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スケルトンの述懐  作者: ぎじえ・いり
本物のビフロンス
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ひとつの夜ひとつの思い

 ハルモニアを部屋へと招き入れると、室内にあった一脚の椅子に座った。

 俺はベッドに腰掛け、ハルモニアを見る。

 いつも通りの無表情。

 なのだが、頬が赤らんでいるように見えるのは、照明のせいだろうか?

 そういえば、鎧姿と軍服姿以外のハルモニアの服装を見るのはこれが初めてだったか。

 そう思うと、ハルモニアがじっと俺の目を見た。


「どうした?明日はキツい戦いになるのは目に見えている。休まないと辛いぞ」

「……大丈夫ですか?」

「そうだな。まあ、勝算はあるさ。ドラゴンとだって戦えたんだ。なんとかなるだろう」

「違います。明日のことではなく、今の貴方です」


 それほどまでに俺は酷い顔をしているのだろうか?

 もしかすると、隈でも出来ているのかもしれない。


「少しでも寝ればなんとかなる。そんなことをわざわざ確認に来たのか?」

「あの時、カドモス様は確かに落ち込んでおられるように見えました」

「ガサツが滅んだ時か」

「大切な方が亡くなられて、それで造られたスケルトンだったのではないですか?」

「……大切だったかどうかは分からない。だが、そうだな。もしも今も共に生きていられたら、もっと違う道があったかもしれないな」


 それはガサツだけじゃないだろう。

 ゴキゲンも、カタブツも、ドジっ子も、皆、生きていれば違う道があった。

 だが、それはなかったのだ。

 なかったからこそ、俺は今、ここにいるのだから。

 陽気な暗殺者はもういない。

 生真面目な兵士も、もういない。

 山猫もだ。

 俺だけが生き残った。

 俺だけが生きている。

 俺はそのことを悲しむべきなのだろうか?


「こう申し上げては、貴方に嫌われるかもしれませんが……」


 そこまで言って、ハルモニアは一度視線を俺から逸らした。

 すぐにまた俺をまっすぐに見る。


「貴方がこの道を来てくれて私は良かった。カドモス様、貴方がいなければ、私はきっと仇を討てなかったでしょう。仇を討ったとしても、私はそれで終わっていたでしょう」

「……」

「私には何もありませんでした。ただ為すべき事があるだけで、それは生きる道ではなく、死ぬための道でした。殉じるために、それ以外に目的はなく、それを果たした時こそが死を許される時なのだと。私は許されたかった」

「誰にだ?」

「父に。守れなかった民に。仇が生きている事を許していると、私はずっと責められている気がしていました。誰も私を責めてなどいないのに」


 だから笑えなかった。

 だから笑いたくなどなかった。

 誰にしたでもない約束が果たされる時まで。


「そんな私をあなたが許してくれた。私には未来などなかった。何もなかった。そんな私を許してくれた」


 もう良いんだ。

 良くやった。

 終わったんだ。

 

 終わったんだ。

 その言葉に、やっと終わることができたのだと。

 ハルモニアがケープを脱いだ。

 薄い夜着に、ハルモニアの肌が透けて見えた。


「私には未来がありません。だからあなたが未来を下さい。どうか」


 ハルモニアが俺へと歩み寄り、肩に手を掛ける。

 そっとベッドに押し付けられる。

 ハルモニアの髪が揺れた。

 照明に煌めく。

 綺麗な髪だった。

 そっと手を伸ばし、その髪に触れた。

 俺にあるのも過去ばかりだった。

 死んだ。

 死んだ。

 死んだ。

 その死を引きずって歩き、振り向けばいつも道は血で汚れている。

 前を向くのも怖かった。

 その先に老婆が待っている気がして。

 死を司る騎士が待ち構えている気がして。

 だから俺は過去を見ていた。

 逃げる自分に怯え、戦う事でそれをごまかしていた。


「ハルモニア、俺も未来が欲しい。ずっと俺は未来が欲しかった」


 平穏に怯え、戦う度に死と交わり、そしてひとりで旅に出る。

 どこにも落ち着くことなど出来なかった。

 誰にも安らぐことなどなかった。

 安らぎは失われる。

 体温は消え失せる。

 誰にも死が待っている。

 その死をずっと見つめてきた。

 もう俺は安らぎを恐れたくはない。

 ハルモニアの頬に触れる。

 温かい。

 僅かに震えている。

 体温。

 鼓動。

 確かに生きている。

 ハルモニアも。

 俺も。

 唇が触れ合う。

 その歯が触れて、ハルモニアが照れたように笑った。

 俺もまたくすぐったい気持ちになって笑う。


「未来を」

「未来を」


 再び唇が触れ合った。






 夜が明けた。

 手を握り、開く。

 魔力は満ちている。

 頭も冴えている。

 迷いもない。

 ベッドに寝ているハルモニアの横顔を見る。

 その顔は安らかだった。

 確かにそこに未来がある気がした。

 不意に気配を感じて扉へと歩く。

 開ければそこにはアカツキとエキオンがいた。


「……」

「……」

「……良い朝だな」

「……ああ、そうだな」


 気配に敏いエキオンが、中にハルモニアがいることが分からないはずがないだろう。


「こういう時は気を使うもんじゃないのか?

