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『魔法が飛ばせないので、杖でぶん殴ることにした ~落ちこぼれ魔法使い、なぜか最強の槌使いと呼ばれる~』  作者: 蝶野摩矢


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第1話 最強の槌使いをぶっ飛ばしたい

ここは、とある街の冒険者ギルド。


昼を少し過ぎた頃。


依頼を終えた冒険者たちで、併設された酒場は賑わっていた。


剣を背負った者。


大きな盾を立てかけている者。


昼間から酒を飲み、大声で笑っている者。


そんな冒険者たちの中に――


「はぁぁぁ……」


盛大なため息をつく、一人の少年がいた。


年は十八。


小柄で細身。


少し癖のある髪に、眼鏡。


身につけているのは、使い込まれた魔法使いのローブ。


そして椅子には、一本の杖が立てかけられている。


先端に丸い魔石が取り付けられた、魔法使いなら誰もが使うような杖だ。


どう見ても前衛には向いていない。


というより。


どう見ても――弱そうだった。


少年の名は、ノア。


「…………」


ノアは頬杖をつきながら、テーブルの上に置かれたグラスを眺めていた。


残っているのは、ほんの一口。


それを飲んでしまえば、もう何もない。


なぜなら――


金もない。


「……最悪だ」


ノアが呟いた、その時だった。


「おい、聞いたか? 例の話」


近くの席から、男の声が聞こえてきた。


二人組の冒険者だ。


一人は大剣を背負った大男。


もう一人は革鎧を身につけた男。


「あの話?」


「ほら、最近噂になってる奴だよ」


「最近?」


革鎧の男が首を傾げる。


大男はニヤリと笑った。


「《最強の槌使い》」


ピクッ。


ノアの眉が動いた。


「……ああ!」


革鎧の男が手を叩く。


「あれか!」


「そうそう!」


「王国騎士たちが仕留め損ねた魔物を、一撃でぶっ倒したって奴だろ?」


「それだけじゃねえぞ」


大男が声を潜める。


もっとも、酒場中に聞こえるくらいの声だったが。


「討伐には大魔導士まで参加してたらしい」


「マジかよ」


「ああ。それでも仕留めきれなかった」


「そんな化け物を一撃?」


「らしいぜ」


「はっ!」


革鎧の男が鼻で笑う。


「そんな奴いるかよ」


「俺もそう思う」


「どうせ王国軍が倒したのを、どっかの馬鹿が話を盛ったんだろ?」


「だよなぁ!」


二人が笑う。


「最強の槌使いだぞ? どんな奴だよ!」


「身長二メートルはあるんじゃねえか?」


「腕なんか俺の脚より太かったりしてな!」


「アッハッハッハ!」


「…………」


ノアは黙ってグラスを傾けた。


最後の一口がなくなる。


「……最強の槌使い」


小さく呟く。


ギリッ。


グラスを握る手に力が入った。


「そんな奴がいたら……」


「ん?」


二人の冒険者がノアを見る。


ノアは眼鏡を押し上げた。


「……ぶっ飛ばしてやる」


「は?」


「いや、なんでもない」


ノアはそっぽを向いた。


二人は顔を見合わせる。


そして、ノアを見る。


小柄。


細身。


眼鏡。


ローブ。


杖。


どう見ても魔法使い。


それも、あまり強そうには見えない。


「お前が?」


「…………」


「槌使いを?」


「…………」


数秒の沈黙。


「ぶはっ!」


「アッハッハッハ!」


二人が笑い出した。


「やめとけやめとけ!」


「お前なんか一発で吹っ飛ばされるぞ!」


「……うるせえ」


ノアは不機嫌そうに顔を逸らした。


「俺は別に――」


その時。


「ノア」


カウンターの向こうから声が飛んできた。


「ん?」


店主が手を出している。


「お代」


「…………」


ノアは懐へ手を入れた。


右。


何もない。


左。


何もない。


もう一度、右。


やっぱりない。


「…………」


店主が無言で見ている。


「……ツケで」


「駄目だ」


即答だった。


