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5、展覧会

5、展覧会



青白く、碧色にも見える光と色が、眼に飛び込んできらめいた。

チルトは一瞬そこが、また図書館なのかと錯覚した。

それほどに天井も高く広い場所で、棚もたくさん高くならんでいた。

しかし今度は、柱に付いている形ではなく、大きな棚が、整然と幾列もならんで置かれていたのだった。

リラシーラが本を広げて朗読し始めた。

表紙をのぞき込む。

“個々の展覧会について”


“自分の中には、ひとりにひとつづつ、“展覧会”がある。

その棚には遺伝としてあらかじめならべられているものがあり、幼い頃にならべられたたくさんのものがあり、少し経ってから、自らがならべた少しのものがある。

一度ならべてしまっては、それが昔々ならべてしまったものであるほどに、棚から下ろすことは、難しくなる。

自由気まま、展示物には脈絡もない、“自分の好みの展覧会”。”


青い硝子の棚には、たくさんの硝子細工がその姿をならべられ青い底の丸い瓶、金のすかしの入ったもの、絡み合って捻れたようになって上に広がっていくグラス、透かし模様の入ったお皿、器状の壷に、天秤や六分儀、花形の灯受けや硝子造りの絵、はてにはチルトには何か分からない奇妙な造形のものまであった。

「あ、あれを見て、巣や卵があるわ、こっちにも行きましょう、リラシーラ」

「慌てないで、ルビー。慌てないで。ルビー、ルビー。」

ルビーのはしゃぎようと言ったらなかった。リラシーラは引きずられていく。

チルトもエルアも見とれていたが、彼女はさっさと走り回って、リラシーラとともに棚の密林の奥へ消えてしまった。

チルトもあまりの壮麗さに、言葉を失って棚の列に入っていく。

するといつの間にか、エルアともはぐれてしまっていた。

棚で造られた通路の奥に人影が見えたが、チルトは背格好的にルビーだと思って、再び棚に眼を移した。

しかし何か雰囲気や様子がおかしいことに気付いて、チルトはもう一度眼をやった。

ふらふらとするようで、しっかりと足が運ばれてくる。

焦点はうつろなように、どことも定まらずこちらに歩んでくる。

それはルビーではなく、あの、優等生の女の子だった。

「なんでここに、」

チルトは驚いて、思わず後ずさった。

彼女は先まで図書館にいたはずだった。

それなのに、チルトたちを追って来たのだろうか。

しかし、この種の好奇心に従って、追ってくるような感じの女の子ではないことを、チルトは知っていた。

だから、不思議でならなかった。

もしかして、とチルトは思った。

女の子はゆらゆらと足取りも確かに、チルトのことを意識せず、ペンダントを揺らして横を過ぎ去ったかと思うと、そこで足を止めた。

女の子はひとつの棚の品に、見入っていた。

ふと手を伸ばすと、その品を、ひとつかみした。

品は、小さく山となった砂だった。

硝子の砂。

落ちきって溜まった砂時計のような、その砂を手からするりと落としてさらさらと、女の子はその砂山へ、積もらせる。


硝子の砂漠を歩いたことがある?

 ある日眠ると、あなたの前には砂漠があるの。

橋だったりも、するけどね。

幽霊になるのなら、必ず通らなければいけないわ、

だってその涯てに“苗え樹”があって、生徒はそれを育てて、実を塔の上から放らなければいけないの。

熱くはないの、陽が照っていても冷たい砂漠。

透明だから、真っ白い。

足下の硝子は凍てついて、凍えた宝石になって傷つけるの。

だけど内では燃えてるわ。

だって砂漠の砂だもの。

通る方法はいくらかあるの。

渡り鳥の羽で編んだコートを羽織るか、

羽を煎じて薬にしたのものを、飲むかをするの。

そうすれば眠くならずにいつまでも歩けるわ。

夢の中なのにね。

通り終えたその時には、硝子の靴は擦り切れて、ほとんど自分の足になってた。


女の子は歌うような独特の調子でひとり言のように何か呟いた。

「何を、言っているの、」

 チルトの頭に疑問が満ちて、途方もなく訊ねるしかなかった。

「砂漠を渡ろうとしたチィクは、落ちて、硝子に切り裂かれて死んでいった。」

「チィク、?」

 チルトは眉を寄せて首を傾けていると、女の子は突然チルトに言った。

「あなたに、お願いがあるの、」

「お願い、」

「明日の夜、宿舎の504へ来て」

「お願いって、何、」

チルトは驚いていた。

また、チルトとは眼も合わせずに言うのだが、しかし、生徒はもちろんチルトとも、何の関わりも持とうとしなかった女の子が自分にお願いを持ちかけたことに、チルトはこの上なく驚いていた。

「チルト、エルア、こっちに来て」

ルビーが大声で叫んだのが奥で聞こえて、チルトは振り返った。姿が見えず、急ごうと思ってもう一度女の子の方を振り返ると、すでに歩き去って、棚の角に消える背だけを、チルトは捉えた。

声の方とは反対だったので、仕方なくルビーの方へ駆け出した。

奥へ行って、幾つか折れ曲がっていくと、どこからともなく声が聞こえた。

“知っているかい、”

