第十二章 堅香子の痣
桔梗は本堂に運ばれ、手当てを受けていた。
幸いにも致命傷ではなかったが、意識は戻らず、静かな寝息だけが聞こえている。
僕は片時も離れることができず、眠り続ける桔梗の額の汗をぬぐっていた。
「……これは、痣?」
桔梗の胸元に、まるで堅香子の花のような模様が浮かんでいた。
勝手に触れるなんて考える余地もなく、何かに吸い寄せられるように指先でその痣に触れた瞬間、視界が急に暗くなり、瞼が鉛のように重くなった。
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次に目を開いたとき、そこはもう本堂ではなかった。
僕は禁色の衣を身にまとい、傍らには一人の美しい女人が寄り添っていた。
艶やかな黒髪、伏せられた長い睫毛、その姿はどこか懐かしい気配を纏っている。
「蘭様、今日は久方ぶりによく眠れたご様子で、わたくし嬉しゅうございます。」
女人はそう言いながら、僕の手をそっと包み込んだ。
その仕草が、なぜか胸の奥の記憶を震わせる。
「近頃は魘されていることが多く、心配しておりました。」
「夢の中で女人の声で裏切り者と罵られるのだ。また、あるときは花蘇芳の枝に束縛される夢を見る。……いずれも身に覚えのない夢ばかりだ。まあ、所詮は夢にすぎぬ。それに、私には目覚めたときにそなたがいてくれる。」
「まあ……」女人はわずかに頬を染めた。「この私めは、蘭様を幼少のみぎりよりお慕いしてまいりました。そんな私を后としてくださっただけでなく、側室も持たず私だけを傍に置いてくださる。……そんな蘭様が女人を裏切ったなど、おかしな夢にございますね。」
そう言うと、女人は僕の手を強く握った。
その手の感触が、なぜだか桔梗のものと重なって感じられた。




