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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
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廃都ティルデ

 リッチの消滅と共に、レギオンはその動きを止めた。

 すべてのゾンビが止まり、崩れ、本当のただの死体の山と化す。

 あのリッチこそがすべてのゾンビへの魔力の供給源だったということだろう。

 死体の山からアカツキと共に下りて、ハルモニアとエキオンの姿を探す。

 向こうからも下りていく俺の姿が見えたのだろう。

 いくつもの騎影が俺へと駆け寄って来た。

 ハルモニアもエキオンも無事だ。

 他のスケルトンも健在だった。


「カドモス様!無事で!……本当に良かった」


 ハルモニアは馬から飛び降りるようにして俺のもとへと走り寄り、笑い、そして涙を浮かべていた。

 俺もまた笑った。

 本当にハルモニアが無事で良かった。

 ハルモニアを抱きとめると、エキオンが声を掛けてくる。


「まったく気の使えない言葉で済まないが、後にした方が良くないか?マスター?」

「……本当に気の使えない奴だな」


 そう思うものの、エキオンの言葉ももっともだった。

 姿を現さなかった者がいる。

 ルーク、イース、それにアーレス。

 いったいこれがどういうことなのか?

 ババアが現れたのに、ここには役者が揃わなかった。

 強い違和感が残る。

 だが、調べるにしても、今行うのは危ういだろう。ルークは罠を使う。それも人の心の隙をつくような。この死体の山が大爆発したりしてもおかしくない。

 そっとハルモニアの身体を離し、馬に乗ってレギオンの残骸から離れていく。

 終わった。

 終わったはずなのに、釈然としない。

 リッチとなったババアを倒したのだ。

 そう思えば思うほどに、やはりおかしいと思えた。

 確かにあれはババアだったはずなのに。

 まるで幻影を相手にしていたのだと言われた方がしっくり来るのではないだろうか。

 レギオンから離れるほどに、トレマに近づくほどに強くなる違和感。

 それはやがて確信に変わる。

 やはり何も終わってはいなかったのだと。

 疲れを癒す間もなく俺はティルデを目指す。

 そこで目にするのだ。

 真の敵を。

 その姿を。






「やったのか!?カドモス!!」

「ああ。もう化け物は街には迫っていない。後であの死体の山をどうにかする必要はあるがな」


 トレマに戻った俺たちを街の門前で出迎えたダニエルと、それに周囲の僅かな貴族、軍の人間たちには晴れやかな笑顔があった。

 ドラゴンに続いてレギオンを打倒した英雄の帰還。

 それを喜ばない者はいなかった。

 ダニエルが連れて来ていたバンザイが俺へと飛びついてくるのを、その頭を押さえて押しとどめる。


「すぐに街中に伝えるんだ!危機は去ったのだと!」


 ダニエルの言葉に貴族も兵士も走り去っていく。

 化け物が滅んだことを喧伝しながら。


「ブレーヴェの方はどうなっていますか?」

「それなら大丈夫だ。既にこちらが押し返し始めているとの連絡が入った。あの化け物が倒されたことを知れば、すぐにも撤退を始めるだろう」


 普段なら嫌悪感を表すハルモニアに対しても、笑顔でダニエルは答えた。

 化け物退治を共に行ったことで、多少は評価が良くなったのか、それとも単に機嫌が最高潮に達しているからか。


「さあ!凱旋だ!悪いが大層なものは何も用意出来ていない。それでも皆にその姿を見せてやってくれ!見たいはずだ!英雄の姿を!今すぐに!!」


 門をくぐり、街に入る。

 喧伝に走った者たちの声が届いたのか、そこには人々が集まっていた。

 最初にあったのは疑うような目つきとざわめき。

 そこに俺が姿を現して、歓声が上がる。

 決して多くはない兵士が俺へと殺到する人々を押しとどめて、その中を進んでいく。

 誰も俺を恐れていなかった。

 俺と共に進むスケルトンもだ。

 声が広がる。

 カドモス・オストワルト!

 万歳!

 ウムラウトを救った英雄!

 万歳の声に、バンザイが両手を振り上げてきょろきょろと人々を見渡す。


「お前のことじゃない。ったく」


 そう言う俺をハルモニアがにこやかに見る。

 俺も笑っていた。

 リッチを倒した時には、本当に終わったのか、疑わしい気持ちばかりが立っていたが、こうして迎え入れられれば終わったという実感が湧いて来る。

 確かに俺は倒したのだ。

 掴み取ったのだ。

 未来を。

 貴族院の中へと入り、そこで少しばかりの休息を取る。

 戦い、終われば馬を走らせて戻って来た。

 疲れがないはずがない。

 このまま横になって眠りたいという思いもあった。

 だが、すぐにそれもダニエルに呼ばれてしまって実行出来なかった。


「すごいぞ!街中の人間が周りに集まっている!皆、君の名前を呼び続けているよ!もう一度、見せてやってくれないか?」


 まるでこのまま王にでもなれそうな勢いだった。

 そう自嘲した時に、はたと思った。

 そうだ。

 奴は王だった。

 死人の国の王。

 ウムラウトの隣にその国がある。

 その国は今、どうなっている?

