一章 味方を作れ (2)
俺ことレイモンド・ガルシアには許嫁がいた。
いや、まだこの段階ならば「いる」の方が正しいだろう。
純血至上主義の父が相手を半ば脅して見繕い、無理やり決めた相手ではあるが同い年で純血の魔法使いである。
名はシャルロット・サンチェス。
ガルシア家程の権力はないが、間違いなく純血であり魔法使いとしても純分な素質を持っていると言われた一族。
俺も三年と言う僅かな交際期間だったとは言え、間違いなく彼女には才能があったと思っている。秀才、という言葉が似合うような勉学へのひたむきな姿勢、且つ、自身に厳しく他人に寛容な大人らしい性格だった。
そんな性格だからか純血主義の俺とは馬が合わず、最終的には魔王討伐軍の方へと加入したのだ。
「だが、チャンスだな。許嫁ならば話をしていても不自然ではないし、何より純血。どうにか仲良くして俺の身の安全性を上げるんだ」
週に一度、休みの日の正午は彼女との面会……お茶会だろうか? よく分からないものがセッティングされていた。正直な話当時の俺は許嫁というものに興味もなかったし、純血主義で傲慢だったが故にまともな会話をした記憶がない。
子供の頃だったとはいえ、今考えるとあの自慢癖もどきは背中がむず痒くなるほどだ。うん、あまり過去の失敗については深く掘り下げないようにしよう。
「ん? もういるのか」
学園にある庭園の確か、ガゼボと言っただろうか。貴族たちがよくお茶を飲むようなあのよく分からん建物に彼女は先に着席していた。
俺は待たせた罪悪感からか歩みは止めず、小さな深呼吸をして向かい側に座る。怪しまれないように普段通りに、それでいて失礼がない程度にいつもの不遜な感じを落とす。
「待たせて悪かったね」
当時の俺という人間は父の地位や純血主義もあって不遜な奴だったと思う。それを急にやめて魔王軍にいた癖で敬語で話しかけたりすればどうであろう。間違いなく変なものを見る目で見られる。
となれば少しだけ横暴に、それでいて失礼はない程度に。
大丈夫、俺ももう大人だ。それぐらい出来よう。
我ながら上手く発言出来たと思い、彼女をチラリと覗き見る。
「いえレイモンド様、大丈夫ですよ。寧ろ時間が伸びるほど心が躍るように楽しみが増しておりましたわ」
めっちゃ目が死んでた。
それはもう死んだ魚のように。
子供とは思えない相手を気遣うかのような大人の対応、そして口元の笑み。それら全てを「嘘ですが」と言わんばかりに目に光がない。
——え、俺もしかして三年間こんな死んだ目をした女性とお茶してて気がつかなかったの? まじで? もはや自分が怖いんだけど……。
背筋が凍ったという比喩表現があるが、今身をもって体験した。むず痒さは氷漬けになった。
「その、まぁなんだ? 待たせたのは事実だし、好きなものを奢ろう。何かあるか?」
「いえ、私も女性ですので甘いものの類は食べ過ぎもよろしくありませんから」
「そ、そうか……」
機嫌取りのためにデザートを勧めてみるが彼女はやんわりと断る。いや、本当なんかごめんなさい。と、ガルシア家の立場がなかったら全力で謝りたい程だ。
「歓談中に申し訳ございません。こちらお飲み物になります」
「あぁ、ありがとう」
侍女が普段俺が飲んでいる紅茶を持ってきたため、条件反射で感謝を述べる。魔王軍に入ってからはこういったものを嗜むこともなかったと思うと、ついつい頬が緩みそうだ。当時の俺らしくない反応なのでなるべく気をつけねば。
「ありがとう……?」
「ん? どうかしたか?」
「あ……いえ、なんでもございません」
彼女が何か呟くのだが小さすぎて俺の耳には届かなかった。何かまたやらかしてしまったのだろうか。礼儀作法とかにも厳しそうな女性だし、無作法を働いた可能性もゼロではない。今度お茶会の作法について調べて損はないだろう。
「そういえば先日、箒の飛行訓練があったそうですがどうでしたか?」
手にしていたティーカップをテーブルに下ろし、彼女は質問してくる。確かに箒の飛行訓練は二年生からだったはずだ。しかし、正直あまり思い出せない。
彼女からすれば先日の出来事でも、俺からすれば五年も前の出来事なのだから当然だろう。下手に答えるのも危険だと判断し、俺はシャルロットに同じ質問を投げかけてお茶を濁すことにした。
「あー……シャルロットはどうだった?」
「……!! 私は滞りなく」
「それはよかった」
そして訪れる沈黙。
——うわぁ……もはや少し具合悪くなってきたわ。
とても気まずい。めっちゃ気まずい。無理だ。こんなの続けられない。
なんで一言で会話が終わるのだろう。魔王だってもう少し会話しようとしてくれた記憶があるぞ? その時は相手が反逆する気がないか確認するための実質死の宣告だったが。
「飛行訓練と言えば毎年半数以上が失敗に終わるというし、それを簡単にこなすなんて流石だな」
「…………それは私だからですか? それとも、純血だからでしょうか?」
——だからなんでこんなめっちゃ答えにくいこと聞くのかなぁ!?
生き返ったというのに、生きた心地がしない質問返しが続く。こちらは純血至上主義をやめたことをバレないようにして仲良くしようとしているのに、何故そこまで痛いところを突こうとするのだろうか。
——いや、逆か。
回答を引き伸ばすためにティーカップに口をつけ、俺はそう答えを出す。
今の今まで純血至上主義であり、シャルロットのことも彼女自身を見ずに純血だから会話をしていたに過ぎない。いや、正確には会話もしていなかっただろう。先程のように彼女が投げかけ、俺が自慢をする。ただそれの繰り返し。
そんな無意味で相手のことを見ていない逢瀬を彼女は一年、正史では三年続けたのだ。
——そりゃあ相手の心境の変化に目ざとく反応するわけだ。
俺は一つ大きなため息を吐いて答える。
「俺の家庭を考えれば純血であることは重要だ。魔術師は純血であればあるほど強いというのは昔からある学説の一つだからな。だが、その条件に当てはまっていただけでお前はお前だろう」
「…………申し訳ございません。気を遣わせしまいました」
これは伝わったのだろうか。秀才とは言えど子供には少し回りくどい言い方だったかもしれない。だがこちらとしてもこれ以上分かりやすく伝えたら完璧に純血主義をやめたように映ってしまうだろう。どこから父の耳に入るか分かったものではない。この場は納得してもらえたのであればこれで良しとしよう。
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