「それでマスターがルークに襲われでもしたら困る」


 エキオンの言葉にアカツキが頷いていた。

 ……なんか、お前ら、妙に仲良さげだよな。


「まあ、なんにせよ、マスターの気力が満ちているのなら、私にとっては喜ばしいことだ」

「放っとけ」


 そう言って、2体を中には入れずに扉を閉めた。

 その様子をハルモニアが身を起こして見ていた。


「やっぱり話してるじゃないですか」


 もうごまかしてもしょうがないだろう。

 俺の未来はこの女と共にあるのだから。


「すべてが終わるまでは秘密にしておいてくれ」


 化け物を倒し、ルークを、イースを倒し、そしてババアとアーレスを倒す。

 そうしたらもう恐れるものはない。

 何も恐れる必要はないのだ。

 俺の言葉にハルモニアは人差し指を唇にあてて、微笑んだ。

 そっと秘密を分かち合えることを喜ぶように。

 朝日を受けて、その笑顔は輝いていた。






 無数の死体が蠢いていた。

 絡み合い、もつれ合い、それでも誰も痛みを訴えたりはしない。

 レギオン。

 去り際にルークが残した名前はこの化け物のことに他ならない。

 男も、女も、大人も、子どもも、老人も、関係無しに、誰も彼もが手を伸ばしている。

 その手が何かを掴むと、それはレギオンの内部へと引き込まれていく。

 そうして内部からまた別のゾンビが表に現れる。

 濁った目で外を見、手を伸ばし、虚空を掴む。

 苦痛から逃れるように。

 既に腐敗が進んでいて、酷い臭いが風に流されて俺の元まで届いた。

 離れていても、その巨大さが分かる。

 ヒュージスケルトンよりも大きい。

 あのドラゴンよりも大きかった。

 いったいどれほどの人間の死を積み重ねたのか。

 文字通りの死体の山だ。

 それがなめくじのように、這うようにしてこちらへと、俺の背後の彼方にあるトレマを目指して進んでいる。

 もしもトレマへと辿り着いたら、為す術もなく、誰も彼もが取り込まれるだろう。

 トレマだけじゃない。

 それこそ戦術魔法でも打ち込まない限りは、何もかもが飲み込まれてしまう。

 そんなことをさせる訳にはいかない。

 偵察に向かわせていたエキオンがゴキゲンを伴って戻ってきた。


「どうだ?」

「おそらくはいないだろうな。あの山の中心にでもいたら分からんが、相手は一応人間なんだろう?」


 人間ならば呼吸が必要だし、内部はきっと腐敗が進んで熱もこもっている。

 生きた人間が耐えられるはずがない。


「そうか。なら計画通りに進めるか」


 俺の予測は当たったようだった。

 レギオンの中にババアがいるか?

 俺はいないと踏んでいた。

 あのババアが自ら動くはずがないと。

 何もかもをスケルトンにやらせるのがあのババアの常だった。

 そうそう自ら現れたりはしない。

 もしも、いたらそれこそ即座に戦術魔法でもなんでも打ち込んで欲しいものだったが、いないのでは仕方無い。


「さて、久しぶりの出番だな」


 傍らにある巨体を見上げる。

 ガラクタと名付けたヒュージスケルトンが立ち上がる。

 こちらの用意した戦力はスケルトンソルジャーが3体。それにヒュージスケルトンが1体。スパルトイが2体。それに俺とハルモニア。これですべてだ。

 バンザイはダニエルに預けて来た。

 アイツがここに来ても、何の役に立たないのは明らかだ。

 例によって駄々をこねると思ったが、今回は本当に危ないことを理解しているのか、手を振って俺を見送った。

 その様子は、表情などないのに心配げな雰囲気が漂っていた。

 実際に、どうなるかは俺にも分からない部分は多い。

 事前の情報は決して多くはなく、相手が何をしてくるのか道の部分が多いのだ。

 明らかなのは、あの化け物にはドラゴンを倒した方法は通用しないということくらいのものだ。

 インシネレイションでは、手近な1体のゾンビを焼き尽すだけで、全体を燃やし尽くすことはできない。

 俺の手の内を知って、あのババアが考えたのだろう。

 どんな強力な魔法でも、表面の一部のゾンビしか倒せない。

 一撃で倒すのは不可能。

 間近からルークが使ったような強力な魔法を一度に大勢で叩き込めば、それなりに効果が見込めるが、あれ相手に近づくのは危険でしかない。

 砦を一撃したという攻撃方法だってあるのだ。それにそもそも上位の魔法を使えるような兵士はブレーヴェ相手に出払ってしまっている。

 普通、射出系統の魔法というのは、飛翔していく間にも魔力を消費する。飛ばす方に魔力を持っていかれて、威力の方が低くなってしまう。魔法に頼るのであれば、戦術魔法でなければ、あれを倒すのは無理だろう。

 魔法では、だ。


「あれは結局、蟻と同じだ。問題は、その蟻が人と同じ大きさで、しかも固まっていて砦並みにでかいってことだ」


 ガラクタが飛び込んでいって拳を振り回しても、それで倒し得るとは考えられない。

 むしろ、全身にびっしりとまとわりつかれて、動きを完全に封じられることすら考えられる。

 ならばそういう相手にはどうしたら良いのか?