 そこにあるすべてのアンデッドが、あのレギオンのように動きを止め、死体に帰ったと?

 ひとつの絵が見えた。

 ルーク、イース、そしてアーレス。

 姿を見せなかった者たちがそこに集っているのではないか?


「どうした?さすがにもう動けないほどに疲れたか?」

「大丈夫ですか?カドモス様?」


 ハルモニアが、ダニエルが俺を窺うように見ていた。


「いや、なんでもない。大丈夫だ」


 そう口にしながらも、俺は決めていた。

 すぐにでもあの国を調べなくてはならないと。

 少なくとも、自らを悪魔と称するネクロマンサーがまだひとり残っているのだ。

 それは放っておいて良いはずがないのだから。






 その手紙を受け取ったのは、英雄騒ぎが一段落して休み、俺もブレーヴェとの会戦に向かった方が良いのか、協議しようとした時だった。



 さすがですね、カドモス様。

 ですが、これで本当に終わったとお考えですか?

 お疲れのところ、申し訳ございませんが、アキュートの本都ティルデでお待ちしておりますので、お越し下さい。

 是非とも、カドモス様にはお見せしたいものがございます。

 おひとりでも、大勢でお越しになられてもいっこうに構いませんが、トレマには兵を残しておいた方が良いと思いますよ?

 

 ガミジン



 手紙を持って来たダニエルは既に読んだらしく、渡そうとすると首を振った。

 既にルークがあちら側であることをダニエルも分かっている。

 ダニエルは人づてに渡されただけのようだった。人から人に、巧妙に手配されたそれは、既にいつ、誰の手によって渡って来たのかは分からなくなっていた。

 手紙に目を落とすダニエルは悲壮感のある目を見せている。


「いつからルークはこうだったんだろうな」


 才能のある男を、国を共に変えていける男を見つけてダニエルは喜んだはずだ。

 それが、実際には悪魔に魂を売り渡し、それどころか国すらも売り払おうとしている。

 その本質を一切悟らせることなく、事を成すまでじっと静かに周囲を見つめていた。

 それが出会った時には既に本物のビフロンスの手下だったならば、ダニエルには、この国に争乱を引き込んだ元凶が自分のようにも感じられるはずだ。


「さあな。ただ、ルークはあのクソババアに出会って変わったと言っていた。アイツが出会い、魅かれ、それで人の道を踏み外した。きっとそれは誰にも止められないことだったんだろうさ」


 スケルトンに魅せられ、死に魅かれた男。

 アイツがネクロドライブを使える以上は、あの男はきっとどこかで一度死んだことがあるのだ。

 心臓が止まり、そして再び動き出した。

 それで生まれ変わってしまったのだ。

 悪魔に。


「自ら悪魔と名乗るなら、人が滅ぼさなくてはな。悪魔とは滅んだ者の名だ。それを名乗るというのなら、自らがやがて滅ぶことを知っていると言うに等しい」

「……君は?君も自分を悪魔だと思っているのかい?」


 ビフロンス、か。

 そう名乗るのならば、俺自身もまたやがて滅び去るのだろう。


「そうだな。きっといつか報いを受ける。それだけの行いはしてきた」


 殺し、欺き、そして生きて。

 孤軍と呼ばれ、戦い、殺し、殺し抜いた。

 スケルトンの手で、俺の手で殺し、死体の山を積み上げて来たのだ。

 家族もあっただろう。

 ハルモニアのように、父の仇と俺を恨む人間も大勢いるはずだ。

 もしも俺が国を築けば、きっと訪れる者がある。


 悪魔は人に滅ぼされる存在なのだ、と。

 お前は悪魔なのだ、と。


「だが、それは今ではない。今は守りたいものがあるんだ。報いを受ける覚悟はある。だからそれまで待って欲しい」


 ダニエルが微笑んで俺の肩を叩く。


「君はもう、この国になくてはならない人間だよ。君は悪魔じゃない。英雄だ。この国の誰もがそれを知っている。君に守られた者たちは決して忘れない。君が何者であるかを。これからは君に守られた者たちが君を守る。だから、私にも守らせて欲しい。カドモス、君のことを」

