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6、天秤授業

6、天秤授業



チルトたち生徒は、四人掛けの作業台にそれぞれ座っていた。

いつもの教室とは別の、班作業がしやすい机を使った、廊下のならびを折れたところにある教室である。

席順は教師によって適当に振り分けられ、チルトはあまり面識のない女の子と、対面して座っていた。

「それでは生徒諸君、机の天秤は何もなくとも吊り合っているかね、」

よりによって、あまり真面目に受けることが気の進まない、サントマルテ先生の授業だった。

真ん中の机には、支え棒から伸びて、両端から硝子の小皿を垂らして吊り合う、天秤計りがあった。

小皿を吊すひもだけが、硝子ではない。

少しでも触れるとゆらゆらと揺れて止まらないそれは、それぞれの二人組に一台づつ、作業机の上に置かれて静止していた。

それと、丸く小さなてのひらに乗るほどの硝子が、ひとりにひとつずつ、それぞれ色の違うものが配られて、下に置かれていた。

チルトの手元のそれは青く、対面のそれは、赤く炎を雫にして垂らしたような硝子石だった。

「それでは、これから教えるのは“感情を硝子にたくす”、方法だ。硝子が、感情を吸ったり、感化されやすかったりする性質を持っていたことは、前の授業でも扱った通りだが、今日教えるのは、その性質を利用して、自分の重さを端的に取り除く方法だ。あまり多用したり、主要な部分をたくしてしまったら不安定にもなることがあるが、問題はない。きみたちはこれによってもう一歩、階段を上ることができるだろう。さて、生徒諸君、手元の硝子石を手に取りたまえ。」

生徒たちは、それぞれに手元の硝子石を手に取った。

サントマルテ先生は、細く毛先の伸びる筆を取ると、板受けにある白色インクに栓を開けて浸し、長めにとられた教卓の奥に掛かる硝子板に、手順を書き始めた。

途端、硝子石を片手に生徒はノォトを取り始める。

“感情を硝子にたくす手順”“一、硝子を口に合て、奥歯で”“Gachiri”と噛んで指で弾く。二、言葉を唱える、冷たい硝子、冷たい硝子、今からいぶきを食べましょう。三、胸に当ててたくしたい感情を思い巡らす。”

「それでは手本を見せよう、」

まずサントマルテ先生は、硝子石を二つ、それぞれ教卓に置かれた天秤の両端に置いて、それが吊り合うことを示した。

すると片方の灰色のを取って、硝子板に示した手順通りに、硝子石を扱った。

そしてもう一度、一方に傾いた天秤の空になった小皿に戻した。

しばらく反動で揺れるが、やがて落ち着くと、今置いたアッシュ色の硝子石の方に、天秤は少し傾いていた。

「今私は、身だしなみに関しての感情を捨てた。大して重くもないが、この通りだ。結果として私は、しばらく上着の釦をかける気が起きないだろう。」

笑いを取るつもりなのかは分からないが、生徒は特に誰も笑わなかった。

笑ったのは、トラスぐらいだ。

「それでは生徒諸君、きみたちの番だ。硝子にたくしてもらう感情は、それぞれ正面に座っている生徒へのものだ。それぞれに正面の生徒に向けた想いを、硝子石にたくすように。」

言われて、ふと正面の女の子を見たチルトと、丁度女の子の眼が合った。

交流の薄い教室なので、いまいち名前も分からない。

チルトやエルアよりも、歳は少し上といったところだった。

赤髪のもと、碧眼が際立たしい。

サントマルテ先生の言うことに、一瞬生徒たちは戸惑ったが、すぐにそれをし始めた。

まず互いのを天秤に置いて、吊り合うことを確かめると、手に取る。

互いに対しての気恥ずかしさも、生徒たちにとってはほんの少しだ。

紅茶に入れる、角砂糖ひとつ分。

しかしそれも、硝子にたくせばなくなってしまうことだろう。

授業なので、チルトも手順に従って試すことにした。

硝子を奥歯で噛んで、向かいの女の子の、ちらりちらりとチルトを伺う眼が気になったが、それでもチルトはその女の子に対する感情を青い硝子石にたくした。

赤髪の女の子も出来たらしく、互いの硝子石が天秤に置かれた。

すると天秤は、釣り合いを失ってしばらく揺れた。

鎮まると、天秤は一方に傾いていた。

赤い硝子石。天秤は、女の子の硝子片に傾倒していた。

天秤の向こうの碧眼と出会うと、彼女は言った。

「小さいものが、好きなの、」

しかし、女の子のチルトを見る眼からは、すでに初めのような気恥ずかしさは消えて、何だか何も感じられなくなっていた。

まるでものを見るような眼だと、チルトは思った。

そしてもしかしたら、今の彼女を見る自分も、そんな眼をしているのかもしれないと、チルトは考えた。

生徒たちの天秤は、傾いたまま静止する。



授業が終わると、チルトはあの優等生の女の子に声を掛けようとしたのだが、女の子は取り合わずに行ってしまう。

“お願い”のことを詳しく聞こうとしたのだが、朝からそんなふうに応答が取れなかった。

生徒たちが同じように教室を出ていく中で、ルビーが肩を叩いた。

「サントマルテ先生、ちょっと元気ないふうだったじゃない、? やったわね。昨日の手紙が効いたのかしら。それはそうと、手紙の示した先のことは、おもしろかったわね。あんな場所、生徒の内でも知っているのは私たちくらいなんじゃないかしら。綺麗だったわ、“展覧会”。一体、なんのためにあるのかしらね。あ、リラシーラが行ってしまうわ。水拭き手伝ってあげたいけど、悪いわね。後で、」

ルビーがてのひらを返して、生徒に混じって行ってしまった。

エルアは昔に取った授業らしく、いなかったが、さぼりかもしれないとチルトは思った。


今日の水拭き係であるチルトは、布ふきんに水を浸して、教室の硝子板を拭いていた。

生徒たちが先に元の教室へ帰った中、チルトだけが居残って、授業の内容を消していた。

背丈が足りないので、椅子を重ねる。

まだ作業台の天秤が、幾つかゆらゆらと揺れていた。

「やあチルトくん、ご苦労様。ちゃんと感情は、硝子石にたくせたかい? まあきみのことだから、失敗したんだろうけどね。しかし今回の授業内容は、きみには重要なはずだよ、チルトくん。きみはあんな方法でも覚えないと、体重を減らせないと、思うのだからね。」

居残って片づけをしていたのは、サントマルテ先生も同じだった。

丸い頭に収まる顔に、いやらしい笑みを浮かべていた。

先生はまた、チルトに嫌みをぶつけてくる。

「次の授業の先生が使うのだから、硝子板はしっかりと綺麗にね。ほらそこが残っているよ、上だよ、ほら、もっと上だ、」

しまいには背の低いことをからかって、サントマルテ先生は扉へ向かった。

「サントマルテ先生、その集めた硝子石は、どうするのですか、?」

教室から去りかけたサントマルテ先生を呼び止めて、チルトは訊ねた。

先生は授業で使い終えた、感情のたくされた硝子石を納めた袋を腕に抱えていた。

「これかい? さあ、私は知らないよ。他の先生方が、きっとお決めになるだろうね。そんなことより、きみは硝子拭きに集中しなさい。それじゃあ、次の授業に間に合わないよ。ほら、まだまだ上が残っているよ、上が、」

 チルトが手を動かす中、サントマルテ先生は哄笑を上げながら教室を去っていった。

もう片方の手に、いつも持ち歩いている木函を引きずっていく。




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