「明日払う」


「昨日も聞いた」


「じゃあ明後日」


「帰れ」


「…………」


ノアはテーブルへ突っ伏した。


「はぁぁぁぁぁ……」


今日二度目の、盛大なため息。


「金もねえ……」


財布は空。


仕事もろくにない。


そのうえ、酒代すら払えない。


「こんなはずじゃなかったんだけどな……」


ノアは眼鏡を外すと、袖で雑に拭いた。


本当に。


こんなはずじゃなかった。


俺はもっと――


もっと、とんでもない魔法使いになるはずだった。


少なくとも。


俺が生まれた十八年前。


周りの誰もが、そう思っていた。


◇


十八年前。


「オギャア! オギャア!」


一人の赤子が、大きな産声を上げた。


「元気な男の子ですよ!」


産婆が笑顔で赤子を抱き上げる。


母親が安堵したように息を吐いた。


「よかった……」


父親もその手を握る。


「よく頑張った」


どこにでもある。


子供が生まれた日の光景。


――そのはずだった。


「……え?」


産婆の表情が変わった。


「どうしました?」


父親が尋ねる。


「この子……」


産婆は腕の中の赤子を見つめた。


「なんて……魔力なの……?」


「魔力?」


父親の顔色が変わる。


ノアが生まれた家は、代々魔法使いを輩出してきた。


王国に名を轟かせるほどの名門ではない。


大賢者を輩出したこともない。


それでも、この地方ではそれなりに知られた魔法使いの家系だった。


だからこそ。


父親にも分かった。


生まれたばかりの我が子から溢れている魔力が、尋常ではないことに。


「まさか……」


数日後。


話を聞いた魔法使いが屋敷を訪れた。


魔力量を正確に測るためだ。


赤子のノアへ手をかざす。


魔法具が淡く光り始めた。


そして――


「なっ……!」


魔法使いの目が見開かれた。


「どうなんです?」


父親が身を乗り出す。


「……もう一度、測らせてください」


再び測る。


結果は同じ。


魔法使いは黙り込んだ。


「何か……問題でも?」


「いえ」


魔法使いは首を横に振る。


そして。


信じられないものを見るように、赤子のノアを見つめた。


「逆です」


「逆?」


「これほどの魔力量を持つ人間を、私は見たことがありません」


部屋が静まり返った。


「それって……」


母親が恐る恐る尋ねる。


魔法使いは頷いた。


「とてつもない才能です」


その一言から。


すべてが始まった。


魔法使いの家系に生まれた子供。


それだけでも期待されるには十分だった。


そこに、規格外の魔力量。


噂は瞬く間に広がった。


親戚が訪ねてきた。


知り合いの魔法使いもやって来た。


誰もが赤子のノアを見て、同じようなことを言った。


――将来が楽しみだ。


――きっと優秀な魔法使いになる。


――この家から、ついに大物が出るかもしれない。


やがて。


一人の老魔法使いが、眠っているノアを見ながら言った。


「この魔力量なら……」


父と母が老人を見る。


「将来、大魔導士になることも夢ではない」


「大魔導士……」


父親がその言葉を繰り返す。


老魔法使いはさらに続けた。


「いや」


眠る赤子を見つめる。


「もしかすると――」


ほんの少しだけ笑った。


「大賢者にすら、なれるかもしれんな」


その日。


一族は沸いた。


父は喜び。


母は涙を流し。


親戚たちは、まだ赤子のノアの将来について好き勝手に語った。


誰もが疑わなかった。


この子はいつか。


誰よりも優れた魔法使いになる。


そして――


それは。


成長したノア自身も同じだった。


自分には、とてつもない才能がある。


いつか大魔導士になる。


もしかしたら。


本当に大賢者にだって――。


そう。


信じていた。


この時はまだ。


誰も知らなかった。


ノアの持つ規格外の魔力には――


一つ。


致命的な問題があることを。

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