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28、硝子と鉱石

28、硝子と鉱石

 

 

 蛇のように曲がりくねった回廊が続いていた。

 長く長く続いていて先が見えない。

 床は変わっていて、今まで不規則な色と形の連なりだったのが、三角形の組み合わせで構成されていた。

 規則的な様は街の敷石のようであったが、しかしここは確かに斜塔の中だ。

 右の壁に、何か走り書きで文字が刻まれている。

 “Exam last line《試験の終わり》”

「何だろう、ぼくが一番最後ってことかな、」

 推し量ってみるが、よく分からない表記だった。

 チルトは歩んでいく。

しばらくすると、生徒の声が聞こえた。幾つも重なり合い、ざわめきとなる。

 曲廊に先が見えた。

チルトは走る。

 試験の終わりを期待していたが、そうはならないことチルトはどことなく分かっていた。

 長い長い曲廊を抜ける。

 そこはホールのように広い場所だった。

生徒が十数人散らばって、それぞれ何か話している。

新しく入ってきたチルトには見向きもしない。

天井はドォムのような半球形の天蓋となっているが、途中で寸断されたように、奥には硝子の壁が大きくあった。

相変わらず床は三角形の連なりで成っていたがしかし無数に何かが散らばっている。

 翡翠のそれは、初め模様かとチルトは思ったが、足元にあったそれを屈んで拾い上げる。

翡翠石(エメラルド)、?」

 透かすと、それは綺麗な翠の鉱石のようであった。

 しかし、手にしてみるとあまり重さが感じられない。

いつもの感覚からして、硝子で造られた模造品だろう。

それが、床一面に鏤められているのだ。

「チルト、」

 突然後ろから抱きしめられ、チルトも何とか抱きとめる。

制服の腕には赤い糸の刺繍が見えた。

鳶色の瞳、ルビーの姿だった。

「ルビー、無事だったんだ。」

 チルトは胸を撫で下ろす。

自然と張っていた気がほつれる。

「ここはどうなっているの、」

「もうずっとこんな感じよ、」

 肩をすくめる。

「見て、」

 ルビーは生徒たちの方を促した。

「彼ら、この部屋を出る方法についてずっと話し合っているのよ。」

「ずっと、て、答えは出ないの、」

「出ないようね、今は、みんな引き返そうという話になっているところだわ。ほら、」

「みんな引き返していくね、」

 チルトとルビーの他に、三人を残して、生徒たちは来た道を戻っていく。

 ホールほどもある部屋に、ただ五人となってしまった。

どうやら決別したらしい残った三人は、隅に腰を下ろした。

だからと言って、こちらに合流する気もないらしい。

「それで、ルビーはどうしていたの、加わっていないみたいだけど、」

「私は早々と答えを出したの。それで初めは話し合っていたけど、離れた。みんな話すばかりで、動こうとしないから。だから一人で頑張ってた。さっきは休憩中だったけど、」

 言って、ルビーは足元に転がる翡翠を拾い上げた。

「私の出した答えはこれ、」

 ルビーは振りかぶって、それを思い切り投げやった。

寸断するように隔たる壁へ、翠が流れて放物線となった。

打ち抜いて、先へ流れると思った硝子は、しかし壁で弾けた。

幾つもの破片となって、床に降り注ぐ。

 疑問に思ったチルトは眉を半ば寄せて口を開いた。

「これが、答え、」

「そういう顔をしない、」

 ルビーはまたぐしゃりと、チルトの頭をかき回した。

「思うに、この翡翠の、どれか一つが本物の翡翠石(エメラルド)で、あの壁を砕くことができると思うの、」

 見渡す限り、石は何百もある。よく見ると、壁の傍は細かな破片が砂浜のようになっていた。

「それでずっと投げ続けていたわけだ。」

「そう、」

 頷いて、ルビーは新たにつまみ上げた硝子石を渡した。

「あなたも手伝って、」

 考える余地もないまま、チルトは渋々受け取る。

 投げると、これもどうやら硝子だったらしく、雨となって降り注いだ。

二人はそんな作業を続ける。

砕けては反響し、花の散るように弾ける。

「これは一体、何の試験だっていうんだろう、」