 木霊して溶けいりそうな、高い声だった。

「“知っているかい、空は悲しいから青いんだ、星は何もないから白いんだ、”」

向かう先の、硝子棚の上の方に、誰かが腰掛けていた。

チルトには一瞬それが、展示物の品に見えたが、しかし微かに動いて、誰かヒトであることが分かった。

チルトと同じくらいの背丈の、子ども。

少年であった。

「“だけどどれだけ近付いても、ぼくの青は、空の青と違うんだ、どうしても、何でだろうね”」

棚に腰掛けていた少年は、ふいに軽々立ち上がる。

ひょいひょいと続け様に棚の上を跳び交った。

硝子靴を履いているが、着地したり踏み切ったりする物音が、まるでしなかった。

ある棚まで来ると、そこの品を取って、わっかの内に人指し指を入れてくるくると回し、自分の頭に被せた。

薄黄色の、硝子で造られた王冠だった。

 少年は制服ではなく、白い布のようなものを幾重にも巻き付けた変わった格好をしていた。所々隙間が空いて覗ける肌は、何故だかどこも傷だらけだった。

「“何でだろうね”」

少年は、溜め息を吐いた。

溜め息は寒い場所で息が白くなるのと同じように、しかし異様に、まるで青かった。

「“きみはどう思う、それともどう、思わない?”」

 少年はチルトに向いて、訊ねた。

皮肉な調子もまるでなく、しかし本当にチルトに訊ねているのかも、よく分からなかった。

少年は傷ついた肌で、よそを向いた。棚の奥に、ひとつだけ別離した小さな棚が見えて、チルトは自然とそこまで寄っていた。

少年の視線の先にあった棚には、蕾が花開いたような硝子細工があったが、その真ん中に大きく空洞があり、花弁がそこを包むようにしていたので、チルトはそれが何かを置いて飾るためにあるのだということに気付いた。

「“大好きな硝子、

私のもの(マイン)

ぼくとは違う、異質の硝子。”」

少年は呟いた。

「“どこに行ってしまったのかなあ、”」

 また少年は立ち上がって、ひょいひょいと跳ねた。

瞬く間に棚の一番上まで上ると、一瞬だけチルトを見やって、青い吐息を吐いた。

踵を返すと、すぐに見えなくなって、棚の上に消えていく。

「“ぼくは欲しい。無感情が、冷たいヒトが、だって、自分と似てるから、”」

最後に声が、どこからともなく木霊して、そしてついには消えていった。

「チルト! 早く来て、こっちよ!」

再びルビーの叫ぶ声が聞こえて、チルトははっとした。

今まで時間が止まっていたような錯覚に陥って、チルトは声の方へ急いだ。

幾つか折れると、三人の姿が薄明るい中に見えてくる。

大きな声は、別段非常事態だったわけではなさそうだった。

三人は、何かを取り囲んで見つめている。

ルビーがチルトに気付くと、こっちこっちと手招きした。

辿って来た道のりや方角から見ても、そこは“展覧会”の終点のようだった。

通路が小さくなって、壁に空き、先には行き止まりが見える。

 三人が興味深げに見つめる先には、白い、大きな布のようなものが落ちていた。

「どうしたの、」

「これを見て、」

 ルビーが、布の端を摘んで示した。

両手を広げて持つが、それでも上がり切らず、リラシーラが手伝って端を手に取った。

広がったそれは、白く、厚い布だった。

硝子ばかりの“展覧会”で、こんなところに布が落ちているのは確かに妙なことだったが、そんなにはしゃぐことでもないように思った。

布は、所々剥がれたり削がれていたりして、破れて欠落していたが、しかしぴんと張ると一定感覚に縫い目があって、その耐えて張りつめる感じが、チルトに思い起こさせた。

チルトは、はっとして気付いた。

「“帆”だ、」

 チルトの回答に三人が頷いた。

「正解。私たちも、そう思ったの。それで思い出したわ、リラシーラの話と、扉にあった“漂流船”のこと。」

「“帆”のない船、」

 眼に不思議な色を宿すルビーの言葉を受けて、エルアは神秘を解き明かす顔で言った。

チルトは瞬きした。

「これが、“漂流船”の“帆”だってこと、」

「オランジェ、見て、文字が書いてあるわ。」

 リラシーラが気付いて、布の弛んだ途中を指差した。 

布をめくり上げて、チルトたちは覗き込む。言葉はただ、一行だけ。

“愛してる”

ふいに、甘い匂いがした。

「何だろうね、」

この“帆”は一体なんなのだろう。

チルトたちは、首を傾げるしかなかった。

“気をつけて、”

また声が響いた。

通路の先の行き止まりから、それと一緒に、煙が流れて幾筋も横切った。

焦げたふうな匂い。

やがて靄となって消えていく。

その中に、チルトは甘い香りも嗅いでいた。

癖のある、スイカズラのような香りだった。

硝子の斜塔(グラス・バベル)は、あの星に近付くほどに、形を忘れていく、”

 煙は糸を引く。

翡翠色だった。

チルトたちは声がして、翠煙が漂ってくる元先の、行き止まりの通路を一斉に振り向いた。

“気をつけた方がいいわ、あなたたちが暮らしているところは、もう、 硝子の斜塔(グラス・バベル)が、形を忘れかけている場所だから”

行き場のない、閉ざされているはずの通路を、誰かヒト影が横切った。

煙の中で、そこに路があるように、誰か通過していった。

ヒト影は、ドレスを着た背の高い女性。

ぼやけた輪郭だけ見えて、煙草をふかしてどこかへ消えた。

「今の、見た?」

 ルビーが急いで通路えを調べて、そこに抜け路がないことを確認してくる。

そうしてチルトたちは顔を見合わせた。

「“幽霊”だ、」




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