「……ありがとう」


 ルークからの招待を俺は受けることにした。

 これは絶対に罠だ。

 行って、何も無くルークに会い、それで終わるはずがない。

 ダニエルは行かなくても良いと俺を説得した。

 ハルモニアもそれに追従した。

 行くのならばブレーヴェを倒し、その後で軍を率いて向かえば良いのだと。

 それをしようとすれば、ルークはきっともっと酷い策を用意するだろう。

 攻めるならば今しかないのだ。

 レギオンほどの戦力を投入した後で、同じくらいの戦力が現れる可能性は低い。

 また時間を与えれば、それこそ今度はもっと巨大なレギオンが現れてもおかしくない。

 奴は今、消耗している。

 こちらもそうだが、それでも俺には今しかないと思えた。

 ルークの本質はあのクソババアに近いものだ。

 犠牲を厭わず、効率をこそ考える。

 必要があれば、どんなことでもする。

 そういう男に見えた。

 ハルモニアもダニエルも説得し、最後には例え俺ひとりでも、何をしてでも向かうと告げて、ようやくふたりは折れた。

 すると今度は今、トレマに残っている兵力を最大限持っていくべきだと主張し出す。兵力はいくらあっても惜しくない。それは確かだ。

 ルークはそんな事態を恐れているのだろうか。トレマに兵を残せ、この言葉は単なる脅しとも取れたが、ルークの手腕を考えれば、俺もダニエルも知らない倉庫から突然スケルトンが溢れ出さないとも限らない。

 結局はルークの目論み通りにトレマの戦力をほとんど残し、俺は3百の兵士を借りて、ハルモニアと共にティルデを目指して出発した。

 バンザイはダニエルに預けたままにした。それも、依り代ごとダニエルに渡した。

 バンザイはそれを最後まで受け入れているようには見えなかった。

 駄々をこねるのではなく、いつまでも俺について回った。

 仕方なしに俺はバンザイの魔力を解放し、ただの骨身に戻してダニエルに預けた。

 いつか誰かが依り代を介して魔力を通せば、またバンザイは動き出すだろう。

 そう思って、それが自分ではないと考えていることに驚いた。

 ハルモニアに言えば、きっと哀しい顔をしただろう。

 だから、俺はそんな想像を誰にも話さなかった。

 スケルトンソルジャーの依り代はハルモニアに預けたままにした。

 それが彼女を助けると信じて。

 俺の身はエキオンとアカツキが守ってくれる。

 リッチすらも退けたのだ。

 俺に侍る戦力として、不足はない。

 トレマを出る前、フェネクスが現れるんじゃないかと想像したのだが、最後まで現れなかった。

 奴にはグリパンの剣を預けたままだ。それを届けに現れ、がんばってね、などと気軽に言いそうなものだった。

 それが現れなかったということは、きっとこれから向かう先というのはそんなに悪い事態は起こらないのかもしれない。

 トレマを出て、大森林へと向かう。

 かつては人間の侵入を拒んだそこも、今では様相が変わっている。

 道が出来ていた。

 レギオンが進んで来た跡がそのまま道となっていた。

 1本の木も無く、魔物の姿もない。

 きっと食われたか、逃げ出したかしたのだろう。

 不気味なほどに静かな道を行く。

 そして大森林を抜け、アキュートに至る。

 影絵の国。

 死者の国。

 俺たちは生きたままそこに入り、ひとつの都に至る。

 廃都ティルデ。

 かつてドラゴンが滅ぼし、今はネクロマンサーが統べる都。

 ルークが待つ街。

 この街こそが、俺を待っていた最後の運命だった。


 ◇◇◇


 俺の最期の記憶を聞いて、少女は涙を流す。

 分かっていたはずだ。

 俺は死体だったのだ。

 死体は死んだ者がなるものなのだから。


「俺は死んだ」


 確かにそれが実感としてこの身体にあった。

 だが、本当に最期の瞬間というのは覚えていない。

 記憶にない。

 そこで何があって、今のこの状況に至るのか。

 俺は待っていた。

 予感?

 違う。

 確信だ。

 俺にはまだ役目があるのだろう。

 きっと訳知り顔で語ってくれるはずだ。

 俺の最期の瞬間を。

 そして、この骨身の身体の最期の役目を。

 少女が泣いている。

 その泣く姿は、声は、俺に遠い日となってしまったあの日のことを思い出させる。

 少女が泣いている。

 俺はそっと、その肩に触れた。

 冷たく、何の熱も宿さない、骨身の身体で。


 ◇◇◇

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