「連帯感について説いた授業があったわ。共同作業をするのに、幾つ妥協が必要か、いかに冷たくするべきか、って。そういうものなんじゃないかしら。分からないけど。」

 ルビーは硝子を投げながら答えた。

チルトは納得できなかった。

それを言うなら、この部屋では今、チルトたちしか共同作業していない。

二人してしばらく投げていた。

「ねえ、おちびさん。」

「うん、」

「あなたは何か選んでいるかしら。」

 唐突な質問だった。

 チルトが答える前に、ルビーは話し出す。

「私は選んでいるわ。リラシーラを。私はあの子の幸せを願ってる。面倒を見ることを決めている。」

 ルビーがいつもリラシーラのことを気に掛けているのを、チルトは知っている。

 いつだったか、ルビーは自分に妹がいたことを教えてくれた。

ルビーはその妹を溺愛していた。

「私はね、生まれつき体重が少ないの。成長するにつれて増えるかと思ったら、全く重くならなかった。まるで感情だけ、成長が止まってしまったよう。あなたの身長のようにね、」

 冗談めかして笑いかけるが、チルトは苦々しい思いで聞いていた。

 身体が大きくなっても、それに伴わない感情。まるで水滴が霧となっていくようだ。

おそらくそのことが原因で、ルビーは妹と引き離されてここに入らされた。

斜塔からすれば、それは才能だ。

事情は違えど、チルトにしたところで、身体が小さい故の重さが相対的に評価されていることが、ここに上ることができた、規則の穴を潜り抜けたような一種の才能である。

しかしその才能によって無理矢理引き離されたからこそ、ルビーは今リラシーラをまるで妹のように可愛がっているのだろう。

「これは昔あったこと。ルビーは通りで、今にも傷ついて死にそうな子を見て、何も思わず素通りしました。まあ、薄情な子! そんなルビーを見かけたおばさんがそんな声を上げて、ルビーは何だか傷ついた。今では少しだけ、四分の一でも十分の一でも、そのことが分かった気になって、水増ししているのだけど、」

 生徒の一人が駆け戻ってきた。

 表情にが必死が張り付いていた。

 続けて二人が戻ってくる。

 しかし他には続かない。

 何の騒ぎか駆けつけようとすると、遅れた二人が体勢を崩す。

 転ぶようにして落下した。

 三角の一枚一枚が、剥離して鱗のように剥がれ落ちてゆく。

 それは長い曲廊から水平線となって、ドミノが倒れるように一列に崩れていく。

 壁で何かが移動しているのをチルトは捉えた。

 水平に動いて”線”とともにこちらに向かってくるのは、“Exam last line《試験の終わり》”の文字。

走り抜けていた。

文字は残った一人をも捕らえ、運命を同じくさせた。

 ルビーは状況にも関わらず、ある種理解していたような顔で翠を投げ続ける。

 しかし額には汗、表情には瑣末の焦燥があった。

「チルト、あなたも選ぶべきだと思うわ。」

 言われて、チルトはポケットの椎の葉のことを思い出して、上から確かめてしまった。

「感情が少ないことは、選びやすいだけだって、リラシーラは言ってたよ、」

「私のことを思っていてくれてるのね、良かった。」

 ルビーは安堵する。チルトは続ける。

「こうも言ってた。“選んだものはいつだって、自分の反対側にある。愛は感情の反対側にあるものだから。“」

 ルビーは後ろを振り向いて、そこにあった石を掴み上げた。

「“だからいつも、硝子越しにしか見れない。”」

 不意にチルトは“私のもの(マイン)”のことを意識した。

 自分のバケツを認めて、ルビーのことを思い出した。

昔触らせてもらった、固まりのもの。

「待って、ルビーの“私のもの(マイン)”って、」

「正解、」

 投げ放つ。

 (フロア)を割りながら。

「意外、地上の持ち物を、私がこんなに大切にしてるなんて、」

 ルビーの答えの通り、翡翠石(エメラルド)は壁を打ち砕いた。

 一斉にひびが走って、舞台幕や窓掛けが落ちていくようだった。

 崩れる中、チルトが間一髪で通り抜けると、もう後ろには誰もいなかった。

 チルトは振り切るように歩を進めた。

 ルビーの“私のもの(マイン)”は、妹からもらったものだということも思い出した。 



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