法を切り裂き、虚空に散らした。
あらゆるレイラインすらも切り裂く、その様はまるで奇跡のようにも見えた。
アーレスが地に足を着ける。
即座に跳ぶ。
エキオンもまた跳んでいた。
ルークに向かって。
迫られたルークはエキオンを嫌って跳んだ。
ビフロンスの傍らから離れた。
道だ。
道が出来た。
そこに俺も、アカツキも飛び込んだ。
「決着だね!」
ビフロンスが吠える。
その手から魔法が放たれる。
その魔法がなんだったのか、俺には良く分からなかった。
「アカツキ!」
俺の叫びですべてを理解したアカツキが前に出る。
ビフロンスの魔法をその手で弾く。
「馬鹿め!」
ビフロンスが嘲りの笑いを上げた。
ネクロマンサーの弱点は、ネクロマンサー自身となる。
それはビフロンスにも分かっている。
俺を殺せばすべては終わる。
そうだ。
それはビフロンスにしても同じこと。
このままアカツキがビフロンスを殴り砕けばそれで終わり。
すべてが終わる。
俺が勝利に逸り、そうするとビフロンスは確信していたのだろう。
目の前のアカツキが翻った。
俺の後ろへと走る。
そこには間近に迫っていたアーレスがいる。
金属音が響く。
俺に傷はない。
走れる。
魔力を失ってもう限界が近い。
それでも走った。
そこに勝利があると信じて。
未来を信じて。
「まさか!?」
ビフロンスが狼狽したような声を上げた。
剣を突き出す。
ビフロンスがへたり込んだ。
少しでも己の滅びを遠ざけるように。
ほんの少しの違いだ。
刃はもうすぐそこまで届いている。
届く。
届く。
届く。
衝撃が身体に走る。
何が起こったのか?
思考が止まる。
理解を拒む。
そんな俺を嘲るように、再びビフロンスが笑った。
その手に槍を突き出して。
「……ふっ、ふはっ!あーっはっはっは!言ったろう。アタシが造りたかったのは魔法を使い、剣を使うそんな死の体現者だと。どうしてアタシが武器を使えないと思ったんだい?」
ビフロンスのこの身体は誰のものだ?
俺は知らない。
どんな肉体の記憶を持っているのかも。
すべては演技。
ずっと演技していた。
嘘を吐き、俺を騙していたのだ。
武器など知らないと、魔法しか使えないと。
他人に預けるのは多くても半分まで。
俺に見せたのも半分。
俺の胸に刺さる槍、それはルークに刺さっていたハルモニアのものだった。
ルークの肩から抜いてただ放り出したそれを拾い上げ、鋭く俺へと突き出していた。
鎧は砕かれた。ただ突き出しただけではこうはならないだろう。アーレスやエキオンなみの技がなければ。
心臓が破れ、魔力が漏れ、血が流れる。
そしてそこにある刻印もまた砕かれた。
俺の背後でアーレスを押さえていたはずのアカツキが倒れる音を聞いた気がした。
崩れ去り、滅び去る。
ただの死体へと戻って。
俺はまた約束を果たし損ねたのだ。
グリパンを英雄にすることができなかった。
そのことを悔いる時間は無い。
血を吐き、呼吸すらもままならない。
「マスター!!」
その身に残っていた魔力でもってエキオンがアーレスを退け、俺に刺さる槍を切り裂く。
手にする魔法の剣が役目を終えたようにそれで消える。
エキオンが俺を抱えて跳ぶ。
その時にはもう俺の視界は閉ざされていた。
無駄だ。
それは言葉にはならなかった。
むしろ、意識があること自体がおかしいのだ。
なぜ、俺は未だ死んでいないのか?それとも既に死んでいるのか?
もしかすると、あのクソババアが俺に仕込んだという仕掛けによるものなのかもしれない。
まさか、もう始まっているのだろうか。
もう俺はババアの操り人形に、ババア自身になってしまっているのだろうか。
暗く、昏い。
「カドモス様!」
声を聞いた気がした。
悲痛な声。
誰の声だったか、思い出すのも苦しい。
それは俺の未来だったはずだ。
そのはずなのに。
ただ、思った。
どうか悔やまずにいて欲しいと。
「おやおや、間に合わなかったね。まあ、間に合ったところで、目の前で死ぬか、死んだ後かの違いだったさ。さあ、アーレス。茶番は終わりだよ」
茶番?
今までの戦いはずっと茶番だったのか?
哄笑を聞いた気がした。
すべてを呑み込むような狂った笑い。
呑み込まれるというのだろうか。
俺の未来も。
彼女の未来も。
死者に未来なんてない。
俺は死ぬ。
それは分かっている。
それでも俺は願った。
どうか。
未来を。
彼女はまだ死んではいない。
魔法式を脳裏に描く。
ひとつの魔法を展開する。
もしも俺にまだ魔力があるのなら。
死体はここにある。
どうか守ってくれ。
この身体がどうなっても良い。
だから。
この願いだけはどうか。
応えよ。
俺の願いに応えるものが果たしてあったのか。
俺はその結末を知らない。
カドモス・オストワルトはここで死んだ。
かつてビフロンスと呼ばれ、孤軍と称され、大戦を渡り歩き、そして東方で英雄になろうとして失敗した、ただのひとりの男の死がそこにあった。
2016/06/03 18時に次話を投稿します。




