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あの道と、この道のあいだで  作者: あんばたみや
運命を引き寄せる手
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9

 目が覚めたとき、部屋には柔らかい光が差し込んでいた。昨夜の記憶が、ゆっくりと浮かび上がる。胸の奥が、少しだけざわつく。リビングに出ると、水瀬さんがソファに座っていた本を開いたまま、コーヒーを片手にしている。まるで、いつも通りの朝のような光景。でも、朝の日差しが差し込んでいて、何だかとても絵になるなあ、などと、ぼーっと考えていたら、


 「おはよう」

 水瀬さんが視線を上げて、柔らかい声をかける。それだけで、心臓がぎゅっとなる。

 「おはよう、ございます。」

 思わず声が小さくなる。

 「体調は?」

 「……もう、大丈夫です。」

 「そう、良かった。」

 「昨日は……その、色々とありがとうございました。」

 少しだけ、視線を逸らす。借りているシャツとズボンがなんとなく心もとない。水瀬さんが、わずかに眉を寄せる。

 「できれば、敬語は、やめてほしい」

 「……そ、そう、………だね」

 ぎこちなく答えると、水瀬さんの口元が、わずかに緩む。その瞬間。ぐぅ……と、間の抜けた音が響いた。

 「……っ!」

 思わず、双葉がお腹を押さえる。頬が一気に熱くなる。やだ、恥ずかしい!

 「……あの、、すみません。お腹が空いてて、、」

 小さく呟く。昨夜はほとんど食べられていなかったことを思い出す。

 「近くに美味しいパン屋があって、今朝早く目が覚めたから買っておいた。」

 水瀬さんが立ち上がって、紙袋に入ったパンをテーブルに持ってくる。クロワッサンとコーヒー。シンプルな朝食。サクサクのクロワッサンをひと口食べると、空腹の体にバターのうまみがじんわりと沁みる。

 「……美味しい」

 「それは良かった」

 蒼真は、短く答える。それだけなのに、どこか満たされる。コーヒーも、美味しいなあ。幸せだなあ、などとのんびり考えていたら、

 「一つ、いいかな。双葉のマンション、昨日迎えに行ったときに思ったが、オートロックではないし、駅からも少し距離がある」

 ふいに下の名前を呼ばれて、少しだけ心臓が跳ねる。淡々とした口調で水瀬さんは話しているが、あまり頭に入ってこない。

 「街灯も少なく、暗い場所が多い」

 「……たしかに、そう、、だね。」

 否定は、できない。大学時代から住んでいるマンションで、すごく愛着はあるし、お値段もそこそこだからなんとなく住み続けていたけれど。駅からは遠いし、仕事が遅くなった時の帰り道で、少し怖い思いをしたことも、正直ある。

 「ここからなら、双葉の会社へのアクセスもいい。エントランスに管理人もいるから、安全だ」

 ここ、とは?この、マンションのこと?何を言われようとしているのか想像して、でも、まさかね、と思っていたら、

 「一緒に住まないか」

 あまりにも自然に言われる。思考が、止まる。

 「そんな……さすがに、それは……」

 昨日の今日で早すぎないだろうか。そもそも、私の心臓が持つのだろうか。

 「最近、部署をまた移動して、仕事も忙しくなってきている。双葉との時間を作ろうとしても、なかなか難しいかもしれない。家にいてくれれば、朝と夜に、あなたの顔を見られる。あなたが無事に帰ったか。ちゃんと眠れているか。ちゃんと確認できる。」

 「……でも」

 やっぱりまだ、無理!もうちょっとお付き合いをして、お互いを知って、同棲ってそれからが普通の流れだよね…。

 「双葉」

 名前を呼ばれる。さっきから心臓が持ちそうにないのですが…。下の名前で呼ぶのは決定事項なのでしょうか。現実逃避しながら遠くでそんなことを考えていると、不意に核心を突かれる。

 

 「もう、一人でいる必要はない」


 静かな声。でも、この声を聞くと、私はすごく安心してしまう。なぜ、いつも欲しい言葉をくれるんだろう。どうして、毎日、あの私しか帰ってこない真っ暗で冷たい部屋に帰るのを、寂しい、などと思っているなんて、この人にはわかるはずないのに。

 でも、言葉にしてくれた通り、もう一人で頑張らなくても、良いのだろうか。差し出された優しさに、素直に手を、伸ばしても良いのだろうか。ちゃんと考えたほうがいい、頭の中でそう警鐘を鳴らしているのに、心がもう、追いつかない。

 

 「……うん。」


 気づいたらそう答えていた。水瀬さんは、軽く頷きながら、口角を上げる。まるで、それで全てが決まったかのように。


 差し出された手に、勇気を出して手を伸ばした。


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