「後は任せる、ドジっ子。ガラクタ、やれ」


 ひとつは近づかないことだ。

 ガラクタが自信の拳ほどのガレキを持ち上げる。

 幸いなことに、と言って良いのかは分からないが、今、トレマには売るほどにそれがあった。

 そしてそれを振りかぶって、投擲した。

 ガレキはレギオンに届くことなく手前に、それも逸れて落下した。

 肩に乗るドジっ子が、結果を見てガラクタの立つ位置を変えた。

 人間ならば、一度ごとに力の掛かり方も、動きも変わる。

 その度に落下する位置も変わるだろう。

 だが、スケルトンは違う。全く同じ動きが出来るのだ。

 だから、位置だけ修正すれば、今度は届く。

 そのことを証明するように、再びガラクタがガレキを投げた。

 空気が震えたような気がした。

 あっという間に空へと飛翔し、彼方へと飛び去っていく。

 その先には死体の山。

 届く。

 そう判断した時、山が動いた。

 その頂上部が伸びていく。

 まるで首をもたげるように、揺れながらも天を目指す。

 そしてその首がしなる鞭のように振るわれた。

 ガレキと首の先端がぶつかる。

 ガレキは割れ砕けながらも、レギオンから逸れた。


「どういう仕組みで動いているんだか」


 驚くよりも先に呆れが立った。

 見事に防がれていた。

 しかし、そのおかげで俺の推理が外れていないと思えた。


「ガラクタ、続けろ。それじゃあエキオン、アカツキ、行け」

「待ちかねたぞ」

「言うからには結果を見せろよ」

「是非もない」


 エキオンは走り去る前に、まるでバンザイを真似るように敬礼していた。

 その敬礼にバンザイがあたかも嬉しそうに敬礼を返す。

 アカツキもまた胸に手を当ててから、走り去っていった。

 スケアクロウの馬はない。

 必要無いからだ。

 実際、あの2体が本気で走れば馬よりも早い。

 走り去る2体を追い越すようにガレキが飛翔する。

 それも再び防がれる。

 だが、無駄ではないのだ。

 ガレキが防がれる度に、衝撃にゾンビが弾け飛ぶ。

 相手は死体の山。

 山と戦おうと思ったら、どうすれば良いか?

 魔法に頼らず、戦うならば何をする?

 答えは簡単だ。

 削れば良い。

 崩れるまで、山を削り続けるだけだ。

 少しずつでもガレキがレギオンを削っていっている。

 一撃では倒せないのだから、これで良い。

 敵が千なら、千倒せば良い。

 敵が万なら、万倒せば良い。

 それで倒せない敵はいない。

 ただし、これでレギオンがトレマに辿り着くまでに倒せるかは微妙なところだ。

 それほどにあのレギオンは巨大だ。

 途中の大森林で魔物の群れすらも取り込んでいるのかもしれない。

 それが魔力の元となっているのだろう。

 だからこそ、人間の兵士を寄せ付ける訳にはいかない。

 戦うのならば、同じアンデッドでなければならない。

 2体のアンデッドがレギオンへと辿り着く。

 エキオンが刃を振るう。

 創造魔法で造り直された、両手剣よりもなお長大な剣を軽々と振るって。

 アカツキが舞う。

 拳が斧に、蹴りが剣に、全身が武器だと言わんばかりに、伸ばされた手が、その胴体ごと、頭ごと潰されていく。

 もしも人間が挑んだならば、その圧倒的な物量の前に怯んだだろう。

 迫り来る無数の手に、どれを最初に相手にするべきか、判断を間違えればその瞬間に飲み込まれてしまう。

 アンデッドにはそれはない。

 迷いはなく、あるのは冷静な判断だけ。

 集中力などというものもなく、疲労などあるはずがない。

 常に最適の判断であり、常に最高の実力を発揮する。

 それがアンデッド。

 2体のアンデッドが迫り来る無数の死に対抗する。

 その速度はガラクタの投擲よりも早くレギオンを削っていく。

 別にゾンビの1体1体は無敵でもなんでもないのだ。

 だから、この敵は無敵では無い。

 いつかは倒せる敵なのだ。


「カドモス様!様子が!」


 エキオンとアカツキに注視していて、俺はそれに気が付くのが遅れた。

 山が、大きくなった?

 死体の数が増えるはずがない。

 増えない以上は大きくなるはずがない。

 それでも大きく見えるならば、単に形を変えただけだろう。

 形を変えて?


「まずい!さがれ!」


 俺の命令は2体には届かなかっただろう。

 レギオンが脈打った。

 そう見えた次の瞬間にはそれが起きた。

 山を崩せば、何が起こる?

 そう言わんばかりの現象だった。

 実際には、レギオンが自ら判断してそれを起こしたのだ。

 山崩れ。

 死体の雪崩。

 そんな自然現象のように、あまりにも巨大な死体が波打って2体に襲いかかった。


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